モンスターへ乾杯!

夏村響

第1話

けい! いつまで寝てるの! 起きなさい!」

 ふすま越しに母の声が聞こえる。

 高校生になってから部屋の中にまで押しかけてくることは無くなったが、彼女のよく通る高い声は廊下からでも脅威だ。

「起きたよ」

 布団の中から急いで返事をすると、すぐに足音はぱたぱたと廊下を引き返していった。

 ほっと息をつき、枕元の目覚まし時計を見るとまだ五時前だ。いつも七時に起床する俺は憮然としてしまう。

 何だよ、こんな早い時間に。

 布団の上で半身を起こし、まだ眠気の去らない頭を掻いていると、はっとした。壁にかけているカレンダーが目に入ったのだ。

 そうか、うっかりしていた。

 今日は十月一日。

 俺はそろそろと立ち上がり、今更ながらカレンダーをみつめる。

 十月は神無月かんなづき

 つまり、ありとあらゆる神が出雲に集まるため、他の土地に神がいなくなる月だ。

 そして。

 今年の『当番』は俺だった。

 

 

 制服に着替えて階下に降りると、卓袱台ちゃぶだいの上にはすでに朝食の用意が出来ていた。母はいつもの和服姿に割烹着という姿で少し困ったような顔をして味噌汁の碗を俺の前に置く。

「大丈夫だよ」

 母が何か言う前に俺は口を開いた。

「うまくやれるよ」

「……そう? お前はまだ高校二年生なんだから早いと思うんだけど……」

 俺が朝食を終えて立ち上がっても、母は心配そうに言葉を続ける。

「今からでも誰かに代わって貰えないかしら」

「何言ってんだよ。当番なんて、そんなのただの順番だろ。いずれは回ってくるものなんだから。それに母さんは中学生の時に最初の当番をやったって言ってなかった?」

「そうだけど、母親としては心配なのよ。……ちゃんと鍵は持った?」

「勿論」

「上手くやるのよ」

「判ってるって。ただ開けるだけじゃないか。失敗のしようがないよ」

「言葉で言えばそうだけど……神無月の、ひと月だけの自由だけど……危ないことだということを忘れてはいけないわ。人に見られてもいけない。……気を付けるのよ。親切そうに見えても連中は私たちを敵視するのが普通なんだから。危害を加えられないように用心なさいよ」

「……うん」

 敵視、か。

 俺は複雑な心境で頷いた。

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