そしてジーゴとミイワの仲間入りの今に至る
才能豊かな者がその道には意外にも興味はなく、どう見ても向いてない仕事には関心を持ち、その道の関係者からは惜しまれながらもその世界から去ってしまうという事態は決して少なくはない。
逆に関心はないものの才能はあり、やる気はないまま周りに流されながらその道に進む者も中にはいる。
ライオー門下との初めての対局で勝利したゴモリーの感想は、セルーベリーの精魂尽きたような様子に比べ対照的だった。
「ふーん、そんなもんか」
口にはしないが、表情乏しい彼の顔にはそんな彼女から見るといかにもそう言っている様子。
ゴモリーもセルーベリーと同じくらい集中していただろうが、その感情よりは別のことに思考が働いていた。
それは突き詰めて考えると、親からの無関心ということになるだろう。
ライオーは、ゴモリーが勉強に勤しんでいる時間帯に冒険者ギルドに足を運んでいた。もちろんゴモリーの両親と連絡を取るためだ。
そしてゴモリーの親と連絡がとれ、その通信で、書置きと共に置いてあったはずの生活費は、てっきり用意をすませたものと思い込んでいたことが分かった。
しかし仮にそうであったとしても、家計の袋から自由に必要な分は持ち出してもいいつもりでもいた。
育児放棄。
そう思われても仕方のないことかもしれない。
しかし諦めたのは冒険者への道だけであって、私達の愛する子供を手放す気は毛頭ない。だから生活費を置き忘れたことは本当に申し訳ない思いで一杯だ。
その話しぶりに嘘はないことを感じ取ったライオー。
だからこそ両者の思いのすれ違いに悲しみを感じた。
そしてライオーは二人に告げる。
彼には熱意はないけれども、碁の才にただならぬものを感じる。
その才は、彼の欠陥がなければ世界に名を轟かせる冒険者となっただろうが、それ以上の功績を挙げられるものである、と。
勿論互いに見も知らぬ相手。そんな相手に我が子を任せ、そんな相手の子供に責任を持つ恐れは互いにある。
しかしゴモリーが告白した学校生活の問題の話を両親に伝えるとショックを受けたようだった。
そんな学校生活を送っていたことを知らなかったということと、初めて会った人物に、自分らにも教えてくれなかった学校でのことを告げられたことに。
それに加えゴモリーの心が頑ななこともあったこと、ライオーが自分の身元を証したこと。
ゴモリーの両親からは、いつ帰宅できるか明確にゴモリーに伝えることが出来なかったこと、自分達の不在の間そんな様子のゴモリーがどんな行動をとるか分からなかったこと。
ライオーはゴモリーと知り合った経緯を伝えた。
ライオーがいきなり自分の息子の碁の才能の話をしてきたことに不信感を感じていた。たがその経緯の話を聞き、そういえば、とゴモリーが小さい頃に碁を教えた思い出が彼の両親の心の中に蘇る。
両親は親としての恥を忍びながら、ライオーの申し出を有り難く受け入れた。
三者が持つ囲碁という共通点が彼らの縁をもたらしたのである。
しかし今となってはゴモリーは、その生活費も賞金のことも、そしてセルーベリーとの対局はどうでもよくなっていた。
周りからのゴモリーの勝因、セルーベリーの敗因の話も右から左へと受け流す。
その聞く姿勢もセルーベリーには気に食わない。
「……先輩達からのアドバイス、もっとしっかり聞いたらどう?」
初対面であることを考慮して、注意を促す程度に堪えたセルーベリーにも「……あぁ」という生返事で返すのみ。
そしてこの時からゴモリーは兄姉弟子達とともにマイワー家の世話になっている。
八年の間に、当時のライオーの弟子達は皆プロテストに合格。更に新たな後輩たちがこの館やって来て、彼とセルーベリー以外は、ライオーの弟子達はすっかり入れ替わった。
そのうちに弟子たちのリーダー格視されるようになる。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
ジーゴとミイワがライオーの弟子となって初めて対局した日の昼食に時間は戻る。
この二人の対局の感想が食事中の会話の中心になっている中で、ゴモリーはライオーからの助言を、相変わらずあの時と同様に聞き流しているような姿勢。
しかしそれに構わずさらにいろんな話をしていくが、中身は対局内容ではなく対局時の心構えや一手ごとに様相が変わる対局への心構えのようなこと。
師匠からの助言を聞き流す。弟子としてこれほど失礼なことはないだろうが、それでもこれまでのゴモリーは、自分に必要な事であるならばそれを聞き入れ、その後の対局に生かす工夫をしてきた。
ライオーもそれを分かっているし、この道に誘った経緯が経緯なだけに、無理に彼の情熱を焚きつけるつもりもなかった。
その結果、弟子同士の対局の中で勝率を上げていき、敗戦から次第に遠ざかっていく。
成長ぶりが著しくもある彼に、対局中の礼儀正しさも守っていることもあり、ライオーは彼の話の聞く姿勢は気にすることはなかった。
ジーゴは、食事を共にしているように見えるライオーとゴモリーが、話で盛り上がる自分達から少し離れていることに気付いた。
「来月……ってあと二週間か。プロテスト始まるからその打ちあわせって感じでしょうね。セルーベリーさんはどうなさるの?」
「え? みんないつも一緒に食事するんだよな? 普段からそんな話してるんじゃないの?」
皆プロを目指す弟子同士なんだから、既にそんな予定は誰もが分かってることじゃないのか? とジーゴは不思議に思った。
「……セルーベリーさん、ゴモリーさんにはまだ勝ったことないんだよね……?」
恐る恐る尋ねるラシューナ。
彼の言葉にセルーベリーの表情はやや暗くなる。
「プロ就任はテストで全勝が基本なのよね。おまけの二位は一敗がボーダーライン。全勝優勝する相手以外に取りこぼしは出来ないのよ……」
プロを目指す者としては弱気なセルーベリー。
ラシューナの言う通りということは、一緒にプロテストに出場するとなると彼以外に負けは許されないということになる。
「何人くらい出場するんだよ? まぁ何人いようが一回でも負けたらヤバいってのは変わらねぇだろうけどな」
「五十人くらいはいるな。百人超えることは……あるか、あるな、うん」
プロになることを目的とする者ばかりではない。
アマチュアからもたまにあるが、元々は占星術の術法の派生によって生まれた競技。
その勝敗を決め方から戦略や戦術なども着目され、その結果王家や政治の方針によって政府の要職へのスカウト対象となる職種の一つに定められた。
つまりその職に就くことを目当てにプロ棋士を目指す者も多く、合格への道がより狭くなってしまっている。
志望者にとっては厳しい道のりになっているが、棋士全体の棋力が高まっていく棋界にはその現象は喜ばしいこととして受け入れられた。
「でも弟子を持ってるプロ棋士の人達は、その転職は気に入らないらしいよ?」
「ある意味専門職だから、この道を究めてもらいたいって思いが強いかもね」
会話が出来ないマニーマとジュポーク以外の七人で会話が盛り上がる。
そこにジーゴが口を挟んだ。
「……でも俺、プロ棋士になるほかに、普通に生活していたいって思いもあったりするんだけど……」
何かになることを目指すよりも、まず今を生き延びることに必死だった浮浪児。
その生活をつい最近までしていたジーゴにとって、人並みな生活を送ることがまず第一目標だった。
一応プロになれるように育てるライオーが用意したこの環境は、そんなジーゴの思いを通り越している。
だが一人立ちのための生活基盤を手に入れたいというジーゴの思いを否定する者はいなかった。
「いいんじゃね? ゴモリーさんだってそんなに熱意は持ってないみたいだし、何より爺さんは『元』プロだしな」
「そうそう。先輩たちの何人かは政界に転身してるしね。そこまで堅苦しく考える必要はないわよ」
「あ、あたしはっ!」
和やかな雰囲気に異議ありとばかりに、ミイワが勢いよく立ち上がる。
「あたしはこれでもプロ目指してんだからなっ!」
顔を赤くして語気を荒げたのは、午前の対局の敗戦した者が何を言うかと咎められると思ったのだろうか。
それに応じたのは臆病者のラシューナ。
「ぼ……僕も……」
と、大柄な体に合わない小さい声で、懸命にミイワに負けじとなけなしの意地を精一杯張る。
彼のことをよく知らないジーゴとミイワ以外が、まさかという顔をラシューナに向けた。
「んじゃまずお前からだ。お前に勝つことを目標にしてやるっ! 覚悟しとけよっ!」
「……ぼ……僕もっ……!」
午前の対局で、ミイワの対局相手の候補に挙げられる棋力の持ち主。
とは言え、ミイワの相手をしたシーナとほぼ互角の実力である。シーナ同様ミイワと比べればやや格上。
それでもミイワを馬鹿にしたり見下したり先輩面することなく、その言葉をラシューナはまともに受け止めた。
「性格は正反対なんだけど、意外と気が合うのかもね、この二人」
マリーナのほっとしたような感情がこもったその言葉は、聞く者みんなから同意を得た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます