首から上【なずみのホラー便 第5弾】

なずみ智子

首から上

「タマキ……ちょっといいかな? ”うちら”、タマキに少し話あるんだけど」


 休み時間。

 突如、タマキにかけられた声。

 声の主はクラスメイトであり、タマキが所属している仲良しグループの1人でもあるヨリコだであった。

 怒ったような顔をしている――いや、どう見ても怒りを抑え込んでいるようにしか見えないヨリコは、タマキの返事を聞くよりも先にチラッと周りを見て言った。


「とにかく屋上に来て。ここ(教室)でできない話だし、あんただって他の人には聞かれたくないだろうから」



※※※



 ヨリコに連れられて、恐る恐る屋上へと向かったタマキを待ち受けていたのは、”うちら”――仲良しグループの他の顔ぶれであった。

 アイナ、ミカエ、ナオノ。

 彼女たち3人も、ヨリコと同じく怒りを抑え込んでいることは間違いないであろう険しい顔をしていた。


――何……? 私、皆に何かした……?


 タマキは、自分の胃のあたりがキュッと縮こまったのが分かった。

 ヨリコたちが今からする話は、楽しい話では絶対にないであろう。しかし、タマキには、彼女たちに揃いも揃ってこれほどに険しい顔をさせるような”心当たり”はなかった。



「単刀直入に言うけどね」

 ヨリコが切り出す。

「SNSで、私たちを引き立て役に使うのはいい加減にやめてほしいの」

 

 アイナも、ヨリコに加勢するように口を開いた。

「あんたが美人なのは、皆認めてるし、もう充分に分かったからさ」



――? ”引き立て役”? 何のことなの?


 十数秒にわたってフリーズしてしまったタマキの様子を見た、ヨリコがハァとため息をつく。

「ねえ、まだ分かんない? これよ、これ」


 ヨリコが制服のポケットから取り出したのは、自身のスマホであった。

 そして、彼女のスマホ画面に表示されていたのは、タマキのSNSアカウント――無料で写真や動画が全世界の人と共有できるアプリケーションでもある”インスタプローム”のトップページであった。


 気軽に写真投稿ができるインスタプロームに、タマキはまめに投稿を――1日必ず1回とまではいかないが、2~3日に1回程度のペースで写真投稿を行っていた。

 さすがにフルネームでの登録してはいないものの、顔出しは――それも時に制服姿での顔出しはしている。

 投稿する写真も、料理や動物、風景などはごくまれであり、自撮りや(自分にかつてないほど厳しい視線を今、向けてくる)友人たちと一緒に撮った写真が、タマキのインスタプロームのギャラリーの95%以上を占めている。

 しかし、タマキは写真投稿の際に「私は美人!」などといった自慢や友人たちの容姿を貶めるような言葉を書いたことは、一度だってなかったはずだ。



「あんた、自分の投稿に寄せられるコメント、ちゃんと読んでる? 私のスマホ、少し貸すから、ちゃんと読んでみなよ。特に一昨日の投稿のコメントをさ」

 ヨリコにスマホを渡されるタマキ。

 一昨日の投稿――それはタマキが放課後、教室内でヨリコ、アイナ、ミカエ、ナオノと撮った写真であった。

 何の変哲もない、いつもの日常の一瞬を写し取っただけの写真だ。


――……この写真がどうかしたの? そんなに変な写真じゃなかったはずよ。


 スマホ画面をスクロールするタマキの人差し指は震え、冷たくなり始める。

 ゴクリと飲み込んだ唾が、急激に乾かざるを得なくなった喉へと落ちていく。


 件の写真投稿においては、タマキは一般人でありながら、なんと30件以上ものコメントをもらっていた。

 一通り、目を通したつもりであったコメントたちをタマキは再度、読んでいく。


「タマキちゃん、やっぱり超綺麗! 超綺麗という言葉しか出てこない! まさに極上の美少女JK!」

「ヘアスタイルも素敵です。前髪なしのセンター分けって、やっぱり美人だからこそ映えます」

「その制服って、やっぱ上備如(かみびじょ)高校? 美人なだけでなく、勉強もなかなかにできるとは才色兼備」

「きっとタマキさんは、学校のアイドル的存在なんでしょう。タマキさんみたいな美少女がクラスメイトにいたとしたら……同じ教室で同じ空気を吸っていたとしたらと……妄想と”その他もろもろ”が膨んでいきます」

「審美眼はわりと厳しめを自覚している私ですが、あなたのルックスなら大河女優ともガチで戦えそうで……そのうち、芸能界からも声がかかるかもしれませんね」


 恐らく男性からと思われる気持ち悪いコメントも一部あったが、タマキの容姿――顔を絶賛するコメントたちが並んでいる。

 けれども、コメント欄をさらにスクロールしていくと、ヨリコたちの怒りの原因となったであろうコメントたちまでもが羅列されていた。



「群を抜いて美人ですね。あまりにも差があり過ぎて他の4人がちょっと可哀想になってくるほどに」

「超美少女のタマキちゃんと並んで写真を撮り、全員とも見事に公開処刑されてしまうとは、ご友人たちもなかなかのチャレンジャー揃いwww」

「友達の顔面、結構キツイっすね。いやいや、よくよく考えると、友達4人の顔面こそ今時のJKの標準偏差値? 町を歩いているJKの大半はこんなもんだ」

「掃き溜めに鶴。もちろん、あなたが鶴です!」

「一緒に写真に写ってる人達ですけど、もしかして自分たちもタマキさんと同レベルって思ってるんでしょうか? そうじゃなきゃ、こんなに笑顔で一緒に写真を撮ったりするわけないですもんね」



 タマキの人差し指だけでなく右手全体が――いや、背中や脚までもが、つまりは全身が震え出した。


「……わ、私……そんなつもりなかったの……」


 ”皆を私の引き立て役にするつもりなんて”という言葉を、タマキは続けることはできなかった。

 この場合は続けることができなくて、正解であっただろう。

 ヨリコたちの静かなる怒りに油を注ぎ、さらに火を燃え上がらせる可能性だって無きにしも非ずであったのだから。



「あんたがそんなつもりなくても、結果として”こういうこと”になってンだって。写真を全体公開しておいて……極端な話、世界中の人が目にすることができる”場所”で、全く見ず知らずの人達に容姿をけなされている”うちら”の身にもなってよ」

 タマキの手から、スッと自分のスマホを取り戻したヨリコがさらに続ける。


「縁まで切りたいってわけじゃないけど、”うちら”全員とも、あんたとの付き合いを少し考え直したいって思ってる」

 ヨリコの言葉に、”うちら”全員が――アイナも、ミカエも、ナオノも頷いた。



※※※ 



 屋上での一件より、数日が経過した。


「縁まで切りたいってわけじゃないけど、”うちら”全員とも、あんたとの付き合いを少し考え直したいって思ってる」――その”少し考え直したい”というヨリコの言葉通り、タマキは彼女たちより分かりやすいシカトやハブ行為を受けることになったわけではない。


 話しかけたらきちんと返事はしてくれるし、移動教室の時も”一応”一緒に移動はしてくれる。

 でも、自分たちの間に漂っている空気はぎこちない。

 今までとは全く違う。

 まるでヨリコ、アイナ、ミカエ、ナオノの4人の中に、異物である自分が入り込んでしまい、彼女たちもそれを追い出したいのに追い出すのは躊躇してしまっているという具合だ。


 そして、タマキが感じ続けている胸の痛みと疎外感を、さらに強く決定的にしてしまう出来事があった。

 出来事があったというよりも、タマキはしっかりと聞いてしまった。



 放課後。

 鞄を置いてある教室へと戻る途中であったタマキ。

 教室まであと数歩といったところであったが、中から聞こえてきた複数の話し声に思わず足を止めてしまった。


「タマキ……あれ以来、インスタ全く更新してないね。これは、タマキもちゃんと分かってくれたと思ってもいい?」

 ヨリコの声だ。


「私たちがブス呼ばわりされている写真投稿を削除しただけで、インスタのアカウント自体はまだ残してるじゃん。本当に反省してるなら、アカウントそのものも削除しない?」

 これは、アイナの声だ。


「いや、でも、さすがにそこまでは強制できないよ。他校の友達とも繋がってるみたいだし。うちらだってSNSやめろって言われて、すぐにやめられるモンでもないでしょ」

 意外に優しいヨリコ。

 渋々といった感じであるも「まあ、それはそうだね」と、アイナが頷いたらしかった。



「ねえ、前からずっと思っていたんだけど、タマキって本当に美人かな?」

 ミカエの声、というよりも彼女の突然の問いかけに、数秒の沈黙が流れた。


「……え? タマキの顔はホントに可愛いっていうか超美人じゃん。悔しいけど、タマキのことをブスだなんて絶対に言えないよ」

 アイナが答える。

 アイナのその回答に、ヨリコも、教室にいる他の者たちが頷いたらしい気配をタマキは感じ取った。

 


「確かに顔だけはね。でも、スタイルはあんま良くないっていうか、超”ちんちくりん”。背が低くて顔も大きめで4頭身に近い感じの5頭身のうえ、まるで小学生みたいな体つきしてるし」

 どこかうれしそうな声音のミカエ。


 ナオノまでもが、ミカエに加勢する。

「皆、タマキの顔にばっかり気をとられちゃってるけど、ミカエの言う通り、タマキって胸も『AAAカップですかぁ?』って聞きたくなるレベルだし、胴は長いし、物凄いO脚だし、顔が良い分、スタイルの悪さが余計に際立っちゃってるよね」

 


 屋上での一件の時は、黙って頷いているだけであったミカエとナオノが、今は率先して自分の悪口を言っている。

 それもタマキがずっと気にしていたことであり、自分自身の力ではどうしようもできない肉体的なこと――低身長、やや大き目な顔、貧乳、胴長、O脚をこれでもかと羅列している。



「スタイルだけだったら、絶対に私らの圧勝だって。今の時代、顔だけじゃダメだよ。顔とスタイル、両方兼ね備えていてこそ、真の”美人”ってもんでしょwww」

 クスクスと笑うミカエの声に、ナオノの「だよね~www」という笑い声までもが重なった。



「言われてみれば……タマキのスタイルが仮に富〇愛クラスだったしたら、もう無敵だったかも。まさに気後れしてしまうほどの超絶美人JKだ」

 世界的なファッションモデルのスタイルを例えに出したアイナが、フムフムと同意する。


「本人も自分のスタイルが激ヤバってこと自覚してんでしょwww だって、タマキが投稿してた写真って全部上半身のみの写真じゃん。全身写真なんて一枚もなかったしwww」

 ナオノのプークスクスといった笑い。


「”首から上”だけの限定の顔デカ美人で、自己顕示欲の強い現代のインスタ妖怪。それがタマキって奴だよwww ま、しばらくしたら、自分から私たちのグループより抜けたいって言ってくると思うよ。今はウザいけど、あいつと一緒にいてやろうよ。自分から抜けたいって言い出さなかったら、サクッとハブりゃいいだけだし」

 ミカエの極めつけ。



 考えるよりも先に、タマキは教室の前から走り出していた。


 ミカエの言葉を聞いたヨリコとアイナの、「ムカついたのは事実だけど、今までに楽しいこともあったわけだし……」と「私も完全にハブったりするのは、さすがにちょっと……」というそれぞれの言葉の最後まで聞くことなく――


 一体、どこに向かって走っているのか、タマキ自身にも分からなかった。

 肉体的な悪口を言われたことだけじゃない。

 自分はもうすでに、あの仲良しグループの”真の一員”ではなくなってしまっているのだ。

 彼女たちを傷つけるつもりは全くなかったが、結果として彼女たちを”全世界に向けた場所で”傷つけてしまった。自分の浅はかな行為と”頭の悪さ”(想像力のなさとわきの甘さ)は悔やんでも悔やみきれない。


 自分に非がある。あり過ぎる。

 でも、悲しい。悲し過ぎる。

 時間を巻き戻せたらいいのに。

 自分のインスタプロームの写真投稿を見た全ての人の記憶より、自分の投稿がデリートされればいいのに。

 全部、無かったことにできたらいいのに。


 涙を止めようと思っても止められなかった。

 次から次へと溢れてくる大粒の涙で濡れた頬をゴシゴシとぬぐったタマキは、その場に座り込み嗚咽した。



※※※ 



 泣き腫らした顔のまま、タマキは校門をくぐった。

 鞄を取りに、再度教室へと戻った時、すでにヨリコも、アイナも、ミカエも、ナオノもいなくなっていた。


 一人でトボトボを家路に向かうタマキ。

 これからずっと一人で寂しく帰らなきゃいけない。もう誰も一緒に帰ってくれないし、皆と一緒に帰りたいなんてことも言えるわけがない。


 引っ込んだばかりの涙が、ぶり返してきそうになった時、後ろからタマキに声がかけられた。

「タマキちゃん……一緒に帰らない?」


 振り返ったタマキの目に夕焼けとともに映ったのは、同級生の女子生徒であった。

 ”同級生の女子生徒”という言葉どおり、タマキは彼女とは友人と呼べる関係ではない。それどころか彼女の苗字も含め、名前だってあやふやだ。

 ”あ、なんか見たことあるかも。確か同じ学年の子だよね”とぐらいの認識でしかない。それにもかかわらず、彼女はタマキの名前を”ちゃん付け”で呼んできている。



「ごっ、ごめんね。いきなり馴れ馴れしく声なんてかけちゃって。私、D組のベニカっていうの。私、いつもタマキちゃんのインスタ見てるもんだから、もうすっかり友達みたいな気分になっちゃって……」

 タマキの困惑を感じ取ったのか、彼女も慌てていた。


 いつものタマキなら、”ごめん、これから寄るとこあるから”と彼女の誘いを断っていただろう。

 しかし、今日は無性に人恋しい。一人になどなりたくない。


 彼女――ベニカは、タマキの泣き腫らした顔に気づく。

「何かあった? 話せるようなら、私に話してみて」という優しい言葉もあり、タマキはベニカと家路をともにしながら堰を切ったように、先ほどの出来事を話していた。


 ベニカは口を挟むでもなく、ただ「うん、うん」とタマキの話に頷いてくれた。

 今日初めてベニカと話をしたというのに、かなり昔から彼女と友達だったのでは錯覚してしまうほど、彼女の優しさが胸にじんわりと染み入ってきた。


 しかし、もうすぐタマキの最寄り駅に着くといった時だった。

「ちょっと、ごめんね」とベニカがスマホを取り出した。


 チラッと見えたベニカのスマホ画面。

 彼女はどうやら、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの”MINE”で、誰かにメッセージを送っているようであった。

 そして、すぐに返信が来たらしく、ベニカは満面の笑みでタマキに振り返った。

「タマキちゃん……小腹すいてない? 私のおじいちゃんとおばあちゃん、駅裏の商店街で小さな料理屋さんをしてるんだ。私が今、タマキちゃんと一緒にいることを伝えたら、是非、タマキちゃんを連れてきてってさ」


「!?!」

 彼女の――ベニカのおじいちゃんとおばあちゃんに、タマキは面識などない。彼らの顔すら知らない。

 それにもかかわらず、彼らは自分のことを知っており、彼らの孫娘が自分と一緒にいることを知ると、自分を連れてこいとまで……


 硬直しかけているタマキを感じ取ったベニカはまたしても慌てて言う。

「ごめんっ! 実はおじいちゃんとおばあちゃんも、タマキちゃんのインスタ見てる。いや、正確に言うなら、私の従兄たちも見てる。私の一族、皆がタマキちゃんのファンで、本物のタマキちゃんに会ってみたいって」


 ベニカの一族が皆――どれくらいの規模の一族を指しているのかは定かではないが、自分のインスタを見ていた。いや、見られていた。

 全体公開していたのはタマキ自身であるも、うすら寒い何かが背中へと忍び寄ってくる。


「いや……でも、今、そんなに持ち合わせないし……」

「いいから、そんなの! もちろん、私たちがご馳走するから! タマキちゃんとは”これから長い付き合いになる”んだし!」

 残り少なくなっているお小遣いを理由に断ろうとしたタマキを、ベニカが超強引に押し切った。

 彼女の”これから長い付き合いになる”という言葉にも、タマキはひっかかった。

 今日、友達になりかけているベニカとはこれからもずっと友達、という意味なのか?



「タマキちゃん……そんなに固くならなくても大丈夫だよ。こじんまりとしているけど、一応ちゃんとしたお店だし、それに従兄弟のお兄さんだけじゃなくて、お姉さんだってお店で働いているんだから」とベニカ。

 タマキは考える。

 確かに、ちゃんと営業しているお店の”店内”において”何かされる可能性”は極めて低い。一応、従業員に同性も――ベニカの祖母と従姉がいるらしい。もちろん、他の客だっているに違いない。

 それに、タマキはベニカに恩があるのだ。

 たった一人でトボトボと帰宅中であった自分に、ベニカは声をかけてくれ、優しく話を聞いてくれたのだから。


 そんなベニカちゃんの親族の親族のお店に少しだけ顔を出して、挨拶ぐらいはしてもいいんじゃないかしら? 私の超ちんちくりんのこのスタイルには、ガッカリされることは間違いないだろうけれども、と――



※※※ 



 ベニカの祖父母のお店は、中華料理屋であった。

 確かにベニカの言う通りこじんまりとはしていた。

 しかし、店内は清掃が隅々まで行き届き、夕飯前のタマキの喉をゴクリと鳴らせ、胃袋をもキューと唸らせる匂いに――これぞ、まさに本格派の中華料理! と期待せざるを得ない匂いに満ちていた。


 そして――

 タマキがベニカとともに、店に足を踏み入れた瞬間、店内はシンと静まり返った。

 店内から見渡せる厨房にいた老年の夫婦らしき2人(ベニカの祖父母か?)、布巾でテーブルを拭いていた長身でガッシリとした体格の若い男性(ベニカの従兄か?)も、他の客に餃子とふかひれスープを運んでいる途中であった色白のほっそりとした若い女性(ベニカの従姉か?)も、タマキの顔にただただ見惚れているようであった。

 経営者夫婦と従業員である彼らだけではない。

 タマキの姿に、テーブルで食事中であった客たちまでもが、タマキに見惚れているかのごとき視線を送ってきていた。



 ――何? 何なの?


 まるで絶世の美女を前にしたかのような彼らの反応。

 自身の顔面は、さすがに絶世の美女レベルには遠く及ばないであろうことはちゃんと理解していたタマキであったが、彼らの反応を目の当たりにし、いい気分にならないわけではなかった。


「おじいちゃん、おばあちゃん。”ついに”本物のタマキちゃんを連れてきたよ」

 ベニカが得意気に言う。

 

「まあ、なんて綺麗な子なんだろうね。ねえ、”お父さん”」

 ベニカの祖母が傍らの”お父さん”――自分の夫でありベニカの祖父をチラッと見た。

「ほんとじゃのう。これは引く手あまたの花嫁となっていたことは間違いない娘さんじゃな」


 ”引く手あまたの花嫁”。

 まだ高校生のタマキにとって、花嫁――結婚など遠い未来の話である。

 違和感を感じたが、これも年配の男性なりの誉め言葉であるのだろうと、タマキは結論付けた。


「インスタの写真で見るよりも、美人ね。あの写真たちも、それほど修正はしてなさそうだったから、タマキちゃんて相当に美形なんだろうと思ってたけど、実物は想像以上。私も会えてうれしいわ」

 ベニカの従姉の女性も、タマキにうれしい言葉をプレゼントしてくれる。

 そして、ベニカの従兄の男性に至っては、何も言わず――いや、彼はもう言葉すら紡ぎだせなくなってしまっているとしか思えない顔で、ただただタマキに見惚れてしまっているのだ。

 


「何、食べる? 何でも頼んでくれていいよ。でも、軽めの方がいいかな? もうすぐ、”他のものを食べなきゃいけなくなる”からね」

 席へと案内されたタマキのもとに、ベニカがお品書きを持ってきてくれた。

 ベニカの気遣いもありがたかった。

 ”もうすぐ、”他のものを食べなきゃいけなくなる”――タマキがこの後、自宅でとる夕飯のことも考えてくれているんだとも。


 タマキは、焼売と春巻きのミニセットを頼んだ。ドリンクは烏龍茶だ。

 中華料理にはそう詳しくはないタマキであったが、ベニカの祖父母が作った料理からは、本場の中華料理の匂いと風味が伝わってきた。

 これだけ美味しいなら、お客さんだってもっと入っていいはずなのに、とタマキは舌鼓を打ちながら考えていた。



 残すところ、焼売があと1個と烏龍茶が4分の1ほどの分量となった時であった。

 ガラガラ、といった音が聞こえたため、タマキは店の玄関を振り返った。

 ベニカの祖父が店のシャッターをしめている。でも、店内の時計の針も、タマキのスマホに表示されている時刻も、まだ7時すら指していない。

 店じまいには早すぎる時間だ。それに、他のお客さんたちだって、まだ食事中だ。

 けど――

「ごめんなさい……っ! すぐ食べ終わりますんで……」


 慌てて口の中に最後の焼売を放り込み、烏龍茶で流し込んだタマキの元に、ベニカの祖母がやってきた。

「いいんだよ。ゆっくり食べてくれて。タマキちゃんは今日から、うちの一族の一員になるんだからね」


「!!!」 

 うちの一族の一員?

 このおばあさんは一体、何を――!!


 ベニカの祖母は、ベニカの従兄男性を振り返った。

 赤い顔をしたまま、今もなお、タマキをじっと見つめてきている、あの男性を。


「いや、うちの孫(ベニカの従兄男性)ももういい年頃だしねえ。そろそろ花嫁をって思ってたんだよ。若い娘さんに自分から声をかけるなんて出来ない子だし、私と”お父さん”(ベニカの祖父)が若い娘を見繕ってこようかと考えていたんだけど……孫がタマキちゃんの写真見て、一目惚れしてしまってねえ」


 驚きと困惑で口を開いたままになっているタマキに、ベニカが鼻を鳴らしながら言う。


「そういうことなの、タマキちゃん。うちのお兄ちゃん(従兄男性)ったら、インスタでタマキちゃんの写真見て、一目惚れしちゃって……偶然、タマキちゃんが私と同じ高校に通っていたから『絶対に会わせてくれ、絶対に連れてきてくれ、タマキちゃんを俺の花嫁にしたい』って、毎日MINEでメッセージを送ってきててさあ」


「え……でも、私、結婚なんてまだ……」

 ベニカの従兄男性は、背が高く、ガッシリとした体つきで、審美眼をうんと甘くすればイケメンと言えないわけでもなかった。

 しかし、彼とは今日が初対面だ。

 そもそも、”結婚なんてまだ”というより、こんなやり方をされたら、相手を愛することなどできるわけない。 


「ごちそうさまでした。私、そろそろ帰りますねっ!」

 一刻も早く、逃げ出さんと席を立ったタマキに、シャッターが完全に閉められてしまったこを示す”絶望の音”が聞こえた。

 店内に閉じ込められてしまった。

 監禁されてしまった。

 けれども、まだ救いはある。他のお客さんだって、店内にいるのだ。自分と一緒に閉じ込められてしまっているのだ。



 しかし――

「ごめんね。タマキちゃん。今、店内いる人達、み~んな、うちの一族なんだ」

 ベニカの止めの言葉。


「!!!!!」

 全員一族。

 私を助けてくれる人は誰もいない。私の味方は誰一人として、この店内にはいない。

 ま、まさか……この店内で”無理矢理、花嫁にされる”のか?

 ベニカも含め、同性である彼女のおばあさんや従姉の女性までいるというのに、彼女たちは”無理矢理、花嫁とする行為”を止めることもなく――


「やだ、タマキちゃんってば、凄い顔してる。心配しなくていいよ。うちのお兄ちゃん、あの年で本当に奥手だから、タマキちゃんの手すら今日はまだ握れないと思うし」

 ベニカが、クスクス笑う。


 ベニカの従姉女性も、口元に手をやって、クスクスと笑う。

「タマキちゃん……今日、ベニカがタマキちゃんをここに連れてきたのはね。タマキちゃんを、”まずは”うちの一族の一員にしておこうかなってだけなの。タマキちゃん、スタイルは今一つ過ぎだけど、顔だけは本当に綺麗だもの。”首から上”を最も重要視しているのが、うちの一族なのよ」

 

 ”首から上”を最も重要視している一族?

 顔フェチばかりが集まった一族ということなのか?


「ねえ、タマキちゃん……飛頭蛮(ひとうばん)って言葉、聞いたことある?」

 ベニカの突然の問い。


 ヒトウバン? 

 ”ヒトウバン”などという言葉は、タマキは生まれて初めて聞いた。

 パニック寸前のタマキの頭の中で、”ヒトウバン”という五文字の言葉が入り混じる。

 漢字で書くとしたら、どんな字を書くのかも見当すらつかない。


「やっぱ、聞いたことないか。妖怪に詳しいJKなんて、いそうでいてなかなかいないもんね。でも、ちょっと昔の漫画だけど『地獄〇生ぬ~〇~』とかでも取り上げられたんだけどなあ」と、ベニカが残念そうに言う。


「……タマキちゃん、ろくろ首は知っておるかな?」

 ベニカの祖父が――シャッターを下ろした後、裏口から店内へと戻ってきた祖父が問う。

 もはや、口からパクパクと二酸化炭素を吐き出すことしかできなくなっているタマキに、ベニカの祖父はそのまま続けた。

「古来より”この国で息づいてる者たち”は、ろくろ首と呼ばれているようじゃが……その昔、大陸より渡ってきたわしらの祖先たちは、奴らとは”似た系統ではある”も、少し趣きが異なっておってのう。飛頭蛮と呼ばれているんじゃ」


「そ、うちは飛頭蛮の一族ってわけなのよ」

 うれしそうなベニカ。


「駄目よ、ベニカ。タマキちゃん、飛頭蛮が何なのか、全く分かってないみたいじゃない。ちゃんと、見せてあげなきゃ。私たちの本当の姿を……」

 従姉女性のその言葉に、ベニカも、彼女の祖父母も、他の客であり一族たちも、そしてタマキが監禁される原因となったにも関わらず、一言も喋らず全くの空気となっていたベニカの従兄男性も、コクリと頷いた。


 頷くと同時に、彼女たちの首には”横に”スーッと赤い線が入った。

 彼女たちの首から上と胴体を分離するかのごとき、生々しい赤い切れ目であった。

 そして、その生々しい赤い切れ目は、”本当に”彼女たちの首から上と胴体とをバッと分離したのだ!


「ひいいいっ!!!!!」


 首が取れた。

 首が取れた。

 取れた、取れた、取れた、取れた、取れた!!!!!


 しかし、ベニカたちの取れた首は、そのまま、清掃が行き届いた床にゴトンと落ち、転がっていったわけではなかった。

 むしろ、”首から上”こそが自分たちの本体であることを示すように、揃いも揃って空中にフワフワと浮かび上がっているのだ。


 首が浮かんでいる!

 浮かんでいる!

 いや、こっちを見ている! こっちに来る! 近づいてくる!!!


 笑うベニカの首が、先頭となって、ユラユラと近づいてくる。

「昔から日本にいる”ろくろ首”の人達は首が伸びるんだけど、私たち飛頭蛮は、見ての通り首が胴体から離れて飛び回るのよ。あ、ちなみに私たち、普通の人間の食事も食べるし作るけど、本当の主食は虫や蚯蚓、生の蟹なんだ。最初は”うげっっ!”て思うかもしれないけど、慣れてきたら病みつきになっちゃうよ」

 虫や蚯蚓、生の蟹を主食としている飛頭蛮一族。

 ベニカの「もうすぐ、”他のものを食べなきゃいけなくなる”からね」というあの言葉は、夕飯ではなくて、飛頭蛮となった後のタマキの主食を意味していたのだ。



「ビックリしてるでしょ、タマキちゃん。妖怪が国際社会とネット社会の波にうまく乗っているってことに。その昔、大陸からやってきた飛頭蛮たちが、日本で普通に料理店を経営し、孫娘を高校に通わせているばかりか、皆、ネットもして、インスタプロームやMINEまで使いこなしてるなんてねwww」

 ニタニタと笑い続けているベニカの首は、さらにユラユラと近づいてくる。


「怖い? 逃げたい? 叫びたい? でも、タマキちゃん自身がこの状況を作ったんだよ。タマキちゃんが、インスタで顔出しして自分の美貌を全世界にアピールなんてしなければ、うちのお兄ちゃんに惚れられることもなかったし、仲良しグループの人たちの顰蹙を買ってハブられることもなかったんだから……でも、私たちと”一族として繋がっていれば”もう寂しくなんてないよ。仲良くしようね。”これから長い付き合いになる”んだし」


 次から次へと溢れてくる大粒の涙によって滲み切ったタマキの視界の中で、ベニカの首が徐々に大きくなっていく。

 ベニカの首だけでなく、彼女の後ろからユラユラと近づいてくる数多の飛頭蛮たちの首によって、タマキの視界はゆっくりと埋め尽くされていった……



―――完―――

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