偽キラキラ女子とおでんを食べながら宅飲みをする話

@yu__ss

偽キラキラ女子とおでんを食べながら宅飲みをする話

 承認欲求が強い人というのは、得てして目立ちたがり屋であるとか、話を誇張しがちであるとか、そんな記事をインターネットで見たことがある。誰かに認められたいという思いはきっと誰にもあるもので、それは否定されるべきでは無いと、私は思う。

 思うが、さすがに彼女、姫野ひめのひなののように、嘘をついてまで承認欲求を満たそうとするのはどうだろう。

 そんなことを考えながら、たった今届いたメールをチェックする。

 週末の夕日が差し込むオフィスでは、姫野さんを含む派遣スタッフ四人が楽しそうに雑談している。間も無く終業の時刻だからといって、あまり大きな声で雑談するのはやめてほしい。

「え、ひなのちゃん、あのホテルに泊まるの?凄いわねぇ」

「いえ、そんなこと…、たまたま彼の友人がいるからってだけですし…」

「彼って確かCEOだっけ?良いわねぇー」

「そんなことないですよ、その、小さな会社ですし…」

「えーでも雑誌でインタビューされたんですよね?」

「まあ、そんなに有名な雑誌でもないみたいですから…」

「その雑誌ってないの?」

「彼が教えてくれなくて…」

「もしかしてバッグも彼からもらったの?」

「ええ、高いものじゃないって彼はいってましたけど」

「え、それ三十五万くらいするやつでしょ?」

「そうなんですか?知らなかった…。後でもう一回お礼言わなきゃ」

 話の中心になっているのは、姫野さんの交際相手が立派な人物らしいという話だったが、まあ私にとってはそんなことよりも大切な問題があった。

「あの、すみません」

 私が声をかけると、ピタリと雑談をやめる四人。

「月曜日の打ち合わせでどんなものか見たいそうで、先程クライアントからアンケートのデータが送られてきました。どなたか今日中にデータ入力お願いできますか」

 私の働いている会社では流行りのデータ分析(詳細は知らない)を利用して、マーケティングのコンサルなどをしている。分析の方は機械が勝手にやってくれるのだが、肝心の入力されるデータの方は手書きのアンケートなども多く人力でデータ化する必要がある。

「二時間ほどで終わる量だと思います」

 そういったデータ化を派遣スタッフにお任せしているのだが。

『…』

 四人全員が顔を見合わせ、目配せしながら私の依頼を押し付けあっているようだ。まあ、今から二時間となったら確実に残業することになるのだから、当然といえば当然か。

 とはいえ、こんなことをしていても埒があかない。

「姫野さん、お願いできますか」

 先程話の中心になっていた姫野さんにお願いすることにした。残った三人は安心したようにめいめいに帰り支度を初める。

みさきさん、あの、私、この後食事の約束があるんですけど…」

「何時から、何処ですか」

「…八時に恵比寿です」

「それまでには終わると思います。もし残ってしまったら私がやりますので」

「…はい、わかりました」

 しぶしぶといった様子で姫野さんは承諾する。まあ、茶番劇なのだけれど。

「ごめんねぇ、私も子どもの迎えがあるから」と、雑談で盛り上がっていたひとりが姫野さんに声をかける。

「いえ、大丈夫です、お疲れ様でした!」と、笑顔を向けて見送る姫野さん。あとの二人もさっさと退勤していく。

「アンケートのデータはサーバのいつもの所においときますので、不明点あれば聞いてください」

「…はぁい」

 周囲に人がいなくなったせいか、姫野さんは若干素が出ていたが、私は気にせず打ち合わせの資料作りに取り掛かった。




 四時間後、帰宅。

 一人暮らしのマンションのドアを開けると、すでに明かりが灯っており、一人の可愛らしい女性が私の帰りを迎えてくれた。

「あー、せんぱいお帰りなさーい、お仕事ごくろーさまですー」

 まあ、正確には、迎えてくれたっていうか、勝手に部屋に侵入して一人で飲んだいた。座卓のテーブルには缶チューハイの缶が何本かと、ツマミと思しきおでんやらミックスナッツやらが散乱している。

「せんぱい、何飲みます?ビールはれいぞーこに買っときましたよぉ」

 先程から赤い顔でしきりに話しかけてくる可愛らしい?女性は、先ほどまで同じオフィスにいた姫野ひなのだ。「先輩」と呼ばれているが、別に先輩後輩の関係では無い。ただの同僚だ。

「八時に恵比寿の約束は?」

 身勝手に入り込んだ闖入者に、嫌味のひとつでも言いたくなる。もちろんここは恵比寿のホテルではない。

「あー、ここ恵比寿だと思ってました!」

 …酔ってるなぁ。

「もーせんぱい酷くないっすかぁ???残業私に押し付けるとか???木下ほうかなんですか???」

 何言ってんだろう。

「あー、怖い顔しないでくださいよぉ」

 してない。

「ちょっと待ってくーださい」

 姫野ひなのは立ち上がり、冷蔵庫を開けるとビール缶を取り出して私に渡す。

「はーいせんぱーい、かんぱーい」

 持たされたビール缶に、彼女が飲んでいたチューハイの缶をこつりと当てる。ため息をついて、私もビール缶のプルタブを引く。

 一口だけ口を付けると、姫野ひなのはにへらと幸せそうに笑った。

「せんぱい、おでん買っときましたよ」

 テーブルには近所のコンビニのカップに入ったおでんが置いてあった。

「みぞれ食べます?みぞれ」

「つみれ、ね」

「つみれーせぷてんばーらーぶ」

 なんか歌い始めた。

「んふふーふふんふふー」

 歌詞知らないの?私も知らない。

「あ、そーだぁ」と言って、彼女はスマホを取り出す。

「みてくださいせんぱい、バッグのツイートが200いいねされましたよぉ」

 彼女はスマートフォンを向ける。

 そこには「彼からバッグを頂きました。高い物ではないと言っていましたが、気持ちがとても嬉しかったです。」という内容のツイートと、バッグの写真が載っていた。そのバッグは、現在床に転がっているバッグによく似ている。

「どーせ高いやつでしょ?」

「そーなんですよ!!本物は三十五万しますよ!!ふざけんなってかんじですよ!!」

 なんか勝手にキレてる。

「お金はどうしたの?カード?」

「あ、これは偽ブランドのです、三千円」

 ん、そーなの?

「そーいうのって見る人が見たらわかるんじゃないの?」

「いやいや、ネットに載っけてるのは本物ですからねー」

 んん?

「つまりどういうこと?」

「写真のは本物のです!お店で撮ってきました!」

「持ってるのは偽物ってこと?」

「いえーい」

 こつんと、また缶同士を当てる。

「フォロワーも増えたし、この手は結構使えるかもですねー」

「バレなきゃいいけど」

「彼から貰ったっていうことにしてるんで怖くないんですけど??彼に騙されたってことにすれば私は被害者になれるんですけど??」

 なんで上から目線なの?

「その彼だって架空の人間でしょ」

「そうですけど??」

 他人をイラつかせる才能がすごい。

「あー、気持ちイイなぁ…。もっといいね増えないかなぁ」

 彼女の恍惚とした表情に、私はわざとらしく溜息をつく。

「まあ貴女の趣味はどうでも良いけど、勝手に部屋に上り込むのはやめてって言ったでしょ?」

 何度目かもわからない注意を口にするが。

「反省してまーす」

 彼女はどこ吹く風といった様子だった。

「合鍵も返して」

「以後気をつけまーす」

 はぁーと溜息をつく。

 なんでこんな事になったんだ…。




 姫野ひなのは、二か月ほどから一緒に働いている派遣スタッフだった。最初の印象としては、大人しい感じの美人で、淑女然とした人だなと思っていた。仕事も丁寧でありがたかった。

 彼女には入社当初から、いくつかの噂があった。

 曰く、親が大企業の社長で社会見学のために働いてあるとか、彼氏が最近話題になっているベンチャー企業のCEOだとか、港区のタワーマンションに住んでいるとか、シャネルの5番を着て寝ているとか。

 まあ、私としては業務に関係なかったので、あまり気にしていなかった。のだが、数週間前、ちょっと面倒なことになってしまった。

 その日は、日曜日。私は朝から買い出しに出かけた。昨夜は一人で宅飲みをして、買い置きのビールが切れていたので買いに行くつもりだった。

 髪だけ軽く整え、Tシャツと、寒かったからパーカーを羽織い、マンションのそばの大きめのスーパーに入った。

 買い物カゴに六缶パックの缶ビールを二つ入れたところで、隣に立っていた女性が目にとまる。上下ジャージに、髪は跳ねたまま。ノーメイクはまあ、お互い様だったが。

 横顔を見て、すぐに姫野ひなのだと気がついてしまった。顔が良いとこんな時に損だと思う。

 その姫野ひなのは眠たげな目で、甘そうなチューハイを買い物カゴに放っている。意外な姿ではあったが、整った横顔は間違いないと瞬時に確信できた。

 だけど、正直私はプライベートで仕事関係の人に会いたくない。

 早足に彼女の後ろを通り去ろうとすると、彼女がカゴに放り込もうとした缶が、カゴからこぼれて私の足元に転がる。

 そして、慌てて謝ろうとする彼女と、目があってしまった。

「み、岬さん!?ちょ、待って!!え!?なんで!?」

 気づかないふりをしようかと思ったが、盛大にリアクションされてしまいそれも叶わなかった。

「姫野さん、偶然ですね」

 出来るだけ穏便にすませるように柔和に微笑むが、彼女は御構い無しに私の両肩を掴む。

「違うんです!!これは!!今日はたまたま遊びに来てて!!」

「そうなんですね」

「服もこれしか無くて!!仕方なくなんです!!」

「たいへんですね」

「ノーメイクなのは、えーと、彼がその方が似合うって言ってて!休みはメイクしないんです!!わかります!?」

「わかったので、手を離してもらって良いですか…」

「す、すみません」と謝りながら、掴んだ両手を離してくれる。

 さて、どーしたものか。

「あの…、この事は会社では」

「大丈夫ですよ、プライベートのことは、仕事に関係ありませんから」

 出来るだけ刺激しないよう、頑張って優しく微笑む。

「ほんとですか!?そんなこと言ってなんかスゴイいやらしくニヤニヤしてるじゃないですか!!」

 …悪かったね。

「私だって他人事だったらニヤニヤしたいですよ!でも笑うなんて酷くないですか!?」

 私が酷いの?

「本当にお願いします、黙っててください…」

「わかりました、誰にも言いません」

 微笑みを解除して、出来るだけ無表情でそう返す。

「…」

 じっとりとした目線で、私を睨む姫野さん。めんどくさいからもう解放してほしい…。

「…あの」

「私、岬さんは言わない人だと思います」

 っていうか、誰かに話すメリットが無いんだけど。

「でも、まだ全然岬さんのこと知らないので」

 姫野さんはちらりと私の持っている買い物カゴをみる。ん?

「飲みに行きましょう。いまから」

 何言ってんの?

「お酒好きなんですよね?一緒に飲めば、私も人となりがわかって安心できるので!」

 ああ、めんどくさい人なのか…。

「あの、落ち着いて。私は本当に誰にも言わないから、ね?」

「…はい、わかりました、でも一回飲みに行きましょう」

「何がわかったの?」

「偶然会った会社の同僚と飲みに行くのは普通ですよね?それとも派遣は同僚じゃないと?」

 そんなこと言ってない…。

「…じゃ一回だけ」

「いまからで良いですか?」

「まだどこもやってないでしょ…」




 結局その日の夜に二人で近所の居酒屋に行くことになった。

 彼女に聴いたところ「両親が金持ち」とか「タワマンに住んでる」とかの噂は全て嘘らしい。最初はそんな噂を流されてかわいそうだと思ったが、よくよく聞くと自分でさりげなく流しているそうだ。

「だって、いいなぁって言って欲しいじゃないですか」と言っていたが、正直理解できなかった。

 SNSでも同じことをやっているそうで、キラキラアカウントというものらしい。さりげなく親の金持ちぶりやタワマンからの景色や彼からのプレゼントをツイートすることでファボやリツイートを稼いでいるんだと彼女は語っていた。まあ、全部嘘なのだが。

「だって、いいねされると気持ちイイじゃないですか」と言っていたが、こちらもまた、私には理解できなかった。

 そしてそれより大変だったのはその後だ。

 ベロベロに酔いつぶれた彼女を引き取ったが、彼女の家がわからず仕方なくうちに泊めた。

 翌日の月曜日は仕事だったが、彼女は起きられず、遅刻するから先に行ってください、と言われ仕方なく合鍵を渡した。のだが、その合鍵は未だに帰ってこず、彼女に取られたままになっている。

 返せとは言っているが、次に飲みに来るとき困るからと言って返してくれない。

 そう、なぜか彼女はちょくちょくうちに宅飲みをしに来るようになってしまった。

 今日もその時に渡した合鍵を使って侵入し、私が帰宅するのを飲みながら待っていたらしい。

「めるてぃらーぶ、めるてぃらーぶ、めるてぃらーぶ」

 彼女はスマホを片手に何やらご機嫌そうに歌っている。最近気付いたのだが、彼女は酔うと歌う。

「あれ、どーしました、せんぱい?」

 私の視線に気づき、彼女はスマホに向けていた視線をこちらに向けた。

「今更だけど、なんで『先輩』なの?」

 んー、と顎に手を当て斜め上をみる。彼女が可愛いと思っているポーズらしい。

「仲良しだから?」

 …よくわからないが、いつもこんな調子だ。

 飲みに来るのも寂しいからと言っていたが、一人で飲みたい派の私からしたら良い迷惑だ。合鍵も返してくれないし。

「そだ、せんぱい、あしたヒマです?」

 唐突に声をかけられる。嫌な予感。

「なんで?」

「見たい映画があって、一緒に観に行きませんか?」

 にっこりと彼女は笑う。可愛い。顔は。

「なんの映画?」

「恋愛モノです。ちょう泣けるらしいですよ」

 興味が無い。

「行かない」

「え」

 なんだか慌てた様子。

「あ、あれ?忙しかったですか?」

「いや、別に」

「あの、奢りますよ?」

 怪しすぎる。

「…なに?」

 と聞くと、彼女は諦めたようにため息をつく。

「彼と行くことになってるんですよ…。カップルシートだとなんかのグッズが付くらしくて、ツイッターに写真あげたいんですよぅ」

 …何が楽しいのやら。

「他に頼める人もいなくて…」

 めんどくさ…。

「…関係ないですけど、ちーちゃんせんぱいの飲んでるビールは誰が買ったんですかね?」

 …たまには気が効くと思ったら、そういうことか。変なところで策士だ。

「…まあ、いいか」

「お?付き合ってくれるんですね?いやーやっぱりせんぱいは優しいですね!」

 思わずため息がでた。




「映画の前に、寄りたいとこあるんですけど」と言って連れてこられたのは、やたら豪勢なホテル。私たちは二人でホテルのロビーにあったふかふかの洒落た椅子に座っていた。

「なにここ?」

「え、知らないんですか?」

 彼女曰く、雑誌やテレビで何度も特集されているホテルらしい。レストランやバー、ジムなどの施設は一流のものが揃っており、接客などの細かなサービスも行き届いているかなりハイクラスなホテルらしい。

「…こんなとこで何すんの?」

 まさか泊まるわけではあるまい。レストランだけの利用とか?

「私たち、昨日はここに泊まったんですよね?」

 …なにを言っているんだろう。

「いや、私とせんぱいは今日は恋人以上夫婦未満じゃないですか」

「え、違いますけど」

「いや、今日はらぶらぶバカップルなんですよ」

 バカップルって久々に聞いたな。

「つまりですね、私と彼は昨日ここに泊まった事になってるんですね」

 設定の話ですよ、と彼女は付け加える。

「なんで、ホテルの写真を一枚ツイッターに上げておきたいんですよ」

 ふーん?

「でも今からなんて泊まれないでしょ」

 ふふん、と彼女は自慢げに笑った。

「そんな時はホテルのロビーで写真だけ撮らせてもらうんですよ、まあこれは私もネットで見たんですけど」

 ロビーだけならタダですからねーなどと自慢げに言っているが、まあ褒められた行為じゃないよね。

「…というわけでせんぱい、手出してください」

 言われた通りに左手を出すと、彼女は自分の右手を絡めるように繋いでテーブルの上に乗せた。

「なにこれ?」

 誰かと手を繋ぐなんて久しぶりだなぁなんて思いながら、彼女を見る。彼女はその手に向けてスマホを向けていた。

「せんぱい、親指すこし下げて貰っていいですか?」

「え、うん」

 言われた通りに親指を下げると、彼女はあー良いですねと言いながらかしゃりとシャッターを切った。

「うーむ」と彼女は唸ったあと、スマホを置いて卓上にあった紙ナプキンを取り、テーブルに乗せた。

「なにしてんの?」

「ホテルのロゴが写るようにしたいんですよね」

 彼女はまたスマホを繋いだ手に向けている。今度は紙ナプキンも写真に収めようとしているらしい。確かにナプキンにはホテルのロゴが印刷されている。

「さりげなく写り込んじゃったみたいな感じが欲しいんですよねー」

 と言いながらかしゃり。

「こんな感じです」と言いながら私にスマホの画面を見せる。そこには私と彼女の繋いだ手、それと紙ナプキンが撮れていた。

「いい感じじゃないですかね?」

「どうするの、それ」

「ツイッターにあげます!」

 手の写真を?

「彼とホテルに泊まったっていう証拠です。こういうのをあげないと変な輩が絡んで来ることがあるんですよ。やれ泊まったはずの写真がないのはおかしいとか、彼氏が一緒に写ってないのは変だとか」

 ふーん。

「あげていいですか?」

 と上目遣いで聞いて来る。自分が可愛いことを知っている計算された上目遣いだ。可愛い。

「でも男の手に見えないでしょ」

 自慢じゃないが、これでも結構華奢な手をしていると思う。

「大丈夫です、加工するんで!ダメですか?」

「あーわかったわかった」

 まあ手くらいならいいか。

「…あの、もう一枚、普通に撮っていいですか?」

 珍しく彼女がおずおずとした調子で尋ねてくる。

「普通?」

「普通に、思い出的なやつで」

 彼女はそういうと、肩を寄せて手を伸ばし、スマホをこちらに向ける。インカメラモードにしたらしい。

「いいですか?」

 あー、普通ってそういうことか。

「あげないでね?」

「はーい」

 とりますよー、と言ってボタンを押すと、かしゃりという音と共にシャッターが切られる。

「じゃあ送りますねー…あ、映画まで時間無いです!!急がないと」

 走り出した彼女に手を引かれ、私も後を追う。誰かと手を繋いだのは、多分2分ぶりくらいだろうか。なんとも慌ただしい休日になってしまった。


 結局、なんとか映画には間に合い、お揃いのよくわからないアクセサリー?みたいな物を貰った。彼女はツイッターにあげるネタにちょうどいいとご機嫌だった。

 そのままちょう泣ける恋愛映画をカップルシートで見始めたのだけど、彼女は早々に寝落ちしていた。ので、私も寝た。カップルシートで爆睡してる女子二人組っていう絵面は、結構面白かったんじゃないかな。




「ツイッターみたよ、充実してたねー」

「私もあのホテル行ってみたいなー」

「そうですね、彼に感謝しないと…」

 いや、私に感謝して欲しい。

「映画も行ったんでしょ?面白かった?」

「それが、私も彼も途中で寝ちゃって…」

「あー、良いホテルだから寝不足だったんだ」

「若い子はそうだよねぇ」

「いやぁ、まぁその、そうなんですけどぉ…」

 高い笑い声がオフィスに響く。前の日に散々飲んだからでしょと思ってはいたが、特に何も言わない。

 週が明けて月曜日。目の前の席では派遣スタッフ達が楽しそうに話していた。

 姫野ひなのがその話題の中心におり、土曜日に行ったホテルやら映画やらの話で盛り上がっている。いいから仕事して欲しい。

 私はクライアントとの打ち合わせに向けて資料の最終確認を行っていた。先週末、姫野ひなのにお願いしたデータも問題無く揃っている。

 ふとパソコンのモニターの間から彼女と目があった。目が合うと、彼女は楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て、私は思い出だす。

「あの、姫野さん」

「はい!」

「今思い出したんですけど、ちょっと面倒な仕事お願いしてもいいですか」

「…はい」


「話たがってたから振ってあげたけどさぁ」

「あーめんどいよね」

「あのホテル、部屋によってはそんなにしませんよね」

「はしゃぎすぎ」

「ツイッターに上げるほどでもないし」

「明らか自慢ですよね」

 姫野ひなのの帰宅後の会話は、少しだけ、私の耳に残った。





「はー気持ちよかったー」

 その日の夜、私の部屋。今日も二人で飲んでいる。彼女は今日、随分とご機嫌みたい。

 にこにこと楽しそうに話している。

「みんな羨ましがってましたよね??」

「…そうかもね」

 彼女はくふふと笑いながら、缶チューハイを煽る。

「いやー、もう最高ですね、これだからやめられませんよ」

「…ふーん」

「ツイッターも結構反響ありましたよー、せんぱいのおかげですよ」

「…そう」

 私の反応が気になったのか、彼女は私の顔を覗き込む。

「せんぱい?どーしました?」

「ん?別に何にもないけど」

 本当のことだ。別になんでもない。

 彼女が誰にどう思われようと、私には関係ない。

「ほんとですかぁ?悩みがあるならフォロワー800人の私がきいてあげますよ?」

 フォロワー800人がどれだけ凄いのか私にはよくわからないが。

「…いや、ほんと違うから」

「…ふーん?」

 彼女はまだ少し訝しんでいるようだ。

「そーだ、こないだ撮った手の写真送りますね…、送りましたー」

 自分のスマホをみるが、特に何も変化がない。

「来てないけど」

「あれ?…えーと、こうかな?どうですかぁ?」

「ああ、来た」スマホには着信があり、先日映画を見る前に撮った写真が添付されていた。

 私の顔はいつもの調子と変わらないが、彼女は満面の笑み。とても可愛らしく撮れている。

 その姿はとても楽しそうで、満たされているように見えた。誰かに嘘をついてまで承認欲求を満たそうとする人には、とても見えなかった。

「…あのさ」

「なんですか??」

 彼女は何も考えていないような顔で笑っている。

「楽しい?」

「ん??今ですか?めっちゃ楽しいです!!」

「いや、そうじゃなくて、嘘ついて、いいねを貰ったり、話題の中心になったりするの、楽しい?」

 彼女の表情は相変わらず楽しそうだ。

「お、聞いちゃいます?そーだなー、せんぱいには話してあげますけどね?」

 そう言って彼女が話し始めた内容は、私にとっては愉快な内容ではなかった。

 人よりもかなり裕福な家庭に生まれたこと、スクールカーストでは常に最上位にいたこと、高校生のときに両親が離婚したこと、生活が苦しくなった母が急に冷たくなったこと。

「まあほら、昔からチヤホヤされてたんで?急に愛されなくなってさみしくなっちゃったんですよねー」と、明るく話している。

 誰かに見て欲しいと思っていたこと、匿名のSNSに出会ったこと、知らない人のいいねが嬉しかったこと。

 終始彼女は楽しそうで、明るく話していた。

 でも、最後に呟いた言葉は暫く頭から離れなかった。

「でも、もしもっと早くせんぱいと会ってたら、こんな事してなかったかもしれませんね」




 翌日は朝から雨が降っていた。

 憂鬱になりながら出社した私は、まずメールをチェックする。姫野ひなのからの勤怠連絡が入っていた。遅刻しますという内容だったが、まあ、昨日結構飲んだからね。

 メールチェック中に、徐々に出社する人も増えてきている。目の前の派遣スタッフ達も、姫野ひなのを除き全員が出社した。

「あれ見ました?」

「見た」

「いやーSNSは怖いね」

「でも結構スッキリしましたけど」

「わかりますー」

「今日は遅刻?」

「そうみたいです」

「あんまり笑ったら可哀想だからね」

「いや、めっちゃ笑ってるじゃないですか」

 きゃははと、いつもの高い音の笑い声が響く。なにやら愉快なことが有ったらしいが、内容はよくわからない。

 暫くなにやら盛り上がっていたが、少ししてから彼女達も仕事を始めたらしく静かになった。

 昼休憩を挟んんで少しした頃、姫野ひなのは顔を見せた。

 彼女はどこか虚ろな表情をしており、ふらふらとデスクまできたと思ったら、半ば自動的といった様子でオフィスチェアにすとんと腰掛け、PCもつけず俯いている。

 放心状態、といった感じだろうか。

 しばらく見ていると、3000円のバッグから筆記用具やらコスメポーチやらを取り出したかと思えば、今度は一つずつしまい始めた。混乱しているのだろうか?

 そんな彼女の様子を、誰も気にしていない。もちろん派遣仲間の三人も、少なくとも表面上は一切彼女を機にする様子はない。

「…姫野さん」

 私が声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。いつもの明るく振る舞う様子とは明らかに違う、何かに怯えているような雰囲気だ。

「あの、すみません」

「大丈夫ですか」

 そう声をかけたが、彼女は私の目をみようとせず、視線をさまよわせながら曖昧な受け答えをする。

「あの、はい、いや、えっと…すみません」

 …うーむ。

「仕事はできそうですか?」

 できるだけ優しく声をかけるが、何も変わらない。「はい、あの、あ、いや」とよくわからない返事を繰り返すだけだった。

「もう、今日はお仕事は結構ですから、お帰りください」

 今日はもう帰した方がいいだろうと判断しそう声をかける。彼女は悲痛な表情で私の顔を見上げ、すぐに俯く。

「…わかりました、すみません」

 バッグを掴み、入ってきたときと同じようにオフィスをふらふらと歩きながら出て行く。デスクの上にはしまい忘れたのかペンが転がっていた。

「…やばいね」

「ほんとですね」

「すごいダメージ」

「まあしょうがないじゃん?」

「本人の所為ですからね」

「だよね、嘘ついてたんだから、あれぐらいは仕方ないって」

「にしてもさ、出したりしまったりしてるとこはちょっと笑っちゃった」

「笑っちゃいけないっていったの誰ですか?」

「いやいや、あんたも笑ったでしょ」

「にしてもさぁ、あんなになるなら最初からやらなきゃいいじゃん」

「ですよねぇ、嘘ついてまでやります?」

「どんだけ飢えてんのっていうね」

 ところどころに笑い声を交えながら、目の前の三人は談笑している。

「ざまあみろって感じですよ、ね、岬さん」

「…え」

 いきなり、三人のうちの一人が私に声をかけた。

「なんですか?」

「今日、姫野さんおかしくなかったですか?」

「そうですね」

「あれ、昨日彼女ツイッターが炎上しちゃったんですよ」

 …え。

「そうなんですか」

「なんか、CEOの彼氏がいるとか、港区のタワマンに住んでるとか、全部嘘だったんですってー」

 知ってる。

「昨日、間違った写真をツイッターにあげちゃって、そこから過去の矛盾とかがぜーんぶネットに晒されちゃって大変みたいですよ」

 …そういえば、昨日私に写真送ろうとして失敗してたなぁ。

「へー、大変ですね」

「あはは、でも自業自得ですよねー」

「嘘ついてたんだからしょうがないですよね」

 確かに。

「まあ私はスカッとしましたけど」

「ね、自慢ばっかでうざかったし」

「わかりますー、私も好きじゃなかったんですよねー」

 …嫌われてるなぁ。まあしょうがないか。

 彼女らの言い分ももっともだ。

 自分勝手でわがままで、馬鹿で嘘つきだし。

 顔以外いいとこはあんまりない。

 結構どうしようもない人間だと思う。

 …でもさ。

 でも、私は、結構彼女のことが、これでも結構気に入ってるんだよ。

 一緒にいるとね、結構楽しいんだ。

 だから、今、すごく、すごく不愉快だよ。

「岬さんも好きじゃないですよね?」

「…え」

「だってよく仕事押し付けてたじゃないですか」

「あはは、確かにー」

「まあ、正直私たちは助かりましたけどねー」

 ああ、ちょうどいいや。ちょうど何か意趣返しがしたいと思ってたところだから。

「私が彼女に仕事をお願いするのは、あなた達の中で、一番、彼女が仕事が丁寧で、信頼しているからですよ」

 一番、というところに力を込めると、彼女達三人は黙ってしまった。

 その様子を見て私は満足し、早退のメールを書き始めた。




『今どこにいる?』と送ったチャットに『先輩の部屋で待ってても良いですか』という返信が来たのが会社を出た直後。『私も早退したから』とだけ送っておいた。

 一刻も早く、彼女に会いにいかねばと歩みを進める午後三時の帰り道。自宅のマンションまではあと5分ほど。こんな時間に会社から引き上げるのは、社会人になって初めてかもしれない。

 なんだか、自分でも信じられないのだけれど、私は、意外と、彼女が好きだったみたいだ。

 抑えきれなくなり、走ってしまう。こんな経験も、社会人になって初めてだろう。

 マンションに飛び込み、エントランスのオートロックを解除。エレベーターを待地きれなくて、階段を駆け上がり、部屋のドアを開けた。

「せんぱぁぁぁぁぁい!!!!」

 ドアを開けた私に、飛びついてきたひなの。

「私のためにありがとうございますぅぅぅ!!!」

「ちょ、待って」

「せんぱい大好きです!!!わたしせんぱいとけっこんします!!!」

 なに言ってんの?

「かっこよかったです!!信頼してるっていうせんぱいの言葉めっちゃ嬉しかったですぅぅ!!!」

「…なんで知ってるの?」

「聴いてました!盗聴器で!!ボールペン型の盗聴器で!!!」

 …あれ、盗聴器か。

「あの出したりしまったりしてたのは、わざと?」

「はい!!自然に盗聴器を置くために混乱してるふりをしてました!」

「もしかして今日午前休したのって」

「盗聴器買いに行ってました!!」

 …まじか。

「いやーツイッター炎上させちゃったのは残念でしたけど、せんぱいがすっごくかっこよかったんでどうでもいいです!」

「炎上したのはどうする気なの」

「もうどうでもいいです!1000人のフォロワーよりひとりのせんぱい、500のいいねよりせんぱいのいいね、です!」

「会社の方は?」

「どうせ長く付き合う人たちじゃないので!先輩だってもうすぐ辞めるんですよね?」

「…まじか」

「さあ飲みましょう!結婚祝いに!」

 やっぱり、彼女を擁護したのは、間違いだったかもしれないと、顔を赤くした彼女を見ながら後悔した。

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