E …… 運命の交差

◆E …… 運命の交差


 ソフィー、セリア、セリーヌは、怪我をしているダニエルとミシェルに応急処置を施してから、ダニエルと一緒に、気絶しているミシェルをソフィーの診療所まで運んだ。

 診療所で、ソフィーが一通りの治療を終え、一段落ついてから。セリーヌは紙束とペンを片手に、今回の件に関わった全員を前に、魔女の異能について告白、説明した。

 一年先の、未来が視えてしまう異能。子供の頃から、一人で抱え続けてきた秘密。

 セリーヌが語るのは、俄かには信じられないような物語の数々だった。しかし、四人が奇跡とも言うべき再会を果たした今、それを疑う者は誰もいなかった。

 ダニエルの小屋からの失踪、気をつけて、というミシェルへの警告、応急処置キットを持っての現場への先回りなど、セリーヌの証言する『魔女の異能』が真実であることを示す状況証拠もある。

 ダニエル、ソフィー、セリア、セリーヌ、ミシェルの五人が顔を突き合わせているのは、ミシェルに宛がわれた病室だった。ミシェルも事情を呑み込んで大分落ち着いたらしく、ベッドに横になりながら、静かに事の成り行きを見守っている。

 セリーヌの長い告白が終わっても尚、率先して口を開く者はなく、室内は森閑としていた。皆、沈思黙考し、セリーヌの告白した内容を自分なりに咀嚼している。

「……もっと早くに、言って欲しかった。証拠なんかなくったって、他の誰が否定したって、私は信じたよ。セリーヌがそんな嘘を言うわけないって、わかってるもの」

 沈黙を破ったのは、セリアだった。

 いつも傍にいたから、互いのことは何でも知っていると思い込んでいた。それだけに、セリーヌが長年内に秘めていた真実を知った時の衝撃は、誰よりも大きかった。

『ごめんね』

 書いて、セリーヌは俯く。

『無条件で信じてくれると思ったからこそ 言えなかった セリアには これ以上 余計な重荷を背負ってほしくなかった』

「セリーヌの、馬鹿。セリーヌは、いっつもそうなんだから。何かあると、一人で抱え込んで、思い悩んで……」

 セリアは両手で顔を包むようにして、セリーヌの頬に触れる。

「約束。もう、隠し事はなしだよ。それから……ずっと、一緒だよ」

 セリーヌは目に一杯涙を溜めて、こくこくと頷く。心の奥底に封じ込めていた何もかもを洗い浚い吐き出したせいか、憑き物が落ちたように真っ白な表情になっていた。

 そして二人は、どちらからともなく身体を寄せ合う。

 その様子を、ちら、と盗み見て、黙り込んでいたミシェルが口を開いた。

「医者先生、一つ頼みがある。巡視中、事故で崖から転落したミシェルを、ルべの診療所で保護していると、見張り小屋にいるジュリアンに伝えてくれないか。勿論、彼女たちの存在については一切触れないで、だ。流石に、教会もリールまでは干渉して来ないだろうが……なるべく、事を大きくしたくない」

「ああ、了解した。そう言ってくれるなら、こちらとしても助かる」

 安心した、と言うように、ソフィーは口許を綻ばせる。

「……その、いいんですか?」

 セリアが、心配そうに口を挟んだ。

「君たちは、敵である俺を助けようと、危険も顧みず行動してくれた。全てを知った今となっては、感謝している。その恩を、仇で返すわけにはいかないだろう?」

「ほう。城で働いている連中は、教会の言いなりの石頭ばかりかと思ったが、そうでもないらしい」

 ダニエルが、感心した口振りで言う。

「俺は元々、各地を旅する内アミアンに流れてきた流れ者だ。国家への忠誠よりも、恩人への義理の方が勝る」

「そうか……その、何だ。緊急事態とは言え、さっきは、急所に思い切り一撃を入れてしまって、悪かった」

「何、それなら心配には及ばない。これでもそこそこ鍛えている。それに――あれは当然の対処だ。あの時、俺はどうかしていた。崖に追い込んで死なせてしまったと思っていた少女への罪の意識もあって、異常なまでに魔女の影に怯えていた」

 自分の、どうしようもない狼狽振りを思い出して苦笑しつつ、ミシェルはセリアとセリーヌに目を向ける。

「……一体、何を怯える必要があったのか。蓋を開けてみれば、魔女なんていなかった。いたのは二人の、優しい女の子だった」

 それを聞いて、セリアとセリーヌは、顔を見合わせる。そして頷き合い、嬉しそうに微笑む。

 魔女なんていなかった。何気ないその言葉は、言霊となってセリーヌの心に染み渡り、小さな救済をもたらした。



 その日の夜、診療所のロビー。

 ガラステーブルを囲んで、四人はソファに座っていた。

「そうか。二人でソフィー先生の診療所に置いてもらえるか。それは良かった」

 ダニエルは、グラスに注がれた酒をくいと飲み干し、テーブルの上に置く。

「私たちは、いいですが……ダニエルさんは、小屋も仕事も、全てを失ってしまいました」

 セリアが、空いたグラスにお代わりを注ぎながら、申し訳なさそうに言った。

「気にすることはない。俺の選択した結果だ。確かに、失ったものは大きいが……後悔する気持ちは、微塵もない。何せ、もう一度――」

 そこまで言ったところで、ソフィーと目が合った。そこでようやく、自分が何と言葉を続けようとしているのかに気付いて、飲んでいた酒を吹き出しそうになる。

「ごふっ、がはっ! いや、何でもない。まあ、こうなった以上、愚痴を言っても仕方あるまい。初心に帰り、一から出直すまでだ」

 無防備な本音が口をついて出そうになったのは、長い緊張状態から解放されたせいか、それとも久々に酒など飲んだせいか。ダニエルは激しく咽せながら、失言を誤魔化した。

「そのことなんだが……ダニエル。少しばかり、あたしの話を聞いてくれるか」

 ソフィーは、懐からパイプを取り出しながら言う。

「なんです?」

 と、ダニエルは顔を上げた。二杯目を飲み切らないまま、グラスをテーブルに置いて、姿勢を正す。

「この診療所についてだが、運営にかかる諸費用は、大部分寄附で賄われている。おかげで、格安、場合によっては無償で医療サービスを提供できる」

「本当ですか? それは凄い……」

 ダニエルは、目を見開いて、ロビーを眺め回す。この、広くて小奇麗な診療所が、採算度外視で運営されているとは意外だった。

「誰でも分け隔てなく、医療が受けられる、理想の環境を作りたい……孤児院にいる頃、よく、話していましたね。こうして、理想を現実にしてしまうあたりが、流石にソフィー先生です」

「褒めたところで、何も出ないぞ? あたしは単に、幸運に恵まれただけだよ。国境沿いの僻地まで越してきて、生活を切り詰め、この身一つでやれるだけやろうと思っていた矢先、ノブレス・オブリージュの実践とばかりに、あたしの理想に賛同、全面協力してくれるスポンサーが見付かった、と言う次第だからね」

 パイプに火を入れ、小さく息を吐く。

「寄附に依存していることからもわかる通り、当然ながら、資金繰りは厳しく、身辺多忙を極めても、人を雇っている余裕などない。一年前から、セリーヌにも仕事を手伝ってもらってはいるが、重労働も多く、女所帯では不安も残る」

 そこでソフィーは言葉を切り、数秒の間を置く。

「そういうわけで、だな……行く当てがない、と言うことであれば……その――男手があれば、助かる」

「俺でお手伝いできることがあれば、是非」

 ダニエルとしても、渡りに船の提案だった。断る理由がある筈もない。

「すまないな。……これから、宜しく頼む」

「任せて下さい」

 ソファから立ち上がり、ダニエルとソフィーは握手を交わした。

「また、一緒にいられますね」

『よかった』

 セリアとセリーヌも、歓迎の意を示す。

「ふふ。一年前の、小屋での出来事は、セリーヌから大体聞いた。魔女狩りの嵐が吹き荒れるアミアンでも、まだ気骨のある人間が残っていたものだと感心した。今日までは、それがダニエルだとは思いもしなかったが…………本当に立派になったな……ダニエル。あたしは、鼻が高いぞ」

 感無量の面持ちで、ソフィーはしみじみと言った。

「ソフィー先生……」

 二人は、笑い顔とも泣き顔ともつかぬ表情を湛え、見つめ合う。

 そんな二人を、セリアとセリーヌはこっそり実況する。

『二人共 普段のポーカーフェイスが嘘みたいに嬉しそうです』

「何だか、恋愛オペラのワンシーンみたいです」

『らぶらぶなんですかね』

「らぶらぶですね」

 そこで、二人の世界に入っていたダニエルとソフィーが、ようやく目を覚ます。

「か、からかうな!」

 そして、同時に抗議の声を上げる。その見事なシンクロに、セリアが、息もぴったりです、と止めを刺す。

 誰からともなく笑い声が上がり、ロビーは優しい喧騒に包まれた。


――魔女と木こりの7days――  了

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魔女と木こりの7days ぽこまる @unknownhuman

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