第6話 終着
「あだっ」
体が何かに打ち付けられた痛みで、意識が覚醒する。
目を開けると。
「いててっ」
細かい何かが続々と目に入ってきた。
無意識のうちに口を開いていると、今度は口にもそれが入ってくる。
「うえっごほっげほっ」
思わず咳き込んでしまい、体をよじる。
「う、うわわっ⁉」
次は落下する感触。ごろごろと斜面を転がり落ちているようだった。
「あいたっ」
再び、何かに体が打ち付けられる感触。それと同時に、この身を包んでいた落下感も消える。
なんなんだよ、と思いつつ呻き、ゆっくりと目を開く。
「…………ここは、どこだ」
私がいる場所は、一面の砂漠とは全く違った場所だった。転がっていたテンガロンハットを拾い上げ、落ち着いて周囲を観察する。
白い床と白い壁、そしてアーチ形の白い天井。
壁には、火ではない、それでいて温もりのある白い光が等間隔に並んでいる。
これら全て、明らかに自然物ではなかった。となると、思い当たるのは一つ。
「……旧文明の遺跡か」
そう独りごち、もう一度天井を見上げる。
天井には穴が開いていて、そこからは砂が落ちてきていた。また、床の一部分に、何か強烈な衝撃で穿たれたような跡がある。
おそらく、私の“奥の手”によって作られたものだろう。
私の奥の手は、サンドワームの体を穿ち、砂を掘り進み、この遺跡の天井をぶち抜き、そして床で力を失い消えた。こう推測するのが妥当だろう。
私の奥の手が天井に穴を開けたせいで、この空間に砂が流れ込み、その結果流砂が起きたのだ。
「まさか旧文明の遺跡にたどり着くとは……。いや、偶然にしてはすごいんだけどさ」
そう独りごち、小さくため息を漏らす。
「……そもそもここ、出られるのか? それに……」
私の隣に立つトオルを見る。私の旅の目的は、トオルが目的とする地に行くことであった。だから、今の状況は、非常に好ましくない。
と思っていると。
「いや姐さん、ここは……」
トオルがきょろきょろと周囲を見回す。どうしたのだろうか、とトオルを見ていると。
「……ここ、目的地です」
「……は?」
まさかのトオルの発言に、思わず間抜けな声が漏れる。
「…………嘘じゃあ……ないな」
トオルの顔を見ると、真剣そのものである。そこに嘘は欠片も存在しない。
「……そうか、ここが」
旅の終わり。そして、私たちの関係の終着点。
「それじゃあトオル、さがそうか」
「そうですね、さがしましょう」
私たちはそう言葉を交わし、建物の中を進む。
この建物はどうやら半月状の、細長いドーム型をしているようだった。
この星にあるこのような旧文明の建物は、すべからく経年劣化している。それは、この建物もそうなのだが、比較的マシな状態にあると言えた。
室内灯が点いているところを見るに、どうやら建物の電源は生きているらしい。
気の長くなるような年月を経て、なお健在であるその電源に舌を巻く。一体、どのような動力を用いているのか、と好奇心がうずいた。
保存状態はいいが、この手の遺跡にはどうしても避けられない、盗掘被害にあっているようだった。
建物内の居住区らしき部屋をいくつか見て回ると、不自然に破壊された場所や、あるいは不自然な空白が見て取れた。
この遺跡は、おそらく文明崩壊から数世代の間、人々が暮らしていたらしい。
というのも、建物の中には、壁に人々の名前を刻んでいる場所があったのだ。
どうやら、そこは墓地代わりのような場所に思える。
人の名前と、その人の人柄、そしてどれくらいの間生きて、どのようなことをしていたか、ということが壁に記されていた。
これは珍しいことなので、記憶に深く刻んでおいた。
さらに、進む。枯れ果てた植物を生育している、稼働中のプラントがあった。
死をひたすらに孕んでいるその場所は、この場所の電力が途絶えるまでずっとそのままなのだろう。
おそらく、この建物の中で暮らしていたコミュニティで、植物の生育についての知識を持っている人間が死に絶えて以来、放置されているのだろうな、と思った。
さらに、進む。
「……なるほど」
そこには白骨化した人々の亡骸が無数にあった。崩れ落ちて散乱している亡骸や、床に転がっている亡骸があり、部屋に入るとほこりまみれのベッドで横たわっている亡骸があった。
おそらく、何らかの病が流行し、そしてこの集団を全滅に追い込んだのだろう。
この場所が、この集団の終焉の地だと私は悟った。
それはつまり。
「……なあトオル、ここが……もしかして……」
「そうですね。ここに、きっと」
トオルは私をまっすぐ見据えて、頷く。私はこれ以上の語る言葉は不要かと思い、それを探すことにした。
かつて人々の息吹が溢れていた空間は、今や巨大な
この星の縮図のような空間は、死の停滞で満ちていた。
私は探しものを続ける。そして。
壁にもたれかかるようにして朽ちている、一人の亡骸にたどり着いた。
その亡骸は、骨で判断するに男。年のほどは……おそらく、十代や二十代の若い人間のものではなかろうか。
そして、その亡骸は。
トオルが着ているものと似たような、しかしトオルのものとは違い、朽ち果てた状態の衣服を身に纏っていた。
「……トオル」
「ええ、ここですね」
トオルがにっこりと笑い、認める。
「ここが、僕が戻るべき場所です。僕はここにいるべきだったけど、何者かに“奪われた”。おそらく、盗掘被害にあったんでしょうけど」
「……まあ、そんなところだろうな」
私とトオルはそう言葉を交わし、しばし沈黙。
トオルが、ぽつりと切り出す。
「……今この場において、僕の目の前で倒れている、“かつての僕の持ち主”がどのような人間だったのか、その知識と記憶が溢れてきます。
……不思議なものですね。僕と彼は違うのに、彼の生前と全く似たような姿で僕は顕現した。そして、今この瞬間、彼の人生を急速にトレースしている」
「それはきっと……お前らが、そういうものだからだよ」
「……みんな、そうだったんですか?」
「ああ、私が運んだお前のようなやつらは、みんなそうだった」
「……なるほど。今、本当に穏やかな気持ちです」
トオルはすっきりとした笑顔を浮かべる。そして、トオルの像が、次第に薄れていく。
旅の終わり。そして、一つの想いの終わり。
「僕はあるべき場所に戻れた。……姐さんのおかげです」
「気にするな。これは、私が私に課した、私のやるべきことなのだから」
私がそういうと、トオルはふわりと微笑む。さらに、その像が、存在感が薄まっていた。
「姐さん、この旅は……本当に楽しかったです。色々なものを見れましたし、色々なことを知れました。姐さんの鮮やかな戦いぶりや、砂漠に出来る大きな湖も見ることが出来た。本当に……本当に楽しかったです」
「……ああ」
「……名残惜しいですが、もうお別れのようですね」
もはやトオルの姿は見えなくなっていた。声と、そして微かな存在感だけが、私に伝わってくる。
「姐さん、ありがとうございました。……これからも、良い旅を」
「ああ、こちらこそありがとう。……ゆっくり、眠れ」
そう言葉を交わしたのを最後に、トオルはこの地上から消え失せた。
「……じゃあな」
私はそうぽつりと言って、首にかけたペンダントを外して持つ。
金属片に紐を通す穴を開け、布で磨き上げたであろう、簡素なつくりのペンダント。
この旅を、共に歩いてきたペンダント。
私はそのペンダントを、元の持ち主の首にかける。あるべき場所にあるべきものが落ち着いたことで、この旅は終わりを迎えた。
「……ああそうだ、一つ忘れていた」
私はそう独りごち、亡骸の前に膝をつく。
私は、亡骸の頭蓋骨に優しく手を添えつつ、ゆっくりと顔を近づけて。
口づけをした。
体温を失って久しいそれは、ほんの少し冷えていて、口唇に冷気が宿る。
その冷気を、この先忘れないようにと記憶に刻みつけつつ、私は立ち上がる。
「もっと前にして欲しかったって?」
そう尋ねるも、返事をする者はいない。
「悪いね。……私は素直じゃないんだ」
独り、ぽつりとそう言い残し、私はこの場を去るのだった。
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