後編
母乳制限法の制定から6年……
大麻草危険論に端を発した母乳弾圧は、ここにきて苛烈を極めていた。
良心ある人達は「母乳を救え!」という声を上げ続けた。
しかし日本政府は強行体制を崩すことはない。
むしろ逆に、反撃に打って出たのだ。
潤沢な資金に任せ、過激な宣伝を打ちまくる。
〝 広告戦 〟と銘打ったキャンペーンを。
『NO麻薬。NO母乳』
『赤ちゃんに麻薬を飲ませるのか?』
『母乳やめますか?人間やめますか?』
雑誌や新書で母乳有害論を唱えるだけにとどまらず、官庁作成のポスターまで。
反大麻・反母乳の一派に、国家機関までもが支配されていた。
いい加減にしてくれ……
まともな人間ならうんざりするような現状に反して、世の中の反大麻・反母乳は加熱。
対する批判も繰り返されるが、それが報じられることは一向に無い。
「国のすることだから仕方ないよね」「母乳派にも悪いところはあるし」
こうなると、国全体をそんなムードが支配する。
「母乳解禁論者はみんな、女の乳房が見たい変態だ!」
ここにきて奇天烈なレッテル攻撃が、良心を持つ人間を襲った。
「母乳どうこうの話はどうでもいいんです!ただ、苦しむ人を無くしたい……性j化としてこのおかしな世の中を正したいだけなんです!」
国会で野党の上院議員が猛反撃。
なにをやっても御用メディアによりバッシングの材料にされる中、議員と国民の良心に訴える、政治生命を賭けた反論だった。
「母乳がどうでもいいのかよ!?じゃあ今まで何のために!?国会の邪魔ばかりしやがって!!」
それに対し与党は、あさっての方向に論点をずらす池沼論法で対応する。
屁理屈にもなってない論理……
しかし国民はそれに同調。
その後に行われた下院議員選挙で野党は壊滅し、母乳解禁の道は断たれた。
この国の人間はもう、母乳の有害性なんて気にしていない。
反対派を叩ければそれでいいのだ。
そのために多額の資金を投じてきた事実があるし、もう後には引けない。
では、その世論操作のためメディアを懐柔する資金はどこから?
なぜここまでして母乳を?
そういった疑問が生じる。
こうやって母乳を禁止して儲かるのは、製薬会社とその関連企業。
もう株価だって頭打ちだし、たかが粉ミルクの売上げ程度じゃ……にもかかわらず、これほど母乳反対キャンペーンをするのはなぜ?
そんな母乳派つぶしに奔走する連中の正体を、ジャーナリストたちが暴き出した。
この運動のバックには、資本家たちの企みがあった。
石油産業や製薬会社などの旧態然とした多国籍企業たちが、日本の反母乳運動に加担していたのだ。
大麻産業が振興してる国々では、彼らの稼ぐアテがないから、大麻を禁止し続けている日本に集まってきたという図式だ。
大麻の薬効が認められれば、麻酔薬やプラセボ薬が売れなくなる。
大麻の繊維が出回れば、プラスチック繊維が売れなくなる
嗜好品としての大麻を許可すれば、酒や煙草が売れなくなる。
こうした理由で先進国を追われた資本家の、購買力のある最後の狩場が日本だった。
これらの産業は何兆円市場だから、何百億もの資金を投じて行政を歪ませ、価値は十分にある。そう計算されていた。
起こるべくして起こった事態だったのだ。
テレビや新聞といったメディアは総スルー。
ネット世論は工作により完全にアンチ母乳に傾いていて、与党批判はタブーと化している。
日本国内でこの黒い関係を報じることができたのは、プレ○ボーイ誌や実話ナッ○ルズといったゴシップ週刊誌だけという体たらくだった。
「進行が早い乳がん対策のため、早期に乳房の切除を!」
立ちはだかる敵がいない状況で、調子に乗った連中はとんでもない手段に出た。
どうしても大麻草を悪者にしておきたい連中が、産業が大麻に取って代わられるのを嫌う連中がとった手段は……乳房を切除するというもの。
『大麻=母乳=絶対悪』という図式を確実なものにするため、乳がん予防を口実に、母乳を元から断つ作戦に出たのだ。
政策により10代20代の女性たちが連行されていく。
もちろん自発的に参加という形で。
「乳房を切除しないと大手企業に就職させない」……連中のいつもの脅し文句だった。
この多額の医療費を必要とする手術を、税金を食い物にしている医師たちは諸手を挙げて歓迎した。
病院に出入りするトラックの荷台には、胸の脂肪の塊が詰まったゴミ袋が満載された。
のちのブレストコースト(brestcaust)である。
「我が国は伝統的に乳房を重んじない」
「無乳は日本の伝統。東洋的な美」
「乳房は切除されるべくして存在する」
「乳房を潰す和服は、人類が次のステップに進化するための衣装」
「この迫害をチャンスと思って、日本人女性には輝いてほしい」
保守文化人はみな、持論をもって乳房切除を推進した。
この時の新聞の広告や電車の中吊り、平積みされた書店のベストセラーは、ほとんどが“乳房切除”に関するもの。
日本から母乳が完全に失われた。
■
それから数年後……
圧政にも負けず母乳を与えたい母親の気持ちを情緒的に描いた小説が、村上春樹に先駆けて日本人3人目のノーベル文学賞を受賞する。
長きに渡る抵抗運動が、ついに日の目を見ることに。
Free Tits運動。
一連の弾圧が不当なものであるとする抗議行動。
往来で乳房をまろび出し、衆目を集めるというものである。
全世界的なムーブメントとなる。
こうして日本の乳房に目が向けられた時、最初の弾圧から9年が経過していた。
その間、母乳狩りや乳房切除に関するニュースは、ロビー団体や圧力組織により握りつぶされ、まったく情報が無かった。母乳は闇の中にあった。
世界への情報の拡散を回避するため、どれくらいのジャーナリストが東京湾の魚の餌になっただろうか?
表に出てくるのは豊胸手術を受けたタレントばかり。誰も内情を知ることは無かった。
その間、日本は事実上の鎖国を続けた。
母乳禁止や乳房切除は、“福祉と衛生”という名目で容認され続け、誰も手がつけられなかった。
そんな数年に渡る暗黒時代も、もはや過去のもの。
医療の名を騙った惨状が白日のもとに晒された。
同時に、大麻禁止の日本を食い物にしてきた石油産業や製薬会社の悪巧みが明るみになった。
一連の事件の発端である『大麻と同じ成分が含まれる母乳を禁止すべき』と主張していた議員は、件の資本家たちに飼われてた忠犬だった。
バカのふりをして、バカなことを画策していた。
乳房切除の口実のため、乳がんを加速するホルモン剤を食料に多量投与。国内の乳がん患者を激増させる工作までしていた。
ご丁寧なことにホルモン剤を規制する法律を裏でこっそり変え、実際に乳がんの件数を倍増させる用意周到っぷりだった。
しかし、こんなのは氷山の一角。
終わってみれば出るわ出るわ。悪魔のようなたくらみが明るみになっていく。
今は調査チームが編成され、犯行の指示があったか、時の政権の責任が調査されている。
そんな中、資本家たちはたんまり儲けてドロン。
今のところ責任を取らされているのは、実行した末端……取るに足らない小物だけだった。
大麻危険論が母乳不要論にすり替わり、いつの間にか『母乳危険論』になっていた。
当事者である国民たちは論点のすり替えに気づかなかったのだろうか?
それが気づかなかったのだ。
日々の暮らしに必死な働きアリには、考える時間なんて無いのだから。
この件において、500万人以上の日本在住の女性が乳房を切除された。
恥と思い申告しないケースや、闇医者や海外で施術が行われたケースも含めると、1000万にのぼるとも言われている。
政治家、資本家たちの利益のため身体を傷つけられ……他でもない人生を弄ばれたのだ。
しかしこの被害者たちの声も「遺憾の意」の一言で有耶無耶にされた。
今回の騒動を招いた権力者たちに批難は殺到したが、その家族は
「私たちは親からもらった体に傷をつけたりしませんわよ?」
「もちろん母乳で育てていましたが何か?」
と悪びれる様子もない。
この件で母親とのつながりである母乳を断たれた日本人の精神に、母乳への執着が強烈に刷り込まれた。
その母性への渇望が乳房への憧憬を産み、文化が花咲く乳ネッサンス時代につながるのだが、それはまた別のお話。
………
了
………
来たるべき大麻と母乳のない世界 疎達川るい @shitle_aker
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