魔法少女だって眠りたい!

夕凪 春

***

「何だ、ただの人形か。まったく驚かすなよ」

『へえ、ボクのことが視えるんだ?』

「に、人形が喋った!? 夢でも見てんのか私は?」

『はいはい、静かに。これからボクの言うことをよく良く聞いてね。一度しか言わないよ?』


『キミは魔法少女に選ばれた。圧倒的な力に興味はないかな?』



****



1



 平成最後の夏の到来が近づきつつある六月。それはこの星崎市に於いても例外ではなく、すでに街行く者達は衣替えの時期を迎えていた。

 だが未だ梅雨は明けてはなく、不快な湿度によって搔いた汗が薄着の服を肌に貼り付かせる。人々は梅雨の終わりを今か今かと待ちわびているのだ。


 それはこの星蘭高校でも同じ。夏服へと姿を変えた生徒達にも梅雨は容赦なく襲い掛かった。増してや今年は気温が異常に上昇を続けており、本格的に夏を迎える頃にはどうなっているのかは誰にも予測がつかない。


 しかし、それ以上に脅威となるモノが迫りつつあった――



「わぁ、ほら。あの子が……」「良さみが溢れ出てる! 顔もちっちゃ!」「これで同じ人間なのかよ、不公平だ!」


 その視線はとある少女に向けられていた。

 ひそひそと話す声をもあらゆる角度から受け、それにも慣れたものと言わんばかりに堂々と歩く姿や立ち姿も様になっている。サイドで結ばれた腰元までもある髪もやはり、噂される彼女にはこれ以上ないほどに似合っていた。


『みんなぁ、おっはよ~☆』


 甘い声で周囲に挨拶すると同時に手を振る。それに声をあげて応える群衆。お馴染みの光景となりつつあるそれは、この学校における名物の一つとも言えるもの。

 彼女はそのまま自分の席につくと、視線を落とし小さく溜息を一つ吐く。続けて前の席のクラスメイトがぐるりと振り返った。


「佳奈ちゃんおはよう!」


 元気よく声を掛けた彼女は愛華あいかと言う。活発的なボブカット、切り揃えられたぱっつん前髪が特徴的な佳奈の友人であり良き理解者だ。

 それを受けて佳奈は再び、今度は大きく溜息を吐いて口を開く。


「本当クソだっる……」


 先程とは打って変わって2オクターブはトーンの低い声を発する。愛華はそれを気に留める様子もない。


「だるいんだ? じゃあモミモミしてあげるねぇ!」


 愛華は言い終わると両手をワキワキとさせながら、正面から目の前の彼女を襲う。佳奈も負けじと立ち上がり、手の平を合わせるようにして阻止した。


「どこを……揉もうって言うんだ」

「えっ……そりゃあ!」


 言い終わらないうちに愛華は佳奈の阻止を全力で受け流し、彼女の身体に触れようとする。そうして程よい膨らみを掴もうかというその瞬間。


 ――佳奈が愛華の肩をガッチリとめ、彼女は激しい痛みに顔を歪める。


「させるかっての!」

「いたいたいたいたーい!」


「まあ。お二人とも、朝からまったくはしたないですわね」


 気品のある雰囲気を放ったクラスメイトが背後から声を掛けた。肩まで伸びた艶のある縦ロールが二房、交互に煌びやかにふわりと揺れる。


「ああ、凛果か」

「おはよう凛果ちゃーんギブギブギブゥ」

「ふふ、何とも面妖な語尾ですわね」


 凛果と呼ばれたその少女。彼女は言わずと知れたあの花ヶ前はながさき財閥の一人娘。だが彼女からはおおよそ似つかわしくない、この公立校に何故籍を置いているのかは誰にもわからない。


 この三人は選ばれた魔法少女。それは悪を討つための力を得た特別な存在。誰にでもなれるわけではない。

 普段は女子高生として暮らしてはいるが、ひとたび悪が近づけば即座に現場へと向かい対処する。そしてそれを人々には知られてはいけない。強大な魔法の力を持つ反面熾烈とも言える戦いに身を投じている。

 彼女達は人知れず命を懸けてまでこの街を守る、いわゆる正義の味方だ。



2



「福引券、とは何ですの?」


 そんな事も知らないのかと言わんばかりに、佳奈は唖然とした。愛華はと言えば珍しく毅然とした態度で何かをノートに記していた。佳奈は背後からそれをチラリと覗く。

 ――一糸纏わぬ姿をした佳奈のような人物がそこには居た。


「ああっー! なんてことを!」


 彼女はそのノートを引ったくり、いかがわしい妄想が描かれたページを勢い良く引きちぎると、見るも無残にくしゃくしゃにしてゴミ箱へ投げ捨てた。


「ていうか無駄に画力たけーな! これ完全に才能のなんとやらだろ」

「そんなに褒められると照れちゃうよ!」


 凛果の視線が刺さる。説明はまだかと言っているような目だ。


「福引券ってのはあれだよ、何枚か集めるとクジみたいなのが引けるんだ。テレビとかで見た事ない? あのガラガラってやつ」

「ガラガラ? なんですのそれは? わたくし、俄然興味が出てきましたわ!」


 凛果は目を爛々と輝かせている。これはまた面倒な事になりそうだと佳奈は予感した。


「残念だけど券なんて持ってないよ、悪いな」

「あら、そうですの……。それって、どこかで頂けたりはできないのかしら?」

「もしかして福引がしたいの? じゃあこれあげるよ!」


 愛華から差し出されたのはまさにその福引券。凛果のはしゃぐように喜ぶ様を見て、彼女もたまには役に立つなと佳奈は感心してみせた。


「それでは早速福引というものにチャレンジですわよ!」

「わかったわかった、仕方ないな」

「おー、行こう行こう!」



 星崎東商店街。それは佳奈達の学校の帰り道に位置する、言わば小さなテーマパークとも言える。ここには飲食店や洋服店、雑貨店やスーパーマーケットなどがひしめき合い、週末などは多くの買い物客で賑わいを見せている。

 その中心地あたりに、いかにもやってますと言った風合いの福引所と思しき場所を彼女らは見つけた。


「ちょっとそこの方、これですわ!」

「ああ、福引ね。それじゃあ回してくださいな」

「がってん、ですわ!」


 ――ガラガラガラガーラ

 抽選器はさながらハムスターゲージのように勢いよく回転を始めた。三人は固唾を飲んでその様子を見守っている。

 ――――コロンコロコロコロロン


「何か出てきましたわ! これは一体!?」

「マジかよ……」


 ――――――カランカランカランカラァーン

大仰な音が周囲へと響き、近くに居た者すべてがその音の方向を見つめる。


「なんと一等、大当たり! おめでとうございます!」



3



「あっちいいい……マジかこれ」

「ここまで暑いとおかしくなりそう」

「お前はいつも頭おかしいだろうが」

「ありがとうございます!」


 ついに夏本番を迎えた八月。異常気象とも言える気温は日々、最高温度を更新するかの勢いで上昇を続けていた。そんな中彼女達は海浜かいひんビーチリゾートという人気のレジャースポットに来ていた。


「何をしていますの? 泳ぎませんこと? ……ってあら佳奈、水着は?」

「こういうとこで水着だと色々面倒なんだよ。私はここで荷物とか見ててやるから、二人で泳いできたら?」

「そうなんだ。もしかしてナンパとか?」

「まあそんなとこ。あとはお前みたいな奴とかな」


 くだんの福引一等の賞品は『ビーチリゾート三名一組様高級ホテルで二泊三日with海鮮食べ放題』であった。凛果としては今更国内かとも思ったようだが、普段から仲の良い二人を誘うには打ってつけのギフトとなった。


 ホテルのチェックインを済ませると三人は早速ビーチへと降り立つ。やはりシーズン真っ只中ということもあるのだろう、ビーチはそれなりの賑わいを見せていた。


 泳ぎに向かった二人を尻目に佳奈はスマホを触っている。その途中途中で見知らぬ男達から声を掛けられるものの、その全てをガン無視する。またあまりにしつこい場合は般若の如き形相でお出迎えし、自主的にご退散頂いたりなどした。


「戻りましたわ。ふう、さすがに疲れましたわね」

「凛果ちゃんバタフライのキレすごかったね。ビシッって」

「愛華さんの犬かきもなかなかでしたわ。まさか追いつかれるとは……」

「いや、さすがに速すぎだろ……」



 こうして日が落ち始めると三人はホテルへと戻っていく。佳奈だけは意気揚々とこの時を待っていましたと言わんばかりの表情をしていた。そう、食べ放題サバイバルゲームという宴が開催されるのだ。


「えぇ……?」「まあ……」


 当然二人はドン引いた。食べ放題だとは言ったがすべてを食せとは言っていない。この場の空気を表現するならそうなるだろう。これには急遽スタッフから呼び出された、ホテルの総支配人も思わず苦笑いを浮かべた。

 目一杯腹を満足させた張本人は用済みと言わんばかりに食堂を後にする。


 夜の砂浜。水面みなもでは綺麗な満月が、周りの星々と共にゆらゆらと泳ぎを楽しんでいる。

 佳奈としてもせっかく海に来たのだから、年相応にはしゃいだりしたかったのだろう。足を浸すくらいの浅瀬で走ったり、バシャバシャと水飛沫をあげて一人遊んでいる。

 こんな場面を他人には見られたくない。と思ったのかどうかはさておき、普段の粗暴な彼女からは考えられない行動にも見えた。


「ふう、そろそろ戻るか」


 ひとしきり楽しむと二人の待つホテルの部屋へと戻っていく。



4



『緊急要請! 緊急要請!』


 その電子音が鳴り響いたのは日が昇りきった頃のこと。

 三人はと言えば未だ眠りの中にあった。旅先での異常なテンションそのままに、昨日はとにかく女子ガールズトークで盛り上がり、ようやく眠りについたのは明け方近く。


「出たか……おい、起きろ!」

「むにゃむにゃ、佳奈ちゃんのふともも……ゴフッ」

「もう朝ですの……? セバスチャン、セバスチャン支度をしますわよ!」



 眠たい目を擦りながら、三人はそれぞれスマホをかざし手早く変身を済ませ、要請反応のあった砂浜へと向かう。そして互いに視線を合わせると頷いた。


「空間閉鎖!」


 佳奈がそう叫ぶと砂浜一帯が、青みがかった特殊なフィールドへと変化を遂げる。続けて愛華が転移魔法で砂浜にいた人々をフィールドの外へ逃がした。


「凛果、どこから来るか分かるか?」

「お任せあれですわ!」 


 最後に凛果の索敵魔法で周囲の変化を検知する。


「あそこですわ!」


 彼女が指差した場所へ佳奈は一直線にすっ飛んで行く。だがそこには何も見えてはいない。


「――バゼラッド!」


 佳奈がバゼラッドと呼んだそれは短剣のような形をした、魔力の塊で作られた剣。その刃は並みの硬度のものならば、いとも簡単に断ち切るほどの威力と切れ味を有している。彼女は魔力を自在に武器の形へと変化させることのできる魔法少女なのだ。


「遮断魔術!」


 後方からの術式がまっすぐ前方へ、佳奈が向かった先にまで伸びる。すると何かがそこに姿を現した。

 それは三人にとっては見慣れた魔法生物。となれば奴らがここまで来ているのは明らか。佳奈はそのまま射程圏内にそれを捉え両断する。真っ二つになったそれは文字通り砂のように散った。


「やっぱり組織の奴らか」

「そうみたいですわね」

「二人とも! 閉鎖が解けてないから、まだ油断しちゃだめだよ!」


 遠くから駆けて来る愛華の声が響き、その直後誰かが手を叩く音が聞こえた。


「いやぁお見事お見事。さすがだね魔法少女諸君!」

「よう、満を持してのご登場ってか? この腐れドブネズミが!」

「相変わらず口が悪いねぇ。黙っていれば可愛いのが実に勿体無い」


 軽薄な語り口の男がそこには立っていた。その男は悪の組織のリーダー、魔法少女達と敵対する組織の長だ。


「私達を追ってきたのか?」

「いや? ただ君達を一網打尽にする為に罠をかけさせてもらったよ。どうだろう、お気に召したかな?」

「は? それはどういう……」

と言えば分かるだろう? あんな簡単に一等が当たるほど、この世の中はうまく出来ちゃいないのさ」

「まさかあの時からですの!?」


 ふふふ、と男は笑うものの佳奈からは余裕の表情。


「で、どうやって一網打尽にするんだ? まさかお前一人で、できるとでも?」


 そして言いながらバゼラッドの刃を男に向ける。


「さすがに一対三は分が悪いねぇ。じゃあこうしようか!」

「――巨大な反応、検知しましたわ! 一度離れますわよ!」


 ――ゴオオオオオォ

 地中からの轟音に三人は各自バラバラになり、その場で身構える。


「どこだ、どこからだ!」

「正解はここだったねぇ?」

「か、佳奈ちゃん、上!」


 地中から来ると思い込んでいた佳奈はコンマ何秒か反応が遅れた。謎の生体反応の上空からの一撃は彼女を確実に捉えるだろう。迫り来る直撃のダメージを軽減するためにバゼラッドを盾のようにして構えるが、恐らくは無傷では済まない。

 程なくして、バチバチと鼓膜をつんざくような一際大きな電子音が襲う。ただし彼女へのダメージの衝撃は一切なかった。


「させませんわよ!」


 ――凛果の防御シールドが展開し、その攻撃を寸でのところで受け止めていたのである。


「悪い、助かった!」

「このくらいブレックファスト前ですわ!」


 三人は改めてその生物を視界に入れる。

 ネズミのような大きな耳を持った、二足歩行の魔物。その手には巨大な棍棒のようなものを持ち、不気味な雄叫びを上げている。それは異形と呼ぶに相応しい醜いモノであった。


「相変わらず悪趣味ですわね……」

「まあ、あれなら思いっきり叩き潰せるよ――」


「な!」


 瞬時に間合いを詰めると佳奈はバゼラッドで斬りつける。その生物の急所を断つように刃を進め入れていく。ブツンと糸が切れるような感触。怪物はいとも簡単に死を迎えるとその姿を消す。

 佳奈はゆっくりと男へと歩みを進め、刀身に日の光を浴びて輝くバゼラッドと共に問いかけた。


「もう終わったんだけど? 眠たいから帰っていい? それともお前もああなりたいの?」


 ふふっ、と男は確かに笑った。


「質問攻めだねぇ。ところでさぁ……


 ――――――ゴオオオオオォ


「何!?」


 再度の轟音。だが先ほどと比べると明らかに離れたところから響いた。


「愛華! 離れろ!」

「くうっ!」


 棍棒から繰り出されるスイングは速く、佳奈ほど戦闘能力を有してはいない愛華には回避ができなかった。彼女はそのまま吹き飛ばされ浅瀬の方へと転がっていく。


「愛華さん!」


 二人の声を受けて力なく立ち上がろうとするものの、彼女は片膝をつくのがやっとであった。頭を抱え苦しそうな様子の愛華に向けて、さらに異形は追撃せんとして迫りつつある。


「っざっけんな! ――チャクラム!」


 すると佳奈の手にしたバゼラッドは立ち消え、代わりに円形の武器が形を成した。穴の空いた円盤のようなそれを力一杯投げつけると、不思議な軌道を描き徐々に速度を増していく。


 ――ギュアアアアァ

 チャクラムと呼ばれたそれが直撃を果たし、異形は大きく悲鳴を上げる。そして戻り際にもう一度体を深く抉る。再度の咆哮。愛華はそれを確認すると何かを唱え始めた。


「――拘束魔術!」


 五本の光の矢を生み出すとその異形へと差し向ける。その矢は確実に急所を捉えると大地に縛り付けた。


「佳奈ちゃん!」

「決める! ――バグナウ!」


 再び佳奈の武器が変化を始める。彼女の両手には爪のついた篭手がはめられていた。


「佳奈! さあ、お仕置きの時間ですわよ!」


 凛果の魔法が佳奈の手元を舞うようにして掛かると、バグナウが輝き出した。得も言われぬ力の後押しを受けた佳奈は、その勢いのままに目標へと到達すると力任せに振りぬいた。


「どう、だ!」

「さすがは魔法少女。すばらしい! 惚れ惚れするくらいに完璧なコンビネーションだ!」


 男は不敵にも彼女らを称える。


「で、お前もあれみたいになりたいの?」

「それは御免被りたいね。ふふ、おやおやまさか、もう終わりだとは思ってはいないだろうねぇ?」


 ――――――ゴオオオオオォォォォ……


「地震か!?」

「――また巨大な反応ですわ……!? こ、これは……!」


 地響きの後地面が激しく揺れ、三人も立っているのがやっとの状況。

 砂浜が地面を分かつように割れるとその主が顕現した。

 それは先程のものとは比べ物にもならないくらいの巨大な魔法生物――一見すると烏賊のような姿をした、六本もの触手を持った不気味な――だった。


「な、なんだこいつは……!?」

「さあ、クラーケン! やってしまうといい!」


 男が声を上げると同時に、そのクラーケンと呼ばれた魔物は佳奈達に襲い掛かった。


「凛果、愛華と一緒にいてくれ! こいつはさすがにデカすぎる!」

「わかりましたわ! でも佳奈、あまり無理をしてはいけませんわよ!」

「ああ、分かってる! ――チャクラム!」


 言うと佳奈はまずクラーケンの頭を狙おうと考えた。しかしそれはうごめく触手によって阻まれてしまった。その間にも触手での攻撃がやってくる。さすがに上からの攻撃には彼女であっても回避するのがやっとだった。

 一方の凛果達にも触手が伸びてきていた。彼女のシールドで何とか耐えてはいるものの、魔力の消耗が激しいのか息を切らし苦戦をしている様子。


「さすがに後手に回ってしまうと厳しいですわね……」

「あの触手をどうにかできればいいんだよね?」

「ええ、そうですけれど……。どうすれば……」


 うろたえる凛果の様子を見て声を上げたのは愛華だった。


「佳奈ちゃん! 触手から攻撃して!」

「触手からか? よしわかった!」


「――浮遊魔術」


 愛華の魔法が佳奈に掛かると彼女の体は地面から離れた。ちょうど魔物の触手が伸びている根元あたりの高さにまで浮いている。


「これならやれそうだ! ――バゼラッド!」


 佳奈は触手の攻撃をうまくかわしつつ攻撃を加えていく。


「では、わたくしも! これを受け取りなさい!」


 凛果の詠唱が終わると佳奈のバゼラッドが雷の力を帯びる。どうやらこの魔法の威力は絶大のようで、一つ目の触手を難なく斬り落とすことができた。


「まずは一本目だ!」

「佳奈ちゃん、油断しちゃだめ! 他のが来てる!」


 先ほどまで愛華達を狙っていたものも佳奈の方を脅威と見なしたのだろう。残りの五本の触手がすべて佳奈を捉えようと蠢いている。さすがに数ではかなわないのか彼女も徐々に追いつかれつつあった。


「くっ! 離せよ!」

「ああっ!」


 ついに一本の触手が佳奈を捉えるとそのまま締め付ける。必死に抵抗を試みるものの、とてつもない力に彼女は顔を歪める。


「――拘束魔術」

「佳奈を離しなさい!」


 二人の魔法も空しくクラーケンには届くことはなかった。徐々に佳奈の意識は遠のいていく――



「――――引き裂け」



5



 佳奈が次に目を覚ました時には砂浜の上にいた。その傍には愛華と凛果の姿。


「佳奈!」

「佳奈ちゃん、良かった!」

「う……私はどうなった……?」


 二人は目の前の状況を指差す。佳奈を捉えていたモノは動いてはいなかった。それはすでに両断されていたのだ。次にその本体の方をみると何者かが戦っている。


「気をつけてね!」

「ああ、二度と下手は踏まない!」


 佳奈は再度クラーケンの元へと飛んでいく。恐らく助けに入ったと思しきその人物を彼女は確かめたかった。本体まで急接近するとその主が誰なのかがすぐに判明する。



「カナ……! ふふふふ、やっと見つけた!」

「何でお前がここに!?」

「偶然だよ、ぐ・う・ぜ・ん! あぁ、会いたかったカナ!」


 それは佳奈にとっては招かれざる客人。その少女の名はマヒロ。佳奈を何かと付け狙い、魔法少女ではないもののそれと同等以上の力を持っている謎の人物だ。

 彼女は佳奈にこそは懐いてはいるものの、他の魔法少女――愛華と凛果――に対しては激しく敵対心を燃やしている。


「あいつらに佳奈を任せるのは本当は嫌だったけど、アタシくらいしかこいつを殺せないから」

「マヒロ…………。その、助けてくれてありがとな」

「ふふふふふ、当然でしょカナ! さあ、一緒にアレを海の藻屑にしちゃいましょ!」


 佳奈が珍しく楽しそうに笑ってみせる。


「そうだな、今だけは協力してやるよ!」

「触手を全部落とせば、ほとんど無力化できるはず」


 残り四本のそれを手分けして落としていくことになった二人。触手の攻撃を旋回して回避しつつ、切れ味鋭いバゼラッドによる斬撃は徐々にだがその体力を奪っていく。


「――――弾けろ」


 対してのマヒロの攻撃の詳細は不明ではあるが、ことクラーケンには効いているようだ。この二人の協力攻撃により触手は残り二本と言うところまできていた。



「おっきいのが来るよ。この後アタシに続いて」

「バカか、合わせるのはお前の方だっての!」


 残った触手が大きく天を仰ぐようにして上がっていく。あるポイントで静止すると力を溜めているかのように震えだした。


「――3」

「――――2」

『――――――1!』


 ――ドゴオオオオオオン

 轟音と共に砂煙が巻き上がるその様子を、地上で見守る凛果は丁度目撃していた。


「ちょっと佳奈!? 愛華さん、今のって大丈夫かし――あら?」



「――――すべて巻き込め」

「――――バゼラッド、最大出力!」


 マヒロの生み出した竜巻のうねりに乗った佳奈は、体ごと二本の触手へと突撃を試みる。さながら巨大な刃となった彼女は、八の字を描くようにして飛び回ると次々と斬りつけていく。

 さらに加速をつけると残りの触手が一本、また二本、軽々と切り落とされていった。


「カナ、あとはお任せしていいの?」

「そうだな、あとついでに一つだけ頼みがある」



6



 ――ギュアアアアアァ


 地上では触手をすべて両断されたクラーケンがもがき苦しむようにのた打ち回っていた。


「お前は海にすら帰さねえよ、ここで沈め!」


 佳奈はバゼラッドを構え上空へと飛び上がると、その高度から勢いをつけクラーケンの脳天目掛けて刃を突き立てた。

 大仰な断末魔が鳴り響くとその姿は消えていく。すべての魔力反応の消失を確認すると佳奈は砂浜へと舞い戻った。



「佳奈! やりましたわね!」

「ああ!」

「あら? マヒロさんがいたような気がしましたけれど……?」

「あいつなら――いや」


 佳奈に残るただ一つの違和感の正体。


「なあ、愛華はどこに行った?」

「それが見当たらないのですわ。さっきまでは一緒にいましたのに」

「まさか……!」


 ザッザッと砂を踏みしめる音がした。


「そのまさかだねぇ!」

「佳奈ちゃん、ごめん……」


 その方向には愛華とあの男――悪の組織のリーダーが立っている。その手には小型の銃が握られていた。


「てめぇ! ふざけるな!」

「ひどいね、僕はいつでも真剣なんだけどなぁ。……これはね、魔法少女の魔力を吸い上げる特注品なんだ」

「はっ!? それをどうするつもりだ!」

「この子の魔力を全部貰おうかと思ってね。まあ痛みとかはないから大丈夫、死にはしないよ」


 怒りに震える佳奈は駆け出そうとする。


「おっと、動かない方がいいんじゃないかな? 下手な動きを見せたら、ほら、これこれ。引き金をカチッだよ?」

「卑怯ですわ……! この人でなし!」

「何とでも言うといいよ。まさか忘れたのかい? 僕らは悪の組織なんだよ? お遊びでやっているわけじゃない!」


 武器を解除した佳奈は両手を挙げ男を見遣る。


「お願いだ、それだけはやめてくれ。やるんだったら私をやれ」

「佳奈ちゃん、それはダメ!」


 すると男は意外そうな声を上げる。


「へぇ、傍若無人な君がそんなことを言うなんて……もしかしてどこかで頭でも打ったのかい?」

「私は一切何もしない、この通りだ。だからそいつを放してくれ」

「ふむ、確かに君からの方が良質な魔力を得られそうだね。その取引、乗ろうじゃないか」


 佳奈は両手を挙げたまま愛華と入れ替わるようにして男の元へ。その場で力なくへたり込む愛華とそれに寄り添う凛果。二人はただじっと佳奈を見つめている。

 全魔力の消失、それは魔法少女として死を迎えることを意味する。これまでの魔法少女としての記憶を全て失い、何もなかったことになる。そうなれば愛華や凛果のことも忘れ去ってしまう。


「潔いねぇ! まったく、敵にしておくのが勿体無いくらいだ。そうだね、そんな君に敬意を払って……最後に何か言う事はあるかい?」

「慈悲深いねリーダーさんは。じゃあ、これだけ言わせてくれるか?」


 佳奈は大きく息を吸い込む。


!」


「ははは、そりゃいい。君らしい幕引きだね!」


 リーダーは言い終わると引き金に手を掛ける。


「――――巻き上げろ」

「な、なんだ!? これは……!?」


 突然風が巻き起こると男の体を浮かせる。そして手にした銃が手元から離れる瞬間。


「――バグナウ」


 同じく風に乗り飛び上がった佳奈は思い切り拳を振り抜く。――その視線の先へと。

 使い物にならなくなった獲物の行方を虚しく見つめ、ざりっと後ずさると足を取られる。


「くそ、まさか僕が出し抜かれるなんて……!」

『はぁ? まだ終わってないんですけどぉ?』


 武装を解除したその魔法少女は男の目の前で、とてもDevil愛らしいMay笑顔Cryを浮かべていた。



「お前には魔法すらも生ぬるい!」


 佳奈渾身のアッパーカットがリーダーの顎を的確に捉える。ノーガードでその直撃を受けると一撃で吹き飛び昏倒した。


「佳奈!」

「佳奈ちゃんよかった!」

「さっきので上手くいった? こいつら、ここで始末していいカナ?」

「やめろ、今日はもう寝かせてくれ……」


 戦いは一先ず結末を迎える。だがこれは序章にしか過ぎない。日常にも彼女達の戦いは潜んでいるのだ。

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