2-3

 何事もなく夏休みの成果テストが終了した午後二時半。通常授業では、六限目が始まったあたりの時間帯であるが、テストしか時間割に組み込まれていない僕達は即放課という流れになった。


 部活動などに参加していない僕は、そこで得られるはずの名誉や涙、それから汗を代償に多大な自由時間を手にすることができている。

 そういうわけもあって、終礼が終わったと同時に鞄を持って下校しようとした僕であったが、廊下を出た瞬間に見覚えのない生徒から声をかけられた。おそらく、この子が噂の転校生なのだろうと、あたりをつけた。


 薄く茶が入ったショートカット。両サイドのお下げには小さなリボンが付いている。なんとも可愛らしい小動物じみた雰囲気のある外見であるが、たった一部、目だけに関してはそのふんわりとした印象から逸脱して、どこか気が強そうに思われた。

 突然のことに理解の追いつかない僕は、それでも何とか彼女の言葉を待つことにした。睨みつけているかのような瞳を見つめ返した。


「ねえ、アンタ暇なの? というか、暇よね。ちょっと付き合いなさいよ」


 一五〇センチもないだろうという身長に反して、ひどく大きな態度であった。


「暇には暇だけど。でも、いきなりそう言われても困りますよ?」

「え? ……あれ?」


 彼女はなにやら困惑しているようであるが、その反応は僕がした方が自然というものだろう。

 先程まで彼女が握っていたと思われる主導権の在処ありかが不明となってしまい、このままでは二進にっち三進さっちもいかない。二人でただただだまり続けるという展開を回避するためにも、僕は口を開いた。


「そうだね。じゃあ、まずは自己紹介をしてみようか。僕は河合翔太っていうんだけど」

「? 岩内いわない姫子ひめこだけど? これって必要なことなのかしら?」


 苦し紛れのテンプレめいた言葉に対し、彼女改め、岩内さんは甚だ疑問だという表情を作る。思わず、話しを広げようとしてあげたのに! という感情が浮かんでくるが、何とか溜飲を下げる。

 深呼吸数回し、もう一度頭の中に『岩内姫子』という名前を思い浮かべ、そしてようやく気がつく。


「あ、もしかして、僕達同じ小学校だったとか?」

「? あ、そういうこと。だから話が噛み合わなかったんだ。そうよ。というかアンタ、もしかして忘れてたの? あたしのことを」


 忘れてた云々の前に僕と彼女はあまり接点がなかったような気がする。田舎の小学校であり、クラスが二つしかなかったため何度かクラスメイトになったこともあるが、だからといって席が横になっただとか一緒に喋っただとかそういった記憶は全くなかった。

 それでも、もしかしたらという疑念が拭えないので、小学校に入学してから卒業するまでの六年間を必死に思い出してみる。


 そしてある出来事に思い当たった。


「確か、卒業式でボロなきしていたような……」


 中学からは、彼女だけが違う中学に行くことになっていたのだが、それを加味してもなお、当時の泣き顔はすごかった。くしゃくしゃにした紙の方がまだ綺麗だと思えるほどに、涙と鼻水でその顔をぐちゃぐちゃにしていたのだから。

 岩内さんは一瞬、ピンとこなかったようだったが、すぐに気がついて羞恥に頬を染めた。


「ちょ、ちょっと、そんなこと言わないでよ! 誰かに聞かれたらどうすんの! 恥ずかしいじゃない!」


 低い身長を精一杯伸ばして、手で僕の口を遮ろうとした。

 思春期まっただ中の僕は、手とは言え、異性と接触するのを嫌って反射的に一歩後ろに身を引いた。空を切った彼女の手はしばらく宙を漂った後、ギュッと握られて口元まで移動した。


 ぶりっ子のような、いわゆるあざといポーズの完成である。


 泣き脅しでもされるのだろうか、と一瞬不安になった僕だったけれど、真実は違った。岩内さんは何かを喋ろうと必死に口をパクパクしながら、けれども何も言うことができないようで数十秒が経過した。

 やがて、決心がついたように目を固く閉じ、口を開いた。


「と、とりあえずここから出るわよ! 来てくれるわ、よね?」


 どうやら、本題を言うのは先送りになったようである。

 開かれた瞳には不安が揺らいでいた。そんな状態の岩内さんの頼みをまさか無下にすることもできず、僕は頷いて近くのカフェへと移動することしかできなかった。


 神様に赤い糸のことを問いただすのは、また明日にしようと思った。

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ハロウィンナイトに赤いカーテンを 現夢いつき @utsushiyume

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