番外編 こぼれ話 スキー旅行

 梅が咲いている。

 白い梅、ピンク色の梅。

 まだ風は冷たいのに寒さに負けずに咲き誇る花を見ると、元気が出てくるから不思議だ。


 ちりこは子供たちと一泊二日で温泉付きのスキー旅行に向かう。

 新幹線に乗り込んで、発車を待つ間に車窓から眺めた景色がちりこの気持ちを和ます。


 会社の創立記念日パーティーのビンゴ大会で当てたスキー旅行だった。いつもはクジ運がないのに、珍しく当たった。

 当たって嬉しいのに、運を使った分だけ次はツイてない事が起こるんじゃないかと身構えてしまってる。

 ちりこはそんな自分に苦笑いをした。


 初めての新幹線に子供たちははしゃいで、行き先がスキー場でまた大騒ぎだった。

 新幹線の中で駅弁を食べる。

 ただそれだけで子供たちが楽しそうに賑やかに笑う。

 ちりこは嬉しくて、嬉しすぎて泣きたくなる思いが胸にこみ上げた。涙が出そうになるのを必死に抑えた。


(せっかくの旅行なのにしんみりしちゃう。子供たちが心配しちゃうじゃない)


 窓に映る様子は気づけば変わっていた。

 ビル群や家々ばかりの窓の向こう側は、列車が速度を増しいく度に森や田んぼが広がる長閑のどかな景色を見せてくれるようになった。


 泊まり宿のある新潟の駅に着くと、スキー場はすぐそばに広がっていた。


 立派なホテルが建ち並ぶ中に、自分たちの泊まるペンションもあった。若い仲睦まじい感じの夫婦が経営するペンションは、こじんまりとしていたもののとっても雰囲気が良かった。

 白と薄いブルーの外観のログハウスだ。準備された部屋の暖炉には火が点き室内を暖めていて、ちりこと子供たちを優しく迎え入れてくれた気がした。

 


 子供たちをさっそくキッズスキー教室に送り出して、ちりこは一人スキー場のレストハウスの片隅で、白銀の世界を見つめながらココアを飲んでいた。


 やっと生活が安定して、元旦那から受けた裏切りの心の傷も癒え始めた気がした。

 痛んだ胸の傷は、かさぶたが出来てるかのように時々はうずいたが、勝也先生を想い出しても、もうそんなに泣きたくはならなかった。


 子供たちのスキー教室の終わる時間が迫っていて、ちりこはレストハウスから慣れないスキー靴を履いた足を動かしながら雪面を歩いた。


 空を見上げるととても鮮やかに眩しかった。

 午後から雲が広がるらしいが、まだよく晴れ渡って青空が輝いていた。

 明るい陽射しが、弱い風で舞い上がっている雪の結晶を光らせキラキラと美しい。


 ちりこの子供たちが解散場所で待っていた。他の子たちはもう親が迎えに来て連れて帰ったようだ。

 

 子供たちの前に、スキー教室のインストラクターとおぼしきゴーグルをした青年が立ち、子供たちと楽しげに話している。

 子供たちの初スキーに興奮しきった顔が、にこにこと笑顔がまばゆく、ちりこに映る。


(来て良かったな)


 ちりこは心底思った。


 インストラクターにお礼の挨拶を考えながら、子供たちの方に向かう。

 思ったより深い新雪に足を取られ、ちりこはバランスを崩しよろめいた。


「大丈夫っ? ちりこさん」


 青年の腕の中にちりこは抱きとめられ助けられた。


「やあ。久しぶり」


 ちりこを抱えながら青年がゴーグルを外すと、忘れたはずの勝也の懐かしい笑顔があった。


「勝也先生……」

「空手教室の会社がスキー教室もやり始めてね。異動になったんだよ」


 ちりこは諦めた恋の明かりが胸に再び燃え、灯るのを止められなかった。

 勝也の瞳にまだ熱があるのを感じてしまったから。


「ママー、お腹空いた〜」

「勝也先生も一緒にお昼ごはん食べようよ」


 子供たちの急かす声に、再会した二人は顔を赤らめながら笑い合った。


 ちりこは偶然の再会と幸運に、胸が高鳴っていた。

 勝也もまた、この先に楽しい時間が訪れるような、希望が待っているような気がしている。


 再び恋心が湧き上がり、二人を今度こそは幸せが甘く包みこむ予感がする。


 山から吹く風に運ばれた雪が、二人の間に踊るように舞っていた。



        番外編 了


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わたあめみたいな恋。旦那の隠しごとに気づいたわたし。 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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