・・・おまけの章
12番。
余計なことをして引っかき回さないように遅く来てね、といわれていたとおり、アンリは二度目の参加者らしく慌てずゆっくりとやってきた。
一応の管理はされている廃業した病院。
相変わらず馬鹿げた番号のセキュリティロック。
地下室に置かれた12のベッド。
この病院についても、この集いについても熟知しているつもりだ。
廃病院となった理由について、集いの管理人がいっていたことが本当なのかネットで検索してみたが、概ね事実であるようだった。
その情報を辿っていく中で、気になる記述が散見されていた。
この病院で「死の会合」が行われているなど、ネット上で噂になっていたのだ。
集いの参加者が選ばれる「適合テスト」もネット上にあって、誰でも行き着くことはできるし、アンリが知る限りでもすでに3回の集いが中止となっているのだから、参加者から情報が漏れてないとも限らなかった。
サトシは冷やかしを排除することができただろうか。
まだ現れない1番以外の面々を眺めるが、皆が本当の自殺志願者であるのかわかりかねた。
集合時間きっかりに、最後のひとりがやってきた。
一斉に入り口に注目が集まる。
その人物の顔を見た途端、アンリは部外者が入り込んでしまったのかと思った。
セキュリティ解除の番号は、あえて試すのもはばかれるような単純な番号だ。
もしかしたらサトシも偶然その番号を当ててしまったから知っていたのかもしれないが、その人物も偶然解除して入り込んでしまったとしても不思議はなかった。
招かれざる13番目の客。
こうもイレギュラーな事態が勃発するものかと目で追うが、その人物は迷いもなく、アンリの隣の1番の席に座った。
「みなさんおそろいですね」
彼は自分の前に1番の札を置いた。
「僕は集いの管理人、サトシです」
どういうことかと問い返したいのをこらえた。
アンリは初めての参加者として振る舞うつもりであった。
当然管理人の顔を知らないはずで、この集いが何回も行われていてすべて中止になっていることだって知らない、という設定でなくてはならない。
サトシと名乗るこの男だってアンリが初参加だと思っているだろう。
この時点で発言するのは控えた方がよさそうだととっさに考えた。
再び死ぬつもりでここには来たけれど、不用意にトラブってごたごたの中死んでいくのは嫌だし、前回のように余計なことをしたばっかりに「謎解きの集い」になってしまうのもゴメンだった。
実行されるのであれば、管理人が誰であろうと構わない。
「あのぅ……」
と、遠慮がちに4番の女子が手を挙げた。
「わたし、以前にも集いに参加したことがあるんですけど」
「え? どういうこと?」
と、誰かがいった。
「この集い、今回が初めての開催じゃなくて、そのときは話し合いで、あ、ほら、この集い、実行するときは全員の意見が一致しないといけないじゃないですか。だから、そのときは意見がまとまらなくて破談になっちゃったんですけど、うちに帰ってひとりで考えるうちにまた死にたい気持ちがわいてきて、それでまた参加することにしたんですよ。だって、また開催するなんて、管理人さんだってまた死にたいと思っているってことでしょ。でもあなた、その時の集いの管理人のサトシくんではないですよね?」
みな驚いてサトシと4番の顔を見比べている。
「ああ、そうですか。やっぱり死にたくなっちゃいましたか」
サトシはあっけらかんと言い放ち、「でも、僕が誰であるか、重要ですか?」とたずねた。
サトシの威圧に4番は押し黙った。
重要なことともいえない。
なぜなら、本当のことをいっているかどうかなんて確かめようもないことだから。
アカウントを乗っ取ってサトシのふりをしているのかもしれないし、本物のサトシがひとりで自殺をしてしまい、そのあとを引き継いだ二代目かもしれないし、4番とアンリが会ったサトシも同一人物であるのかもわからない。
あれだけ冷静に事を運び、淡々と身の上を語るからすべてが本当のことだと信じたけど、そうとは限らない。
ただひとつだけいえる真実は、まだここで実行はされたことがないということ。
未成年12人が一度に自殺していたら大騒ぎとなって寄りつけなくなってしまうだろう。
だから、サトシが誰であるかよりも重要なことは――
「重要なのは、ここにいる全員が自殺志願者であるかどうかでしょ。管理人のあなたも含めてね」
アンリが言うとサトシはゆっくりとうなずいた。
「そう。これは自殺志願者の集い。全員の意見が一致するのは絶対の条件です。むろん、やっぱりやめたいというのであれば、ここから出て行ってもらってもかまいません。ここは無理を強要する場ではなく自発的に行うための集いです。僕はこの場を用意した管理人であり、みなさんの命を預かった者としての使命を果たします」
ぞわっと身の毛がよだった。
命を預かっただって?
みなが口々にわめきだした。
「命を預かるってなんだよ」
「あなたに命をゆだねたつもりはないし」
「死ぬのを手伝うってそういう意味じゃないでしょ」
「どうやって死ねばいいかわかんないから来たけど、なんか違う」
「そうよ。ひとりで死ぬのが怖いから来たのに」
「練炭で集団自殺するんだよね? あんたはオレたちを殺すために来たのか?」
「ちょっと待って。落ち着いてください。僕の言い方が悪かったですね。ごめんなさい。そんなつもりはありません」
サトシはみんなをなだめた。
「僕はみなさんが速やかに実行できるようにこの場を用意しました。だから、ここから先は自分自身の手で最後の決断をしてください」
「最後の決断?」
8番が問いかけた。
「そうです。みなさんの目の前にある物を見てください」
机の上にはパッケージに入ったままのガムテープと、着火口の長いライターが置かれていた。
「最後の時を迎える心の準備ができたら、協力し合ってガムテープで目張りして部屋を密封してください。これだけの人間が死ぬんです。警察だって丹念に調べるでしょう。ここで死んだもの以外の指紋が出てきては殺人事件じゃないかと大騒ぎになってしまいます」
誰かのつばを飲む音が聞こえた。
「だから、絶対に決意した人たちだけで最後の仕上げに取りかかるようにします。そして出口のドアを塞いだ後は練炭にライターで火を付けます。着火剤がまぶしてあるのですぐに火はつくはずです。部屋が広いので時間がかかるかもしれませんが、眠るように死ぬことができると思います」
たしかに、12台のベッドが置けるスペースがある広い部屋だ。
どのくらいで死ねるのか。
実行したことがないのでサトシにだってわからないだろう。
「ですから、全員一致は絶対の条件です。ここに残るのなら、その作業をしないことは許されません。それは、死の理由に不本意な理由を付けられてしまわないための防御策でもあるのです」
「わかった」と、11番はいった。「一応、オレたちのことを考えてくれているみたいだし。オレはサトシがここから出て行こうが一向に構わないよ。みんなも、怖じ気づいたなら出ていったらいい。オレは、はっきりと自らの手で死を選んだことを知らしめてやりたいんだ。ワイドショーで変な憶測を語られても困るから、ちゃんと遺書だって持ってきてる」
「わたしはうちで死ぬのはなんかいやだった。自分が死んだ後のこととはいっても、うちの周りで騒ぎになるのはなんかいやだから」
「わたしはむしろ最後ぐらいは派手に語られたいな」
みんなが自然と、ぽつりぽつりと語り出すと、地上からサイレンの音が聞こえてきた。
「まさか、サイレン?」
「誰かが通報したのか?」
みなはざわつきうろたえたが、すぐに制服の警官とスーツの男たちがやってきて取り囲まれてしまった。
何やってたんだと聞かれ、「オフ会ですけど?」と、サトシはしれっと答えていた。
「なにか問題でも?」
「管理会社から通報があった。不法侵入だ」
そういってアンリたちは皆取り押さえられ、連行されることになった。
外へ出ると野次馬たちが集まっていてスマートホンをこちらへと向けている。
いったい誰が通報を?
ネットで噂になっていたから?
それとも今回の集いの管理人が通報を?
この集いをめちゃくちゃにして終わらせるために?
取り調べでは誰がどんなことを話しているのかまったく情報がもたらされず、なにを話していいのかもわからなかった。
かつて死にたかった12人 若奈ちさ @wakana_s
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