第6話 責務

 表向きは『異能力による犯罪を取り締まる』という名目で設立された、政府直属の特殊任務部隊――通称、公安特攻。

 その社屋は都市部の中でも一際大きく、目立つように建設されている。まるで格好の的だと言わんばかりに。


 吹き抜けで見晴らしの良いフロアは、さながら一流ホテルのロビーを思わせた。

 中央には巨大なガラス張りのエレベーターが上下階を貫く。観葉植物やアクアリウムで彩られ、くつろげるようにソファーが転々と配置されている。


 そこで何名かの能力者は雑談に興じていた。その者らのラフな格好から、無秩序さを感じるが……それは己の特性を活かす装備にしたが為だ。一般的な社会通念などとは無縁である。


 入り口の自動ドアが左右に割れ、姫川ヘレンがロビーへと入ってきた。

 昨日の戦闘服とは違う、カジュアルな服を嫌そうに着こなしている。たとえ彼女が渋い顔であったとしても、西洋美女の放つ雰囲気に誰もが目移りするだろう。


「姫ちゃあん!」


 姫川の行く横から上ずった声がした。その声帯に無理をさせている感じ、聞き覚えがある。

 クネクネとモデル歩きで詰め寄って来たのは、褐色長身の男。形の良い金髪の丸刈り。惜しげもなくメイクを施した、堀の深い顔。ライブにでも使いそうな、ラメ入りピンク色の衣装。細身で筋肉質な身体を隠そうともしないで、上着は胸元が極端に開いている。

 男性と女性の色気を合わせ持つような独特な雰囲気。

 姫川とは別の意味で目立つ人物だ。


「逃亡中だったボマーを捕まえたんですって? やだやだ怪我とかしてなぁい?」

明香あすかさん……私は平気。でも服の耐久力が持たなくて」

「あら本当ね、カワイイお洋服! 絶対そっちの方が似合ってるわよ!」

 姫川の顔が曇る。

「改良だとか言って勝手に部屋から回収されたの。これくらいしか着るの無いのに」

「いいじゃないの、女の子なんだから。たまには着飾らなきゃ勿体ないわよ。なんならアタシがコーディネートしちゃう!」


 明香のファッションセンスを目の当たりにし、思わず苦笑いを浮かべる姫川。ああいった服を着て出かけるくらいなら、まだ引きこもっていた方がマシだ。


「遠慮しとく。私には似合いそうにないから」

「そーだぜアスカ。そいつは戦闘服で十分だ。なんせ人外スペックの化物だからな。いつ如何なる時も臨戦態勢でねぇと。なぁルーキー?」


 くぐもった声がソファーから聞こえた。二人が視線を向けると、真っ青なフルフェイスのヘルメットが見ていた。


「先輩に返事くらいしろよ、二重規範ダブルスタンダード


 バネのように立ち上がるライダースーツの男。それと同時に、座っていたソファーが

 男は室内であったとしても、その暑苦しい服を脱ぐ気は無いらしい。レザーグローブの親指をポケットに押し込み、前かがみに背筋を曲げた。

 タチの悪いチンピラにでも絡まれたかのように、姫川は顔を背ける。


「あんたの相手はしないことにしたの。無駄にイラつくだけだし」

「ハッ、言ってくれるじゃねぇの」


 ヘルメット越しに、男は歯を軋ませて笑った。その黒く塗り潰されたシールドの所為で、表情までは窺えない。それでも姫川が肩肘を張るほどに圧迫感は伝わってきた。


「ストーップ。その辺にしときなさい、吾妻あずまちゃん。姫ちゃんに手柄を横取りされたからってひがまないの」

「あぁ!? んだアスカ、テメェまでケンカ売ってんのか」

「違うわよ。アタシは事実を言ってるだけ。それに公安特攻同士の揉め事は厳禁よ。センパイの言うことには従うんでしょう?」

「知らねぇなぁ。先輩面していいのは実績がある奴だけだ。俺はテメェなんぞを認めたつもりはねぇ」

「素直じゃないんだから。ほんとはアタシや姫ちゃんに構われたいくせに。んふ、カワイイ」


 すっとポケットから指を抜く吾妻。


「……殺すぞ」

「やだ怖ぁい。そうなる前に抱きしめて、あ・げ・る」


 明香のウィンクに毒気を抜かれたのか、吾妻は舌打ちしてから矛先を姫川に変えた。


「姫川、隊長から聞いたぜ。テメェっちまわなかったんだってなぁ?」

「……あんたみたいな殺人狂と一緒にしないで。テロリストを捕まえて吐かせるのも仕事の一環よ。誰彼構わず殺めるだけが能じゃない」

「あぁ? ああ……んだ、俺はボマーのことを言ってんじゃねぇよ」


 前のめりな姿勢のまま、吾妻は姫川の元に近寄り、金属を擦り合わせたような声で囁いた。


「巻き込んだ掃除屋、なんでらなかった?」

「――ッ!?」


 意表を突かれた姫川の顔を見て、吾妻はクククと愉快げに笑う。


「お陰で事後処理が大変だとよ。上の連中は、あちこち根回しに明け暮れてるぜ。誰かさんが下手に生かした所為でなぁ」

「なによ、それ。あいつを、一般人を殺してれば良かったってこと?」

「たりめぇだろ。面倒な奴は殺して黙らせろ。テメェが巻き込んだんなら特にな。世論を騙して、害悪を裁く。それが俺達プロの仕事だ。自分のケツも拭けねぇなら、公安特攻には必要ねぇ」

「あんたは……!」


 姫川が握った拳を、明香は優しく包み込んだ。落ち着き払った大人の振る舞いで、静かに首を振る。


「それを決めるのは吾妻ちゃんじゃないでしょ。姫ちゃんのしたことには間違いがあったかもしれないけど、その判断は苦労してる上層部がするの。野次馬根性でけなしちゃダメよ。それとも心配で言ってくれたのかしら?」

「ざけんな!」

「そうよね。じゃあ放っておきましょ。吾妻ちゃん、姫ちゃんのことになるとイライラしちゃうんだから。ここはボスに任せて、ね。あ、ほら噂をすれば」


 奥のエレベーターが上から降りてくる。ガラス張りの中には一人の四十代後半と思われる男が居た。

 司馬しば道則みちのり、公安特攻の長である。

 濃い茶髪のオールバック、後ろは襟元えりもとまで伸びている。常に訝しく鋭い目つき。眉間のシワが取れたところを、公安特攻のメンバーは見たことが無いという。葬儀用とも思える黒いスーツを身に着け、真っ直ぐに伸ばした背筋が厳格さを漂わせている。

 そして彼の手首には、特Aクラスを表す赤いバングルは見られない。武力ではなく才覚と権威によって、曲者揃いの公安特攻を束ねている。


 ソファーに座っていた者を含め、いつの間にか無駄口を叩く人間は居なくなっていた。

 司馬がエレベーターから降りた頃には、フロアに居た能力者達は何列かに揃っていた。それが絶対のルールであるかのように。

 後ろに手を組んで、コツコツと革靴を鳴らせる司馬。メンバーの前で立ち止まると、彼は口を開いた。


「かねてより逃亡中だったボマーの身柄を確保した。治療後、法に基づきパラダイムの実態を聴取するつもりだ。が、おそらく今回も大した情報は得られないだろう。しかし着実に連中の行動範囲は狭まっている。我々の監視網かんしもうにかかるのも時間の問題だろう」


 淡々と、内には静かな怒りを秘めているかのように、司馬は公安特攻のメンバーに言って聞かせる。


「諸君らを含めて能力者は危険な存在だ。それが社会不適格者の集団であれば尚更に。秩序なき力は毒でしかない。逸脱した脅威に立ち向かう際、甘えや優しさは不要である。テロリストには断固たる態度でのぞめ。そのことを肝にめいじて、今後も諸君らの奮闘を期待する。私からは以上だ。何かある者は」


 最前列に並んでいた吾妻が手を挙げる。司馬は小さく頷いて発言を許した。


「隊長よぉ、ボマーの件で負傷者が出たのは話さねぇのか?」

「その情報を共有する必要はない。既に事後処理は済ませている。各方面にも手を打った」

「姫川に罰則は。こいつが現場に掃除屋を連れ込んだって話じゃねぇか。無罪放免だと他の奴らに示しがつかねぇと思うんだが」


 わざとらしく吾妻は声を張り上げる。姫川の特別扱いに少なからず不満を持つ、周りの同調を誘っているのだろう。

 だが長たる司馬は眉根一つ動かさなかった。


「吾妻、我々に必要なのは、揺るぎない信念と徹底した行動力だ。そして力を振るった代償として多少の犠牲が出る。目を向けるべきは、そこか? 公安特攻の信念とは、凶悪犯罪を取り締まることだ。責務を果たせ。そのことを忘れるな」

「ッ」

「無論、故意に巻き込んで良いものではない。状況を悪化させるだけの行動は愚か者のすることだ。功績を差し引いたとしても、姫川には厳罰を下すつもりだった。戦闘服を換装ロールアウトするまでの間、謹慎処分だ。これで満足か?」

「……そうかい」


 渋々とうつむいた吾妻から視線を外し、司馬は「他には」と促す。

 次に挙手したのは姫川であった。

 彼女には自分の保身よりも、気がかりなことがある。ボマーと対峙した際に投げかけられた問い。それが喉元に刺さった小骨のように、いつまでも取れなかった。

 頭の中で慎重に言葉を選ぶ姫川。


「捕まえたボマーは、どこに収容されるのですか」

「それを知る必要は無い」

「……少し気になることを言っていたので、できれば面会に行きたいのですが」

「ならば報告書にまとめておけ。聴取は専門家が行うことになっている。我々の出る幕ではない」


 下唇を噛む姫川。ある意味で予想通りの答えが返ってきた。

 規律と秩序を重んじ、沈着冷静に物事を考えている。司馬道則とは、そういった類の人間だ。取り付く島など、あるはずも無い。


「では別の質問を。謹慎期間中、私の行動は制限されますか?」

「能力の使用制限のみだ。無論、有事の場合は、その限りではないが」

「……も解けと?」

「いや、重力制御だけで構わない。知っての通り、公安特攻の課員は己の身を守ることも義務付けられている。いくら厳罰とはいえ、むざむざと危険を晒すような真似は許されない」

「そうですか」と安堵するように息を吐く姫川。内心、穏やかではなかったらしい。

「謹慎の間、どうしていれば最善だったのかを考え、次に活かせ。政府が市民の血税によって支えられていることを自覚しろ」

「わかりました」


 ブリーフィングを終えて解散。出動に備えて訓練に励む者、何らかのデスクワークへと行く者。それぞれが目的に向かっていく中、姫川は立ち尽くしていた。

 そっと二の腕を肘で突いてきたのは明香だ。


「まあまあ、気にしないの。ちょっとした休暇だと思えばいいじゃない」

「でも私、休暇ってしたことないから。これから、どうしよう」

「……鍛えてばっかりだものね、姫ちゃん。そうねぇ、アタシなら街中でショッピングかな。映画とか、オシャレなバーでナンパしたり。あん、姫ちゃんは未成年か。ほらほら、どこか行きたい所とかあるんじゃないの?」

「行きたい所、か」


 心当たりは一つある。司馬の訓示と、明香の助言が重なる場所。

 答えは、悩むまでもなく出ていた。


「私は――――」

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異能世界の修理稼業 真摯夜紳士 @night-gentleman

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