第5話 砂海の主との対峙(後半)
「姐さん!」
トオルの声が聞こえる。私は不敵な笑いを作ってみせる。口の端から血が漏れる。
「……ょぶだ」
大丈夫だ、と言おうとしたのだが、上手く言葉が紡げない。おかしいな、と私が思っていると。
周囲が真っ暗になる。
飲み込まれたのだ、と悟った。
ここでこのままこいつに食われて消化されれば、私の旅も終わるだろう。
それは、ある意味で楽なのだろうなあ、と思ったりした。
誰もいなくなったこの星で、終わりが見えない旅をずっと続けるのは、ほんの少し心が折れそうになることもある。
けれど。
これは私が望んだ終わりではない。
私たちは生まれを選ぶことはできない。
けれど、終わりを選ぶことはできる。
私の終わりは、もっと先にあり、そしてこんなジメジメしたところではなく、明るいところにあるはずだ。
そんな確信が、私の脳を占める。
ゆえに。
私は生きることに全てをかけるのだ。
あはは、私を食べようとするのかこの虫め、と心の中でからかってみる。
残念だったな、私に可食部は少ないぞ。ほとんどが“つくりもの”だ。
だからたいしたカロリーにはならない。そんな相手にここまで必死になりやがってこの阿呆め。
などと思っている間にも、牙が私に迫ってくるのが、暗闇の中でも見ることができた。
「……それに」
私は不敵に笑ってみせる。
「私はまだ、死ぬ気はないんでな。悪いけど、お前と遊ぶのはここまでだ」
牙を剥いて、口の端をつり上げて笑う。
「非常時特別権限発動。――リミッター解除」
両腕が、ごきき、という音を鳴らしながら回転する。肘まではそのままで、肘から先が回り、そして腕が外れてぶらりと垂れ下がる。
私の腕から青白い光が伸びる。左右の腕から伸びた光は、合体して一つになり、大きな筒のようになる。暗闇の中に、青白い光の筒が存在している。
「ここまでだ。さよなら、砂海の主よ」
青白い筒の根元に白い光が収束し、直後、轟音を響かせながら光が放出される。
巨大な風穴が、開く。
黒の中に、自然の光が入り込む。開いた穴からは、どばどばとサンドワームの体液が飛び出る。
体液のシャワーを浴びていると、私のいる空間が激しく上下し、あるいは左右に動く。サンドワームが苦しみ、のたうち回っているのだと悟った。
私が開けた穴は、収縮して上手く通れそうにない。その間にも、のたうち回っているサンドワームのせいで、私は牙の壁にその身を打ち付けられ、傷つく。
「……あーもう、あーもうほんと」
うんざりしたような声を出し、ごきき、と首を鳴らす。
「これ、疲れるんだよなあ」
私はため息をつき、先ほどと同様の体勢を取る。
エネルギーを充填させると、青い光が私の目前に灯された。
それを、射出。
私は先ほど開けた穴のすぐ近くを狙い、見事に命中させる。
瞬間、全身の力が抜ける。エネルギーが尽きたのだな、と思いつつ開いた穴を見る。砂と、真っ黒い穴が見えた。どうやら、地面をも貫いたらしい。
サンドワームに開いた穴を見る。あそこから逃げれば、と思った直後、私の体はものすごい力で引っ張られる。
何事か、と思うまでもない。サンドワームが最後の力を振り絞って抵抗しているのだと悟った。
サンドワームの死への抵抗は、しばし続く。私はなんとか飲み込まれないように、腕を戻して、穴にしがみつく。
そして、サンドワームが止まる。数度痙攣したのち、その痙攣も止まる。
一つの命が絶えた瞬間であった。
私は余力を絞り、穴から這い出る。顔に付着したサンドワームの体液を拭うと、青空がよく見えた。
「あはは、生きた、生き残ったぞ」
そう言って笑ってみせた直後、ふらりとバランスを崩す。
「あ」
「あ」
私とトオルの声が揃い、そして。
「あ、わわっ」
私は砂の上に転がり落ちる。意外と痛くはないのだが、代わりに眠くなってきた。
「……ちょっと苦戦しすぎたか……」
反省の独り言を漏らす。先ほど落下したときに痛くなかったのは、ひょっとすると体の痛覚機能がバグっているからかも知れないな、と思ったりする。この眠気も同様に。
「……あれ? 沈んでる?」
眠気のせいだろうか、体がまるで砂の中に沈み込むような感覚がする。
「……気のせいか」
そう独りごち、目を閉じる。ほんの少し仮眠を取ろうと思った。
寝ているうちに、先ほど負った傷や故障も治り、直るだろう。
私は、そういう風にできている。
「あ、姐さんいやこれは」
トオルの声が聞こえるが、眠気のせいで反応する気になれなかった。
「あの、流砂……なんですけど……」
なるほど流砂か、それならば、体が沈み込むのも納得である。まあそんなことよりも、今は睡眠の方が大事……。
いやちょっと待て、流砂はまずいぞ。沈み込んで動けなくなったら、さすがの私も脱出が難しくなる。
慌てて動こうとしても、戦闘による傷で思うように動かない。奥の手を二度も使ったことで、体からエネルギーが枯渇していることも影響しているだろう。
まずいな、と思いつつも、意識は泥みたいになって、不鮮明だ。
そんな間にも、私の体は砂の中に沈み込んでいく。
……まあ、そのなんだ。なるようになるさ。
投げやりな思考のように思えるかもしれないが、このような状況になっては仕方ないだろう。
私は目を閉じて、体力の回復に努めることにした。
その間、体は砂中へと。
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