第46話 これは間違いじゃない

「自己流のマブイグミをしてしまったんです」


 司は、恥ずかしそうな顔をしながら有希に打ち明けた。

「私にとっては雑学の知識にすぎないのに、自分の血と肉になってもいないのに、つい」

「切羽詰まっていたんでしょう?」

 有希はおっとりと笑った。

「というか、衝動的にというか。言葉がこう、勝手に出てしまったというか」

 何とか説明しようとしながら、司はもどかしげに両手を動かした。


「確かに、自己流のマブイグミは危険だと言われることもあるみたいです。本物のマブイじゃないものを呼んでしまうとか、ね。でも、血のつながった人間がやるのが一番だとも言われるし、うっかり落としたときに、自分で気付かないうちに戻してたっていう話も聞くし」

「相手は、血のつながりどころか、初めて会った子なんです」

「子ども? 子どもはマブイを落としやすいって言いますよ」

「有希さんも、してもらったことがあると聞きました」

 司は、助けを求めるように白男川の方を見たが、彼女は晴菜と楽しそうに話している。


「そうです。学校でも突然泣き出したり、勝手に帰ろうとしたりしたそうですよ。自分ではあんまり覚えていないんですけどね。最初は、母親と死に別れたばっかりで、言葉も違う沖縄に来て、小学校に入って、泣いたって当たり前と思われたようです。だから、学校からも連絡が行かなかったんですね。だけど、曾祖母が気が付いてくれたそうなんです。マブイを落としてるって。でも、落とした場所がわからなくて、探すのが大変だったって言われました。曾祖母はもう年で、足も悪かったから歩き回れなかったし」

「あの、マブイって、落とした場所にずっとあるんでしょうか」

「だいたいは、あるって言いますよ」

「その、セジが高いっていう人にも見えないんでしょうか」

「うーん、見たっていう話も聞かなくはないけど、だいたいは見ていないらしいですね。ころっと落ちていて、これだーってなったら楽ですけどね」

 有希は豪快な見た目に合わず、ころころとかわいらしい声で笑った。

「それで、なんとか場所を特定したものの、私がちょうど熱を出して寝込んでしまったらしいんです。本人を連れて行くのが一番だけど、それができないっていうことで、曾祖母が私の服に乗せて持って帰ってくれて」

「服に、乗せる?」

「ええ。何度もその話をされましたよ。サンっていう、あれはススキなのかな? 草やら、お米やお酒やそういういろいろを揃えて持っていって、ウガンっていう、拝みですね、そういう儀式みたいなことをして、服に乗せて持って帰ったって」

「あの…」

 目を見開いて聞いていた司は、気になってたまらないという顔をした。

「都会に出て事故で亡くなった人のマブイを、飛行機に乗せて沖縄に連れて帰ったっていう話を聞いたことがあるんですが」

「ああ、そういう話もあったかも。よそで亡くなったマブイが迷わないようにっていうことですね」

「じゃあ、そういうことを知らない他の地域の人の魂は、どうなってしまうんでしょう。私、前から思っていたんです。沖縄の人じゃなくても、マブイの有りようは同じだろうにって。なのに、どうして拾う行為は同じじゃないんだろうって」

「昔はあったのかもしれないですよ」

 有希はさらりと言った。

「だったら、それが伝わっていればよかったのに。そうすれば、罪悪感なくできたかもしれないのに」


「ああ、山田さんは、沖縄の人じゃないのに、沖縄の言葉を遣ったことを気にしていんですね」

 両目でウインクをするかのように、きゅっと目をつぶって有希はそう言った。

「ああ、そう、そういうことなんでしょうか」

 司は、自信なさそうに首を傾げた。


「これから先、そこら中でマブイグミをして歩きますか?」


 有希にそう問いかけられて、司はびっくりした。

「いいえ、そんなことはしません」

 冤罪を晴らそうとするかのような勢いで、司は否定した。

「だったら。ある一人のためにだけ、これだという思いに突き動かされてやったんなら、心配することはないと思います」

「あ…、ありがとうございます」


 司は、晴れ晴れとした表情になった。

 いつの間にかそばに来ていた晴菜が、ちょんちょんと彼女の膝をつついた。

「あら、どうしたの?」

「おはなしすんだ? あそぼ?」

「えー?」

 抑えようとしてもげっそり感がにじみ出て、有希と白男川は盛大に笑った。


「はるちゃん、司ちゃんはもうお家に帰らなきゃいけないから、またにしましょ」

 白男川がそう言ってくれた。

「えー、もうかえっちゃうのー?」

「私たちもそろそろ帰らないとね」

 有希もそう言って立ち上がる。

「お父さんは、今日も遅いのね。会えなくて残念だけど」

「そうねえ。はるちゃん、またいらっしゃい。司ちゃんも呼ぶから。今日はお家に帰って、お風呂に入って、ねんねしなきゃ」

 晴菜はぷうと頬を膨らませたが、母と祖母に逆らいはしなかった。


「山田さん、送って行くわ」

 司は遠慮したが、有希はさあさあと彼女を車に押し込んだ。

 白男川も、それが当たり前のような顔をして、またいらっしゃいねと気安く送り出してくれた。


 チャイルドシートに乗った晴菜は、遊ぼうと言っていたわりに、車が走り出すとすぐに眠ってしまった。

「ねえ、山田さん」

 後部座席の晴菜の横に座った司に、有希が運転しながら声をかけた。


「人混みの中ですれ違っただけでも縁のできる人もいれば、毎日挨拶していてもまったく縁のできない人もいるのよ。私、あなたとはこれからも縁が続く気がするの」

「それは、ひいお婆さまが言ったのではなくて?」

「ただの、私の勘」

 バックミラー越しに、笑った目が司を見た。


「私、ブログを始めたところなのよ。実は、ヤモリを飼っていてね。写真を見てもらいたいなって思って。苦手じゃなかったら見てね」


「ヤモリ…?」


 男の子の胸に乗っていたヤモリが、司の脳裏に浮かんだ。


 家まで送ってもらって、部屋に入った司は、LINEの着信に気付いた。緑川からだ。


『お疲れ! 大ニュース! 有村さんが新しいゲームを出すんだってさ! 主人公がヤモリだって!!! びっくりだろ?』


 司の手から、スマートフォンが滑り落ちた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

山田さんの雑学知識はたまたまです 杜村 @koe-da

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ