ダーク・オン・シャドウルームにひそむ鬼
ちびまるフォイ
本当に大切な人はいつもあなたのそばに
部屋はなんの明かりもない真っ暗な部屋だった。
だんだんと目が慣れてきて初めて部屋の構造がわかった。
足元にはペンキ缶が置かれていて、その横に自分の影がある。
壁には白い文字が書かれていた。
『すべての部屋を黒く塗ると解放されます』
『鬼に捕まると終わり』
「これで塗れってのか?」
足元のペンキ缶を持ち上げると、真っ黒いペンキが入っていた。
明かり一つないのに黒さがより一層際立っている。
自分の影と同じくらい濃い色。
ペンキ缶に沈んでいるハケを手に取り、今いる部屋を塗っていく。
「いてっ」
ハケの持ち手で木がささくれている部分で少し手を切ってしまった。
イライラしながら部屋を塗り始めた。
「……うわ、暗い。というか黒い……」
部屋をペンキで塗り終わると、もうそこは影も見えない暗黒の世界。
どこまで部屋の奥行きがあるのかわからない。
目を閉じているのか開けているのかわからなくなる。
ここまで黒く塗ると逆に漏れている光がよくわかる。
漏れ出ている光の先に進むと、また別の部屋があった。
「また塗るのかよ……」
例によって足元には黒ペンキがなみなみと継がれたペンキ缶があった。
明かりがなくて真っ暗なはずなのに、
黒ペンキで塗りつぶしたさっきの部屋から来たのでこの部屋が眩しく感じる。
どうにも脱出する場所はなさそうなので、
ハケの持ち手に気を使いながら新しい部屋をペンキで塗っていった。
全部塗り終わるとまた光が漏れ出ているのがわかり、また別の部屋へ。
いつまで続くのか不安になったころ、最初の部屋の言葉を思い出した。
「そうだ。鬼がいるんだった!」
警戒ゼロでマイペースに塗っていたが、鬼に捕まれば終わる。
今のところ鬼っぽい人は見なかったのが幸いだった。
「えい!」
ペンキ缶を雑に部屋に振り回してぶちまける。
全部は塗れなかったが部屋全体に黒色が付着し僅かな光の筋を見つけられた。
そんな調子で全部の部屋を塗らずに次々に部屋を進んでいく。
部屋続きかと思いきや廊下があったりホールがあったりで、
今自分が閉じ込められている場所がホテルらしい作りなのが把握できた。
きっとこのホテルのどこかにいる鬼が俺を探しているに違いない。
見つかる前にすべての部屋を塗りつぶせば俺の勝ち。脱出できる。
「よし、急がないと!」
自分の影が曲がり角の先に飛び出してバレたりしないように気を使いつつ、
どんどん部屋を勢いよく塗りつぶしていく。
黒く塗りつぶせば塗りつぶすほど自分の安全圏が広がっていく。
鬼は部屋を塗る理由がないから、いろいろ見て回っているだろうが
こっちは暗い部屋をずっと行き来しながら進んでいる。
いきなり黒く塗られた暗黒部屋に踏み入れれば、鬼はどうしようもないだろう。
俺は塗ったことでのだいたいの距離感をつかめている。
「ふふ、どっからでもかかってこいってんだ」
なん部屋も塗っているとだんだん効率化し始め、慣れが体の動かし方にも現れる。
「終わった! 全部の部屋を塗ったぞ!!」
ついに鬼に見つからずに部屋すべてを黒く塗りつぶした。
『お疲れ様でした。最初の部屋の出口が開きました』
どこからか無機質な自動音声が聞こえた。
あとは鬼に見つからずに出口にまっしぐら、のはずだった。
「さ……最初の部屋……!?」
それはいったいどこにあるのか。
来た道を引き返せばいいのかもしれないが、どこがもとの部屋かわからない。
なにせ、ここまで進んできた部屋はすべて影も見えなくなるほど真っ黒にした。
それは「どこに何があるのか」「この部屋がどれか」の個性を
すべて根こそぎ奪っていく作業にほかならなかった。
「ここから戻れって……無理だろ!?」
それでも最初の部屋にたどり着くために道を引き返す。
眼の前に広がるのは奥行きがわからない暗黒世界。
「ああ、くそ。こっちか? ちがう。こっちか? ちがう……。
あ、もとの場所に戻っちゃった……。あーもう!」
ペンキを塗る前は多種多様の形で、出入り口などもあった部屋だが
俺が塗ったせいでもうどこまでが壁かわからない。
いつしか戻ることも進むこともできなくなり、
壁に手をつかながら壁伝いを歩きながら先を目指していた。
「こっちから来たのか……? いや、戻ってきた気もする……」
前の部屋に戻る入り口を見つけた気もするが、それはさっき来た場所かもしれない。
視界ゼロの暗黒部屋では方向感覚すらも奪っていく。
だんだんと押しかかるような暗さと、
先に進んでいるのかわからない不安感で息が苦しくなる。
「出口は……出口はもう解放されているのに……!
俺はいつまでこの黒い部屋にいなきゃいけないんだ!!
誰か、なんでもいい、道を……道を教えてくれ!!」
その声も暗闇に吸い込まれてしまっている気がする。
本当は反響しているはずなのに、もう自分ではわからない。
自分の心もどんどん暗闇に飲まれていくような気さえする。
あとどれだけの正気が保っていられるのか。
「……いてっ」
思わず強く握ったハケでまた手を切ってしまった。
真っ暗な部屋に赤々とした血が数滴床にこぼれた。
「あっ……そうだ。たしか俺は最初の部屋で同じように……!」
普通なら見落とすしかない血の数滴。
それが暗闇の部屋だったらどれだけの目印になるか。
どこが最初の部屋なのかさえ判断できればあとは脱出あるのみ。
たった血の数滴を見ただけで一気に道がひらけたように、
沈んで淀んでいた心がみるみる変わっていく。
「あった!!」
どれだけさまよっていただろうか。
自分でもわからないくらい部屋を歩き回り、行ったり来たりを繰り返し。
その先でついに血が落ちている部屋を見つけることができた。
「ここが最初の部屋……どこかに、どこかにあるはずだ!
出口が開放されているはずだ!」
壁づたいを歩いて確かめるように壁を叩いて回る。
そして、妙に軽い音がしたかと思ったとき、天井から床にかけて光の筋が見えた。
ギギギとドアが薄く開くのがわかった。
「ああ、ついに出口だ……!!」
目が暗闇に慣れすぎているのでたまらず目をつむり、光から目をそらす。
部屋に入ってきた外の光でそこには2つ目の影ができていた。
「あれ……?」
思えば、どうして光の入らない密室で影があったのだろう。
そして、その影は俺と完全に同じ背丈だったろうか。
考えたときにはすでに鬼が眼の前に迫っていた。
『鬼に捕まったので、これで終わりです』
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