第6話 神定む斯くも逝くさは無かりけり
第6章 カムサダむカくもイくさはナかりけり
1
シュウの夢を見た。
俺が逢いたいから夢に出るのか。シュウが俺に逢いたいから夢に出るのか。
メンテのときもずっと夢のことを考えてた。
部室。誰もいない。用のある奴以外は。部活に励んでる奴以外は。
やめればいいのに。やめたらもっとひどいこと。それでもやめないと。ずっとずっと繰り返し。卒業まで。そんなの耐えられるわけ。
「きみがつらいだけじゃないの?」そう言って、シュウはいつものように部室にいく。
いじめられるのがわかってて。どうして。
関係ない俺が止めればいい。先公に助け?冗談じゃない。あいつらなんかなにもできない。見て見ぬ振り。
知らない。知ることを拒否してる。
知ってるくせに何もしない。何も出来ない。出来ないと思い込んでいる。代わりに自分がいじめられるのが怖い。
違う。俺が手を出したせいで余計にシュウがいじめられることが怖い。
違う。ちがうちがう。
集団が怖いだけだ。
あいつらは見えないところでシュウをいじめる。表向きは部活の先輩後輩。可愛がってやってる。表向きだけ。
裏は、部活をやってないと知らない。やってても知らない。
ターゲットはシュウだけ。シュウが一番綺麗だから。嫉妬してるだけ。自分の醜さを隠すために。綺麗なシュウを穢す。
加担してる全員がシュウに惚れてる。俺はその全員に嫉妬してる。
穢されるどころか、シュウは日に日に綺麗さが増してる。
溜息もお門違い。シュウの一挙一動に眼球が痙攣する。黒板を見てノートをとる動作も。コンビニのおにぎりを口に入れるとこも。プールでクロールする姿も。
放課後。プールサイドのフェンスはヒトで埋め尽くされる。塩素水が滴る。濡れるとクセっ毛がひどくなる。
俺だけが知ってればいいのに。なんで水泳部なんか。
俺を嫉妬させるため。そんなまさか。
シュウにとって俺はただの。
なんだろ。
「泳がないの?」
「なんか寒い」背筋が。
シュウが塩素水から脱する。のをプールサイドの俺が眺める。
水滴が羨ましい。その水滴で濡れるコンクリートはもっと羨ましい。
ぽたぽた。クセっ毛の前髪が見える。
「上がろうか?」
「下、あったかいし」少し休めば。
タオル。頭から。
「限界感じたらいって」
シュウのにおい。ヤバイ。違う意味で熱くなってきた。
トイレ。くらい行ったって。
冷えたとか言えばいい。信じてもらえるかわからないけど。
「持ってかないでよ」タオル。シュウが呼び止める。
「ごめん。寒かったから」
つい。じゃない。
わかってる。このにおいを連れてきたかった。
「上がろう」
「え、いいよ。まだ泳ぎたいだろ」
「疲れた」シャワー。
シュウのクセっ毛が一瞬だけ真っ直ぐになるけど、シャワー。
止まるとまたクセっ毛。
「見てないで浴びれば? 寒いだろうけど」
冷たい。
「こっちお湯出るよ」
あたたかい。
タオル。自分の。シュウは。
さっきまで俺が被ってたのを。
「大して泳ぐ気ないくせについてきたのはなんで?」
「ほら、汗でべたべたしてたからすっきりするかなって」
「その割には寒いって言って」
「温水かと思ったんだよ」
「せっかくいい天気の日に屋内なんか」
ぎらぎらぎらぎら。シュウの白い肌を焦がす太陽光線が憎らしい。
そうゆう意味でも屋内がよかった。じーっとシュウを見ててもおかしくないだろうし。レジャー施設みたいなごった煮プールでまともに泳ごうとするシュウのほうが間違ってるんじゃ。
着替え。見る気はないんだけど。視界に入るから。
見える。見たい。
日焼けのあと。薄っすら。
やっぱり憎らしい。
「眼、洗い忘れた」シュウが言う。
「行ってきなよ」
「きみも洗ってないよね」
「だっけ?」脱ぎかけた水着を戻す。タオルを肩に。
シャワーの脇。
消毒槽。塩素臭。
シュウに倣って眼をぱちぱち。
「そっちじゃないよ」更衣室は。
「先着替えてて」シュウが指さす。
トイレ。
「んじゃ俺も」
「さっき行ったよね」
バレてる。俺の目的は用を足すことじゃなくて。
「何しについてきたの?」
シュウが誘ってくれたから。
「あとでアイス奢ってよ」
シュウが食べたいなら。
個室に入る。鍵閉めて。これぞまさにプールのトイレってゆうにおいはすぐに気にならなくなった。
声出さないために必死で。まじまじ見ても変に映らない。
ドアの向こうで声がする。二人かな。
個室には用がないみたいだけど。気づかれないだろうか。
シュウがどきっとするくらい厭な笑いをして口を塞ぐ。おかげですぐに気にならなくなった。人がいようがいまいが。
「きみのこと嫌いじゃないよ」
いっそ好きってゆってくれればいいのに。
真意を聞こうと思ったけど自分で口を押さえてる。耳もどうにかしたいけど手が足りない。憶えてたらあとで。
いまは、どうでも。
「僕がこういうことされてると思って心配してたんじゃない? 杞憂だよ。逆。僕が」
相手してやってる。
「きみは?」
相手してほしい?それとも。
「僕と付き合いたい?」
シャワー。洗い流す。メンテの名残。
におい。感触。
俺が逢いたい。
2
椅子。シュウがそう呼んでた。シュウの奴隷たち。
シュウのことが好きだからシュウのゆうことなら何でも聞く。俺だってシュウのことが好きだからなんだってゆうこと聞きたいけど、シュウは俺に何も言ってこない。
たまに思い付きみたいに、俺の家に来たり一緒にご飯食べたり一緒に登下校したり。人がいないところで触られたり。厭じゃない。
「司書さん休みでよかったね」
アタマが真っ白で何も。
授業で使うかもしれない。今日は図書館で調べものを。図書館で調べてもいいですか。そうゆうクラスがあったらどうしよう。
そればっか考えてたけど、もうどうでも。
背骨をシュウの指が這う。その指で塩素水を掻いて、プールの壁にタッチする。
「座って」
脚の力が抜ける。
とっくに限界だった。シュウの舌が首の後ろを。
「椅子なのは僕だったりして」
ふらふらする。立ち上がれない。床にへばりついて。
シュウを見上げる。
あたたかい。
シュウの。
「こんなところ見られたら」
発狂するよ。
てっきり俺のことを心配してくれたんだと思ったけど、
違った。シュウが俺のことを心配してくれるわけない。シュウと付き合ってる気でいた俺の莫迦な頭が勘違いして。
水泳部の部長に呼び出された。
屋上って立ち入り禁止のはずじゃ。抉じ開けた形跡がないから勝手に鍵を。
「言いたいことはわかるな?」
椅子のくせに。
「俺じゃなくて本人に聞いたらどうですか」
嫉妬なんかしやがって。
「最近部活に来ないんだ」
俺と一緒にいるから。
「あきられたんじゃないですか?」
殴られても別になんてこと。
でも部長は怒っても哀しんでもいなかった。それがかえって気味が悪い。
椅子。
そうか。椅子には感情が。
「付き合ってるのか?」部長が言う。
「本人に聞いてください。俺にはなんとも」
「本気なんだよ」
椅子のくせに。
「気づくとあいつのこと考えてる。廊下ですれ違うといつもお前が一緒に。部活来ないのか、て訊いたんだが」
嫉妬なんかするな。
「気が向いたら、と。放課後もすぐどこか行っちまうし」
俺と一緒にいるから。
「あきられたんだと思うよ。俺も。信じてもらえないかもしんないが、最初はいじめてたんだぜ。俺たちのほうが。あいつ素っ裸にしてシコらせたり、恥ずかしい格好で写真撮ったり、全裸で泳がせたこともあんだぜ。なのに、いつの間にか俺らのほうが。我慢できなくなって。すっげえよかった。だからそーゆー使い道に変えたのに。なんか余計にハマっちまって。部員全員がぶっ掛けたこともあるのに。実際やったのは三年だけだが。俺はいま、どっちかっつうと」
ヤられたい。椅子のくせに。
「付き合うとかそこまで望まねえ。だから、なあ。お前からなんとか」
だれが。
そんなこと。
「部活と一緒で気が向いたときでいい。たまに俺らのことも」
「なに言ってるんですか。俺と部長は」
敵でしょう。
「俺だって本気なんですよ。シュウを独り占めしたいって思うじゃないですか。お断りします」
「そんなこと言うなよ。な?そうだ。お前も水泳部入らないか。水ん中はきもちいぞ。夏なんか特に」
シュウのほうがきもちい。
時間の無駄だ。帰ろうとしたら、
着信。俺のじゃない。部長の。
笑顔というよりは驚いて。意外な相手?まさか。
「え、あ、うん。なんもしてないって。うん、ちょっと話聞いただけ。そう。ここ? 屋上だよ。そりゃ高いだろうな。勘弁してくれよ。俺、実は高いとこ。え、んな無茶な。ちょっとだけなら。一瞬だぞ、一瞬」
フェンス。部長は背が高いから簡単に乗り出せる。
乗り出す?なんで。
「本当か。絶対だな? 約束だぞ。明日。わかった」
シュウの声が聴こえる。俺には二人の会話の内容がわかる。
部長は気づいてない。さっきより身を乗り出して。
ほとんど落ちる寸前。
後ろに。俺の後ろに。
部長は椅子ですね。椅子なら壊れても修理できます。もしそこから飛び降りたら、僕は明日から部活に顔を出しましょう。
本当か。
本当ですよ。部長の考えた練習メニュをなんでもやります。
絶対だな? 約束だぞ。明日。
はい。
わかった。
振り返る。勇気がない。きっとそこにシュウがいる。
部長の背中が見えなくなるまで。
見えなくなったら俺を見るんだろうか。
俺を見てるシュウを俺が見たら。部長と同じことをしてしまいそうで。
なんで。そんなこと。
「椅子なんだから」シュウが言う。「壊れたら僕が直すよ」
いなかった。部長は。
音が。
するかと思って待ってたけど。なかなか。
「壊れた椅子に興味なんかない」
したのかもしれない。音。
シュウの笑い声のほうが大きくて。
音。
というより、水?
どこだ。庭?
池でだれか。ヨシツネ?
泳げたっけ俺、とか考える前に飛び込んでた。水泳部エースのシュウならカッコよく助けられたんだろうけど。
飲んだ。きもちわるい。
なんだこのぬらぬら。吐いても吐いても苦しい。
大事なヨシツネ置いてサダは一体どこを。
とにかく服を。ヨシツネは全身ずぶ濡れ。
俺はほぼずぶ濡れ。
「だいじょぶ?」怪我がないか確認しようと思って触ったら、
振り払われた。ちょっと傷つく。
命からがら助けてあげたってのに。助けて。
ほしくなかった?
「死のうと思った?」
サダが留守の隙を狙って。
反応なし。ヨシツネは下を向いてじっとしている。
「誰にも言わないよ。風邪引くから」浴室に連れてこうとしたけど、
動かない。下を向いてじっと。
「一緒が厭ならお先にどうぞ」
動かない。
「俺が嫌い? ごめんね。助けて」
助けたかった。出来るなら。
部長も。シュウも。俺には何も出来ない。
ちょうど思い出してたせいだ。
シュウ。なんで、あんなこと。
したって、なにも。
「サダじゃなくてごめん」
サダに助けてほしかったのかもしれない。きっとそうだ。死にたいならもっと確実な方法を選ぶ。ヨシツネは俺と違って頭いいから。
そのことをサダに報告したら。「そらまあご厄介サマで」
「そんだけ?」
「おおきにねありがとう感謝してますしぇいしぇい」
泣いて喜ぶと思ったのに。お礼だって棒読みだし。
「なんでか聞かはったん?」池に飛び込んだ理由。
「教えてくれなかった」
「予想は」
「サダに構ってほしかった」
「俺ってむっちゃカッコええなカッコええやん俺、て水面見詰めてるうちに溺れとった」
いつものあれだ。
ぐったり疲れてるところにツッコミ求められても。
「冷たいなあ。乗ってくらはっても。単に足滑らせたらしわ。なんやオモロイもんいてるさかいに。夢中んなって見とるうちに、ぼっちゃんと。坊ちゃんが」
「オモロイもんて、鯉しか」
「お魚が好きみたい。明日水族館連れったるわ」
「金魚でも飼ったら?」
「でっかいのが好きなんやて。さっすがヨシツネ様は違うてるな」
夕食の片づけで皿洗いしてたら、ヨシツネがすまん、と謝ってきた。しょげてたのでサダに叱られたのかも。助けてもらっといてお礼くらい、とか。
でもそれは夕食の前に言ってほしかった。沈黙の食事は美味しくなかった。
「魚、好きなんだってね」
うなずく。
「サダ、帰ってこないね」
うなずく。
「なんか喋ってくれるとうれしいんだけど」
「メンテてなに?」
「ああ、えっとね」
言ってもいいんだっけ?
「維持、管理」ヨシツネがすらすらと唱える。
「辞書に書いてあった?」
「俺は?」
「ええっとねえ」
サダがするんじゃ。
「明日、メンテするん?」
どうして俺がヨシツネを。
サダに殺される。
「サダがゆうてたよ。メンテしとるって。いっつも。今日もしとった?」
「うん、まあ。それが仕事だから」
「明日も? 忙しい?」
「それなりには」
「そか」
なんで、しゅんとするの?
「メンテしてほしいんだったらさ、サダにやってもらえば」
「おれはせえへんて。まだ、ええて」
「えーっと、なんの話だっけ」
「あした」
「一緒に水族館行こうってこと?」
「サダが誘えって」
サダが。てことは。ヨシツネとしては。
俺には行ってほしくないと。
「魚、嫌い?」
「そうじゃないけど」
「ああも、埒明かんな。ヨシツネ様はあんたを誘ってはるの。素直にはいはい行きますゆうたら」
「なにしてるの?」
サダが廊下から覗いてた。帰ってきてたならそう言えばいいのに。
気持ち悪い裏声出してヨシツネに抱きつく。その紙袋や紙袋の大荷物はぜんぶヨシツネへのおみやげだと思うが。
「どこ行ってきたんだっけ」
「下見や下見。明日迷うたらどないするん?」
水族館のロゴが入った紙袋。見間違いではなかったか。
「だってメンテが」
「休んだったらええやん」サダが言う。
「あ、じゃあ」
「ほんま?」ヨシツネが嬉しそうな顔で。
「お供させてください」
ヨシツネを寝かしつけてから、サダが部屋に来た。
あんまりいい予感がしない。紙袋。
俺におみやげ買ってきてくれるなんて、いままでなかった。
中身。
「おニュウやで」着物。
「いなくなるんだ」
「思い出作りにな。引継ぎも兼ねて」
「イジンさんのとこ?」
「着てみ」
色合いは好みだけど。
「なんで和服なの? 前から訊こうと思ってたんだけど」
「奥様に合わせてな。檀那様も」
「戻ってくるよね」
「ヨシダさんとヨシツネ様置いて逝けへんわ」
「もう一個訊いていい?」
俺のメンテって。
誰が。
「誘っとるのと違う?」サダが言う。
「ヨシツネにさ、俺のメンテしないのってきかれて」
「いずれは頼むわ。いずれはな。未来の稼ぎの筆頭やさかいに」
「メンテ係のメンテって」
「基本は自己管理。サダさんのこと訊いてるんやったら」
「サダのこと」
紙袋。
封筒が出てくる。A4が入るくらいの。
校章が印刷されている。
「夏んなったら」渡せ?
それとも見てこい?はたまた通い直せ?
「俺じゃないよね?」某私立高校の入学案内一式。
「得られるもんは大学の入り方。オモロないで」
いいんだろうか。
逢いたい。会えない。
その私立高校に。俺とシュウの。
「ここだけの話ね。内緒やで。サダさんはな、情にほだされやすいさかいに。途中参入組みはしゃーないけど、あれはな、生まれたときっからここにいてて。お外も見せてやりたいのよ。長うて六年かな。元メンテ係ができるんはこんくらい。見学のついでにいろいろあっても、まあハプニングゆうことで」
夏。プール。
きっと、シュウは。
そこに。
「ヨシダさんのこと、嫌わんといてな」
「連れてけばいいのに」
ようやくわかった。
サダのメンテをしてたのは。
「いてるよ。ヨシダさんは。ずーっと」
3
オジサン。でも構わない。
「いつ帰ってくるんだろ」
椅子。だって気にならない。
「ねえ、何年経った? 何十年かな。何百?」
サダがこっそり観ているがいつものことか。
「あんなに僕にべったりだったのに。淋しくて死んでるよね」
「せやね」
「死んでるかな」
「でやろ」
「死んでてほしくないな。だって文句言えないしさ。居場所知ってる? 会いに」
「俺がおるやん」
「そうだけど。これだけ音信不通だと心配だよ。ねえ」
抱き締める。
におい。線香のにおいなんか掻き消してほしい。
「カレンダ見せて」
「内蔵されてへんの?」
「呼び出しだけだよ。アドレス帳もカメラも時計も要らない。呼んでくれない。壊れてるんだ。やっぱり僕は壊れてる。修理してよ。直るよね?」
ケータイになりたいという。叶えたのに。
「ちょお見てもええかな」
「ヨシツネ」
それは。
俺の名前じゃない。
「たまに連絡くれたっていいと思うんだ。なのに、なんで。忘れてる? 僕のことなんて。そんなに楽しいことしてるのかな。僕のこと忘れちゃうくらい。すっかりすっぱり忘れて向こうでちゃっかり恋人いたりしてね。あんまりだよ。僕を置き去りにして」
あと一年かそこらなのに。ヨシツネが戻ってくるまで。
期限が切れるまで。
六年。
耐えられそうに。
「死にたいな」
「死ぬか」
「どうせ止める。僕が死ぬと困るから」
困る。死にたくなるくらい。
「生きてても楽しくない。ヨシツネもいないし。僕のこと忘れちゃってる。僕が憶えてることはなんにもない。思い出せない。こないだ死んだ子も。昨日入った子も。一昨日しゃぶった子も。これから生きてても。ヨシツネがいないんじゃ」
俺が。
いるのに。キサは。
憶えてない。俺は。
憶えてるのに。キサは。
キサじゃなかった。シュウ。そう呼びたい。でもそうしたらキサは。
混乱するだろうから。
混乱。してもらいたい。シュウ。
「シュウ」俺が呼ぶ。
「だれそれ」シュウが答える。
「きみの名前」
「そうだったっけ。わかんないや」
「シュウ」
やっと逢えた。逢いたかった。
シュウに会いたくていままで。
「なんか、ぼやーっとする」シュウが眼を瞑る。
「ちょっと待ってて」
キッチン。これが一番よく切れる。
死のう。
怖くない。シュウが一緒だから。
「殺してほしいの? そんなの持ち出して。危ないなあ。切るものないじゃん」
ちょうどあのとき。
サダが買ってくれた和服。
予想してたんだろう。俺の莫迦な頭でも。
今日だと。
今日がその日だと。
着付けも慣れた。脱ぐのは簡単だ。
キサが。
笑う。
「あった。あるじゃん。どこに隠してたの? あるんなら」
包丁。
切るのは。キサが切らされてた。
キサが自分で切った。
なんで切ったのか。迎えに来させるため。まさかそんなことになるんなら。
あんな奴に。ちがう。
キサを追い出したかった。シュウから。ひどいことすれば。
いなくなってくれるんじゃないかと。思って。
意味ない。シュウを傷つけただけ。
シュウはいない。キサがいる。
どこが違う。ぜんぶ違う。
俺が好きなのはシュウだけど。シュウが好きなのは。
だれ。
キサが好きなのは俺じゃなくて。
だれ。ヨシツネ?
嫉妬してる。嫉妬だ、うん。
座れ。シットダウン。サダじゃないんだから。
つまらない。つまんないギャグ。
屋上で聞いたシュウの笑い声。同じ声だ。シュウと。
キサは。
笑った。切ったそれを。
口に入れる。
食べてくれたんなら嬉しいけど。吐き出したんなら。
遠くなってきた。シュウ。
夏になったらまた。
誘って。
「あとで行くから」
「待ってる」
泳げないことを思い出す。習っとけばよかった。
シュウ。見て。
海だ。
あかい。
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