第5話
「何を考えているのじゃ?」
探索者が死なないようにするとでも言うのか。いくらなんでもそんな事はコストに合わない。ユーシィの意図が読めず、訝しげな表情になるマオ。
「いえ、ね。もちろん全てに適用するわけではないのですけど。例えば、例えばですよ? この、魔王城前の3つのダンジョンを突破できる探索者は、そりゃもう一流なわけですよ。現時点で他にこんな高難度ダンジョン僕は知りませんしね」
「そのつもりで作ったからの」
「一流の探索者が生み出す力、それはやっぱり莫大なものになるわけですよね」
「お主がそうであったからの。死んだ時ほどの効率ではないが」
「……細く長く、力を回収できると思うですよ」
「どういうことじゃ?」
「魔王城まで到達できた探索者が、リスポーンポイントを利用できるようにするんですよ。あと、休憩と補給ができる場所の用意ですね。そうすれば、探索者が腰を据えてダンジョンに滞在して、力を使ってくれると思うんですよ」
継続探索力、というものがある。いくら腕のたつ探索者でも、いつかは疲労するし、水や食事は必要だ。結果的にダンジョンに潜っていられる期間は限られてしまう。
それならば、ダンジョン側で長期滞在が出来る仕組みを用意すれば一流の探索者を長期間ダンジョンの中に留めておけるのではないか、と言う趣旨である。
もちろん復活に必要な力は、死亡時より多くなる。しかし、ここまで到達できるほどの探索者が
もちろん、一流でなくては採算が合わなくなるので魔王城到達者限定、と言う事になる。
「探索者の命を軽くしていいのであれば、貴女が本来やりたかったように魔王城と呼ぶに相応しいレベルのモンスターも配置できますよ。
一流でも1戦撤退するほどのレベルでも構わないかもしれませんね。そのかわり、モンスタードロップの質を上げます。後のことなんか考えなくてもいいくらいに」
「採算があうのかの……?」
「僕が戦った感じからの推測ですが、問題なく黒字にもっていけるはずです。細く長くと言っても、調整後の3つのダンジョンと同程度以上、魔王城だけで回収できると思います」
いつのまにやら操作盤の計算機機能まで使いこなし、ユーシィが試算した結果を伝える。ある程度は初見で死ぬことも織り込んでの数字だ。
「基本的にリスポーンは目減りするので、よほど重要なモンスターにしか設定しないのが普通なんじゃが……黒字にできる理屈がよくわからんのじゃ」
「生命体が戦うための力は、無意識の奥底……命の、すべての根源から汲み出すと言われています。戦うための力の強さはその汲み出した力をどれだけ魔力に
「うむ」
「僕もここで自分の力を数字で見ることが出来てわかった事なのですが、その能力が優れているほど、指数関数的に強くなるようなのです。つまり、生み出せる魔力の量の効率が良くなります。
モンスターはそれに合わせて肉体が巨大になったり特殊な構造になったりするので肉体的なコストも大きくなるみたいですね。これは恐らく魔族も同じでは無いかと思います」
「強い魔族ほど角とか翼とか立派になっていく、とかそういう事かの?」
はい、とユーシィは頷く。
「それらはそれ自体が希少な物質ですからね。コストが上がるというやつです。
一方、人間はどれだけ強くなろうと、肉体的には大して変わりません。魔族やモンスターと比べると誤差です。誤差」
「なぜだ?」
「そこまではわかりませんが……。僕も完全に無防備な状態ならナイフでだって傷つきますし、なんだったら殺すことだって出来ます。もちろん、普段から魔力で身体強化がされているので寝ていたって無防備ではないのですが」
解せぬ。マオはその言葉を飲み込んだ。
ユーシィをナイフで殺すビジョンが全く思い浮かばなかったし、寝ていても魔力で強化されているという事も理不尽ではあったのだが。
「一応言っておきますが、大なり小なりあるとはいえ、探索者ともなるとそれは普通ですからね?」
「解せぬ!?」
次は我慢できなかった。お互いの接触がほぼほぼ間接的なもののみであった事が、無理解を産んでいた。
「話を戻しますが、そういうわけで人間は……いえ、強い人間はその力と比べて肉体のコストが安いみたいです。その代わり基本値が高いようですが……。
見てください、僕のリスポーンポイント作成に必要な力、漆黒の谷のモンスターより少し高い程度でしょう?」
「……本当じゃ。こんな話知らんぞ……」
「検証しようとも思わなかったでしょうし、仕方ありませんよ」
ついでに漆黒の谷辺りをうろついている探索者のリスポーンポイントのコストを調べた所、確かにあまり違いがなかった。なんならユーシィより必要コストが高いまであった。
「人間、ずるくないかの?」
「知りませんてば。その代り戦う力がなければ貴女方と比べて貧弱の極みですよ。魔族やモンスターに簡単に蹂躙されてしまいます。大半の人間はそんな感じなのですから」
そう答えるユーシィの顔に一瞬、影が差す。しかしマオはその変化には気付かず、ずるいのじゃー、ずるいのじゃーと不満そうだ。ユーシィはそれを見てすぐに普段の表情に戻り、苦笑する。実年齢は自分より遥かに高いだろうが、実に見た目通り子供っぽい次期魔王に微笑ましさを感じながら。
魔王城関連のダンジョンが出来て50年以上は経っている。魔族のタイムスケールは人間のそれとは大幅に異なるということだ。
「とにかく、説明が長くなりましたがそういう理由で休憩所と探索者のリスポーンポイントを設置することを提案します。いかがでしょうか?」
「悪くなさそうじゃのー。よいぞ、採用じゃ!」
あれだけ喚いていたにもかかわらず、気持ちをあっという間に切り替えてそう答えるマオ。リスクなどどれだけ考えているのか怪しいとユーシィは思い苦笑いが止まらない。
「しかし、休憩所か。それはどういった形にするんじゃ?」
「そこは貴女と詰めていきたい所ですが。泉みたいなのはどうです?」
「補給もさせるんじゃろう? ダンジョンの機能で呼び出すのは流石に躊躇われるぞ。なにせ国からの配給品じゃしな……」
「そもそも貴女はこのダンジョンを作ってから、あの配給品だけで過ごしてたのですか?」
「そんなわけ無いじゃろ。1年に1回故郷に帰れてな、その時に色々持ち込んだりするのじゃ。……そのための移動にも力が必要でな。ここ数年は……」
「ああ、はい。理解しました。
うーん、そうなるとどうしても人の手の力で用意する必要がありますねぇ……」
「我が言うのもなんじゃが、ダンジョンの中に食料が置かれていたとして、それを食べるかの?」
「なんとも言えませんね。切羽詰まれば背に腹は代えられないと手を出すでしょうが……。
そこまでだと魔王城に入らない可能性も出てきますね」
「リスポーンの説明もしたほうがいいと思うんじゃが」
後のことを考えずに戦ってもらうための機能だが、それを理解されないと意味がない。一度死ねば気づくであろうが、死んで覚えろも酷なことである。せっかくここまで来た探索者を逃す可能性だってあるのだ。それほどの強者はキッチリと囲っておくことが、この計画のキモであろう。
「そうですね、と、そういう事なら……」
しばらく考え込み、そしてユーシィが思いついた答え。これまでもダンジョン経営としては非常識な選択を選んできたが、ここに来てさらに突拍子もない事を言い出すのであった。
「宿屋を作りましょう」
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