愚か者
遅かれ早かれ自己紹介をしなくてはならないだろう。まさか知らないヤツらばかりとは思いもせず、自分を偽る準備もしていなかった。とっさに嘘をつくなんて不可能だ。みんなそれぞれアイツとの繋がりがあるのだろうが、クラスメイト以外の繋がりなんてそう簡単にエピソードを作れない。例えばいとことか、例えば塾で一緒とか、この中に本物がいたら嘘はばれてしまうだろう。
みなが疑心暗鬼に様子をうかがうなか、オレは手を挙げざるを得なかった。この期に及んで逃げるとか、滑稽すぎる。
そろりと中途半端に手を挙げる。視線がオレに集中し、たちまちオレは被告人になった。
「10番さん、だね」
番号で呼ばれるのも奇妙なものだが、さすがに名乗るのはためらわれた。
「オレは……」
顔を伏せ、言い直した。
「オレたちは、アイツをいじめてたといっていいかもしれない。言い訳にしか聞こえないけど、そういう巡り合わせだったと諦めるしかないんだよ。わかるでしょ。意味なんてないんだ。その前はオレだったし。逃れられてほっとしたよ。そうでしょ。死んでいたのは――オレだったかもわからないよ」
「サトシくん」
11番に名前を呼ばれ、驚いて顔を上げる。
「どうしてオレの名前を……」
「聞いてたよ。きみの名は。オレたちはみんなSNSで繋がった、かつて死にたいと思っていたいじめられっ子なんだ。今まで話したことはみんな嘘」
「嘘……?」
「そう。それぞれにバックグラウンドを考えてきた。みんな今日、はじめて実際に会ったばかりだし、もちろん渦中の彼とも会ったことはない。ただ、気持ちだけは分かり合えていた。話しを聞いてみんな救ってやりたいと思っていたんだ。こんなことになってしまうなんて。オレたちこそ相談相手にもなれなかったのかって、どうしようもなく落ち込んだけどね。だけど、いじめた本人はどうなのかと思って。会ってみたかったんだ」
「オレだけじゃない。オレのせいだけじゃ……」
「なんできみの名前だったんだろうね。そこにさらされていたのはきみの名前だけだった」
それはきっとバトンがオレからアイツに受け継がれたからだろう。理不尽なやりきれなさが逆恨みにも似た感情で覆い尽くされても不思議はない。オレにまた戻ってこないように、オレが一番必死だったってことがばれていたのかもしれない。
なんて浅はかな小競り合いなのか。自分が生きのびてきた、あるいはこれから生きていく背景を思えばちっぽけなことであるのに。
「オレたちも経験者だからわかるよ。いじめはとめられないし、やめられない。でも、死ぬことだけは食い止められると思っていたんだ」
11番は左の手首をギュッとつかんた。死にたかった思いがまだそこに残っているかのように。
死ぬことを思いとどまらせることなんて、本当にできるのだろうか。
だけど、オレたちは今ここにいる。生きることへの執着が湧いてきたわけではないが、たしかにここにいる者たちはみな死への慕情に感化されることなく呼び寄せられた、死に至らなかった者たちの集いであった。
8番の女子がオレに手を差し伸べた。
「あなたのカードを見せて」
オレは持っていたカードを彼女に渡した。イラストの方を表にしてテーブルに置く。
「これは0番の『愚か者』のカードよ。あなたにぴったりね」
冷酷に言い放ち、少しもかわいげのある表情を見せなかった。彼女の一番憎いヤツの化身をオレに見いだしたかのようでゾッとした。
「で、これが10番の『運命の輪』のカード」
どこに隠し持っていたのか、彼女は上部に『X』と書いてあるカードを0番の隣に並べた。空想上の動物たちが時計のような、羅針盤のような円盤を囲んでいるイラストだ。
「占いって信じる? あなたは今まさに運命の輪の中にいるんだってこと」
オレはかすかに笑った。
今のオレには使命感なんてうさんくさい言葉よりも、運命というでたらめのほうがしっくりはまっているような気がしていた。
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