第8話 知る記しい=ルーシー

      1


 お見合いでの突飛な発言は極力控えたほうがいい。

 病院にぶち込まれる。

 私がいい例だ。何かおかしなことを言っただろうか。

 落ち着くまで時間をくれる。との人無いの計らいだが。

 私は落ち着いてなくなどいない。これ以上ないくらいに落ち着いている。

 毎日定時に来る複数のナースも毎度首を捻って帰っていく。

 そうだろう。

 私がここにいる意味などないのだから。

 あまりにナースが首を捻って帰っていくので手足を拘束されることになった。

 ナースよりも単体の人無いが来る頻度のほうが多くなった。

 食事は口まで運んでくれる。口を開けるのが面倒になったので閉じたままでいたら。

 鼻から管を突っ込まれた。

 排泄器官がどう始末されているのかはよく知らない。見えない。が、濡れた感覚がないのでどうにかうまいことやってくれているのだろう。穴を閉じる以外で。

 もう何日風呂に入っていないのか。いや、風呂なんかどうでもいい。

 ここにぶち込まれてから何日経ったのか。

 椿梅ツバメは故郷に帰ったのか。帰っただろう。

 見送りにも行けなかった。見送る気はなかったが。

 付いていくと見せかけて。

 俺ごと殺してもらうつもりだった。人無いに。そうすれば、

 椿梅が死んで大悪党は滅びる。

 私も心残りなく逝ける。

 人無いはクビが吹っ飛ぶ。海の向こうあたりに。

 なんという名案。一石三鳥の。

 唯一絶対の解はここに。

「日に日にやつれてくな」人無いがやってきた。枕元に何か置く。

 私の声を余すことなく記録しようとしている。

「頼むからさ、俺に取り調べさせてくれよ」

 お前が取り調べて吐かなかったニンゲンはいない。もし吐かないならばそれは、

 相手がニンゲンじゃなかっただけのこと。

 俺は吐かない。ニンゲンだから。

 たぶん。

「なあ」

「ツバメは」

 人無いは息を吐いて項垂れる。

 お前が吐いてどうする。

「ツバメは」

「聞き飽きたよ。それ」

 お前が答えてくれないからだろ。

「ツバメは」

「出直すよ」枕元の機械を手に取って。

 床に叩きつける。

「これでいいだろ」人無いが接近してくる。男同士でこの距離は耐えられない。男同士じゃなくても耐え切れない。

 この国では。

 椿梅の故郷はどうか知らないが。

「ツバメは」

「もうやめてくれ。頼むよ。そんなもの見に来てるわけじゃないんだ」

 頬の辺りに。なにか。

 涎か?

 やめろよ冗談じゃない。私が動けないのをいいことに。

 あんなことやこんなことをしようと画策しているその末に垂れてきてしまった。

 唾液では。

 また一滴。首も満足に動かせない状態なのを知ってわざと。

 顔に落としてやがる。性格悪すぎる。相変わらず。

 凝りもせず。

 いいのか。仕事は。

 出世は。

 俺なんかに構ってたらそれこそ。クビが。

 いくつあっても足りない。だから、

 捨てたくせに。

 いまさら。拾いにくるとか。お前らしくもない。

 バカくさい。

「ツバメは」

 人無いが首を振る。「いないよ。もういない。帰ったんだ」

 そうか。

 やっぱり。無事に帰ったかな。無事だろうな。

 人無いがまだ生きてるんだから。クビの皮がつながってるんだから。

「ツバメは」

「生きてる」

 そうか。「よかった」


      2


 運転手?

 いとこだか良ノ沢ヨシノザワだかサキヤだかドロシィだかルーシィだかが。

「なんでお前なんかの」運転手を。

「簡単な算数だよ。家の中に一人いました」陣内が指を一本立てる。「そこへ二人がやってきました」もう片方の手で二本。「うち一人が家の中に入りました」一本だったほうの指に追加。反対の手は、

 立ってる指が減少。

「一人は車で待機しています。しばらくして一人が家から出てきました」手を下ろす。「もう一人はどこに行ったんだろうね」

「家に残ってんだろ? んなこともわかんねえのか」

「家は蛻の殻だったそうだよ」陣内が無線機を取ろうとする。その手を、

 振り払う。「見てもねえくせに」

「わかるさ。あれ」バックミラーを見遣る。「すごく臭うんだよ。特有のさ」

「お前の鼻がイカレてんだろ。見てもねえくせに」

「見てみようか?」後ろに手を伸ばそうとするので。

 急カーブを装った。

「危ないなあ。元警察官が」

「現役の奴に言われたかない」シートベルト。「締めとけっての。俺の責任になんだよ」

「律儀に後ろのにも締めてるのはそのせいかな。生きてるの?」

「生きてねえなら締める必要ねえだろ」

「それはそうだ」陣内が笑ってみせる。明らかに引き攣ってる。

 パンダを引き連れて大名行列していることに気づく。

 とんだ凱旋じゃないか。

 カーチェイスは得意じゃない。お国柄。

 ここいらで終わりにしよう。ちょうど到着する。

 適当に乗り捨てて。

 さて。ここが運命の分かれ目。

 スーツケースを転がしてくか。

 陣内を人質として連れてくか。どっちも重すぎる。

 逃亡は身軽に限る。

 どこへ?椿梅を追いかけよう。

 追いかけられない。カネがない。

 ハイジャックでもするか。

 目ぼしい国際線を。

 動くな。

 という意味の外国語。すぐ後頭部から。

 冷たいものがこめかみに。「動くと殺されます」

 誰なのかすぐにわかった。

 におい。

 特有の。

「殺す、じゃないのか。もうちょいだな日本語は」

「合ってます。殺されるのはあなたじゃない」ほんのコンマ数秒。

 目線が逸れる。

 その先に。「ツ」ばめ。口を塞がれる。

 四方八方に逃げ惑う人ごみに紛れて。

 いつものド派手なチャイナドレスではないが。ファー付のロングコート。サングラスなんかかけて。長い髪を結わえて。まるで。

 どこぞの如何わしい社長の愛人だ。

「いいですか。あなたは人質として連れ去られます。続々と増員される無能な犬には為す術もなく」

「随分可哀相な役回りだな。しかもだいぶ国際問題じゃないかそれ」

「捕まりたいのですか。望んでおられません」

「俺も望んでないんだがな」

 一般市民の避難が優先。流れ弾が掠りでもしたら。

 損をするのは現場指揮官だ。「彼を引き渡してくれませんか。一応こちらで逮捕して取り調べていろいろ諸々が片付いてからでも」

 刺激するなバカ。

 椿梅の通訳は、椿梅なんかより格段に沸点が低い。

 手が滑った。なんてことも大いにあり得る。「私は何も望みません。その物々しい集団を即刻解散させてお帰りください」

「充分望んでるじゃないですか。いえ、失礼。あなたが彼を解放してくれればすぐにでも叶いましょう。違いますか」陣内は、いま私を人質にとっている物騒な女を。

 椿梅関連だと気づいているのだろうか。気づいてないはずがない。

 だったら、これは。

 単なる時間稼ぎだ。

 注意をこちらに引き付けておいて。こっそり。

 この状況を高みの見物しているであろう。首謀者を。探すのでは。

 椿梅は。駄目だ。

 視線を逸らすな。陣内なんかに捕まっちゃいけない。

 俺が、

 捕まえたい。お前は必ず。

「平行線ですね。では、これをお見せしましょう。そうすれば、ことの重要性に気づいてこちらへ引き渡そうかなという気になってもらえる」陣内の合図で。

 スーツケースが転がってくる。

 陣内が用意して私の元に届いたやつと同色同型の。「中を見ましょうか」

「開けないほうがいい」通訳が静かにいう。

 同感だ。こんなところでそんなもの開けたら。

 トラウマじゃ済まない。

 気づけ。それは。

「賭けをしましょう」陣内がスーツケースに腰掛ける。乱暴に扱うなって。「ここから死体が出てきたら、彼を解放してやってください」

「もう一度言う。開けないほうがいい」

 絶対に開けるな。と言いたいのだが。

 私がことのほか平常心だということを陣内に感づかれたくない。

 ぎりぎりまで人質のままいたい。

 しかし、ここで通訳諸共心中するのも馬鹿馬鹿しい。なにより陣内と一緒のタイミングで死にたくない。どうする。

 そこまで馬鹿だとは思ってないが。思いたくないのだが。

 本当に気づいてないのか。それは、

 お前が用意して俺のとこに届いたやつじゃない。すり替えた。

 椿梅が。

 中に入れておいた手土産を受け取って。同色同型のものを。

 違うんだ。

 もっとヤバイものが入ってる。死体なんか無害なほうだ。

 心的外傷で済む。

 そいつは。開けたが最後。

 最期だ。

 外傷を負う。爆弾だ。

「あなたの予想も聞きましょうか。もし当たったら」

「何度も言わせないでほしい。開けるな」語調がいささか強くなった。通訳も私と同じ考えらしい。

 そうだろう。

 私や無能な犬たちと一緒にかっ飛びたくない。

「どうしてそう頑なに拒むのです? 見られては困るものが入ってることがわかってるのでしょう? 違いますか」本気なのか嘘かなのか演技なのか。

 私にはわからないんだ。

 なにせ陣内は。

 人無い。

 だから。ニンゲンじゃないから。

 そうだ。

 暗証番号。開けたくたって開けられない。

 はずなのだが、

 物々しい集団が物々しい工具を担いできた。凶器。

 鍵とか一切関係なくなった。

 もう駄目だ。

 奴を買い被りすぎてた私の愚かさを呪うほか。「死にてえのか。そいつは」ば、まで言おうとして。

 通訳が身を翻す。私をロックしていた腕をあっけなく放し。

 物騒な集団に向けて物騒なものを撃ちながら。

 え?あれ。

 捨てられた。いいのか。

 椿梅は。

 いるはずもない。「おい」いないのだ。いるわけが。

 あれは、

 単なる視線誘導。

 どこぞの社長の愛人だ。椿梅じゃあ、

 ない。

 無能な犬が一斉に飛び掛ってくる。多勢に無勢。人海戦術を切り抜ける起死回生の技など私には。

 あった。

 火事場の馬鹿力というやつで。やけに力が出た。

 目標の場所まで一秒で走れた気がした。

 陣内が座ってる。

 それを。引っ手繰って。

 暗証番号。

 四桁。「俺の勝ちだ。ジンナイ」開ける。

 空港大爆発。


      3


 旧通訳の、よろしいのですか攻撃にはもううんざり。

 よろしくなかったら一体全体どうしてくれるというのだろう。

「船長を脅して引き返させます」凶器を構えて殺る気満々だが。

 殺してしまったら。「どなたが運転しぃはるん?」

 なんのために空を見送ったのかわからない。荷物だけ先に空輸で旅立ってる。

「いざとなれば私が」

「せーだい気張りよし」やめてほしい。そんな事態だけは。

 むしろそんなことよりなによりも相当おかしいことがある。旧通訳を、

 空港に置いてきたはずなのに。

 なんで、

 乗ってる?

 間に合うはずがない。乗ってないのを確認して出港したのだから。

 なんで?

 泳いできた?

「何がご不満なのですか」いや、でもどこも濡れていない。

 同一個体?

 まさか。このわたしとしたことが。

 あんな乳臭いじじいに毒されるだなんて。

「ゆうたら直さはるん?」

「なんですか。はっきり仰ってください」

 そうゆうところが厭なのだ。

 とは言わずに。「あんたはんには別の仕事してもらいたいのやさかいに。うちのこと付け回すよりずうっと似つかわし」

「なんですか」こうゆうときの切り替えは早い。とびきりの長所なのだが。

 切り替えないでもらいたい。

 いつまでもねちねち引きずっていてほしい。未練がましいほうが好ましい。

 ニンゲンなど。

 醜いほうが美しい。「べいびぃしったあ」

「誰のですか」

「ええやん。言わさんといてえな」甲板に出る。

 潮風がべたつく。

 本当は船なんか厭だった。が、

 来なかったのだ。

 約束に。一週間後に。

 日付と時間を指定しても来なかったということは。

 来る気がないということ。

 駄目だった。今回も。

 フられてしまった。

 船酔いで蒼白い顔をしている新主治医に言う。「産科と婦人科掲げてちょうだいね」

「いや僕はその臨床はちょっと」

 照準。

「なんやの? 波の音がやかましうて」

「日本語お上手ですね」挙げていた両手。頭上の位置で拍手。

 調子がいい。

 お世辞を言えばその場を円滑に乗り切れるとでも。

「そうやろか。うちなんまだまだ」

 何年かかっても伝えられない。わたしは。

 あなたの、

 永遠が。「ほしいもん、手に入らへんの」


      4


 禎位サダクラがいなくなって十年経った。

 死んだということで構わない。死んだのだと思う。死んだことにされた。

 そのほうが都合がいい。

 私の都合はそのまま、国家権力の都合に直結する。

 このピラミッドで私より上にいるニンゲンはいなくなった。国内には。

 国外には、

 相変わらずあの女が君臨する。

 手は出せない。出さないことが国家に平和をもたらす唯一の。

 出すつもりもない。

 私にはもう欲しいものがなくなった。

 欲しいものがすべて手に入ったということではない。

 何も求める必要がなくなった。

 限りなく死んでいる状態に近しい。

 禎位が死んだとき、

 きっと私も死んだのだ。禎位は、

 全身を拘束されたベッドから忽然と姿を消した。拘束を解くには、

 専用の強力な磁石が必要であり、それは看護詰所に厳重に保管されている。

 とは言えない。

 手にすることができたのは、

 私以外。

 看護詰所に出入りできる人間ならば誰にでも可能だ。なにせ他の磁石同様ホワイトボードに引っ付けてあるだけなのだから。無用心にもほどがある。しかし、

 運よく磁石を手にできたとしても、そこから先に難航する。

 看護詰所を通らなければ、病棟の外に出ることができない。窓はあるにはあるが、

 天井付近に格子の嵌った小さいものが。ベッドの上に立って手を伸ばせば届かないことはないが、頭部を出すのが精一杯。

 禎位がいたのは、

 個室。

 ベッドを置いたら他に満足はスペースは残されていない。終日施錠。

 部屋にはカメラがあり、常時看護詰所のモニタに映し出されている。普段は録画はしないのだが、私の要請で特例を認めさせた。

 いなくなった日の映像を、

 もう何千回何万回と観ている。が、

 何の手掛かりも得られないのはどういうことだろう。

 映像が改竄されている可能性も含め、病院の全スタッフを取り調べた。私の得意技。

 結論から言うと時間の無駄だった。どいつもこいつも、

 それどころではないと言う。こんなことをしている時間が勿体ないから早く業務に戻らせてくれ、と。

 私だってこれが業務なのだから。

 有力な情報は得られなかった。捜査は迷宮入りを余儀なくされた。

 禎位ケージ失踪事件。

 迷宮に入れたのは他ならぬ私だ。私もそんなことに構っている時間がなかった。もっと重要なことが私の眼の前に前途洋洋と広がっていた。

 優先順位を誤らなかったお蔭で、

 現在の私の地位がある。優先順位を間違えたお蔭で、

 最も優秀だった元部下は人体消失した。

 捜さなかったわけではない。

 捜すなと、風の便りが届いた。

 あの女から。捜していいと、

 許可が下りるまでに十年かかった。さあ本腰入れて捜そうとしたはいいが、

 とっくに時効を迎えていた。

 遺体はないが墓くらいは作ってやろうとしたところに、

 とんでもない情報が耳打ちされる。あの女から。

 私はすべての会議を放っぽりだして空港に走った。無論一人で。一人で来いと呼びつけられたわけではない。一人で行きたかった。是が非でも一人で、

 私が迎えに行きたかった。

 禎位かと思った。

 よく似ているが別人だということが順を追って理解できた。十年経って多少なりとも縮むことはあるだろうが、

 伸びるなんてそんな常識外れな。若返るなんてこと。

 たったいま国際線で到着したばかり。大きなスーツケースを転がして。

 著しい既視感を覚えた。

 もしあのときとまったく同じなら、スーツケースの中に。

 あれが入っている。

 決して開けてはならない。開けてしまったからこそ、

 禎位はおかしくなってしまった。

 いなくなってしまった。

 二の舞は踏まない。二度と選択は誤らない。

「それをこちらへ渡してもらいたい」

「誰だお前」腹の底を唸らす重低音。若干十歳の少年から発される音階ではない。

 十歳?だろう。

 十年経った。

 それが真実だ。

「何か聞いてないか」つい不遜な態度をとってしまう。

「ここに来りゃ父親に会えるんだとよ。どうでもいいが」長身の少年は、

 スーツケースを大事そうに手元へ引き寄せる。

「どっか暖かいとこ連れてけ。こいつが」

 スーツケースの中身。

 まさか。

「凍え死んじまう」

「荷物扱いだったんじゃないだろうな」摂氏何度になると思ってる?

 氷点下だ。

 冗談ではない。

 冗談ではないのだ。生き物が入ってたらセンサに引っ掛かる。

「生きてるんだろうな」

「だろうな。でもさっきから返事がない」とんとん、と叩いた左手に。

 中指がないことに気づく。

 じろじろ見ていたら。

「ああ、これか。やっぱ目立つか」

「どうしたんだ。事故か」

「早いとこ連れてけよ。そんために来たんだろうが。ジンナイ」

 チヒロ。

 名前も思想も何もかもが筒抜けなのか。恐ろしい女だ。

 逃げられないではないか。

 確実に押し付けようとしている。いくら自分の手に余ったからとはいえ。

 私になんか預けてみろ。

 お前を捕まえるための英才教育を施してやる。

 とりあえず空港に隣接しているホテルに部屋を取った。長身の少年は、

 ホテルの従業員に荷物の運搬を断った。

 そうまでして大事なものが入っているらしい。そこには。

 なんだろう。

 見たいような。見てはいけないような。

 禎位じゃないことを切に願って已まない。

「生きてるんだろうな」

 入るわけがない。ばきばきに折り曲げない限り。

「ちょっとあっち向いてろ。やだったら出てけ」少年は、

 スーツケースをゆっくりと横に倒す。

 壊れ物が入ってるみたいな用心深さだった。「早く」

「わかった」大人しく後ろを向いた。従ったのには理由がある。

 少年は気づいてないのかもしれないが、気づいてやったとしたら相当のものだが。

 鏡があって。

 そこに映っている。いまからお前が何をするかがあられもなく。

 少年はロックを解除してスーツケースを中心から二つに分ける。

 開けた。

 中から、

 禎位が出てこなくて本当によかったが、もっと恐ろしいものが。

 白い肌。長く緩やかな髪。

 腕が出て、

 脚が出て、

 鏡に映ったのは後姿だったが、

 その立ち居振る舞いに見覚えがありすぎて。

 国家を揺るがすほどの美人。

 の縮小版。

「お父様から聞いていますわ。ジンナイ」

 チヒロ。

「あいつは違えだろうが。父親は」

「黙っていて?」ちーろ。少女は少年をそう呼んだ。

 鏡に眼球が釘付けされて身動きが取れない。

 くるりと振り向いた少女が、あかんべをしたその舌の上に。

 あったものを。

 鏡に投げつける。赤黒い粘液が飛び散る。

 結露したときのように。

 垂れてくる。

 鏡に正面衝突して床に垂直落下。したものを、

 拾おうと思ってやめる。

 鏡に映った少女が微笑む。「欲しいものがありますのよ。新しいお父様」

 どう見ても、

 指の切れ端。少年の中指がなかったことを思い出す。

 しかしさっきのいまで失った様子ではなかった。切り口も塞がっていた。

 だとしたら、

 一体誰の?

 ふと、

 自分の指の数が気になってくる。

 恐る恐る開く。よかった。

 これだ。

 これは、落ちてるのは。

 私の。「返してくれてありがとう」

 わたしは

 永遠が

 ほしい「のです。下さらない?」

 永遠という名を。

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わたしは永遠がほしい 伏潮朱遺 @fushiwo41

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