05

「で、千秋、これはどういうことなんだ?」

 注文オーダーしたグリッサンドを頬張りながら尋ねる。白鍵に見立てられたパンが、黒鍵に見立てられた餡を挟みこむサンドイッチ——アルペジオの名物だ。ここに来てこれを食わぬなどありえん。そんなの、京都に旅行して金閣も清水も訪れないようなもんだ。

「正太郎は、最近織高おりこう界隈で流行っている噂について知ってる?」

「知らん。俺はお前以g、いや、お前と聖名子くらいしか話さないし」

 聖名子、初めて食べるグリッサンドが旨いのは認めるが、焦りながら食って咽(むせ)るな。

「藤原は噂、知ってるだろう?」

「まあ」

「じゃあ正太郎に説明してくれないかな」

「はーい」

 聖名子曰く、どうもこうらしい。

 ここ最近、駅の近くの交差点に怪しい少女が出没するようになったみたいなの。ただの少女なら、人が集まるここ座山において全く珍しいことじゃない。それに織高もあるしJKがいても不思議じゃない。でも、その少女は不自然なまでにかわいいらしいの。それに髪の毛はピンク色。あ、どうせ髪の毛変な色に染めてる変な女の子だと思ってるでしょ? ところがどっこい、その子、織高生を見つけては話しかけて、誰かを探してるみたいなの。で、その探してる子っていうのが、どうやら——

「ボクなんだけどね」

「ちょっと花山院、説明の最後の最後でいいところとってかないでよ」

「二人とも喧嘩はよしてくれ」

 口論する二人は置いといて。

 俺は考えた。

 話を綜合すると、変な美少女が千秋を探しているということになる。

 なぜだ? あいつの頭脳を借りたいか、あるいはあいつの親父の助力を乞うためか。かわいい子供が誘拐されたら、稀代の科学者も悪魔に魂を捨てるに違いない。きっと後者が本命だろう。千秋は天才といえど所詮高校生だ。今のあいつにできることは少ない。

「さて、正太郎は気づいたかな?」

「ああ、だいたい読めてきたぞ。だが、どうして聖名子が絡むのかがわからない」

「私、昨日会ったのよ。その女の子にね」

「え」

 思わず間抜けな声が出てしまう。

 だが、これで話が通じる。

 謎の美少女から花山院とコンタクトとるように頼まれた聖名子は、LINEかなんかで千秋に連絡した。それが昨日のこと。で、おそらく聖名子は謎の美少女Xにこんなことを言われたのだろう。

「明日も同じ時間に同じ場所にいるから、花山院千秋を連れてきてくれない?」

 千秋、お前は身の危険を感じて俺を巻き込んだな。確かに俺は用心棒やってるが、今回はいつものチンピラみたいに殴って蹴れば終わるような世界じゃなさそうだ。登校時に言っていた嫌な予感、俺もぞくぞく感じるぞ。

「あれか、こういう理解でいいか?」

 俺は先ほどの推理を二人に披露する。別に探偵の真似事をしたいわけじゃない。こちらに足りない情報だけ入手するには、これが一番効率が良いからだ。

「ああ、それでほぼ正解。流石は正太郎。理解が速くて助かるよ」

「でもね、一つ大事なことを言わないといけないの」

 笑顔の千秋に対し、聖名子はずいぶん不安げな顔をしている。

「大事なことってなんだ?」

「約束の時間まで——」

 と千秋はカフェの時計を見やる。

「「あと三十分しかない」の」

 千秋と聖名子の声が共鳴しハモった。

「おいおい嘘だろ」

「正太郎、残念ながらこれは嘘じゃない。ボクだって信じたくはないけどね。さあて、グリッサンド食べたら向かうよ、約束の場所まで」

 ちょうどBGMがモーツァルトの交響曲二十五番の一楽章に変わる。

「嫌な予感しかしないな」

 俺は思わず天井を見上げる。目を開きつつも意識は上の空で、頭には何も浮かばない。

 グリッサンドの甘味がこんなにも感じられなかったのは、後にも先にもこれっきりだった。なぜなら、もうグリッサンドを食べることはできないのだからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

命日 2012年5月5日 シグレイン @shigureinn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ