第14話 被害者と共犯と犯人と
様子がおかしい。
「おい、いい加減にしろ。昨日俺が留守の間何があった」
「なんも」巽恒が言う。眼が合わない。
「嘘を言うな。鎌倉嬢の件だって」
昨夜から今朝にかけて大量にメールが届いている。すべて依頼主から。言い方は様々だが彼らが言わんとしていることはただひとつ。
捜索は打ち切りで結構。ご苦労様、と。
「そんなん先方がいらんゆうとるんやからねえ。俺もう手出しできへんよ」
「だから、どうして打ち切りにして欲しい、と言ってきたのか。それを訊いてる」
「知らんて」
全員から目を逸らされる。
これは全員が共犯と思って間違いないだろう。
「かねいら」
「ううん、ごめんなさい」伊舞がわざとらしく眼を瞑る。
「ごめんじゃない。説明しろ」
「パワハラと違う? 次期社長さん」巽恒が顎でしゃくる。
裏口に、と。
「ここで話せ」
「べらべら喋くることやないの。お前やったらわかる思うんやけど」巽恒が言う。
「上か」
「下あったん?」
巽恒の後に続いて裏口から出る。屋島が横目でちらちら見ていた。こいつもグルだ。能登は塾だろう。無理矢理サボらされることもあるのだが今日は無事に学業に励めているようだ。
私室の三階でもよかったが今日は二階でいいらしい。
入り口で靴を脱いで奥のソファに腰掛ける。巽恒は指定席を勝手に決めてあり、そこに誰ぞが座るものなら蹴ってでも床に落とす。テラスを背にする席であり、趣味で買ってくる小説の棚まで設置させた。
「なんだ」
「予想してみい」巽恒が言う。
「は?」
「これが噂の鎌倉嬢でしたゆうておっさんらに差し出せへんわけをね」
「まさか」
巽恒がつまらなそうに目を細める。「まあ、そゆこと」
「確かめたのか」
「なんやのその食い付き」
気づいたら席を立っていた。我ながらなんとも敏感な。
素知らぬ顔を装って座り直す。
「見た目はね、わからへんよ」巽恒が言う。「せやけどまあ、いつものあれやったり。ケイちゃんのあれやったりそれやったり」
「なんだ」
「お前のせいやないの?」
「なんで俺が」
巽恒が冷めた目でこちらを見てくる。「あかんわ、もうそんなんばっかやし」
「ばっかてのはどういう意味だ」
「知らんほうがええよお。お前みたいの切れるとなにするかわからへん」
なんだか階下が騒がしい。
伊舞が駆け込んできた。「あのお若、なんかお客さんがですね」
「誰だ」
「さあ」
「さあ、てことはないだろ」
「うわ、とうとう探し当ておったんか」巽恒が言う。
「知ってるみたいな口調だな」
「まあ、いこか」
階段を下りて裏口から入る。先ほどのルートの逆を辿った。
大きな影が立ちはだかる。違った。群慧だった。カウンタの向こう側を威嚇しているようだ。
「ええよケイちゃん。退いたって」巽恒が言う。
「なんだ、やっぱりいるじゃないの。じゃーん!来ちゃった」
群慧の陰から派手な装いの女が出てくる。カウンタの内側に入ろうとするのでさすがに阻止した。
「あなたがKREの社長さんよねえ。若いわね。はじめまして。これ、つまらないものですけどお近づきの印に」女は勝手にカウンタに包みをのせる。
包装紙から中身を判断するとおそらく菓子類。
「そっち入れてもらえません?」
「何の御用ですか」
「御用に決まってるじゃない。私も今日、たったいまからヨシツネさんの下で働かせてもらおうと思って。素敵よね、無償奉仕って」
「どういうことだ」
「あんなあ、俺は許可降ろしたつもりないし、ここ来られるん困るやけどね」巽恒が言う。
「だって、迷惑かけた分はちゃんと始末つけたのよ。連絡来たでしょう? もういいって。ちょっとは褒めてくれたっていいんじゃないかしら」
「そんなん当然なのと違う? 縁切り。さいなら」
「ふうん、そういうこと言うならまたやっちゃうわよ。いい?」
「へえ、そらええなあ。やれるもんならやってみい」
「失礼ですが、まさかあなたが」
鎌倉嬢。
「そうよ。でも私がその名前付けたわけじゃないから変な感じだけど」
巽恒が専用の丸いすにどかりと腰掛ける。眉間に皺を寄せて。「それ持って帰ってね」
「どうして?」
「お前嫌いやから」
「ひっどーい。そういう言い方ってないわ。私の特技知ってるでしょ? それ使っていいから」
「ダメね。利用法が浮かばへん」
伊舞がお茶を運んできたので下げさせる。頼むから空気を読んでくれ。
「だってお客さんですし」伊舞が言う。
「違う。部屋を借りるわけじゃないし」
「じゃああの方は何しにいらっしゃったんですか」伊舞が言う。
なんだか泣きたくなってきた。
こんなのを雇ったのは誰だ。隠居中のクソじじいか。そうだ。そうに決まって。
「ヨシツネさんのお知り合いみたいですねえ。綺麗な人だなあ」伊舞が言う。
お願いだから誰か教えてやってくれ。
もう同じ会話をなぞりたくない。
「帰れゆうとるの」巽恒が言う。
「お茶汲みでもええよ」
いまのは何だ。
群慧以外の全員がそう思っているだろう。
違った。伊舞は気づいていない。屋島は興味なさげに手元の機器をいじっている。巽恒は呆れ顔。驚いたのはひとりだけだ。
「せやからね、そうゆうんが厭やゆうとるの」巽恒が言う。
「いいじゃないか。面白くて」
視線が集まる。反射的に首を振る。
口なんか開いていない。
とするなら。
「ヒデりんさんとやら。あかんわ。出てって欲しい」巽恒が言う。
「誰が」
いまのは群慧?
群慧がびんびんに殺気を放っている。彼は存在感だけで人を抹消できる。寡黙な彼が巽恒の命令以外で口を利くだろうか。話の流れからしてもおかしい。
やはりこれは。
「え、え、何ですか」伊舞が言う。
「全部私です」
「え、あなたの声? すごいですねえ」伊舞が言う。
「そう言っていただけるとうれしいです」
伊舞はまんまと取り込まれたらしい。
相槌を求めないでくれ。
「そっちのちっさいのも何か言うてくれへんかな。出せるわよ」
屋島は口に手を当てて首を振る。
前半が巽恒の声。後半が彼女の声。
「ケイちゃん。わーった。ちょお抑えてね。二秒でええからね」
群慧が鎌倉嬢に掴みかからんばかりのところを中断される。巽恒の許可さえ下りれば一瞬で灰にできるだろう。塵芥かもしれない。
「ヒデりんさんとやら」巽恒が言う。
「なんやろ」
まだ巽恒の声をなぞっている。
群慧の発する殺気量が三倍になる。
「イレギュラでええんやったら、まあ」巽恒が言う。
「ホンマに?」
「せやからそれやめたって。次それやったらそっちのケイちゃんに消してもらうさかいに」
「わかったわ。つまりとりあえず様子見ってことよね。いいわ。その間に絶対私のこと認めさせてあげるから」
「ああもう好きに」巽恒が項垂れる。
ここまで意気消沈しているのは珍しい。自分の声や抑揚をそっくり真似されるのはかなり堪えたらしい。
事務所内を一通り物色すると鎌倉嬢は名残惜しそうに引き取った。これ以上いると冗談なく群慧に殺されるということを悟ったのかもしれない。伊舞の淹れた茶と持参した菓子をしっかり味見していった。ずうずうしさと肝は大したものだ。
しかしわざわざ自分を売り込みに来るのはどうだろう。巽恒が自分の私利私欲のためにあくまで無償奉仕を義務付けて集めた面々は全員スカウトだ。
脱不良の群慧に始まって、音響おたくの屋島と勉強虫の能登。ちゃりんこ小僧の那須蔓。群慧と屋島は巽恒に命令されるのがよほど快感のようで、呼んでもいないのに学校が終わると自動的に御付きになる。那須蔓に関しては一応臨時雇い扱いになっているらしく、呼ばれないと来ないが声が掛かると最大限協力を惜しまない。能登はしぶしぶとかいやいやという副詞をちらつかせてはいるが、何だかんだ文句を言いながらも巽恒の命令に従っている。
それで今度は鎌倉一体を騒がせたあの鎌倉嬢。特技は変幻自在の声色と憑依的演技力いったところだろう。
これで何人だ。
「ちょっと待て。また増えるのか」
「しゃあないやん」巽恒が言う。「俺、あれだけは厭なん。それにケイちゃんに人殺しさせるわけにいかんよ。なあ?」
「いえ、半殺しで」群慧が言う。
「それもなあ。そんなんで死ぬ思う?」巽恒が言う。
「半分なら可能かと」群慧が言う。
「あかんあかん。どないしたらええんのやろ」巽恒が言う。
屋島が巽恒を見る。
一緒にメッセージも添付している。
「ああ、それはな。俺も変や思うたよ。せやったらなんや簡単。ニセやった」
屋島が頷く。
納得したらしい。
「そ、治ってへんよお。おおきに、心配してくれて」巽恒が言う。
「何の話だ」
「なんでアレルギ出えへんかったって話」
実は巽恒は自称女性アレルギで女性の女性的な部分を眼にすると途端パニック発作を起こす。鎌倉嬢と対峙したのにそれが出なかったことについて屋島が指摘したのだ。
「出なかったのに気づかなかったのか」
「おま、あれでわかった?」巽恒が言う。「ムリムリ。まあ、ケイちゃんは一発やったみたいね」
「男です」群慧が言う。
「もう、なんでわかるん?」
「なんとなく」
巽恒が唸りながら首を振る。
さすがにお手上げだったらしい。
「え、さっきの方、鎌倉嬢だったんですか?」伊舞が素っ頓狂な声を上げる。
巽恒とまったく同じタイミングで力が抜けた。
社長になった暁には人事を考え直したほうがよさそうだ。そうしないと鎌倉一帯の不動産が危ない。
いや、本当に。
LORELEI Lore Lie 伝話電嬢 伏潮朱遺 @fushiwo41
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