俺たち格闘ゲーマーズ

カエデ

俺たち格闘ゲーマーズ

 両眼に筐体の光が反射しチラつく。ポカンと口を半開きにして、指から伸びた神経がキャラへと繋がっていく。

 思考すら電子に溶けて俺と「悪鬼」は一つになる。目の前の少女「椿」は既に満身創痍だ。こちらも痛手は負ったが問題無い。あと数撃入れば勝てる。そぅら下だ、上だ。からの組み伏せて……。

 椿の悲鳴があがった。

「高津区サイキョォ!」」

 後方へ椅子をぶっ倒しながらガッツポーズを高くあげた。背後のUFOキャッチャーをやっているカップルが何事か、と振り返った。

 友人が学ランの襟を掴んでグイと引っ張っる。

「うるせぇよ。それやめろって言ってるだろ」

「こっちまで聞こえてるぞ。知らん人にやったらマジ殴られるぞ」

 反対側の台から今し方勝負していた同級生、吉岡が顔を出した。

「関係ねえよ。格闘ゲームは勝った奴が偉いんだよ」

 画面の中で腹の出た醜い鬼がゲヘゲヘと笑いながらこちらを見ている。「勝者、悪鬼!」の文字がうれしい。

 人気投票ブッチ切りの最下位キャラで大人気少女キャラを蹂躙した時ほど爽快な事は無い。

 後ろに立っていた同級生が百円を取り出しながら反対側に向かう。

「吉岡どけ。俺がこのバカ分からせるわ」

「ぐへへへ~、人を食った味は最高だぁ~」

 悪鬼の勝利ボイスをモノマネすると、こちらにやって来た吉岡がぶはっと笑った。

「高津区最強さん、最強ならイミグラにも行かないとダメじゃないっすか?」

 その言葉にグッと詰まる。イミグラとは、ここ駅前タ○トーより少し離れた場所にあるもう一つゲームセンターだ。



 タ○トーは大手企業のチェーン店だ。最新台やプリクラも並び、店内は明るくいつも笑顔の店員が愛想振りまいてくれる。

 対してイミグラは雑居ビルに筐体をぶち込んだだけの作りで、一階には耳を刺すような電子音を発する古代のUFOキャッチャー、二階三階はスロットとパチンコ、四階にだけ格闘ゲームを中心としたビデオゲームが並んでいる。全体的に薄暗く、やる気の無さそうな店員がずーっと携帯を見ている。

 ゲームセンターに居り浸る人種は基本二種類だ。俺たちのようなオタク、そして不良。

 不良たちは何故かイミグラのような汚いゲーセンを好む。制服で煙草を吸おうが注意する者などいないからだろうか。

 数週間前、イミグラで挑発ポーズをくり返しながら勝った時、突然ドガァッ! と音を立てて筐体が数十cmも動いた。

 台パン、台蹴りと呼ばれる行為だ。

「てめぇナメてんのか?」

 ぬぅと反対側から現れたのは長いロン毛にタンクトップを着たド不良だった。

 嫌な思い出に背中が強ばってしまう。トイレに連れ込まれそうになったのを、一瞬の隙をついて逃げ出した。恥ずかしいのはその一連のやり取りを全部こいつらに見られてた事だった。


「まぁ……うん」

 急に歯切れの悪くなった俺の背中を吉岡がバンバン叩く。

「あれ? 何か嫌なこと思い出せちゃいました?」

「いや……うるせえよ」

「行きましょう高津最強さん。イミグラ行きましょうよ」

 学ランの袖をグイグイ引っ張られるのを振りほどく。

「うるせえ。いいの! もうその話やめろ!」

 俺は今日も友人二人に負け無しだった。


                 ※



 翌日学校で、俺達は教室の端でダンゴムシの如く丸くなって集まっていた。ゲーム雑誌をパラパラめくりながら、今度出る格ゲー話に花咲かす。大人気マンガが格闘ゲームになるってんで楽しみでならない。

 二大格闘ゲーム会社もこぞって新作を出している。僕らは毎日ゲーセンに行ってゲームをしている。

 勉強もスポーツもしないで何をやっているのか、と思う時もある。でもだから何だ。

 サ○ライスピリッツも、サー○もジョ○だって今、プレイする事が大事なんだ。

 一瞬、教室内のざわめきが止まった。「え?」と思い顔をあげると、教室の入り口から茶髪の坊主が学ランの前を全開にして入ってきている所だった。髪染め。柄シャツ、ピアスと校則破りのオンパレードだ。

(うわ……謹慎解けたんだ……)

 同じクラスの相沢勝。

 クラスで最も不良の人物であった。

 誰が言う訳でもないが何故か勝手に決まっていくスクールヒエラルキー。クラスの中心となるキラキラした男女、中間層の普通な人間たち、最下層俺らオタク。そしてそのどこにも所属しないアウトロー達が不良層の人らだ。

 相沢勝に対してその層の人間だと思っていた。相沢は一週間くらい前に、他校の生徒と喧嘩して自宅謹慎になっていたと聞いた。顔には青タンがあって、その噂に信憑性を持たせている。

 俺たちは相沢の存在に気づいてない振りをしながら雑誌をペラペラめくる。

(相沢と話す日なんか一生来ないだろうな)

 そう思いながら。


                 ※


「じゃあな」

 下駄箱で吉岡たちと別れる。委員会の仕事だとかで居残りらしい。俺一人で帰っても良かったが、ふと昨日言われた言葉を思い出す。

「最強ならイミグラにも行かなきゃダメじゃないですか?」

 あれは単なる嫌味だけでは無かった。イミグラのゲームは安かった。通常1プレイ百円が半額の五十円だ。

 そのため「とにかく沢山プレイしたい」者たちは皆イミグラへ行く。それはつまり強い人たちはタ○トーには居ないという事だ。

(高津区最強……高津区最強……)

 その自称とて冗談じゃない。俺はこの土地で一番格闘ゲームが強い自負がある。ならば、やはり逃げる訳にはいかない。あの不良だってもう数週間の話だ。

 仮にもし見つけたらすぐ様逃げれば良い。

「……行こう」

 俺は死地へ赴く戦士の気持ちであった。


 手押しのガラス戸がギッ、ギギ……と擦った音を出す。黄色に変色したバカでかいエアコンが、ゴウンゴウンと音を立てて湿った埃を排出している。軽くせき込むと何重にもなったピキュキュキュ、ピィーンピィーンという電子音が頭の中で反射する。

 階段で四階に向かうと多くの人間で賑わっていた。女子など一人も居ない。オタクと不良、そして何をしているのか分からないおっさん達。

 殺伐としたカオスな空間はこういうゲームセンター特有のものだ。

 見回すと殆どの台は埋まってしまっている。奥に一席空いているの見つけ、筐体と人を縫うようにして進む。

(誰かやってるな……)

 ゲームセンターで格闘ゲームをやる特徴として”対人戦を避けられない”というのがある。

 二台で一つの筐体は、片方がコンピュータとプレイ中、もう片方に硬貨を入れると強制的に対戦が始まる。

 仕掛ける側も仕掛けられる側もそれを拒否出来ない。格闘ゲームというのは弱いと練習すら満足に出来ない、初心者がとかく入り辛い世界であった。

 偶然にもゲームの種類は昨日、吉岡たちとしていたのと同じで、対戦相手も「椿」であった。ならば俺も迷うことなく「悪鬼」を選択する。

「死合い、開始!」

 音声と共に椿が前に出た。居合い斬りを使う待ち型タイプの癖に、早々攻め込んで来るとはかなりの強者か、滅茶苦茶下手か、だ。

 この椿は前者だった。仕掛けるべき所で的確に前へ出る。何クソとこちらが攻め入ると返す刀でカウンターを決めてくる。

 様子見だったのが三十秒もすると、完全に画面に入り込んでいた。あれだけウルサい他のゲーム音やエアコンの音、周りの話し声が消える。

 カカッカッカカッとボタンを叩く音が演奏のようである。視界が二人の画面だけになり、思考は言葉では無くなっていく。独り言で「くそミスッた」などと言うようになれば、もうゾーンに入っていると言えるかもしれない。

(つよっ……こいつ強い……っ)

 いつもやっているメンバーとは比べものにならない程に強かった。

 押されて負けそうになるのをなんとか粘る。

 実力は相手の方がやや強い、くらいか。このぐらいの勝負が一番燃える。脳みそにバチバチ電気が走っていた。

 そしてその内弱点に気付いた。投げ抜けがイマイチ出来ていない。明らかに狙った時はかわされるが、選択迫った時にはいつも失敗している。

 連続で投げを入れると小足をパパパッと発し始め、明らかにイラついてるのが分かった。同じ技を何度も食らうととにかくムカつくのだ。そうするとその技ばかり警戒するようになる。

(で……さらに投げ連発すると次も来ると……思うじゃんっ!?)

 案の定引っかかった。ガッガガガッ! と激しい音を立てコンボを入力する。

(イケル……削り……切れ……るっ!)

 残り体力ピッタリのコンボが決まって椿が悲鳴をあげて吹っ飛んだ。

「っしゃあっ! 高津区サイキョォッ!」

 思わず筐体をパァン! と叩きながら吠えてしまった。「あっ」と思った時にはもう遅い。友達と居るならいざ知らず、一人でこんな事してるのは変人通り越して狂人だ。

 周りの視線をビシバシ感じながら身を縮こませる。耳の後ろまで真っ赤になっていくの感じた。 

 その時対戦台の人が立ち上がってこちらに歩いて来るがの見えた。やばっ怒らせたか……と顔を盗み見る。

 悲鳴をあげる所だった。戦っていた相手はよりにもよって相沢勝だった。

 以前ここで不良に絡まれた時の記憶がフラッシュバックする。

 俺は素早く鞄を持ってイミグラが脱兎の如く逃げ出した。背後で「おいっ!」という声が聞こえたような気がしないでも無い。



                 ※


 翌日の俺は生きた心地がしなかった。何であんな事叫んでしまったのか、という後悔、何で逃げ出したんだという後悔。だってあの時の不良と違って相沢勝はクラスメイトじゃないか。

 顔面蒼白の俺を吉岡たちは心配していたが「大丈夫大丈夫」と答える他無かった。

 教室の扉が開く度、気が気じゃない。チラッ、チラッと入ってくる生徒を確認する。そのまま朝のチャイムが鳴り、担任の先生が入ってきた。

 相沢勝は来なかった。しょっちゅうサボるような奴だったから今日もサボりに違いない。

(良かった……今日は何とか……)

「おざーす……」

 けだるそうな声と共に彼が入ってきた。

「おい、遅刻だぞ」という先生に「さーせん」とこれまた面倒そうな返事をしている。

 心臓が急速に鳴っている。やばいやばいやばい……。茶髪の坊主に入った剃り込みを見て唾を飲み込んだ。



 だが、不思議なことに相沢勝はそのまま俺に何もしてこなかった。五分休みも、お昼休みも。あの一瞬で俺が誰だか分からなかったのだろうか。それとも一晩経ってもうどうでも良くなったのか。

 いずれにせよ、これで彼と関わり合いならなくて済む。 帰りのHR中にはすっかり安心しきっていた。

 だから、さぁ今日はタ○トーに寄ろうと鞄を持った時肩を組まれて腰が抜けるかと思った。

「なぁ、ちょっとイミグラ行こうよ」 

 相沢勝の吊り目を見ることが出来ない。吉岡たちと眼が合うとそそくさと教室から逃げ出して行くのが見えた。



                ※



「昨日のマジむかついたわぁ。すっげぇ手駒に取られてさーあれ序盤手抜いてた?」

「い、いやそんな事ない……よ。いい勝負だったじゃん」

 イミグラへの道すがら、相沢勝の話題はずっと昨日の対戦についてだった。その口調に怒りは見えなかった。

「正直、仲間内だと敵無しだったからすっげぇ面白かったよ。何でいきなり帰ったの?」

「いや……塾の時間ギリギリだったから……」

 君にビビって逃げ出しました、とは恥ずかしくて言えなかった。相沢勝は興味なしげに「ふーん」と鼻で答えた。

 少しの沈黙が二人を包み、俺はあせっていた。何か何か何か、何か話題を、と脳味噌をフル回転させても出てくるのはやっぱり格ゲーしか無かった。

「相沢くん、投げ抜け出来て無かったよ」

「あ~……そうな……」

 苦笑いでポリポリと頬をかく。苦手意識は持っているようだった。

「西住はやるの月下だけ?」

 相沢くんから俺の名前が出たのは意外だった。クラスメイトとは言え、存在を知ってなどいないと思っていた。

「いや、色々やるよ。サー○もK○Fも」

「ギ○ティとかメル○ラは?」

「あー、やるけどメインじゃないかな」

「じゃあ、今日そっちやろうぜ」

 ニヤニヤと笑っているのは、相沢くんが得意なのはそっちだからだろう。

 それ何だかおかしくて俺は相沢くんへの恐怖心がすっかり無くなっている事に気づいた。 


 イミグラについてギ○ティの台には既に片方座っていた。それは以前、絡まれた不良だった。

 相変わらず長髪にタンクトップシャツだ。

 ヤバイ、と冷や汗がどっと出た。なんでよりにもよってこんな時に、この台に居るのか。

「あーもう誰か居るな。どかすか」

 相沢くんが筐体に硬貨を入れると、ふと動きが止まって俺の方を向いた。

「奢るよ西住。腕前見せてよ」

 喉がカラカラになっていた。以前やった時、この不良は初心者に毛が生えたような奴だったから今日とて楽勝だろう。

 だけど……。以前の記憶が蘇り動けない。

 またここで適当に言い訳をして帰ってしまえば良いんじゃないかと考えた。

 相沢勝だって、まだほんの十分しか話しただけど本当は不良なんだ。彼らに関わり合うのはやめるべきじゃないか?

 そんな思考に硬直していると、相沢勝がフッと笑った。

「高津区最強。なんだろ?」

 その言葉に頭の中でパンッと何かが弾ぜた。

「まぁね」

 もう知ったことか。後はどうにでもなれ。

 俺は得意キャラを使って体力を八割以上残して勝ってみせた。

 明らかに分が悪かったためか、相手が即席を立つ。チラ、とこちらを見たのが分かった。バレないよう顔を伏せていたが無駄だった。

「あっ、てめぇこの間の……」

 手元の灰皿を掴んでカァン! と地面に叩きつけられた。やばい気付かれた。もう数週間前だってのにどんだけ根に持ってるんだと呆れる。だいたい灰皿も筐体も負けた時のサンドバッグじゃないんだぞ。

「は? なんだお前?」

 隣に立った相沢くんが前へ出た。相手の不良も「あ?」と眉をひそめて、すぐに一歩後ずさった。

 その様子に相沢くんも何かに気付いたようだった。

「あっ! お前下田だろ! おい二ノ宮元気かよ? あれ折れてたろ?」

「い、いや……」

 下田、と呼ばれた不良は途端に声が小さくなり何かモゴモゴ言いながらその場を逃げ出していった。

「え……し、知り合い?」

「先週シメた奴のツレだか舎弟。喧嘩売られたから買ったんだけど、あいつだけビビって逃げたんだよ。ほら、戦利品」

 相沢くんがニヤニヤしながら出したのは他校の生徒の学生証だった。

「金取らないだけありがたいと思えよなって感じ」

 その得意げな笑みを何だか無邪気なものに思えて、俺は釣られて笑ってしまっていた。

 その後は俺たちは何時間も勝負を続けた。



                 ※


 翌日からイミグラに行くと相沢くんとちょくちょく会うようになった。

 今まで気付かなかっただけでニアミスはしてたのかもしれない。

 どちらから言うとでもなくイミグラで落ち合うのがいつもの事になった。「今日来ねえの?」なんてメールすら来るようになった。

 幸運な事は実力が拮抗していた事だ。元々居たグループでは一番強かったから、ギリギリ勝てたり負けたりする相手というのは新鮮だった。

 その内、一緒に昼飯食べるようにまでなるともう吉岡たちより仲良くなっていた。

 ちょっと驚いたのは彼が結構なオタクだったという事だ。アニメは中々詳しかったし「萌え」も好きだ、と言っていた。使用するキャラクターはイカついおっさんやイケメンでは無く可愛い女の子タイプが多かった。

 サブカルの入ったマンガやロックバンドなど共通する趣味が多く、話題に尽きる事はなかった。


 俺と彼が違ったのは対人スキルの差だろう。

 相沢くんはどんどんクラスの中心人物になっていた。文化祭ではバンドのベースを務め、その日だけで五人に告白されたと言っていた。

 それを羨ましく思わない事は無い。でもそれはしょうがない。俺と彼は違う。だから今のままの関係で何も問題は無いと思っていた。



                 ※



 相沢くんと対戦してから数ヶ月が過ぎた。

 学期末テストが近いので、ゲーセンには寄らず真っ直ぐ家路へつく。だが駅前まで来た時、ロッカーの中に教科書を忘れた事に気付いた。

 面倒だな、と思ったが「仕方ない」と学校へ踵を返した。


 試験前の放課後に生徒は少ない。居るのは事情があって教室で勉強している者か、そのつもりの無い不真面目だ。

 相沢くんは後者であった。

 教室の前に着いた時、女子複数人と相沢くんの談笑する声が聞こえた。俺は何故か分からないが、その時俺は身を潜めてしまった。サッと屈んでゆっくり扉に近づく。

 取り分け聞き取れるのは声の大きい女子だ。話したことは無いが、どうもいつも避けられていると言うか、あまり好かれていないなと思っていた。

「ねえ何で最近西住と仲良いの? あいつらグループとあんま仲良くしない方がいいよ。女子からハブられてるから」

 それについてまぁ自覚はあった。みんながみんなでは無かったが、嫌そうな顔をされる時があった。

 休み時間の度に教室の端っこでアニメ絵の描かれた雑誌を広げてる集団をリア充女子は快く思わないのだろう。

「まぁな」とか「そうだな」とかそういう返事をすると思っていた。

「あいつキモいからな」

 仮にそんな事を言われても平気だった。ここで相沢くんは女子と話を合わせるべきだと思っていた。逆の立場ならそうする。

 俺は何を言われても平気だった。平気だと思っていた。

 彼が実際に発したのは少し怒りを込めた「ふざけんな」だった。

「あいつ超いい奴だから」

 語気を強めたその反応にたじろいだ女子が何か弁明していた。俺はそれを聞けなかった。

 眼に涙が溜まっていくのを感じ、慌ててその場を逃げ出したからだ。


 教科書も取らず人目につかないように階段を駆け降りて、何だかジメジメした裏庭の方に出た。

 試験前なのが幸いし誰とも会わなかった。苔の生えた花壇に腰掛け、ズビッと鼻水をすすった。

 俺はなんで相沢くんが何を言っても平気だ、なんて思っていたのだろう。それは俺が彼に対して「そういう事を言う人だ」と思っていたからだ。

 彼は俺を信頼してくれているのに、俺は彼を信頼してなかった。

 嬉しいと同時に情けなくて、また涙がこみ上げた。ティッシュで鼻をかむと今し方入ってきた扉が開いた。

 あ、不味いと思って出てきた人物を見て硬直した。

 相沢くんだった。

 彼はギョッとした眼で俺を見つめる。

「なに、お前どうした?」

「いや……何でも無いよ」

 眼も鼻も赤くしてなんでも無い事は無いだろう。

「大丈夫なの?」

「うん。いや本当に何でも無い。ありがとう」

「そっか」

 そう言いながら相沢くんは隣に腰をおろした。何も聞かず、何も言わずただ胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。妙に様になっていて、それなりの喫煙歴があるように思えた。

 そう言えば相沢くんが煙草を吸ってる姿を初めて見た。

「お前、煙草吸うんだな」

「いる?」

 起用にも箱から一本だけピョンと飛び出させた。

「いや、俺はいいや」

「あそ」

 気にしてない様子で煙草をしまう。 

 俺は鼻をグズグズ鳴らし、彼は煙草を黙々と吸い続けた。その間何も会話は無かった。

 俺は何も言いたい事なんて無かったし、彼も聞きたい事は無かったのだろう。ただ、少しの間一緒に居たかった。

 生まれて初めて気まずくない沈黙というのを感じていた。

「……イミグラ行くか」

 相沢くんがおもむろに言った。俺は声に出して笑った。

「テスト前だよ?」

「だからこそ、でしょ」

 俺たちは明日の事なんて忘れて無我夢中で戦った。



                ※ 



 それから俺たちは少しだけ親密になった気がする。だけど関係に変化は無かった。

 新しい機種が出れば誰より早くプレイして、飽きたらいつもの機種へ戻る。

 夏休みにはわざわざ電車で一時間以上かけて遠征して格闘ゲームをやりに行った。

「中野のやつらに殴り込みだな」

 相沢くんはそう言って笑っていた。コンテンパンにされて自分たちの弱さも知った。

 二年になってクラスが変わっても俺たちは良く遊んだ。部活が違うから毎日という訳じゃなかったけど、大抵はイミグラに行って格闘ゲームで勝負していた。

 俺たちはずっとずっとこのカビ臭いゲームセンターで高校時代を過ごした。

 そんな永遠とも思っていた時間も卒業と同時にあっけなく終わってしまう。

 俺は大学へ進学し、相沢くんはバンド活動を本格的にはじめフリーターになった。

 時折連絡はしても二人とも忙しい身で、わざわざ高校近くのゲームセンターに行こうなんて事にはならなかった。

 二年後には同窓会もしなくなり、みんな新しい生活をはじめていた。

 俺の高校時代は卒業とともに無くなってしまっていた。


 大学デビューというには大げさだが、高校の時クラスの端に居た俺が多くの友達が出来た。女子の知り合いも居るしまさかの彼女も出来た。

 同じ人種が集まるのか皆、大なり小なりオタクだった。格闘ゲーム好きも居て、部室でみんなで勝負しあった。

 ただそれは「遊び」でしか無かった。先輩相手に少し手を抜いてやった時もある。

 あのビリビリとした感覚は既になかった。


 それなりの大学生活を送り、新卒で就職も出来た。仕事に負われゲームなどする暇の無い日々が続く。大好きだったシリーズの新作が出た時、全く心ときめかない自分に驚いた。

 何年振りか高校の近くに寄った時、イミグラがつぶれていた事を知った。不動産や事務所が入ったただの雑居ビルになっていた。

 妙な気分になって暫くビルを眺め続けた。眼をつむれば今でもあの耳につく電子音が聞こえるような気がした。

 今、思えばどうしてあんなにガムシャラにゲームに打ち込めたのか分からない。俺たちはあの頃ゲームしか無かったように思う。



 そしてその日の帰り、相沢くんを見た。

 五年振りだった。駅から駅への乗り換えの道、ベースのケースを背負っていた。ピアスの穴が増え、服装は実にロックミュージシャンぽいものだった。

 相変わらずの剃り込みが入った茶髪坊主で見るものを威嚇している。

 声をかけようと思ったけど咄嗟に言葉が出てこなかった。高校時代あれだけ色々話したというのに、今は何も話すような話題が無かった。何か何か、と考えている内に彼は夜の町へと姿を消してしまった。

「相沢くん投げ抜け出来てなかったよ」

 あの時は、そんな頓珍漢な事で良かった。そうすればもう次の瞬間には二人で勝負していた。

 見えなくなってしまった彼の後ろ姿を少しだけ眺める。彼は今でも格闘ゲームをしているのだろうか。もし声をかけたら、今でも少しだけあの頃に戻れたりしたのだろうか。

 相沢くんに打ち勝って大きな声で「高津区サイキョウ!」と叫べたりするのだろうか。


 いいや、きっとそうはならない。俺は息を一つ吐いて、家路へと向かった。

 俺は未だ弱くて無知な人間であったが、もう馬鹿では無くなってしまっていた。


 あの頃おれ達はゲームしか知らない馬鹿だったんだ。

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俺たち格闘ゲーマーズ カエデ @kaede_mlp

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