第4話 砂海の主との対峙(前半)
どれだけ東に来ただろうか。
水はとっくのとうに乾ききって、周囲は元の砂地に戻った。私たちは以前のように旧河道を歩く。
旧河道、あるいはその付近には、この前の大雨で流れてきたであろう、動物の骨や枯れきった木々が転がっている。
「だいぶ遠くに来ましたね」
トオルが私に話しかける。
「どうだ? 目的地は近いか?」
ずいぶん長い距離を旅してきたように思える。トオルの目的地は、そろそろではないか、という予感があった。
「…………たぶん、近いんじゃないかと」
「……そうか」
目的地に到着すれば、旅は終わる。それは決まりきったことだ。
その旅の終わりこそが、私の目的。けれど、少し名残惜しいと思っている自分に気づき、苦笑する。
「……情、移ってるなあ」
「どうしました?」
「人の独り言を聞くんじゃねえよ」
「それは失礼。でもまあ、内容は聞き取れなかったので、許してください」
「…………まあ、聞かれたところで困るようなことじゃないよ」
まあ、少し恥ずかしいけれど。
そんなやりとりをトオルと交わしていると。
「わっ」
地面が大きく揺れた。
思わず驚いた声を漏らしてしまう。トオルも驚いたらしく、目を丸くして、周囲をきょろきょろと見回している。
「……地震か?」
今までの経験上、何度かこのような地震に遭遇したことはある。ここら一帯は旧文明が健在だった頃から、地震が多発していた地帯らしい。
とはいえ、何か違和感を覚えるような揺れ方だった。地面の遙か下から揺れたのではなく、まるで地面の上に何か重量物が叩きつけられたような、そんな揺れ方。
「……まさかな」
脳裏に浮かんだ一つの可能性を、苦笑しながら打ち消す。そうであってくれるな、という願望を多少抱きながら。
そう思っていると、もう一度揺れ。今度は大きく、そして遠雷のような地響きすら聞こえてきた。
「……なるほど、なるほど」
これはたぶん、“アレ”だろうな、と思う。逃走することも視野に入れるか、と考えていると。
「わっ、わたっ」
今度はずっと近くで地響き。体の芯を揺さぶられるような震動。
「……これはどうしようもないか」
そう漏らし、私はホルスターからブラスターを抜く。こんな豆鉄砲でどうにかなるとは思っていないけれど、出来ればこれだけで済む程度の遭遇であって欲しい。
「ね、姐さん! これはなんですか⁉」
「詳しく話している時間はないが、一つだけ!」
そう私が言うと、前方の地面が隆起する。
「敵が来た! それも厄介なやつが!」
私がそう叫んだ直後に、そいつは姿を現した。
端的に表現すれば、それは巨大なミミズと言える。
巨大過ぎる体躯は、私の視点からではその全てを見ることはできない。尋常を遥かに逸した質量の肉が、目の前で
その生き物の先端には、ありとあらゆるものを丸呑みしてしまう巨大な口がある。大開きにすれば、小さな砂山の一つぐらいは丸呑みにできるのではなかろうかというサイズだ。
その生き物の全長は、今まで出会った個体の平均からすると三十メートル近く。もっとも、目の前にいるそれは、それよりもだいぶ大きそうである。
名を、サンドワームという。
人類が滅びたあと、一面砂となったこの星を、我が物顔で闊歩している奴らだ。
見かけは巨大なミミズだが、その気性はむしろ獣のそれに近い。力を得ると、どのような生物でも攻撃的になるのだろうか。
「ね、姐さんこれって」
「まあだいたいわかるだろう」
動揺しているトオルに、笑みを作って語りかける。
「敵意丸出しってやつさ」
奴らには目がない。けれど、その殺気は、間違いなく私を捉えていた。
逃げる手段はない。走って逃げたとしても、すぐに追いつかれるだろう。
ならば、私の取り得る手段は一つ。
「戦うしかないんだよ」
そう言って牙を剥き、ブラスターをサンドワームに向ける。
そして私は、儀式を始める。
「あー、撤退するなら危害は加えない。こちらに危害を加えようものなら、こちらも容赦なく反撃する用意がある。……まあ」
サンドワームを見る。私の言葉など意にも介さない様子で、濃厚な殺意をこちらに向けている。
「どの口が? って思うんだろうね、その巨躯じゃあ」
私は諦観交じりにそう言って、小さく嘆息した。
戦いが始まる。
過去から今現在まで、この星で幾度となく繰り返されてきた行為。
今回のそれの目的は、単純明快。
双方、ただ、生きるために。
「ね、姐さん」
「なんだ」
「これと戦うんですか?」
トオルの声には、怯えの色が交じっていた。私は小さく笑って、トオルを見つめる。
「もちろんだ。逃げれないからな」
「……そ、そうですか。……えーと、その」
「なんだ?」
「……どれくらい、勝てそうですか?」
トオルの問いにどう返すかとしばし思案し、素直に言葉を紡ぐことにした。
「無事に済む確率は五パーセントぐらい」
「ごっ、五⁉」
私の言葉にトオルは絶句する。私はブラスターでガンプレイをしたあと、銃口でテンガロンハットのつばを上げる。
「何、慣れている」
私はそう言い残し、前方を注視する。
周囲は砂。ありふれた風景。
しかし、その砂は、不自然な隆起が出来ている。その隆起はまるで円を描くように動き、その円は狭まりつつ私に近づいていた。
私と円との距離が五メートル程度に縮まると、大量の砂が飛散しサンドワームが飛び出してくる。
その口を大開きにして、サンドワームは私を捕食しようとしていた。
口の中には、無数の小さな牙が存在している。
獲物を口に含んだ瞬間、体を収縮させ、あの牙で獲物を切り刻むのだろう。私はそうなったことはないが、そういう運命になった動物を何度か見たことがある。
私はサンドワームの進行方向から真横に跳躍する。すんでのところでサンドワームの口を回避するが、これで攻撃は終わりではない。
サンドワームの先端が砂の中に沈み、その代わりに、先ほどまで砂中にあった体が地面に露出する。
圧倒的質量の肉が、私に叩きつけられようとしていた。飛散する砂が顔面に当たり、少し痛い。
その痛みに多少の苛立ちを覚えつつ、私は目の前を見る。肉と砂の間に、わずかな、しかし通れないことはない隙間を発見する。
というか、この隙間がなかったらもれなく肉が叩きつけられて、普通に大ダメージなのだが、それはさておき。
私はその隙間に飛び込む。頭上を圧倒的質量のものが猛スピードで通り過ぎる感触。肝が冷える。
肉の鞭を回避した私は、即座に体勢を整えブラスターを構える。最高水圧で射出したそれは、サンドワームの表皮を軽く傷つけ、体液が飛散した。
「……これで逃げては……」
私が願いを込めてそう漏らすと、サンドワームは怒り狂ったかのように、もう一度肉の鞭を繰り出してくる。慌てて回避。
「くれないかっ!」
再度、ブラスターを射出。またも命中するが、ダメージは軽微だろう。
体を二カ所傷つけられたサンドワームは、私を警戒したのか砂に潜る。距離を取ったのか、隆起が私から遠ざかっていった。
今度は先ほどとは違い、一直線に私をめがけて隆起が近寄ってくる。そして、サンドワームが飛び出してきた。その口は私を捕食しようと開いている。
私はブラスターを撃ち、サンドワームに命中させる。サンドワームはひるんだのか、突進が少し鈍る。
私は即座に真横へと飛ぶ。サンドワームは先ほどと同様の攻撃を繰り出……さず、私が動いた方向にその口を追従させてきた。
私は慌ててもう一度飛び、前転しながらブラスターを撃つ。命中させるも、ダメージは軽微。
「……こいつ、粘り強いな」
彼我共に距離を取る。私はブラスターの残り水量を確認しつつ、敵の行動パターンを予測する。
ブラスターの残り水量は、半分を切っている。
これだけ苦戦するときは、決まって(実弾銃は羨ましいなあ)、と思う。
ただ、旧文明が滅んでかなりの年月が経過しているので、そんなものはほとんど残っていないに違いない。
それに、こんな大物相手では、携行できるような実弾銃だと豆鉄砲程度の威力しかないだろう。
まあ、私が今使っている得物はそれを下回る威力だろうけど。
そんなことより、と敵に意識を向ける。
一面砂と化したこの惑星で、地上の王として君臨した虫。さすがに強い。
とはいえ、攻撃は一辺倒だ。経験上、突進するか、叩きつけるかの二通りしかない。
ゆえに、読みやすい。群れを成す獣の方が、戦いづらいかもしれない。
勝てる。そう強く意識する。
ブラスターを構え、次の攻撃に備える。
そして。
サンドワームは、一直線に私へと距離を詰めてきた。私がブラスターを発射すると、サンドワームは大きく身をよじり、ブラスターの水流が口付近に命中することを避ける。
とはいえ、あの巨体である。それら全てが、私が放ったブラスターを避けることは
ブラスターが胴体に命中する。ダメージは軽微だろう。サンドワームは身をよじった勢いをそのままに、尾を私に叩きつけようとする。
「そうはいくかっ!」
私はそう叫び、バックステップをし、後転して回避。直後、私の体のすぐ上を、サンドワームの尾が通り過ぎていった。
その感触を覚えた瞬間、私は立ち上がり反撃しようとする。
私の予想では、サンドワームは尾を振ったあとで、隙だらけのはずだった。
「なっ⁉」
しかし、私の予想は裏切られる。サンドワームは尾を振った状態から、もう一度身をよじる。
先ほどの尾の一撃による反動で、サンドワームは私から少し距離が離れている。
このままだと、例え尾を振ったとしても私に当たらない距離になっている。
あれほどの質量のものが一気に移動したのだ、そりゃあ、土台だって多少動く。
にも関わらず、サンドワームはもう一撃を繰り出そうとしている。
どうしてだろうか、と思った直後。
私の背筋が凍った。
サンドワームの攻撃手段は、口で捕食するか体で叩きつけるかの二択。
だと錯覚していた。
――これは。
私は慌てて防御姿勢を取ろうとする。サンドワームが尾を振るう。
そして。
サンドワームの尾が、地面を叩きつける。周囲が震動し、地響きが起こる。
尾を叩きつけられた衝撃で、砂が舞う。いや、舞うなんて生やさしい表現は正しくないだろう。
砂が、爆ぜたが如く飛散していた。それも、猛スピードで。
私は両腕で顔面および上半身を守りつつ、しゃがんで体を低くし、下腹部を足で守る。
防御は成立した。しかし、それが通用するかは別の話で。
「うあぁっ!」
砂の弾丸の衝撃は凄絶だった。砂の散弾銃、なんて例えはあまりに生ぬるい。
まるで高速の、砂の津波である。あるいは局地的な“砂崩れ”。
私はあくまで人間のサイズしかない。そんな私に、恐ろしい質量の砂が叩きつけられる。
衝撃で意識が飛ぶ。私の体も飛んでいた。
私は瞬間、宙を舞い、そして砂に倒れる。
防御は崩れ、私は砂の上に横たわる。
駄目だ、と思って立ち上がる。
目を見開き絶句する。
目前に、サンドワームの尾が迫っていた。
回避あたわず、防御態勢を取る。
衝撃。
視界が揺れ、暗転したかと思えば真っ白に。
明滅する視界の中、意識は途絶えては復帰。それを刹那に何度も繰り返す。
耳の裏で鳴っているのか、と思うぐらいの大きさで、私の中の骨格がへしゃぎ、きしみ、割れる音が聞こえる。
激痛が意識を灼く。口から液を漏らす。
風が私を包んだかと思えば、次の瞬間には砂上に叩きつけられる。
本能が立ち上がれと叫ぶ。立ち上がろうとするが、力が入らない。
目を開く。
そこには、私を捕食しようとしている大きな口があった。
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