第7話 黎明

 建物をさらに奥に進むと、風が吹き込んできた。

 外が近いのだな、と思いつつ歩みを進める。


 進み、進み、進む。


 どれくらい進んだかわからないほどに進んだ。おそろしく巨大な建物なのだな、とこの時点で気づく自分に、少し苦笑する。


 やがて、床に積もる埃に、砂塵が混じるようになる。砂塵は、次第にその分量を増していき、やがて室内には埃よりも砂が積もるようになる。


 そして。


 外に繋がる穴を発見する。元は扉か何かがあったのだろうが、そんなものはとっくの昔に消えてしまって跡形も無い。


 穴を通り抜けると、洞窟のような場所に出る。洞窟の先から、光が差し込んできていた。


 その光は橙色。私はその光に惹かれるようにして、足を進める。


 そして、外に出た。私が出た先は、岩山の崖のような場所だ。


 丁度、私は東を向いているようだった。橙色の光が、深い青の帳を押しのけて、少しずつ、少しずつ上昇している。


 眼前に輝く朝焼け。寝る必要のない体なので気づかなかったが、とっくに一晩が過ぎているようだった。


 その橙色を見て、旅が始まったばかりの頃に見た夕日を思い出す。

 あの夕日を共に見た旅の仲間は、もう満足してだろう。


 今は私は一人、黎明の光を見る。


 別に、これが初めての朝焼けではない。何度も、何度も……それこそ数え切れないほどに、見てきた。


 そしてこれからも、幾度となく見るものだろう。


 けれど今日は。この朝焼けを心に刻もうと思った。


 もう居ない、彼のことを思い出しながら。


                 ○

 

 この地上から人々は消えてしまった。


 けれど、人々が残したものはここにある。

 少しずつ風化し、砂と同化しながらも、未だにこの地上にある。


 彼らが残したものが、この旅に彩りを与える。


 終わりの見えない私の旅に、新しい旅が加わる。


 目的のない旅と、目的のある旅。

 どちらが有意義なのかは、言うまでもないだろう。


 ゆえに、私は彼らとの出会いを求めながら、東西南北ふらりふらりと、砂の世界で歩みを進める。


 乾いて朽ちたこの星の、延々と続く砂の海。

 その中において、私はこの体が果てるまで、旅を続けるに違いない。


 夜に輝く星を想う。

 孤独に輝く星は、孤独なのだろうか。


 いや違う、と否定する。

 それは孤独とは違う、気高い輝き。


 孤高と呼ぶべき光。


 この砂の海の中で、かくありたい。そう心のどこかで願う私がいる。それを自覚してこそばゆさを覚え、苦笑しつつ、一歩を踏み出す。


 すると、深く砂の中に沈んだ足先に、砂とは違う感触がした。

 こつり、と硬い感触。硬質の何かがそこにある。


 何だろうか、と思い拾い上げてみる。

 それは半分以上が錆びた指輪であった。


 人工物。それを見た瞬間、目を見開く。

 そっと拾い上げ、耳を澄ませる。


 すると、新しい旅の道連れの、微かな声がした。


 新しい旅が始まる。その予感に胸が高鳴る。


 口の端を綻ばせ、笑みを浮かべる私がいた。

 



 終わってしまった星の中で、私は新たな旅の軌跡を、砂上に刻む。

 一人で。そして、たくさんと。




                         『砂海のアルファルド』 完

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砂海のアルファルド 眼精疲労 @cebada5959

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