2.外の世界へ
朝、ディオさんが困っていた。
ディオさんはとなり町のダラムからぼくを迎えに来てくれたことは知っている。知っているのだが、今はそのことを気にしている場合ではない。ぼくも困った。
「お父さんはいいって言っていたから!」
「いやあ、しかしだな、ララ」
ディオさんの前にいるのは、まぎれもなくララだ。ララなのだけれども、レザーの上着に綿のズボンを着ているし、編み上げのブーツもはいている。そして、腰に巻かれているスカーフには短剣がささっている。おまけに長いブロンドの髪の毛は、高い位置で一つにまとまっている。
いや、どういうことか、分かったけれど。
なんだ、それ。
昨日、ララが不機嫌そうにしていたのは分かっていた。その理由はよく分からなかったけれど、料理を作ってくれたのだから、きっと今日は見送ってくれるのではないかと思っていた。
しかし、これは。
「おお! ニコ! 助けてくれ!」
ディオさんが困り顔で声をかけてくる。いや、ここは逃げるに限ると思っていたが、どうもそうはいかないみたいだ。
「行くわよ! ニコ!」
「あ、うん」
「おい! あ、うん! じゃないぞニコ!」
「え、あー」
ディオさんが一生懸命ララを説得している。女の子が耐えられるような旅ではないんだとか、ニコには体を治すという目的があるだろうとか。ニコは猟師としての腕があるから許可したんだとか、いろいろ言っている。
しかし、ララは私にも連絡の取れないお兄ちゃんに会うという目的があるとか、私はニコと違って地図が読めるし薬草にも詳しいのよとか、馬車を使えるぐらいのお金なんてたくさん持っているわとか言っている。
「とにかく、ララ。君がついていけるような旅ではないのだよ」
「じゃあもう、私が仕立てた服は絶対に売らないわよ! せっかく高値で取引できそうな品物を仕立てたっていうのにもったいないわねえ」
と言って見せてきたのは、綺麗な紅色で染められたワンピースだった。いい服かどうかなんて、ぼくにはよく分からないけれど、ディオさんが口をパクパクしているところを見ると、それだけ良いものなのかもしれない。
「分かった。分かったから。俺の負けだ。ルカと話してくるよ」
すごすごとディオさんが村長さんの家へ入っていく。どうやら、村長さんにだめだと言ってもらおうとでも思っているのだろう。ううん。村長ならば、話もちゃんと聞かずにいいんじゃないかとでも言いそうだ。
「お父さんならいいって昨日言ったわよ」
「おじさん、お酒でも飲んでたの?」
「酔っぱらってたから許可を出したとでも言うわけ?」
「あ、いや。あの、なんというかさ、イメージがつかなくてさ」
「どういうことよ!」
その言葉と一緒に慌ててディオさんが村長さんの家から出てきた。目をぱいくりしていた。
「申しわけない、ララ。一緒に行こう」
「ええええええ」
ぼくは大きい声でそう叫んでしまった。一緒に行こう、だと。だって、ララは女の子だし。
「ええええええって何よ! そんな驚くことじゃないでしょ?」
「だって!」
と思ったところで言葉が何も浮かばない。狩りにララと一緒に来ていたこともあった。イノシシをなぜか倒していたこともあった。女の子だ。女の子だけれど、女の子とは思えないぐらい強くて、ぼくも助けてらうことがあった。
「何がだってよ!」
それに、ララはなぜか傷を治すことができた。手からきれいな光を出して治すのだ。それがなんとなく魔法であることは分かるけれど、言わないようにしていた。
「文句ないわよね」
「え、うん」
「納得したわね? 行くわよ」
「あ、え、あー」
ララが目の前を歩き出す。ディオさんが笑いながら続いた。
「なにやってるのよ、ニコ」
「あ、うん!」
かけ足になる。
少しだけしんみりして、エドレイを出ようと思ったのに、これでは台無しだ。
「ねえ、ニコ」
「何?」
「なんだかわくわくするわね!」
「あー、うん」
ぼくは、はらはらする。
黎明のウィカ 三池ゆず @mnmnmo
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