ライオー門下、プロテストに臨む

 ライオーは改めてプロテスト参加の意志を確認した。

 竜人ゴモリー=ノーツと魚人セルーベリー=イーヨの二名が正式に参加の意志表明。

 セルーベリーはゴモリーに一度も勝ったことがないことから、プロテスト合格のためにはほかの参加者に負けることは許されない崖っぷち。

 普段と変わらないゴモリーの無感情に見える顔に対照的なセルーベリー。

 他の門下の者達との他流試合などはしていない彼らには、バロメーターになるものはライオーとの対局位。どんな相手と当たるか、どれくらいの棋力なのか、他の参加者の情報は一切入ってこない。

 そんな想像は多少なりともするだろう。それでも平然としているか後ろ向きに考えるか。

 タイトル戦に縁のない中級段位で引退した元プロ。

 とは言え、腕が錆びた様子のないその棋力は、少し本気を出しただけでゴモリーですら未勝利のまま。

 それでも、セルーベリーはともかくゴモリーなら問題はないだろうというライオーの見立てである。


「セルーベリーにはたまには勝つことあるけど絶対勝てるわけじゃなし。プロテストに出場するだけで二敗は確実だもんな、俺ら」


 人族のオーカクがぼやくのも無理はない。

 彼らがプロテストに参加する目的は、あくまでもプロ棋士になること。決して他の者達との対局だの腕試しなどではない。

 もしも門下生同士の他流試合などがあったら、間違いなくこの二人はライオー門下の二枚看板と相手から称されるだろう。入門したてのジーゴとミイワはもちろん、ほかの七人も参加を見送ることにした。


「でも今回は何人くらい参加するんだ? 全然見当もつかねぇよ」


「ミイワさんは、もう少し言葉遣い丁寧にした方がいいと思うわよ? えーと、去年は三百人くらいいたのかしら?」


 ミイワに軽くマナーの注意をしたマノアートが記憶をたどる。

 プロテストは参加者全員と対局するリーグ戦になっている。


「ってことは、えーと……」


「そ、その全員とは対局しないよ。十月の一か月間で六十人まで絞るんだ。そ、そのあとの二か月間で六十人だから他の五十九人と対局する……んだね」


 ミイワとすっかり気が合うようになったラシューナが説明する。

 残りの二か月で、一日二局対局した次の日は丸一日休日。これを繰り返す日程でプロ入りの基準に満たした者がいれば決定される。


「プロテストに合格したら、プロ初段か」

「と思うでしょ? プロ五段に入段するの」

「「いきなり?」」


 ジーゴとミイワが驚く。

 アマチュアでも段は一、つまり初段から二段三段と上がっていく。


「勝ち数と勝率が上がれば昇格するけど、入段した人達みんなが勝ちっぱなしじゃないからね。降格することもあるから」

「初段の人が降格したら、プロ失格になっちゃうじゃない」


 マリーナとシーナの言うことももっともである。

 プロへの狭き門をくぐってすぐにプロ失格では目も当てられない。


「初段はプロ合格してから勝率が下がっちゃってる人が多いよね。大体二十人くらいかな」

「四段で五十人くらいかしら? 入段の下じゃ一番人数が多いのよね。降格も昇格が一番集中するところですから」


 プロテスト不参加を決めた者達は気楽なものである。


「でもマニーマとジュポークは参加しないの? 強いんだろ?」


 ジーゴの問いかけにジュポークは枝を腕の代わりにして左右に振る。

 マニーマも一本触手を伸ばして否定するような動きをしている。


「私達は仲間だから別に何とも思わないけど、参加者の中には怖がる人もいたりするからね」

「顔や体で意思表示できないモンスター系だとどうしてもそうなるよな。そんなやつらに気を遣ってんだよ

 」


 マニーマは食堂の片隅で、ジュポークは鉢植えに移動して、いつもの夕食時と同じように過ごしている二人。

 確かに感情は持ち合わせてはいるし会話も聞こえているが、プロになることに拘っている様子はない。


「それにこの二人、ここだと安心して生活できるからね。外の世界は弱肉強食の世界にいないといけないから」


 それは確かに孤児となったジーゴにも当てはまる。

 強かな者は何とかして生きる手段を見つけられるが、そうでないものは野垂れ死ぬ。

 他者に害意を全く持たない二人には、ここでの安穏とした生活は性に合っているようだ。


「見学してみたいな。雰囲気とか見てみたい」


「来年や再来年受験するならいいと思うけど、まだ早いんじゃない?」


「ゴ、ゴモリーさんならともかくセルーベリーさんは……」


 まだ二週間先の話だが、セルーベリーはいつもは見せない強張った顔をしている。


「真剣勝負の邪魔しちゃまずいから今回は我慢しようか」


 出るからには、出来れば二人には合格してほしい。

 シーナの小声に全員が黙って頷いた。

 と言っても特別二人に気を遣うわけではない。

 変に労わるよりもいつも通りの生活が無難。

 誰もスランプに陥ってるわけでもなし、誰かと誰かの中が急に険悪になったりするわけでもなく、体調を崩すこともなく、申請が受理されたプロテスト当日の朝を迎えた。


「ふたりとも、許可証は持ったな?」


「ガキじゃねぇんだ。許可証もパンフも持ってる」

「は……はい……」


「セルーベリーさん大丈夫? ちょっと顔青いですけど……」


「青いのは元々だろうよ、お嬢」


 マノアートの渾名を平気で使うほど、ミイワはすっかり馴染んでいた。

 いくらプロテストの開幕とは言え、始まるのは六十人まで絞る予選。


「何人参加してるんだっけ?」


「三百二十四人、と書かれている。これを六十人まで絞るとなると……」

「六十組に分けりゃいいんだよな? じゃあ一組六人のグループが二十四組で五人のグループが三十六?」


 ジーゴが素早く計算する。

 ここで勉強するのは碁ばかりではない。ライオーは全員に、一般教養もそれなりに身につけさせている。


「三人一グループを百八組作って、二勝した者達だけでさらに三人一組と二人一組に分けるじゃろうな。予選までの試合数が一つ多い者が出てくるが、対局数の多い少ないで喜んでたり残念がったりするようなら先は長くはない。お前達なら問題なかろうて」


 ライオー家専用の馬車を呼んだライオーは二人を連れ会場に向けて出発した。

 その馬車が見えなくなるまで見送った七人はいつも通りの一日。


「ゴモリーさんはともかく、セルーベリーさんは大丈夫かな」

「お爺さんの話はきちんと聞いてたようだし、浮足立ってるわけでも緊張感で周りが見えなくなってるわけでもないから平気だと思いますよ?」


「……俺達は俺達で、あの二人がこっからいなくなった後も頑張らねぇとな」

「自覚が出てきましたね。あの二人の次に強いってば、オーカクさんでしょうから」

「と、その自覚のないマノアートさんがおっしゃってますが」


 留守番組はいつもと変わらない調子。

 しかし指導役が一気にいなくなり、ジーゴとミイワはやや心細げ。


「あたしら、どうするよ。誰かと対局するっつってもまだハンデ欲しいよな」

「強くなってる気がしないんだよな。まだま……ぶふっ」


 ジーゴの頭を覆い隠すほど大きな水滴がジーゴの上に落ちてきた。

 ミイワは、途中で話が途切れたジーゴを見て驚く。

 が、ジーゴの頭部を包んでいた水滴はマニーマだった。


「ぶはっ! 何すん……相手してくれるんか? お、おぉ……ま、まぁ頼むわ……」


 マニーマは頭からすぐに降りると一本の触手を伸ばし、ジーゴの足首にツンツンと突いた。

 何となくそのしぐさで何を言いたいのかは分かるようになってきたが、その話かけるリアクションのイレギュラーにはしばらくは慣れそうにもない。


「え……あたしには?」


 羨ましそうに二人を見るミイワの後ろから、いつの間にか移動していたジュポークの枝が彼女の肩を叩く。


「あ、あたしに教えてくれるの? ありがとー」


 ジーゴとミイワが初めてここで対局した二人のシーナとマリーナほどの棋力はない。

 かと言ってこの二人には、誰かに教えるほどの棋力と指導力もない。

 むしろマノアート達からの指導碁を受ける立場。

 対局時以外ほとんど存在感のないその二人に、ジーゴとミイワは一日を無為に過ごすことを免れた。

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異世界きしものがたり ~魔力も体力もないけど知力で生き残るエルフの少年~ 網野 ホウ @HOU_AMINO

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