モノローグ

 そのダンジョンは危険だと考えていました。

 なぜなら、話を聞いている限りそれは迷宮暴走スタンピードの前兆であったから。


 ダンジョンは基本的に近辺に対しては無害なものです。ただし、その基本的には、と言うものが曲者でして。

 どういったわけか、極稀にダンジョンの内部から大量のモンスターが発生することがあるのです。発生例はごく僅かですが、それは事実として起こりうる現象なのです。内部のモンスターの討伐数が少ないだとか、お宝を回収しすぎてダンジョンマスターの怒りに触れただとか、様々な説がありますがどれもコレと言った確証はありません。

 ですが、僕のこれまでの経験上、理由は不明ですがある前兆が起こることを体感しています。


 まず1つは、とてつもなく難しく先へ進めない。あるいは、簡単すぎてどんどん先のフロアへと進めてしまう。

 オッカナイーのダンジョンは前者ですね。実入りは悪くないらしく皆さんそこまで気にしていないようなのですが、先に進めないダンジョンというのは異常なのです。理由はわかりませんが、ダンジョンの発見からそれなりの時間があれば、普通はダンジョンマスターの部屋と思われる場所の手前までは到達できるものなのです。

 ですが、オッカナイーのダンジョンはそうではない。魔王城などと言って納得していますが、そういう問題ではないのです。そういった例が稀な上に、遠い場所には話が伝わらないため理解されませんが。


 もう1つは、モンスターの分布です。普通のダンジョンであれば入り口付近を縄張りとするモンスターたちは弱く、深度が増すごとに段々と強くなっていくものなのです。

 ところがオッカナイーのダンジョンは、たしかに入口付近のモンスターが一番弱いようなのですが、少し奥に行くとその強さが突然跳ね上がるようなのです。そして、何故かその先のモンスターの強さが下がったりと、明らかにその分布に法則性が無いのです。前情報だけでは確信できませんでしたが、実際に探索してみてクロと断定しました。

 これまでの傾向としては、次第に入口付近に強力なモンスターが集まってくるようになるのですが、現状まだそこまでは行っていないようです。


 なぜ僕が迷宮暴走についてここまで知っているのか。それはとても簡単なお話です。

 僕の生まれ育った国は都市国家でした。しかし、地方の一都市国家としては類を見ない程度に発展していました。

 それは、都市内にダンジョンを抱えていたからです。


 迷宮都市ウリュー。それが僕の故郷。

 もう二度とそこに帰ることは出来ない、今はもう、存在しない都市。


 御察しの通り、ウリューは迷宮暴走によって滅びました。他のダンジョンではありえない、都市内に存在することが致命的だったのです。

 普段であればアクセスも快適で、都市も潤う最高の立地だったのですが、それが裏目に出ました。

 あの時は、ウリューの誰もが迷宮暴走なんて知らなかった。もちろん僕だって。

 なにせウリューは数百年続く歴史ある都市国家でもあったのです。そこに住む誰もがダンジョンがそこにあることに対して、疑問も、恐れも抱いていなかった。そして希少な事例である迷宮暴走の存在など、知る由もなかったのですから。


 当時僕はまだダンジョン探索など出来ない子供でした。探索者に憧れていましたが、まぁ事情もあって探索者になる予定はなかったのですが。

 異変はきっと、少しずつ起こっていたのでしょう。しかしその異変に誰かが警戒をする頃は、既に手遅れでした。

 僕がその異変について知ってから、数日程度でしょうか。1週間は経っていなかったと思います。

 ほとんどの住民にしてみればそれは突然の出来事だったでしょう。都市の中央に位置するダンジョンからモンスターが溢れ出したのです。

 数が多い上にダンジョンのそれなりの深度がある場所に生息するようなモンスターばかりでした。

 ウリューが抱える兵士達も、探索者たちも。不意を突かれた上に数に敗け、質も大半が敗けていました。


 ほんの数時間で都市は更地になりました。


 僕はといえば、護衛の命がけの働きにより幼い妹とともに辛くも隣の都市まで逃げおおせる事が出来たのでした。

 その護衛たちも、その時の怪我が原因で皆息を引き取ってしまいましたが……。

 ああ、そうです。僕はそのウリューの王子でした。ユーシィ=レイド=グル=ウリュー。それが僕の本名です。今となっては、ユーシィとしか名乗りませんが。

 まぁ、そういう事があったので僕はかたきを討つために探索者となりウリューダンジョンのマスターを倒すことを誓うのですが。

 僕が体を鍛えて、そろそろウリューのダンジョンへ! と思っていたら、なんとウリューのダンジョンが機能停止してしまったのです。

 しかも誰かが踏破しマスターを倒した、というわけでもないのです。その事を知った日には荒れに荒れましたね。人生2度目の大荒れです。妹が見たこと無いくらい引いているのを見て正気になりましたが……。


 まぁ、そんなこんなで僕は迷宮暴走を憎み、その傾向があるダンジョンを予め踏破する事を生業とするようになったのでした。

 そんな事を何度かしていると、自分が異常に強くなっていることにも気が付きました。最初に魔族と戦った時はまさに死闘であったのに、2度目、3度目と繰り返していくうちにずいぶんと余裕が出るようになったのです。

 最初は普通に強くなってるか、魔族との戦いに慣れてきたんだなと思っていたのですが、ある日普通にダンジョンを探索しているとあっさりとマスターの部屋の前まで到達してしまった時に気が付きました。

 自分が、異常に強くなっているという事に。

 なにせ、そのダンジョンはまだ最深部まで到達されていませんでした。迷宮暴走の前兆の一つと言うわけではなかったのですよね。

 その後他の探索者とすり合わせをした結果、自分の強さに確信したのです。

 恐らくは魔族を倒すことで得られた力なのでしょう。一人の人間が何体もの魔族を倒すことなど前例が、それこそ迷宮暴走以上に少ないのでは無いでしょうか。まさに誰も知らない事実、でした。

 僕にとってはとても都合がいい話です。迷宮暴走に対して圧倒的なアドバンテージを得ているのですから。


 そうして世界中を回り、迷宮暴走の気配があれば魔族を打ち倒し、既に発生してしまったダンジョンの後始末をする。そんな日々が続いていました。

 こうして考えると結構な回数の迷宮暴走が起こっていますね? でも世界は広いしそういう話は近隣までしか広がらないのです。旅商人もそこまで広範囲を旅するわけでもなく、また長距離を移動する商隊が迷宮暴走をした地域を通るとも限りません。

 それに、ダンジョンは外には悪影響がないものと言うのが一般的な認識です。多少の気味の悪さこそあれ、迷宮暴走など起こるとは誰も考えず、たわごとだと片付けられる事が普通なのです。まさにウリューがそうであったように。


 ようやく話が繋がるのですが、そんな中最北端のオッカナイーの話を耳にしたのです。

 どちらかといえば人間の文化圏最南端とも言えるウリューから、人の足で何年もかかる最北端の地。思えば遠くまで来ましたね。

 そうして、これは迷宮暴走の一歩手前の状態になっていると判断しました。

 すでに幾体もの魔族を屠った僕ですら一筋縄に行かないオッカナイーのダンジョン。魔王城と呼ばれているソレにたどり着くまでに、まさか3つものダンジョンを攻略する必要があるとは思ってもみませんでした。

 大体3つ目の灼熱の台地に至っては、存在自体知られていなかったのですよ。いい加減にしてくれと思いましたね。

 とにかく今の僕の力でも数ヶ月かかったダンジョン攻略は、ようやく終わりが見えてきました。

 あれだけふざけた構成だったこれまでとは異なり、魔王城の中は一言で言ってしまえば空っぽでした。まさかモンスターすら居ないとは思いませんでしたね。

 まさか迷宮暴走が既に起こってしまったか!? と血の気が引きましたが、遥かに見えるオッカナイーに異常は見受けられなかったのでホッとする一幕などありましたが……。


 最後まで異常であった魔王城の最深部に、ようやく到達したのです。この扉の先には、ダンジョンマスターが居ることでしょう。ダンジョンの難易度とマスターである魔族の強さにそこまで相関関係は無いのですが、この規格外のダンジョンを手中に収めている魔族です。気を抜くことは出来ません。

 武器に手をかけ、ゆっくりと扉を開きます。


 その部屋は深淵の闇の中のような広間。なんの音かはわかりませんが、地獄の怨嗟のような低い音が響き渡っていました。


 さあ、戦いの時です……!

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魔王城の宿 ~人が来ない我が城を劇的大改装して欲しいのじゃよ!〜 別府レイメン @yakiniku_reimen

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