第7話 真似ぬ器官=マネキン+マヌカン
1
スーツケースは、
一週間後の朝届いた。
私よりやや大ぶりな陣内が入るかどうかは心許ないが、中を開けると。
無造作に紙が一枚。
何時何分発の。
空の便で。
国外逃亡を図る。という陣内チヒロの予想だが。
遅い。
わざと日付と時間を指定してあるところからして嫌味ったらしい。
ぎりぎりまで届けなかったのは、一週間前に私が巻き込まれたドン=ヘッヘルフのあれやこれについて、トップを独走中の私の思考に追いつくため。
レース途中で棄権したり脱落した主治医や旧友や孫や養子やメイドの死屍累々をなじり、あることないこと吐かせて。周回遅れにしつつあった私に脚を引っ掛けてまで。
勝ちたいのだ。
私に、じゃない。椿梅に。
大方陣内は本日未明から空港で張ってるのだろう。一週間前から、
かもしれない。奴ならやり兼ねない。
本当に空か?
海じゃないのか。地理的に陸は無理だろうが。
陣内の予想が大外れの可能性だってある。
新聞や雑誌の切り抜きも入っていた。
世間がどこまで私に追いつけたか見定めろ。ということでは絶対ない。あることないこと都合のいいように歪められた事実に、どれだけ面白おかしい尾ひれがくっついているか。伝言ゲームの成れの果てを見せびらかしたいだけだ。
あーあーはいはい。と適当に相槌を打ちつつ斜め読み。
にしても、
寒みい。
あの人でなしから灯油代ぐらい引っ手繰っとけばよかったか。
布団が湿っぽい。干してもいいが、
出掛ける予定が。
出掛けなくたっていい。この一週間ずっとそればっか考えてた。
出掛けたらおそらく二度と。
故郷の土を踏むことはできないだろう。
死ぬ。
殺される。
隷属する。誰が。
刺し違える。
それだ。
そうしよう。そのほかにあの大悪党を捕らえる方法が思いつかない。
呼び出しブザ。
は度重なるピンポンダッシュに耐えかねてだいぶ前に引退宣言をしたきり。要するに壊れている。私を訪ねたい場合は戸の向こうで声を張り上げるかもしくは。大家なんかは勝手に上がってくるのだが。
勝手に上がってこればいいのに。
玄関まで出迎えるのが面倒くさい。
「開いてますよ」
依頼か?こんなときに。
「ごめんください」女だ。「あの、サダクラさんのお宅でよろしかったでしょうか」
馬鹿丁寧すぎる。
電話じゃないんだから。
「開いてますんで」
「お邪魔します」と言ったものの、客人の女はなかなか顔を見せない。
脱皮にとかく時間の取られる七面倒のくさい靴でも履いているのか。
「ご旅行ですか」スーツケースのトラップに引っ掛かっていたようだ。「すみません。アポを取ろうと思ったのですが、その、お電話が」
つながるわけがない。
引いてないんだから。
「よくここ、わかりましたね」
椿梅関係以外の来客がいままであっただろうか。
ないな。
「どうぞ?汚いとこですが」
和紙の代わりに、不透明のアクリル板が嵌っている。立てつけの悪い障子は、如何ともしがたい。と言わんばかりに、帯に短し襷に流し的な、中途半端な開き具合を招かれざる客に容赦なく叩きつける。
要するに、コツがないとうまいこと開けられない。
うまいこと開けられるのは、人間界では大家、人外界では陣内くらいのものだ。人間界にも人外界にも馴染めない私には。
手に余る。
手を貸してあげたいのは山々なのだが私にもうまいこと開けられない。
寒かろうが暑かろうが中途半端に開けておくしかない。一度閉まれば閉まったまま。開け放ってしまえば開け放ったまま。極端至極な奴だ。
余談だが、
陣内の代筆サインをする機会があったら是非とも。
人外。
と書いてやってほしい。むしろ本名はそっちだろうと。本人も薄々感づきつつあるので後一押しと言ったところ。
こちらも後一押しと言ったところだ。「あの、すみません。これ」よくぞここまで独力で開けようと試みた。
その無謀な心意気を買って。
「開きませんよ」真実を伝えよう。
「早く言ってください」
「申し訳ない。面白かったもので」
メイド×2はこのことを知ってか知らずか玄関口で話を済ませてしまった。
私ばかりが挟まれているので理不尽に感じていた。よかった。
同類がいた。
「本当に申し訳ない。一旦離れてください」
コツはないが。ナレはある。
ここでようやく女の全体図を目視する。
か細い声の割に身長は高い。高いなどという穏やかな表現を避けるなら、
どでかい。
ボールのほうのバレーやら、ボールのほうのバスケットなんかをやってたのかもしれない。と直感。大概ハズレだが。
地味というか無個性というか。
そこいらですれ違っても次の瞬間すれ違ったことすら忘れてしまう。そうゆうありきたりな凡庸を漂わせている。
私の中の、女の外見基準が、椿梅。
だからすべての女が地味で無個性に見える。
椿梅ほど、派手で超個性な女はいない。いてもらっても困る。
心中しきれない。
「早速ですが」用だけ聞いて。
追い返すか。または追い返すか。
はたまた追い返すかを考えなければ。
「知ってると思いますが私は」探偵でも刑事でもない。永らく担当だった部署もあっけなくクビになり。
こんな空き瓶みたいな存在から得られるものは何もない。徒労とご足労以外は。
「このたびはいとこがお世話になりまして」その莫迦デカい女は、ぺこりと礼儀正しくお辞儀する。
どうもこの国民性はお辞儀が感染する。「ああ、はい。どうも」
いとこ?
「ココヅカといえばわかりますか。あの娘は勝てたんですよね?」
狸狐塚タスクの。
いとこか。
あまり似てない。
狸狐塚氏は頭のてっぺんから爪先まで完璧に外界を意識していたが。対してそのいとこは、化粧気がまったくない。肌も荒れて、基本的な手入れすらしていなさそうだ。
「勝って莫大な遺産を手にしちゃったから顔も見せてくれないんですよね?」
「会ってないんですか」会えるわけがない。
白を切ろう。
「おじいちゃんから」ドン=ヘッヘルフだ。狸狐塚氏の祖父なら、そのいとこにおいても同じく祖父に当たる。「手紙を受け取って、それで顔を見せにいったきり、何の連絡もなくて」
「手紙というのは」知らないふりだ。
「招待状です。ゲームの勝者に遺産をすべて渡すという内容の。ご存知ないですか」
ヤバい。
この女、気づいてる。知ってる。
なんて言ったか思い出してみろ。このたびはいとこがお世話に。
いとこがお世話になるようなことをしたのだ。
私は。
「勝者とやらは出てません」嘘は言っていない。
本当のことを言ってないだけで。
「あなたが勝ったのではないのですか?」前髪の分け目から。
眼が。
本当のことを言え。さもなくば。と脅迫する。
ちっとも怖くない。
もっと怖いものを身をもって知っている。誰とは言わないが。
「目的は遺産ですか。ココヅカさんが」いとこも狸狐塚氏であるという可能性。
いとこは特に注釈を入れなかった。
「申し遅れました。ヨシノザワです。ヨシノザワサキヤ。心当たりがあるんじゃないですか」
良ノ沢サキヤは。
「十代の少年だったと」
「はい。私の息子です」
見比べようと思ったが、
見比べる対象がここにない。どんな顔だったのかいまいち思い出せない。
どこにでもいる普通の少年。にしては、
不幸だった。あまりにも報われなかった。
「あなたの?」
「いけませんか」いとこは自分の年齢を追及されたのだと思ったのだろう。
どう見ても二十代。前半か後半かの瀬戸際。
良ノ沢氏が、
十代の一桁台を。無から有に移行させたところだったはずなので。
いや、ちょっと待て。そうじゃない。
そうじゃなくて。
良ノ沢氏は、
眼の前にいる良ノ沢氏から生まれたから良ノ沢姓を名乗っている?
ドン=ヘッヘルフも良ノ沢じゃなかったか。本名は。
良ノ沢氏は、狸狐塚氏から生まれたとか産んだだとか。目撃者が言ってなかったか。
旧友の陸代カランが。
「それはどうでもいいのですけど」どうでもいいのか?「あの娘は」
「どういう答えを期待してますか」
いとこは、肩からかけていた大きめのトートバックをあさって。かなり使い込まれているらしく、持ち手の部分が変色していた。見覚えのあるようなないような。
封筒が。
「こちらにも届いたのではないですか」
とびきりの嫌な予感がしてきた。
「さあ、満足なポストもないですしね」
「満足なポストがないお陰でわざわざもっていくハメになったのです。その節は」お辞儀の角度にも。見覚えがあるようなないような。
見なかったことにしたかった。
「どっちだ」
ドロシィか。
ルーシィか。愚問だと自分でもわかっている。
「なんで」生きてる?
私の記憶が確かならば。見間違いでないなら。
ドン=ヘッヘルフの館は、
爆破されている。椿梅によって。
引き鉄を弾かされたのは私だが。
「てっきり爆破に巻き込まれたのだと」
「巻き込まれましたよ」ドロシィだかルーシィだかは、
何百年も前に証明された自然科学の法則を説くみたいな口調で言うもんだから。
言い返そうと思った言葉が。陳腐だと錯覚させられる。
無駄だ。生きてるだとか死んでるだとか。
常識の範囲内にいない。
いとことメイドの顔を比べようと思ったが、
顔なんかどうとでもなる。仕草とか行動特徴で裏付けようと思ったが、
他ならぬ本人がそう言ってるんだから。
信じるほかない。疑うだけの気持ちの余裕がない、ともいう。
「あの建物はダミィです。あなたの元上司の眼を欺くための」
?
??
???
「爆破されたほうが?」
「意識を失いませんでしたか。ツバメ様が解答を提出されたのちに」
白い煙。あれか。
気を失ってる間に人体移動があったと。
そういうことか?
「よくわからないんだが」
意図と。効果が。
「あなたが招待されたほうの建物は、あなたの元上司の管轄外です。ドン=ヘッヘルフは、ツバメ様を招待するためあなたを」
「いい。知ってる」囮というか餌というか。「管轄外?なわけないだろ。あいつは」
「ツバメ様たっての希望で、あなただけを国に帰しました。案内役としてわたくしも同行させていただきました。ですから」生きてる。
ということは、裏を返せば。
国に帰れなかったニンゲンは。
「死んだのか」
主治医も。
旧友も。
孫も。
養子も。
「ルーシィはツバメ様の元に残りました。ドン=ヘッヘルフとともに」
「ヘッヘルフは死んでるんだろ? 死体持ってったってこと」
「ドン=ヘッヘルフは」永遠を「手にされました。ので、わたくしはその任より解き放たれ」いとこに戻った。
「ルーシィ連れてってどうする気だ。ヘッヘルフの死体も」ああ、そうか。
わかった。
永遠を。手にしたということは。
そういうことだ。
人体クリエイタだかアーティストだかの。
人体模型の材料になった。
「ドロシィさん」
「ヨシノザワです」
「ヨシノザワさん」紛らわしいな。「ダミィってことは」
人ない、おっと誤植。陣内が送ってきた新聞やら雑誌やらを手繰り寄せる。
焼け跡から身元不明の焼死体。二十代から三十代の女。
と思われる。
私が知らない、かつおそらく真実はこれだけ。
たったこれだけの情報からあることないこと胸びれ背びれを付けてくれている。あきれるを通り越していっそ。
「こいつも?」胸糞悪い。
「ドロシィです。同じものは二体も要らないと」
それがあのエレベータ内の。銃声。
椿梅が殺されていなかったことに安堵している私が。
椿梅はやはり大悪党で殺人鬼なのだと憤怒している私を。
見ている。
「なんかおかしくないか?」
ルーシィが椿梅のとこに残って。
ドロシィが殺されたんなら。計算式は、
2マイナス1マイナス1で。
1か?
いとこだか良ノ沢だかサキヤだかドロシィだかルーシィだかは。私を。
見ていない。
「みんな連れてかれてしまいました」いまごろ人体模型でしょうね。
2
通訳は連れてこなかった。
通訳の仕事が、通訳すべき言葉を再度繰り返すことだとしたら。
伝書鳩やボイスレコーダと同等と思って相違ない。
地下2階は予想以上に冷えた。わざと温度を低くしているのかもしれない。
腐敗を防ぐ目的で。
低温保存も試みて。
冷気が可視される。白い煙が天井まで。
「こちらです」白い手が現れる。「あるじがお待ちかねです」
「とても寒いのだけれど」行く価値がないということを婉曲に伝えたつもりだったが。
「すぐに済みます」婉曲では伝わらない。
凍え死ぬ前に終わらせるのが賢明だ。言い訳をつらつら並べている間に。
「お連れしました」手足がお辞儀する。
「ありがとう。下がってくれ」館長は湯船に使っていた。
白い煙は湯気だったかもしれない。温度センサが麻痺している。
畳の上に、
バスタブが置いてある。
「身体を綺麗にしようと思ってね。歯医者の前に歯を磨くのと同じさ」湯が透明なのだがまったく隠す様子もない。堂々と脚を広げて。「おっとすまない。見苦しかったかな」
「はよしいや」早く上がれ。通訳がいないので二重音声にする。
二度手間だが仕方ない。新しい通訳は内定している。
一週間の辛抱だ。
一週間後に本拠地に帰る。一年の休みを取る。
「このときを待ち侘びたよ」しぶきを飛び散らせながら立ち上がる。こちらに前面を見せ付けて。「さあ、どうすればいいんだね」
「ほな」さいなら。
銃口を。
この世で最も醜いものに向かって。
一発。
湯の色が変色する。汚く濁る。
そのくすんだ畳の色に似つかわしい。鈍い黒い斑の。
倒れる。
漏れる。声にならない。
音ですらない。
湯のほとんどが畳にぶちまけられる。
沈んだのか。浮くのか。
分離した。
「や、くそくが」違う、
とでも?瀕死の呂律で。
そんな約束。最初からしていない。
永遠などくれてやる。
永遠は固定だ。動かないこと変わらないことこそが。永遠。
死をもって。
永遠が手に入る。
「せーかいやろ?」
地上5階では、
不正解の衆が不安一杯に待機していた。相当退屈していたのだろう。何かが起きてくれることを待ち望んでいる眼だった。
ならば起こしてやろう。
銃口を向ける。
「何の真似だね」黄泉返りじーさん。
「ほな」さいなら。
思想にも外観にも価値が見出せない。処分するに限る。
発射。
命中。
「わたしの邪魔をするのなら」永遠を「あげましょう。だけど、大人しくしていてくれるのなら」0と3の円柱。「あそこに入っていて?」
動けない。礼儀正しい坊や。
動かない。
「あんたの言いなりになんか」威勢だけはいいけれど。
勇気は無謀と同義。
「伝わらなかったかしら? 死にたくなかったらあそこに」3に。「入ってなさいと言っていますのよ。そう。入り方がわからないのね」
0の台座。金属レリーフは蓋になっている。開くと、
液晶。そこに指で、
0を表現する。
円を描いて。塗りつぶす。
ロックが外れて。手前に開く。
半円。
坊やの同一個体を。ドロシィが取り出して。
カートに載せる。
がらがらがらがら。
「入ったらまたロックするの?」坊やが尋ねる。
「展示替えですもの」
坊やがちらりと。
小娘は、
床面に這い蹲って痙攣する黄泉返りじーさんを見ている。
「どうするわけ?」
「どうもしませんわ。材料にもしません」
「あたしは?」なかなかいい眼だった。
さすがは、
新通訳候補。
わたしに歯向かう小娘などそうそういない。「わたしに隷属しませんこと?」
「人体模型になれってこと? 厭よ。嫌、どうして」
ならない方法を提示してあげているのに「おわかりにならなくて?」
「わかんないわよ。わかりたくもないわ」小娘は眼に涙を溜めていた。
泣くほどのことかしら。
「あんたもね」小娘は、坊やに向かって怒鳴る。「ほいほい従ってんじゃないわよ。んなとこ入ったらね、鍵かけられてはいさよならに決まってんじゃない。死にたいの?」
銃口。
「従ったほうがよくてよ?それ」展示ケース。「弾は貫通しませんわ」
「嘘に決まってんでしょ」
聞こえたのか聴こえてないのか。坊やは、
自分から円柱に入り。
半円を円に戻した。
「なにやってんのよ」小娘が急いで0の円柱に駆けつける。透明な壁を叩く。「開けて。開けなさい」
自動でロックがかかる。
「開かないよ。どっちにしろ、俺はここで死ぬから」坊やは脚を抱えて座る。「痛くないほうがいいだけ。そんだけ」
小娘が。
振り返ってわたしを睨みつける。ああ、
その眼。
得がたい。
希少価値の。わたしが欲しいのは。
床に転がっているもう一体。
「起きてくださいな。死んだ振りはもう沢山ですわよ」軽く頭部を蹴飛ばす。
動かない。
動けない?
「時間がございませんの。ねえ」屈む。
息はある。鼓動も安定。
わざと?
ソンナニワタシガオキライ。
「やっぱグルなんじゃない。最初っからそうやって、あたしたちを騙して」
撃つ。
わざと。
外す。
「もう結構よ。お黙りなさい」
弾を装填する。様子を見せ付けた。
次は本当に中てるという意味を込めて。
服が汚れてはお帰りの際に不都合でしょうから。下半身だけ脱がす。
上に跨って。
「なにやってんのよ」
「次にお声が聞こえたら、その次のお声は出せないと思って?」銃口。
撃つ気なんかない。
こっちを撃たせなければ。銃身に触れる。
本当に眠ったままなのか。とっくに眼が覚めているのか。
確認するだけの時間が。
硬くなる。熱い。
解離?離人?
自身の根幹に触れる事象に出くわすとその防衛機制として。
眠くなったり。意識が遠くなったり。現実感がなくなったり。
夢の如く。
なっているのだろう。あのときのことも。
記憶に留めるだけの価値もない。思い出すだけの意味もない。
その程度の。
憶えていないのは。
夢で放ったときの証拠がなにひとつ残っていないから。
股間の染みも。
死骸を作るのが勿体ない。到達できない分が死ぬのは仕方がないとして。
「アタマおかしいんじゃないの?」
発射。
外した。命中。
わからない。念のためもう一発。
動く。
「うるさくてよ」
銃口。
「撃ちなさいよ。あんたたちのキモチワルイ人体模型になんか。そんなのになるくらいならね」
だから、
人体模型になどしないと。
「散々言っていますのに。わかっていただけませんのね」
「わかりたくもないわ。頭おかしいのしかいないのよ、ここは」自分も含めている。
駄目。
諦めては。抗っても無駄だと悟っては。
そんな眼は、
見たくない。要らない。
とっくに覚醒しているくせに。
どうして眼を開けてくれないの? ただただ設計図だけが人造される。
「早く殺しなさいよ」ちまちまちまちま。「無駄弾撃ってないで。あんた、あたしにどうしてほしいわけ? 隷属?なによそれ。奴隷にでもなれっての? 冗談じゃないわ」
「本気ですわよ。ちょうどひとつ、椅子が空いたところなの」通訳の。
わたしの。
脳外コレクションの一部に。引き抜いて。
咥えさせて。
下半身の気だるさではなくて。海馬の蓋を取り払って。
気づいてもらいたい。
わたしが、
どれほどにあなたを求めているのか。
10の台座。
液晶を指で。
五日ほど足りない。潮が満ちるまでに。
月が。
満ちる。
「手伝ってくださらない?」小娘に言った。
何事もなかったかのように。
人体を持ち上げる。重たい。ドロシィにも手を借りる。
キスで呪いが解けるなら。
とうにわたしは溶けている。「ようやくお目覚めですの?」
3
目覚めない同一個体を折り曲げてスーツケースにぶち込む。
四桁の暗証番号。
付着した血痕を拭き取る。荷物検査で引っ掛かっては困る。
飛び散った血液は、
スーツの色の濃さのお蔭でわからない。
見張られている可能性。
私が共犯だという証拠を押さえたいなら当然。いた。
堂々と、
アパート横付け。
「駐禁じゃないのか」
なぜか運転席が無人だった。
助手席に陣内が。「迎えに来るべきか迷ったんだ。時間にルーズな君のことだから、このくらいの遅刻は覚悟してたけどさ」
「どうやって来た?」
奴は絶対に運転なんかしない。
「荷物載せなよ。ほら」トランクが開く。
入らない。余計なものを積みすぎている。
後部座席。
転がると中身がぐちゃぐちゃになる恐れが。シートベルトで固定。
「よかった。てっきり詰められるのかと思ってたよ」
「合ってるんだろうな」時刻確認。「違ってたら」
「そうだな。代わりに君でも捕まえようかな」
車内は蒸すほど暑かった。暖房を切って風を入れ替える。
正直、暑い云々より。
陣内が吐いて吸った空気を吸って吐かなきゃならないのが苦痛で仕方なかった。
「間に合うか?」所要時間が皆目見当つかない。道順も。
陣内が液晶をいじる。親切な機械が教えてくれる。
絶対に。例え瞬間移動したところで。
間に合わないと。
「悪く思わないでくれよ。飛行機でも落っこちない限りは」確保できない。
私のカレンダが二ヶ月ほど前に寿命が尽きていることを。時計も一日に二回しか合わないことを。全部計算のうち。
一週間後は。
昨日。
終わってる。
「お前を詰めとくんだった」
パンダに取り囲まれる。
陣内を人質にして立て篭もろうかとも思ったが。このまま。
スタータ音。
「ちょっと付き合え」アクセルを踏み込む。
行けるとこまで行ってみよう。
パンダの群れを蹴散らす。
「君と逃避行できる日が来るなんてね」人無いが後ろを向く。「あれ、入ってんだろ。返してくれないか。大事な」運転手なんだ。
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