第6話
「宿屋、じゃと?」
「ええ。宿屋です。宿屋はわかりますよね?」
「旅人などが泊まる施設……じゃよな。探索者たちが拠点にしている、と言う話も聞いておる」
なにせユーシィは魔族たちの文化は知らない。宿屋という施設そのものが存在しないかもしれないし、意味する所が別であるかもしれない。
同じ人間たちの間でもそう言うことはままある。
かつてユーシィが訪れた国の中でも、所謂「宿屋」と言うものと「娼館」が同じ言葉であったりして難儀したことがあったのだ。
もっとも、その不安は杞憂であったようだが。
「はい。認識のズレはないようですね。その宿屋です」
「宿屋……と言ってもな。まさかこの城の中に作るのか?」
「それこそまさかですよ。魔王城の手前に用意します」
「それはそれで十分シュールな有様じゃなぁ……」
無機質に禍々しさを漂わせる魔王城。そしてその手前にぽつねんと建つ木造の宿屋。その光景を想像し、少し、いや、あからさまに眉をひそめるマオ。その光景は現実のものとなってしまうのだが。
しかしユーシィは気にせず、話を続けた。
「施設自体は極々一般的なものがよいと思います。食事処も併設したほうがよいでしょう。ただし一つだけ特殊な部分。それは、この宿屋に泊まると魔王城の中で死んでも蘇生される、という事です」
要は探索者のリスポーンポイントをその宿に設定する、というのだ。
「宿屋であればいろいろな説明も、何か販売することも、それを説明、実行できる要員が居ることもおかしくありませんからね」
「まず宿屋がこんな所にあるのがおかしいと思うのじゃが!?」
当然である。宿屋に限らずとも、ダンジョン内にその類の施設があるなどといった事実は存在しない。
「まぁもちろん、最初は
知り合いであれば、自分が説明すれば一定の信用は得られるだろうという。
ユーシィであれば、先に到達し、宿などとのたまう怪しげな施設を利用していたとしてもある程度は信用されるだろう、と。
「まぁお主であれば例え罠でも踏み潰して行けそうじゃしな……」
「やだなぁそんなに褒めないでくださいよ、照れるじゃないですか」
「褒めてるわけじゃないのじゃよ!?」
「冗談はさておき、そうやって利用者を作ってしまえばあとは大丈夫でしょう。僕は割と知る人ぞ知る、って感じなんですが、知り合いは結構有名な人ですからね」
冗談であるらしかった。その表情に一切の変化はなかったが。
自分を除けば最先端に居る探索者と知己であるという。曲がりなりにも事実上の最先端探索者なのだ。あまり目立たないようにしていたとしても、流石にそのあたりに隠すことは無理がある話なのだ。
もちろん、ユーシィとしてはあまり目立ちたくないだけで、完全に隠そうとしているわけでもないのだが。
「むむむ、そういうものかのう……?」
それでも懐疑的なマオに、大丈夫です、任せてくださいと見たことがないようなイイ笑顔で胸を叩く。それをみてマオも「そこまで言うのなら大丈夫なんじゃろうなぁ」と、次第に乗り気になっていく。
「ここのダンジョンショートカットありませんからね。宿屋から町まで帰られるようにするのもいいと思いますね」
限界まで魔王城にアタックしてもらい、帰りは楽々というスタイルであれば探索者にとっての利が大きい。等、そのような案を言いながら宿屋に付随する施設を煮詰めていく。
気がつけば宿屋はマオの手により
その事にユーシィはもちろん気がついていたが、生暖かい笑顔を浮かべながら指摘はしなかった。
そもそもマオ自身がその宿屋で接客をしなければならないこと、もはや完全にユーシィが居なければ成り立たない計画になっていること等、はたから見ればツッコミどころは多数存在していた。
しかし現状が打開できそうなマオは目の前の計画に目がくらみ、あまり深く考えていなかったのだ。
その結果、将来あのような事態になってしまうとは夢にも思っていなかった。思っていなかったのはもちろん当人だけなのだが……。
「くっくっくっ……。これで、これで間違いなく我は魔王になれるぞ……!」
失敗していれば次期魔王の座は当然果てしなく遠のいていたであろう、これが成人の儀式であったことまでは忘れていなかったようだ。
成人の儀式としてはともかく、こんな事をやっていて次期魔王として認められる物なのかは本人は考えちゃいない。ユーシィは気がついているが、やっぱりやめると言われても困るので口にはしなかった。
(もう少ししっかりしろ、と言われてもすぐには無理ですよねえ)
悪い大人の顔をしながら……。
「とりあえずそうすぐにはここまで到達されないでしょうし、力も必要です。しばらくは探索者の様子を見ながら準備しましょうね。畑とかは人力ですし。スタッフ用の町への往復路も欲しいところですね」
「転送陣くらいならすぐ作れるじゃろ。町の方での準備は任せるぞ!」
「はい、任せてください。ダンジョン管理の力で用意できないものも把握しましたし」
(探索者引き連れて戻ってきたらどんな顔をするだろうか。少し見てみたい気もしますが……そういうわけにもいきませんからねぇ)
そんなずいぶんと酷いことを考えているユーシィであったがもちろんマオは知る由もなく。
ダンジョン経営がユーシィに完全に依存していたことに気がつくのはもう少しあとの話となる。
「さぁ。これから忙しくなるぞ!」
「そうですね」
いい笑顔でサムズアップするマオと、イイ笑顔でそれに答えるユーシィ。
……これが後に「魔王」となる魔族の少女と、「勇者」と呼ばれるようになる人間の青年、その二人の出会いの物語。
そして「魔王城の宿」の始まりの物語となるのであった。
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