序章 第8話 黒い雨と○×△□ (4)




───それでも前へ



×××


『───以上が【γガンマ】の全てになる。決行は2時間後とするよ、では仮眠をとって休もうか!質問は?』


「はい…概ねは理解しました。が、この計画【γ】にはもの凄く重要な部分が抜け落ちているように思うんです。」


『まぁ君の危惧きぐは分かる。だがね、よく考えてごらん。私だって流石に見えないものの情報を得ることは不可能だ。』


彼女の計画は、まとめるとこうだった。


①早朝の物資搬入時にまぎれて施設内部、管制室に侵入。(パスコードは用意済)


②私の持つ特殊技能【吸収ドレイン】を使い、施設で管理されている被験体仲間たちと彼女の能力を引き継ぐ。


③施設にある小型輸送機で被験体達を安全なところへ移送し、私とテスラでメキシコの沿岸部マサトランに行き、手配してある潜水艇で渡航ダイブ


④あとは二人で頑張って資源、技術を回収し持ち帰る。


1番の重要事項が、あまりにも杜撰ずさんじゃないか…

いくらこちらの世界の常識が通用しないからといって、これでは第4派遣隊の時よりもひどい状況になりかねない気がする。


『既存の計算や経験を超えた革新というのはどんな時代にも突然に生まれ、そして瞬間的に世界を変えてきた。君の特殊技能スキルはまさにその類の代表例ともいうべきものになるだろう。』


『それほどにその能力は凄い……私の技能ですらその全容が全く見えてこない。

まるで、この世ならざるもののような力を感じるよ。』


「私の技能は奇跡の産物。科学では解明できない異形な力…そういうことになっています。そういった意味では確かに今回の任務における適役というのもうなずけます。」


【特殊技能 吸収】

他者が持つ特殊技能を奪う事が出来る能力。

再現ではなく完全なる奪取であるため、オリジナルの技能所持者は能力を失う。

保有できる技能の数に際限はない(理論上)

奪うといってもオリジナルの技能所持者が能力の譲渡を認めなければならないという制限がある。


「正直なところ、とても後ろめたいのです。どんな理由があったとしても、私は彼らを置き去りにして逃げ延びてきた。その事実は変わらない。」


「その事を踏まえて、彼らは私への技能の提供に賛同してくれるでしょうか?

それに何も持ちえず生かされてきた者にとって、これは唯一の存在証明ともいえます。

同じ環境に長くいたから分かるんです。

もし施設から出たところで社会に適応できない彼らが、力もなくどうやって生きていくのか。その保証や根拠を明確にしていただきたいのです。」


『彼らの今後の生活については、私の最も信頼できる人達に任せる。

特別な事情で社会に適応できない人は案外いるもの。そういった人たちの自立を手伝う機関を私財で設立したんだ。そこでは戦闘教育も差別もない、身分が無くてもみんなが平等で平和に暮らせる場所だ、私を信じてくれ。』


『そして君は自身の行動を包み隠さず、正直に打ち明けたまえ。他でもない、君の頼みならば彼らはきっと───』


テスラは話の最中に、体力の限界がきたようだった。

ふと見つめた彼女の表情には険しさは感じられず、憑き物が落ちたような優しい寝顔をしていた。

背中に毛布をかけてアラームをセットして、私は眠る前に夜風にあたりたくなって外へ出た。

どこまでも続いている空を見上げる。今では環境の汚染により星もうまく見えない。

けれど僅かに瞬く煌めきが埋め尽くすこの空も、もう見ることが出来なくなると思うと特別なものを目にしている気分になった。


×××


現在時刻は、西暦2820年11月7日 午前5時21分。

天気は快晴。気温は摂氏4℃

秋も深まり早朝はかなり冷え込む。


『調子はどうだい?』


耳に取り付けた通信装置デバイスからノイズ混じりに彼女の威勢のいい声が聞こえる。

朝から元気なものだ。こちらも気合を入れなければ…という気にさせてくれる。


「搬入口から約400mの岩陰に待機中。これ以上の接近は敵警戒網にかかる可能性あり。視界は良好、搬入予定時刻まであと8分ちょっと。」


『了解。すまないね、現場に行けなくて。でも不測の事態でもこの山小屋から全力でバックアップするから安心して!』


「それで充分です。実行は1人のほうが都合がいい。」


『頼もしいね、さすがはエリートちゃん。現場でのとっさの判断は君に一任するよ。』


事態が大きく変動しようとしている。1秒がこんなにも重苦しい単位に感じたのは

今まで生きていた中で初めてかもしれない。

歴史の変わる瞬間というのはこういう気持ちになるのだろうか。


『周囲の様子に変化はないかい?』


「物資の輸送用と思われる中型輸送機が接近、距離と速度から搬入まであと6分ほどと推定。」


『携帯式光学迷彩布ステルスフードを起動準備し、その場でもうしばらく待機だ。』


私が現在、所有する技能は3つ。

うち2つは実験の過程で強制的に入れられたもの『怪力フォース』と『解析サーチ


どちらの技能も、その名の通り筋力と演算能力を超常的に上昇させる効果をもつため

シンプルながらに腐らない能力。

だが私は、自分の意思でそれらの能力を使うことを避けてきた。

それは彼らの存在意義を保つためでもあり、そしてもうひとつ決定的な理由わけがある。


『よし!迷彩布を起動・着用し、指定座標Aまで移動開始!』


その掛け声の後すぐに指定座標に向かうが、接近する輸送機にただならぬ違和感を感じた。


「まて、テスラ。輸送機の動きが妙だ、着陸の気配が感じられない。」


するとすぐに耳元に、聞き覚えのないトーンの壮年の男の声が聞こえてきた。


「久しぶりだね、今はテスラ・イーライと呼んだ方が都合が良いかね?」


『その声は……モーリス。あなたがなぜ……』


モーリスという名の男は、大仰そうに語りかけてきた。どうやらこちらの様子を把握していたらしい。


「なに、驚くことじゃないだろ?俺もこの瞬間を君たちと同様に待ちわびていたのだから。初代局長として今も施設の権利には少なからず関わっているのだよ。」


テスラの様子からして、演算した未来予測が期待とは異なる結果をもたらしたようだ。


「無謀な挑戦というのは、時に身を滅ぼす。命が惜しくば引き下がりたまえ。これは脅しではない。全ては君の不完全な未来予測が招いた正当な結果だ。」


『計画に変更はない、作戦は続行する。』


『敵も仲間も依然、その施設の中にいる。見捨てる事など出来ない。』


「なるほど、あくまで立ち向かうと。ならば1ついい事を教えてやる。なぜ君たちが施設に来ることが分かったか。未来予測、いや観測と言ってもいい、完全なる能力の開発に成功した。」


「君の持つ不完全な未来予測とは違う。この意味を少しは考慮して来たまえ。もしここまで来られたら少しは遊んでやるさ、あの時のように。」


そこで通信は途絶えた。

初代局長モーリス、先だってテスラの話に名の上がっていた恐らくは、因縁浅からぬ者。

彼の存在に、言動に、明らかに動揺している感覚が彼女の声から伝播してきた。

それでも無理矢理に声色こわいろを変えて、冷淡に次の行動の指示を行った。


『君も知っての通り、第1ゲートと呼ばれる最外部に位置する外郭がいかくは、マスターキーでも外側からは解錠が不可能な仕組みになっている。重ねてモーリスの司令で、輸送機は恐らく引き返していくだろう。その前にを撃墜して、外郭に風穴を開けろ。そこから侵入をしよう。』


「テスラ…あの輸送機。中身は本当にただの消耗物資なの?定期輸送にしては規模が大きい気がするし、何か嫌な予感がする。」


拭いきれない違和感をもう一度問いただす。

しかしテスラは強ばった声で、再度指示を強調するばかりだった。


『さっさと破壊しないか。それしか方法はないと言っている。』


指示通り輸送機のジェットエンジン部を、使い捨て高出力レーザーキャノンで貫く。

命中した後にバランスを崩した船はそのまま外壁に激突し、大きく爆発した。


『急げ、こうなってしまっては私の用意した手段もどこまで通じるか分からない。

モーリスは私以上に周到で慎重な男だ。』


エントランスに向かう途中爆発した輸送機内から吹き飛んだコンテナの一部が目に付いた。


ふと足を止めて辺りを見回す。

周りには、およそ人間のものと思われる焼け焦げた片腕や頭部、内蔵などが大量に飛散していた───


「なんだ……何なんだこれは。予測が外れた……で済ますつもりか。答えろテスラ。」


『ああそうだ。計算に誤りがあったようだ。だがもう今さら作戦を構築し直している時間はない。きみは指示に従い任務を続行したまえ。』


「…アンタは違うと思ったのに。結局はクソッタレな施設の研究員と何も変わらないのか……」


『いいのか?悠長におしゃべりしていて。監視ネットワークに貼り付けたダミーソースが効果を発揮するのも時間に限りがある。モーリスは利口な男だ。監視委員、大元の合衆国に事実がバレたら、もう彼らを救う術はないぞ。』


やりきれない感情をむりやり心の外殻なかに押し込んで、歩を進める。

今は成すべきことを完遂する事だけを考えようとした。


×××


『渡したマスターキーで施設内のあらゆるセキュリティはパススルー可能だ。地図は事前に渡したもの通りの構図になっている、いち早く管制室へ向かってくれ。』


特殊武装した部隊が、広い通路上の行く手を阻む。その数は20~30人ほど。

通路に壁や物は一切なく、集中砲火を受けたら即死を免れない状況だった。


『そいつらは──』


テスラの緊急の指示に耳を貸さず、もはや誰も信じないという考えのもと行動選択は1つの答えに辿り着いた。


「黙れ。生殺与奪は私が決める。アンタは黙って、必要最低限のオペレーションだけすればいい。」


なりふりは構っていられない。ここは仲間から借り受けた技能を発動させる。

小さく唱える。『怪力フォース


筋力ステータスは異常なまでに増長し、敵が発砲してきたその9mm弾丸バレットの嵐を床や壁からめくりあげた鉄の壁で防いだ。

金属などの剛性の高い物質を、まるで紙くずのように丸めて、高速で投げ飛ばす。

被弾者はその攻撃に対応する時間なく、選択肢を消され次々と葬られていく。


『───ぐっ…………ぁぁあぁッ』


奪った能力を使う時に必ず起こる副作用。

それは記憶の流入。

オリジナルの所有者の、生前の思い出が頭の中に駆け巡る。

喜怒哀楽の全てが膨大な情報量で海馬を支配する。


(.........自分だけが不幸なわけじゃない。みんなが、それぞれの尊厳を踏み躙られて生かされている。もうここで断ち切ってやる。絶対にみんなを救い出す)


多量の屍を踏み越えていよいよ管制室へ到着した。

重厚な鋼鉄製の扉のロックを解除し、中へ入る。

そこからはマジックミラー越しに房が管理された空間を一望することが出来た。


最新鋭の設備と共に整頓された机がいくつも連なっていたが、座っているのはただ1人。実験の度にここの研究者の顔は見ているが、過去のどれとも一致しない顔だった。


「他の連中はどうした?」


『もうみんな一目散に逃げたよ……この後に起こることが恐ろしくなったんだ。君もこんな所に居ない方がいい。

今逃げれば、間に合うかもしれないよ。』


「恐ろしいこと…か。私が最も恐ろしいのは、払拭できない後悔を背負い続ける事だ。」


狼狽した研究員をよそに、房で管理されている仲間たちを解放するため、マザーコンピュータと思われる装置からシステムネットワークにアクセスする。

ここから閲覧、管理できるのはこの施設における全て。


当然、各研究員によって操作可能な範囲は異なるが、彼女から受け取ったものを使用することで、あらゆる権限が解放される。

特殊な形状のカードスロットにマスターキーを差し込み、権限を更新してからもう一度ログインすると、現在の施設全体に及ぶ損壊状況やガラスの奥の者達のステータスが表示された。


急いで棺を解除するための作業に取り掛かる。

高性能な容器を維持するのは1つのプロトコル。

プロトコルは、様々な制御を棺の使用者に強制するもの。例えば活動の制御、思考の制御、時間の制御など、被験体ごとに最高の結果ポテンシャルが発揮できる状態を保持するために構築されたルールだ。


プロトコルの実行を取り消すために、囚われた全員を選択し操作を進めるとERRORエラーの文字がモニターに表示された。


※空白の情報が選択されています

該当する情報を確認し、情報の修正を行って下さい※


該当情報のポップアップを開くと、私自身の情報が出てきた。

削除済みという変更された箇所を一瞥し、下へスクロールすると目を疑うような事が記載されていた。


「───どういう事だ.......?」


そこには施設によって生み出されたはずの私に、出身国、名前、性格といった情報が項目ごとに記されていた。

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