第15話「戦闘!《アレクルイトナカイ》」

 シンヤが元いた世界にあったゲームとは違い、この世界におけるゲームは現実と感覚の大差がない。


 だが、ゲームを盛り上げる為には、準ボスにせよ本ボスにせよ、それなりの演出があっても良いのだろうが、ここではそういった演出が一切ない。こちらを敵だと認識してきた途端、まずは威嚇をしてから攻撃してくる。シンヤは修行を積むうちに慣れてきたが、この仕様によって最初、雑魚とボスの違いがいまいちわからずに苦戦した。


 サイズが大きければそれはボス……とは限らないのだから―――



「おおおおお!!」



 シンヤはミユより前に出て《ディフェンダー・プロ》の横幅が広い刀身を相手に向け、防御の姿勢をとる。


 大きな声で吠えた《アレクルイトナカイ》による突進を《ディフェンダー・プロ》の広い腹で受け止めた。力強い衝撃音が響き、互いに負けじと押し合っている。


 基本的にレア度の高い武器はモンスターからドロップするしか入手方法はない。しかし、攻撃力や武器に込められた特殊能力に拘らなければ「汎用型」と呼ばれる、所謂いわゆる製造技術を持った技術者が作成・販売をしている武器で現状は事足りる。シンヤの使う《ディフェンダー・プロ》は「ディフェンダーシリーズ」の最高級品であり、装備する際に必要な要求ステータスが高ければ、購入価格もそれだけとんでもない額となっている。


《ディフェンダー・プロ》の防御補正と《ディフェンスシフト》による基礎防御力でシンヤは《アレクルイトナカイ》の突進を完全に防御していた。



「すっご……」



 その鉄壁を目の当たりにして、ミユは感嘆の声を漏らす。しかし、壁役を担っているシンヤからすればそれどころではない。



「何やってんだ、側面から攻撃!」


「あっ! ごめん!!」



 シンヤの後ろにいたミユは急いで《アレクルイトナカイ》の側面に回って、双小剣技2連撃……《ジャンピング・ファング》を放った。跳躍し、上から双小剣を「牙で獲物に噛み付く」ように差し込む技だ。通常は跳躍から垂直降下で攻撃するが、敵の大きさによっては斜め上から差し込むような形になる。


 今回は斜め上からになり、弱点である横っ腹を攻撃された《アレクルイトナカイ》は命力を20分の1ほど削られてわめいた。


 強靭な角を振り回し、頭の向きをミユの方に向けて止める。狙いがシンヤからミユに変わったのだ。



「げっ……」



 ミユは苦戦した記憶を思い出し、身の危険を感じた。しかし、こういった場面こそ壁役の仕事力が試される。



「させるか!」



 シンヤは即座にミユの前に立って、再び防御姿勢をとった。最初から《ディフェンスシフト》がメインのスキル構成であれば《挑発》という敵の狙いを引きつける効果があるスキルを使えるのだが、残念ながらシンヤはそのスキルを習得していない。


 であるならば、狙われているミユの前に立って文字通り「壁になる」しかない。そしてその狙いは、行動パターンが単純な獣系エネミーには効果が高い。


 先程と同じように大きな衝撃音を発して、シンヤの《ディフェンダー・プロ》と《アレクルイトナカイ》が激突。直後、ミユは再び側面に回って戦闘技バトルアーツを使って攻撃した。


 双小剣は手数の多さが売りの武器で、相手を翻弄しながら連撃を与えるのが本来の戦い方ではあるが《ディフェンスシフト》の戦闘員と組んで戦うようなエネミー相手には連撃数の少ない、比較的に1発の威力が高めな戦闘技バトルアーツで戦うのが確実である。


 それを繰り返すうちに《アレクルイトナカイ》の命力が残り5割となったところで挙動が変わった。地面を前足で交互に踏みつけている。


 それを見たシンヤがミユに叫んだ。



「衝撃波だ! 俺が合図するから、その瞬間に《ジャンピング・ファング》を使え!」


「えっ、あ、うん! わかった!!」



 地面を踏みつけている間の《アレクルイトナカイ》は実に無害だ。しかし、ここまで追い詰めた他の戦闘員がする失敗は、ここで一気に畳みかけようと攻撃重視に移ることだ。どんなにレベルが高く、レア度の高い武器を使っていたとしても、残り5割の命力を削りきることはまず難しく、放たれた衝撃波によって攻撃役が一気に全滅してしまうという落し穴がある。


 シンヤの意図が読めないミユではあったが、いつ合図されてもいいように、戦闘技バトルアーツを使用せずに単純な通常攻撃で横っ腹を切りつけまくった。


 おおよそ20歩ほど足踏みをした《アレクルイトナカイ》が急に跳び上がった。その瞬間、シンヤはミユに合図を出す。



「よし、いまだ!」


「りょーかい!」



 ミユは《ジャンピング・ファング》を発動。技のプログラム定義に従って、ミユは跳び上がった。


 ───ただし、ミユにとって予想外だったのは《アレクルイトナカイ》よりも僅かに上まで跳んでいたことだ。



「ちょっ……高!」



 思い掛けない高さまで跳んだミユはその高さに驚くが、バランスを崩して落下する……ということはなく、戦闘技バトルアーツを発動させた以上、その技に書き込まれた定義内容を完遂するまで相手が攻撃中であったとしても止まることはない。


《アレクルイトナカイ》が地面に着地するよりも早く、ミユの《ジャンピング・ファング》が《アレクルイトナカイ》の横っ腹を刺した。すると、予期せぬ攻撃を受けた《アレクルイトナカイ》は空中でのバランスを崩し、ミユが攻撃した方とは逆の横っ腹から地面に落下した。


 ミユは落下の直前に離脱しており、落下の衝撃で暴れる《アレクルイトナカイ》に巻き込まれることはなかった。



「ミユ! この隙に集中攻撃だ!」


「う、うん!」



《アタックシフト》である時よりも攻撃力には劣るが、シンヤも横たわって暴れている《アレクルイトナカイ》の背中を狙って《ソードライン》を放った。続いて連撃数の高い戦闘技を駆使して攻撃する。ミユもそれに倣う。


 正直、ミユは「これで削り切れる」と思った。しかし、まだ甘い。



「ミユ! 奴が起き上がるから1度退がるぞ。突進を俺が止めるから、さっきと同じ流れでいく。それで終わりだ!」


「え? わ、わかった!」



 ミユに指示を出し、壁役のシンヤも一緒に退がった。すると、立ち上がった《アレクルイトナカイ》は頭を振りながらその場をぐるりと回った。シンヤが退がったのは、これを避ける為だ。


 壁役だからといって全ての攻撃を受け切る必要は無い。むしろ、自他共に避けられる攻撃があるのであれば避けるべきだ。


 幸いなことに、突進の矛先はシンヤに向いた。シンヤが防御している隙にミユが攻撃をする。



「グギャアアアッ!」


 

 それを何度か繰り返しているうちに、残り1割だった命力が無くなった《アレクルイトナカイ》は特有の断末魔をあげて倒れた。倒れた際に起こった衝撃でいかに重かったのかがよくわかる。


 そして、その死体はそのまま残ることなく、システムに従ってこのマップから姿を消した。



「ふう……」



 シンヤが一息ついて剣を鞘にしまうと、ミユの「わっわっわー!」という声が聞こえてきた。大体の予想はついているがミユの方を見ると、やはり得られた経験値を確認して驚いていた。



「こんなに経験値が入るだなんて、すごくない!? 普段のレベリング、何だったのってカンジ!」


「あのなぁ。それだけ沢山入っているように見えるってことは、レベルに見合ってないってことなんだぞ」


「はーいはい、感謝してる、してる!」


「…………」



 ミユがシンヤに感謝しているのは事実だが、どうやら今はシンヤの言葉をまともに聞いている場合ではないようだ。シンヤは「駄目か……」と心の中で呟いてそれ以上言うのを諦めた。


 その瞬間、大気中に漂っているマナが集合し、1つの結晶を作り上げた。半透明のマナ結晶は謎の推進力で浮いており、勝者によるアクセスを待っている。


 ミユがステータス画面を閉じ、マナ結晶を眺めて唸った。



「どうかしたか?」


「んー? これって綺麗だけど、防衛任務では壊さなきゃならないやつでしょ?」


「ああ、そうだ。寄ってくるからな」



 現実世界で出来上がったマナ結晶は壊す必要がある。それは兆候なく突然出来上がるものであり、現実世界のエネミーはこれに引き寄せられて集まってくる。


 しかし、この場においてのマナ結晶が持つ効果は違う。本ボスと戦う場所に繋がるワープアクセスポイントだ。



「こいつに触れれば《ドシャクズレウミウシ》の住処だ。準備はいいか?」


「う、うん……!」



 ミユの頼りない返事を聞いたシンヤは頷き、再び携帯端末を取り出して操作をすると《ディフェンスシフト》から《アタックシフト》に切り替わった。軽鎧と《ディフェンダー・プロ》が淡い青の光となって消え、その光が再度シンヤの左腰に集合し《エリアルブレード》が現れた。


 ミユがその行動の意図を問う。シンヤは携帯端末をしまい、右手の人差し指を上に向けて答えた。



「えっ、シフト変えちゃっていいの? 私、壁役出来ないよ?」


「あのウミウシは動きがノロマだから、タイミングさえ間違わなければ攻撃は避けられる。ただし、無駄に体力が多いから極力削っていかないといけないんだよな」


「あっ、そうなんだ。了解、了解!」


「それじゃあ、行くぞ」



 シンヤとミユの右手がマナ結晶に触れると、緑色の淡い光が2人を包み、次なる戦場へと転移させた。

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未来異世界の七剣星 夏風陽向 @youta_ikeda

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