第3話

 十月三十一日に行われるハロウィンとは、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す宗教的な行事であるという。人間たちがモンスターの仮装をするのは、「私たちはお前たちより怖いんだぞ」と悪霊を脅して追い払うためとか。

 けれど、そんな意味をどれだけの人間が知っていて、ハロウィンパーティを行っているのか疑問ではある。


 俺の肩に頭を乗せてうつらうつらしているドレス姿の絵梨の、その身体を支えながら、彼女の首元にそっと顔を寄せて思う。

 やはり、いい香りがする、と。

 とても美味しそうないい香りだ。

 大丈夫。

 噛み跡なんて野暮なものは残さない。

 君は俺の大切な人だから……。


「嫌だ、おふたりさんったら、いい雰囲気じゃない?」

 女吸血鬼の仮装をした律子の陽気な声が降ってきて、俺は慌てて顔を上げる。すると、律子は更に顔を寄せてきた。

「な、何だよ?」

「やっぱり似合うなあと思って」

 不意に笑顔になって律子は言った。

「吸血鬼伯爵って感じだよねえ、慧って」

「……褒められてんのかなあ、それ」

「褒めてるよ。イケメンじゃないとはまらない仮装だよ。うわ、その牙、リアル!」

「え? そう?」

 思わず口元を手で覆う。今更だけど。


 ここはハロウィンパーティの会場だ。

 高校生という身分を隠し、決して安くない会費を払って数人の同級生たちともぐり込んだ。

 周囲を見渡すとありとあらゆるモンスターたちが楽しそうに騒いでいる。

 さてさて、この中にどのくらい『本物』が混じっていることやら。


「大丈夫なの? 絵梨ったら、ぼうっとしてるけど」

「さっき、シャンパンをジュースと間違えて飲んじゃったんだよ」

「えー、しょうがないなあ」

 それから、律子は時計を見て時間を確認すると、溜息交じりに言った。

「あたしたち、もう帰るよ。絵梨、やばそうだし」

「送ろうか?」

「いいよ、タクシーで帰るから。慧は楽しんでって」

「判った。気を付けて」

 手を振って彼女たちを見送った後、俺も椅子から腰を上げる。

 今日は十月三十一日。

 神無き月の最後の日だ。

『当番』の俺は、今夜、日付が変わらないうちに、祠の扉を閉めるという最後の仕事が残っている。

 

 俺たち一族は人間ではない。

 その昔、ご先祖は一族の血を存続させる代わりに、人間を脅かす『力』を封印するという契約を神とかわした。こうして力を抜かれた俺たち一族は、ただの人間という化けの皮を被って大人しく今まで生きてきたのだ。そのご褒美というわけでもないだろうが、神がいなくなる十月だけは、力を取り戻すことを許されている。

 俺たちは、毎年律儀に『当番』を決めて、力が閉じ込められている祠の扉を開ける。力は解放され、俺たちは本来の姿に戻れるのだ。

 けれど、時間が経つにつれ、封印されたその力は少しづつ変貌していくようで、年寄りたちは苦笑を交えて言うのだ。お前たち、若い世代の者はもうほとんど人間と同じだ、と。神聖な光もそして神すらも畏れることは無くなるだろうと。

 人間と同じ?

 いつか、この化け物モンスターの血は消えて無くなってしまうというのだろうか。

 けれど、俺たちは人間とは違う。

 例えばこうして取り戻した圧倒的な力を使って、誰かを脅かしたり、虐めるなどという残酷なことはしない。

 ほんの少し、自分のために使うだけだ。

 例えば、恋慕している女の子に、好きだよと囁くようにその首筋に唇を這わせ、俺の息吹を彼女に、彼女の血を俺に……そうして自分のとりこにしてしまう、なんてことを。

 そのぐらいならバチは当たらないだろう?


 俺は盛り上がっているパーティ会場を後にした。

 今宵はこんな怖い姿をして街を歩いていても目立たなくていい。誰も悲鳴をあげて逃げ出したりしないのだから。

 ふと空を見ると見事な月が浮かんでいる。

 不穏でいい夜だと思っていると何処からか賑やかに騒ぐ声が聞こえてきた。何気なく振り返ると歩道に仮装の一団がいて、彼らは酒瓶を掲げて陽気に叫んでいた。

「モンスターへ乾杯!」


 俺はにやりと笑うと、マントをひるがえし深い夜の中へと姿を消した。



おわり

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モンスターへ乾杯! 夏村響 @nh3987y6

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