序章 第9話 黒い雨と○×△□ (終) 




疑うことをやめて信じてみよう…

愛とか希望とか正義とか

たとえば…そう、神様ってやつを───



×××


項目の内容のほとんどは、どう考えてもデタラメに作成されたものとしか思えなかった。

ただ気になるのは、これをあえて保存しておく価値があるものなのかというところ。

虚実であれば、強固なセキュリティで保護する必要性が感じられない…奴はまだ私に告げていない事があるのか?


『そこに保管された情報ソースは概ね偽装されたものだ。時間をかけて閲覧する価値など無いよ』


研究員はふとこちらを見て、タイミングを測ったように声を漏らした。


「お前は、何か知っているのか?」


問い返すと先程とは態度が豹変し、薄気味悪くニヤついた後にこう続けた。


『この研究機関の目的は明らかに異常だ。実在する人間の遺伝子を利用した超能力を持ったクローンの研究、ここまで人道に反した実験を世界の国際的な機関が静観するはずがない。』


「それは施設が高度な技術によって隠蔽されているからでは…」


『他の国が管理する衛星もまた旧世代のものとは違う。技術革新は何も合衆国だけを味方するわけじゃない。』


『我々はいつからか、すべての法を超越する超法規的な存在となり果てた。』


怯えた様子で狂ったように大きな声で語りだす。最後の言葉はたぶん私に向けての言葉ではなく、自身の心に言い聞かせるような既成観念の類だろう。

この男の末路もきっとこの施設がもたらした厄災の一つだ。


『もう…もう真実を知る者など居ない。否、居てはならないんだ…もうすぐ全ては無に帰る。』


ひどく落胆した様子でそう告げる。

妄想の領域であったのかもしれない、ただ少し不憫に感じたのか自分でも予想のつかない言葉が口からこぼれた。


「ここが失くなっても、お前の人生が終わるわけじゃない。

時間はまだある、どこか遠くへ逃げろ。お前にはお前を大切に思ってくれる家族や友達がいるんだろう。その人達を…悲しませるようなことはするべきではない。」


『そうか………。そうだな、あぁ君のいう通りだ。』


潔く腑に落ちた顔をして、荷物をまとめ始めた。

そう、こんな所で研究するような外道にも家族はいる…。

当たり前の事実なのに、それがとてもうらめしく、憎たらしくなった。


研究員は支度が完了し、部屋を出ようとした瞬間振り向いてこちらに何かを投げた。


  『…何かの役に立つかと思って取っておいたんだ。

              君ならうまく使いこなせるだろう゛E-3-72゛』


そう捨て台詞を吐いて研究員は足早に去っていた。

メモリーカードのようなもの、だが何が記録されているのか…時間があれば確認しよう。

取り急ぎプロトコルの解除を進めていく、そしてそれも最終段階に差し掛かった。


もう少しで、全ての房の開放が完了する。

開放を承認するためのダウンロードバーが100%になるまでの時間がじれったい。


(彼らは…私とは違って、今まで感情を抑制されてきた。とめどなく溢れ出てくる、悲しみや苦しみや怒りに飲まれずにいられるだろうか。。。)


思惑の中で漂流していると、奴から定時確認の通信が入った。


『状況報告を頼む、時間がかなり経過したが何か障害が発生したのか?』


「解析に手間取り多少の遅延が発生したが、予定時刻の範囲内だ。万事うまくいっている。特段伝えることもない。」


『そうか、なら良かった。実はこちらの観測している状況が少し変わった、そちらに───』


すると通信が途絶した。

状況が変化した…考えられるとしたら、モーリスとかいう男の干渉だろう。


完了まであと数%というところでディスプレイに突然、耳をつんざく警報アラームと共にシステムの緊急停止を促す文字列が現れる。

直後、管制室の扉が開き男3人がこちらに向かい尊大な様子で近づいてくる。

両脇にいるボディガード風の者の中心に立つ一際大柄な褐色の男こそ、恐らくは初代局長モーリス。

薄ら笑いを浮かべながら、見下すように口を開いた。


『うむ、惜しかったな。あと少しで仲間の開放が完了したのに。』


「最初から全部、お前のてのひらの上で踊らされてたってことか。」


怒りなどという可愛い言葉で収まるものではない、狂気のまなじりにらみ殺す。

正義の在処ありかを失った正論で人をかどわし、自らの保身しか考えられないような野獣けものどもを。


『君が、君自身の命をなげうつ覚悟があるなら私は容易に殺されるだろう。』


余裕ぶった表情で、私を挑発してきた。

施設に囚われた被験体達かぞくを人質をとって、優位な立ち位置にいることを利用して。


「この期に及んで…お前は何が言いたい?必要なことだけを話せ。」


『君と意見を異にするつもりはない。私も可能な限り簡潔に話がしたいところだ。曲解の余地がないように、端的に。』


施設突入前から感じていたまとわりつく不穏は、ついにその輪郭かたちを現し始める。


×××


「勘のいい君ならば、もう気がついているのだろう?テスラ=イーライ。敵国のスパイの事だ。」


「アレは、もう生きるべきでない。私としては1度終わったはずの命に現状を乱されては非常に不愉快なのだ。」


「お前も、アレに対して何らかの不信感を抱いたはずだ。複数の技能を初めから持ち、あまつさえ未来を予知するなど…あまりにも虫が良すぎると。」


(…確かに違和感はあった。本当のことと嘘が紙一重に言葉の中で成立していたという、感覚としての疑念だが。)


「計画の中での最大の失敗作だよ。私の失態、いや汚点そのものである。あんなものは生まれるべきではなかった。」


得意げに持論を展開するモーリスに問いを投げかけた。


『お前はもっと根本的な部分を見返すべきだ。技能の発現という現象のみを引き出し、倫理的な観点の生命としての存在価値を貶めてきた罪を。それらは神への冒涜ではないのか?』


笑いをこらえきれなくなったという様子で、口に手を当てるモーリスはこう続けた。


「神か……神様ねぇ……クククッ。生憎俺は無信仰だが、生命なんて所詮は神の道具でしかあらず、さすれば倫理、道徳なんてもんは気休め程度の先人の教えだろう?人は生まれながらに平等ではないのだから。」


「もっとも…それら気休めが君のように優秀な存在ドールの誕生を助長したのなら、それはそれで僥倖ぎょうこうというものだがね。」


(やはりこいつも、私を兵器として利用することしか考えてないか。)


『ならば、こちらから一つ聞かせてもらおうか?…この母体装置マザーコンピュータに記録されていた、最高権限を持つものにしか閲覧が許可されていなかった被験体のデータについて。』


「あぁ…それはここのマスターキーか。なぜ君が持っている…?それをどこで?」


『私の質問に答えろ。被験体に設定されている出生などについての情報は一体何なんだ。』


「それを話すには少し前置きがいる。」


「そうだなぁ……人間とは、様々な能力を秘めたものであることを、極めて痛感した事がかつてあった。異世界の探求にあたり、相応の戦闘能力、学習能力を持った個体を開発するのが我々の使命ってのはもう言うまでもないが」


「強力な個体を開発するにあたり、我々は2つの使命を同時に進行した。」


「より異世界に適応できる個体の開発という本分と、成功した個体を量産化させること。」


「その2つの研究はその後、どちらも同一の絶対的な壁にはばまれることになる。」


『……まさか……。』


「そのさ。強力な能力を持った個体の発現はということだ。人工的に生み出した偽物の人間にはどんな実験を施しても能力が宿らず、そして強力な個体は複製を行っても、能力は引き継がれないという事実だ。」


「つまり、もっとも効率よく最強の戦力を集める手段はただ一つ…」


『能力の発現が見込める人間を、世界中からかき集めること…。』


それは、残酷なことだった。

人として生きるという当然の権利を、善悪の判断もゆだねられず強制的に剥奪される。

記憶は書き換えられ、自分のこと、家族のこと等は当たり前に忘れ、ただ何かを倒すために特化した身体に再教育、再調整される。


『貴様らは…どこまで外道なんだ……。』


「地球という惑星を救うための唯一無二の手段なのだから、つまりこれは全人類の総意といって過言はない。君もヒトの子であるならば、その願いを叶えるべく我々にその力を還元し協力すべきだ。私が君の立場なら、喜んで世界へ命を献上するよ。」


その時、体内に内蔵されていた技能の制限装置リミッターが感情の増幅とともに機能を停止した。


『テメェらの都合を押し付けるなっつってんだろうが……!!!!!』


そして怒りが頂点に達した時、瞬間的に身体の中心から無尽蔵に物理的なエネルギーが湧き出てきた。

それは、今までに感じたことがない新たな力。辺り一面に充満した強大なプレッシャーは、すぐにモーリスをひるませた。


(なんだ……!?この力は……!?こんな技能ちからはデータに無かったはず……)


「ま……まぁ、そうカッカするなよ……。冷静になって話し合おうじゃないか。」


『真実を知る存在を許容するはずもない。お前は施設を丸ごと消し炭にして、全ての証拠を消し去るつもりだろう?だったらせめてお前もここで地獄へ道連れにしてやるさ。』


全身に力を込め、怪力フォースの発動を試みようと構えた時、突如原因不明の頭痛に見舞われる。


(ぐっ……なんだこれ……頭が……頭が割れそうだ……。なんだこの……。)


鈍い痛みが頭を這いずり回る、しばらくすると身に覚えのある、が再び私を襲った。


「やれ!!!苦しんでいる今が好機だ!!!そいつを捕らえて後頭部のスロットにフォーマットカードを挿せ!!もう一度、記憶を初期状態に書き換えろ!!」


黒服の男が2人、私に近づいてくる……。

それと同時に普段なら不快に感じるはずの感覚が、次第になじんできた。

限られた時間の切れ目の中で、私は膨大な数の他人の記憶と意思を目まぐるしい速度で内側に記録している最中であった。


(力を……貸してくれ……みんな。)


その記憶の断片たちが、浮かび上がる顔や声から施設の被験体のものであると分かるのにそれほどの時間は要らなかった。


×××


データにない力を目の当たりにし、咄嗟にプラン外の計画を独断で決行したモーリス。


(まだ我々の知らない何かが、この小娘には秘められているとでもいうのか……。)


その後E-3-72は、自我を失い、身に覚えのない感覚に呑まれていた。


『───白日エンプティ


静かに唱えられた技能は、定められた発動条件を満たし現実とは隔絶された、白く何も無い空間へと移行する。


「……ここは?どこだ……」


慌てふためくモーリス、その対面には不安定な体勢でまだ意識が宙に浮いたような様子のE-3-72。

そして、もう1つ別の方向に気配があった。


「ここは、様々な世界から切り離されて存在する特殊な空間。特異点と言った方がわかりやすいか。君たち人間の生み出す技能より何段階も先にある高位の能力によって作り出された所。」


声の主はモーリスをよく知る人物だった。


「テスラ……貴様か……。なぜ……ここにお前が……。」


「お前とは一度、腹を割って話したい事があった。そこにいるも交えてな。」


「娘……だと?」


その言葉に反応したのか、E-3-72は体を起こし声を出した。


『まずは事情を説明してもらおうか。不可解な事を全て明らかに。』


一呼吸おいてから、テスラは語り始めた。


「まずはとても重要な因子を理解してもらいたい。私たちが住む地球という惑星。その他にも知的生命体が存在する惑星や世界はそれこそ幾千と存在するということを。」


「そして私たちが大きな計画を抱き、逃れようとしている地球の終焉とは、本来自然な現象ということを前提に話を進めたい。」


『自然な現象?』


「そうだ。これから生まれる世界もあれば滅ぶ世界もある。それは辿るべき道を辿り、最終的に行き着くはずの運命だということだ。これは人間の手に負える規模の問題ではなく、神の手により差配さはいされるべき領域の話であると。」


「神の手だと?何を馬鹿なことを。」


「では、異世界ブラックアウトの正体、ワームホールの原理をどうやって科学的に立証する?

技能に関してだってそうだ、発現の法則は発見出来てもなぜ存在するのかすら地球人には理解出来ていない。自分たちが宇宙の頂点に居るとたかだか数千年思い込んだだけの私たちには、この世界の理論や方程式では解き明かせない謎が余りに多すぎるとは思わないのか?」


『じゃあ、仮に神が居るとして。神様は私たちに何を求めている?』


「何も。正確に言うなら私たちは生きているだけでいい。特別な才能や技能なんて不要だ。だがそれすらままならないから地球は滅びを迎えた。より進化し、発展した世界を作るため自然の産物を駆逐し、原初的な生活を破棄し、より良いものを作ろうとして星の環境や価値を変化させすぎた。」


「当然の事ながら資源は無限ではない。だから来るべき滅びを迎えようとしている。終わりの始まりがあの異世界との通路だ。滅びゆく世界は、成長を予想される世界へ吸収される。それは宇宙に太陽系があるのと同じくらい当然の帰結なんだよ。」


信じがたい、といった表情でモーリスは尋ねた。


「もしお前の言うことが本当だとしたら、この星の滅びは既に神によって決定づけられるということになるな。ならば、なぜこんな場所に連れ込んでまで事を俺に話す?計画ベータの無意味さを知り、速やかに諦めろなんて説教を垂れるつもりか?それとも生き延びるために異世界への引越し準備をしろとでも助言をしたいのか?」


『いや……違うな。私にはおおよそ想像がついた。』


『テスラに与えられた能力、つまり未来を視る事は、ともすれば事の結末を改変する事も可能な能力。あらゆる時間に様々な条件を当てはめることによって、本来はそうなるべき事象をねじ曲げる事も出来てしまうんだろう。』


一呼吸おいてテスラは続ける。


「私はこの地球が好きで、これからもこの星に生まれついた人々の作る歴史を見てみたい。その為だけに、これまで自分の全存在をかけて生きてきた。そして一縷いちるの光はあった。」



「───神の目を欺き、地球を存続させる方法が。」



一筋の希望は、とてもか細くそれでいて不安定だったのだろう。

相手は人ではない、軍隊でも兵器でもない。

神という、未知数な高次元の存在。


「そこでモーリス、お前にしか出来ないことを頼みたい。お前も地球を救うという目的においては私と同じだろう?」


苦虫を噛み潰したような様子で、否定を出来ないモーリスの姿があった。


「……俺の予測を超えた未来視の真なる能力ちからと、その口ぶり。断じて認めたくはない……が、貴様との因縁に決着をつけるのは、今でなくともいいだろう。」


「私だって、お前を許そうとは思わないさ。これまで散々仲間を殺された。一方的に役目を押し付けられた彼女の事もそうだ。互いに立場があり、すべき事も異にしてきたが一度、溜飲りゅういんを下げて共闘してもらう。」


すると着用していたロングコートの左ポケットから、小型の記録媒体メモリーカードをモーリスに向かって投げた。


「詳細な部分はそいつを見てくれ。この空間を解除したら、まずは施設と港近くの兵を引き、監視体制を停止させてもらいたい。

後に我々は2名で異世界へ渡航ダイブを行う。」


×××


───輸送機内にて


『【空白エンプティ】という固有の隔絶された空間を形成する能力の発動、施設内にいた被験体の能力の強制的な奪取、そして何より身体の内側から横溢おういつした力の正体。』


『それらについても、あなたの筋書き通りか?』


神妙な面持ちで、輸送機を操縦する彼女にたずねる。


「本来、技能の獲得数は1個体につき1つと相場が決まっている。君のような例外を除いてだけどね。【空白】は今後、君に発現するはずだった技能を少し早く引き出しただけの事さ。」


『複数の技能保持者スキルホルダーであることは、異例であると先刻言っていたが…あなたの遺伝子が何か影響しているの?』


「私はどちらかと言えば、平凡な方さ。私の場合は無理やり技能を詰め込まれた所謂いわゆる造りもの。当時の私の恋人、あなたの父親にあたる人が元々所持していた【心眼ヴィジョン】と【千里眼フォーカス】を継承したに過ぎない。」


『……お父さんか。まだ自分が人間だって実感すら沸かないけど、それでも怒ったり、悲しんだりするのが人間らしいってことなのかな。』


少しずつ変化していく夜明けの近い空の色が、心を感傷的にさせる。

埋めようのない寂寥感せきりょうかんに身を委ね、輸送機は力強いエンジン音を掻き立てながら、順調に目的地へと進んでいく。


「力の横溢……君の身体の中からみなぎっていたものは、技能とは違うまた特別な才能の1つ。それは言葉では説明するのが困難だが、あの時のように君の周囲にいる者達へ様々な効果を与える。恐怖や憎悪といったマイナスの要素や、期待や願望といったプラスの要素…そして時として技能の効果を大幅に増幅する事すら出来てしまう、可能性を秘めた力。制御するのは容易ではないが、使いようによっては君を救ってくれるはずだ。」


『あんな事があって、想像もつかないことだらけで今はまだ、自分がどうなっていくのかも分からないけど。それでも私は…テス───』


『いや、…に感謝をしている。』


少し恥ずかしそうに、それでもしっかりと相手に届く声の大きさで口に出した。

すると、機体は大きく上下に振動した。


「や、やめてくれいきなり……そんな事を口にされては……困ってしまうな。」


言葉とは裏腹に、テスラの表情は嬉しそうに見えた。


「それより、被験体達とは何か話せたかい?」


『いや……心神耗弱こうじゃくに近い状態の人が多かった。中には会話の成立する人もいたけど、やっぱり施設の研究に対して抱えていた不安を口にする声が多かったよ。』


「それは、そうだろう。だからこそ。死んでいった者達の生命も背負って、私たち含め今を生きる者達が平和な世界を実現するという人類の宿願を叶えなければならない。」


『散っていった生命を……無駄な死にしないために。』


×××


───合衆国『β』推進議会総本部にて


「ですから、何度も申し上げたでしょう?モーリスのような老害は計画から排除すべきだと。」


「確かに…。いくら【完成品ドール】を生み出した功績があると言っても、あまりに時間と労力を浪費し過ぎた。」


「もっと議会を中心として効率的な方法を思案すべきだったのでは?」


「議長、最終議決を。我々も寛容に待ち構えるだけでは、事態は悪化する一方です。」


「よろしい。では、これよりβ推進議員 モーリス・ノーマンの処分の最終議決をり行う。」


×××


その後、輸送機は被験体を然るべき機関に搬送してから無事にメキシコ沿岸部、マサトランの指定座標へ着陸した。


長時間よる作戦のため疲労は蓄積されていたが、着実に【計画γ】は成功のきざしを見せていた。


「機内後部の更衣室に、異世界での君の標準装備となる戦闘着バトルドレスが用意されている。それに着替えてしばらく待機していてくれ。」


『わかった。』


扉を開けて、更衣室に向かおうとした瞬間


「それから…」


『?』


「いや、何でもない。忘れてくれ。」


『なにそれ…へんなの』


クスッと笑いながら、足早に機内後部へと向かった。




頑強な構造の機内は、戦闘用に改造されたものと思える。備え付けの武装は貧弱なものだが防御力の高い装甲を身に纏って、ある程度の火器などでは破壊が難しそうだ。


更衣室の扉を開けて、半開きになっていたロッカーの中には大きめのジュラルミンケースが入っていた。


持ち歩くための取っ手両脇に付いている留め具を解除し蓋を開けると、マットブラックが基調となった戦闘着が入っている。


蓋側には小型の画面が埋め込まれていて、触れようとするとホログラフが空間に投影された。


人型のホログラフは、自動音声で着用方法や機能についての説明を開始していたが、それらを聞き流すようにしながら衣服を脱ぎ、戦闘着へ着替える。


【───ガイダンスをもう一度お聞きになりたい場合は、画面右下のメニューを押下し……】


着用後に、スーツに内蔵された通信装置からテスラの声が聞こえてきた。


「着心地はどうだい?サイズはピッタリだろ?」


『少し胸のあたりがキツイけど、概ねは良好。』


「オッケー、機能説明についてだがまず主体のなるのがエネルギーの変換システム。それは君がいる環境に存在する熱や光などのエネルギーを自動的に、技能発動に伴うエネルギーへ変換する仕組みだ。使用や発動は自動化されているのでただ着ているだけで大きな効果が期待出来る。」


「あとは補助的な部分だ、肉体にかかる負担を軽減する調整装置バランサー、内蔵された通信装置デバイス傍受ぼうじゅされにくいように高度に暗号化されてある。そして言語の自動変換装置。これもその戦闘着を来ているだけで、あちらの世界の言葉を自動訳してくれる。会話は問題なくそれを通じて行うことが可能だ。」


「あとそうだ、忘れてたけど。あっちの世界で効果を発動したい時は【詠唱】が必要になる。君の保持する技能の名前を、実際に口に出さないと発動は出来ないから注意してね。」


『相手にこちらが不利になる情報を、与える機会を作りかねない…という事ね。』


「そういうこと。そして技能名の前には特定の符号を付ける必要がある、地球における他世界への干渉する時に必要な符号は【EXスキル】発動時には気をつけてね。」


『了───』


言いかけた瞬間、地面が大きく揺れた。

大規模な爆発と思しき轟音はその直後に耳に届く。運悪く近場に無差別攻撃が発生したとは考えがたい。


「機体に損傷はない、ひとまず相手の出方を伺うとしよう。奴らにとっても君は重要な完成品だ。威嚇に違いないだろう。」


「外の状況を確認出来るモニターが操縦室にある。悪いが待機を解除してこちらに取り急ぎ来てくれ。」


『了解!』


高鳴る鼓動は、恐らくは計画の最も鬼門となる箇所への不安を直感するものであることを身体が感覚として理解したのだろう。


操縦室につくと、機外の様子を確認するテスラの姿があった。


「まずいな……やはりこうなったか。」


400名規模の精鋭大隊を引き連れ、現れたのは1人の男。米合衆国国防長官イニアス・アレクシス。そして隣には拘束具で身動きの取れない状態のモーリスが居た。


そして、音声を拡張する機材を用いて、イニアスはこちらに語りかけてきた。


「───地球が滅ぶなど、馬鹿をいうにも程がある。そんな戯言ざれごとを並び立て、国家の転覆を計画している事は容認し難い事実だ。」


「テスラとか。確かそんな名前だったな。未来を予知する技能か。仮に予知が絶対のものだとして。それでもなお、そんな予知すらも通用しない巨大な物量と戦力を前にしたらどうかね?」


「我々の大いなる目的は、ただ一つ。人類の更なる進化において他ならぬ。それに反旗を翻すとなれば、貴様は全人類に弓引く存在である。それは断罪すべき大罪だ。ここで直接裁くべき対象となる。」


「だが、我々も鬼ではない。出来れば戦火など望まぬよ。1度だけ交渉の余地をやる。平和裏に事態が収束することを期待している。しかし返答によっては…言うまでもあるまい。」


×××


『武力での弾圧…相も変わらず、狭隘きょうあい極まる者達の結論だな。』


「かつての米国にあった、自由国家とは程遠い圧政。主義も行動も監視され時と場合によって抹殺される世界。招いたのは他でもない私達、大人だ。」


「大人のケジメは、大人が付ける。後のことは私が引き受けよう。」


そう何かを悟ったような顔をしたテスラは、もう一度外の様子を確認する。

すると、交渉役となる男が選定され輸送機の出入口に近づいてきた。


「交渉に適役が居たのでな。特別に連れてきた。よく彼の話を聞くといい。しかし返答には時間制限を設けさせてもらう。次の仕事に遅れが出てしまうからな。」


出入口を解放すると、よく知った顔の因縁浅からぬ男が機内へ入ってきた。


「随分とやつれた顔をしているじゃないか。殿。」


「…立場が逆転したな。あらゆる指揮権の剥奪と計画の推進議会からの強制除名。今はもう何も持たぬ一般人ということになる。」


咳払いを1つすると、モーリスは自身に課された仕事を始める。


「交渉完了、つまり返答を聞くまでに指定された時間は5分。条件は、武装解除をし速やかに投降すること。全ての検査を終えて不審な点が見られない場合は、人権を尊重し最低限度の生活を提供する。」


『また監視付きの息苦しい部屋で……か。断った場合はどうなるのか。』


モーリスの拘束具の構造について調べていたテスラが続けて話す。


「身の安全を保証する気はないか。なるほどね、モーリスの拘束具の中には爆弾が仕込まれている。」


「さて……どうするかね。もしもの時は、君だけでも───」



テスラが言いかけた瞬間、モーリスは口を開いた。


「…人を人たらしめるもの…それを俺は長らく忘れていた。心の在り方を自分の意思で決めることが出来ること。地球の生態系の中で人間だけが持つ特権。危機的な状況に陥って、全てを無くして改めて考えることが出来た。だが気がついた時はいつも少し遅い。」


「地球を滅びの手から救いたいという、その方法が。テスラ。お前の手腕にかかっているというのであれば、死に体の私を上手く使うといい。」



「モーリス……覚悟は出来ていたという事か。」


×××


「時間だ、返答を。」


すると、出入口は開いた。そしてモーリス、テスラ、E-3-72の3人は列を成して国防長官イニアスの元へ歩み寄ってくる。


「ただいま帰還致しました。イニアス長官。」


「ご苦労だったなモーリス。では死ね。」


イニアスが懐から出したリボルバーが、モーリスの眉間に向けられるその刹那の隙に、銃を奪取したのはテスラ。

そしてE-3-72は、その直後に技能を発動させた。


『──怪力』


力を込めた両手拳を地面に全力で叩きつけると、地響きと共に周囲には広範囲な土煙を巻き起こす。


周りの兵士は装備していたゴーグルの暗視モードを起動するが、どのポイントから見ても人影が重なるように位置取りされていたため、不用意な発砲をする事は難しかった。


土煙が収まると、テスラとモーリスはイニアスを盾に人質のような陣形を取った。


「さあ、ここは大人に任せて君は先に行けッ」


『それじゃ……討ち死には免れない。始めからそのつもりだったの!?』


この時、テスラを後ろから見ていた私には、彼女が泣き顔をしていることに気がつくことが出来なかった。


「後から必ず追い付くさ。この状況を上手く切り抜ける!なに、やりようは有るさ。」


敵は指揮官を失い、一時的に部隊行動が乱れていたが増援を要請し、さらなる戦力が集結しようとしている。

時間的な猶予ゆうよは、もう皆無に等しかった。


「最後に伝えたいことがある。私が持っていた3つの技能も実は君への譲渡は完了している。今後はそれを上手く使うといい。行動はとにかく慎重さを失わない事がキモだからね。」


「あとは……そうだ。君の名前についてだ。君のお父さんと私で決めた名前がある。

君が生まれた時に、庭一面に咲いていた黄色い花から取った名前、。君の本当の名前だ。」


『マリー。とっても素敵な名前だ……ありがとうお母さん。』


目に沢山の涙を浮かべながらそう告げると、マリーは潜水艇のある方へと反転し走り始めた。


(お母さん。必ず……必ず生きて会おうね。お父さんがどんな人だったのか、その時はたくさん聞かせて欲しい。)


その後、潜水艇は順調な進行でマリーを異世界へと運んでいった。

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異世界に転生してきたやつ全員ブチ〇す ヤマダ天気 @Yamada-tenki

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