第2話

 首から下げている『鍵』を制服の上から指でなぞる。

 今朝、こんなに早く家を出たのは、学校に行く前に開けなくてはならない『扉』があるからだ。

 この街は都会だけど、大通りから一本道をそれると入り組んだ路地が現れる。迷路のような道を進んでいくとやがて朱色の鳥居が見えてくる。俺たち一族が先祖代々、お世話になっている小さな古い神社だ。

 鳥居の前で一礼して、小さな声で自分が何者か名乗りを上げる。一呼吸おいてから境内に足を踏み入れた。

 水場で手と口をすすいで清めるといよいよ奥へと進む。お賽銭をあげて拝みに来たわけではないから、そこはスルー。目指すは神殿の裏側だ。

 そこには小さな祠がある。

 よく注意しなければ気付かない、存在感のない古ぼけた祠。

 念のため、周りに人がいないか確認してから祠の前にしゃがみ込む。鞄を脇に置いて、首から下げている『鍵』を服の中から引っ張り出した。

 鍵と呼ぶには妙に丸いシルエットだ。祠の扉にあるやはり丸い鍵穴にそれを押し込むとかちりとはまった。それが合図に、祠の扉がゆっくりと外側に開き始める。

 さすがに緊張して俺は立ち上がり、数歩後ろに下がった。

 じっと祠の奥をみつめていると、暗く狭い空間から、何かが光ったのが判った。その光は次第に大きくなり、祠の中では納まりきれず、とうとう外へと弾き出た。ようやく自由を得たとばかりに、その輝く塊は、長い腕を伸ばすように広がると、早朝の仄明るい空に飛び、神社の境内を昼日中ひるひなかのように明るく照らした。

 その場にただ立ちつくしている俺の身体がぴりぴりと痛む。きっと、今、この空の下にいる俺の一族の者はみんな、同じ状態を味わっているはずだ。

 俺は恍惚として、空に向かって手を伸ばした。



 いつもの時間の登校となるように、コンビニに寄って時間を潰してから学校へと向かった。校門をくぐったところで後ろからなじみの声が聞こえてきた。

「慧! おはよう!」

 振り返ると、案の定、律子だ。隣には彼女の親友の絵梨もいる。

 律子は大きく手を振って存在をアピールするが、絵梨はとても大人しい。黒髪で色白で、いかにも清潔そうな女の子。近づくといい香りがする。

 ストレートに言えば、とても俺の好み。

「おはよう」

 のんびりと返すと律子は俺にぶつかるようにして止まり、隣に並んだ。

「ねえ、今日から十月だよ」

「ああ、そうだな。神のいない危ない月だ。気を付けないと」

「え? 神? 何に気を付けろって?」

「なんでもない、冗談だよ。で、十月が何だって?」

「勿論、ハロウィンだよ。鈴木たちと派手に遊ぼうって計画してんの。慧も来るよね? 慧って鈴木たちと仲いいもんね?」

「ああ。それ、鈴木から聞いてる」

 思わず笑がこぼれる。

「俺も誘われてるよ」

「それじゃ、一緒に行こうよ」

 目を輝かせて律子は言う。

「絵梨も一緒に、三人でおそろいの仮装しない?」

「おそろいって?」

「例えば、吸血鬼の仮装とか。慧、似合いそうだもん」

「吸血鬼? お前も? テディベアの着ぐるみでいいんじゃないの?」

「それ、どういう意味よ。ねえ、絵梨」

 と、少し後ろを歩いている絵梨を振り返って、律子は同意を求めた。

「ひどいよねえ?」

「え? う、うん……」

 曖昧に頷く絵梨に俺は優しく言う。

「絵梨は吸血鬼に狙われる貴族のお嬢さま、なんていう仮装がいいかもな。ドレスが似合うよ、きっと」

「……え? そう、かな」

 ぽっと頬を染める彼女の様子に、これは脈ありかと俺は柄にもなくときめく。にこにこしていると、絵梨が困ったように小さな声で言った。

「でも、だめだと思う」

「え? だめって何が? 仮装が嫌ってこと?」

「そうじゃなくて」

 絵梨は登校してくる生徒の群れを見回して、更に小声になる。

「だって、去年、ハロウィンパーティでお酒飲んで酔っ払った高校生がいて、一時、意識を失って病院に運ばれたりして騒ぎになったでしょう? あれでうちの学校ではハロウィンパーティに参加するのは禁止になったじゃない」

「そんなこと」

 律子がにやりと笑った。

「みんなこっそりやるのよ。みつからなきゃいいのよ」

「そんな問題じゃ……」

「大丈夫」

 俺はそっと絵梨に近寄ると小さな声で言った。

「絵梨のことは俺が守るから」

「……え」

「ちょっと、今の何よ」

 律子が怒ったように言うと、絵梨と俺の間に身体を滑り込ませた。

「私と絵梨と、随分、対応が違うんですけど」

「そうかな?」

 俺がとぼけて笑うと、絵梨は恥ずかしそうに顔を俯けた。

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