それ以来あの同じ曜日同じ場所におれが出向くことはなくなったし、直接顔を合わせて並んで走ることもたえてなかった。

 ユカはマサキとも別れた。結局本当に反りが合わなかったらしい。しばらくまたおれとよりを戻して、すぐにまた関係が途切れてしまった。それからどうしているだろう、ユカは友人のつてを頼って海外に行って、帰ってきていないらしい。おれは学校に戻り、これといった書くべきこともなくそのまま卒業し、東京に来て、皿洗いやビルの清掃をやって、今ではアパレルで服を売り売り、ワンルームのアパートに住んでいる。どこにでもいる青年の暮らしぶりだ。

 ライダーを見たのは別れたあの日が最後ではなかった。最後におれの目があの姿をみとめたのは、月のない夜のバーン、対向車線を走る『ペンギン』が、ほんのわずかなあいだ認められて、マシンの一部にとうずまったライダーはその姿をみせぬまま、百メートルを隔てて駆け抜けていった。


 渋谷のスクランブル交差点、ビルディングの上に取り付けられた巨大画面が伝える、昼のニュースに、キャスターの神妙な顔が映し出されて、黒いスーツを着たキャスターは言った。

「昨夜未明、東名高速道路で乗用車二台とバイクが衝突する事故があり……」

 炎上する軽、バン、そしてバイク。ああ、巨大なバイク、シャチのようなモンスターマシン、見覚えのある『ペンギン』が、橙色の炎に巻かれて不吉に燃え盛っている。キャスターは粛々と事故の子細を原稿に沿って述べていく。救出され治療されるも死亡した三人、の顔写真が順繰りに映される。追い越し中にバランスを崩して接触し横転、後ろのバンにつっこまれた、というより後ろのバンにつっこんでいった巨大なバイクの運転手の顔、十六歳のごく短いあいだだけ並んで夜のハイウェイを駆けたライダーの名前を、おれは初めて目にした。

 だからおれは今こうしてこんなものを書いている。しばらくの間忘れようとしていたもの、記憶の壺の奥に押し込んで、それでも今こうして蓋をのけて飛び出してきてしまったもののために。

 今ではおれは、あのペンギンのライダーを忘れることができない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ペンギン・ハイウェイ 金村亜久里/Charles Auson @charlie_tm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る