序章 第7話 黒い雨と○×△□ (3)




きっといつか雨はむ、たとえそれが今でなくとも───



×××


これから死を迎えるつもりでいたのに。


私が居なくなった施設ファクトリーで次の候補の選別が始まり

適正判定外、出来損ないのレッテルを貼られて抹消デリートされる多くの仲間に謝りながら、野たれ死ぬはずだったのに。


この人は、私の持つ全ての運命を変えてしまうような事を言った。


仮にそんな都合のいい事を彼女の提案プランで成し遂げられるとしても、容易ではないはずだと思った。

もしかするとそれは、死よりも過酷な条件付きの道程みちのりかもしれない。


それでも一度、現状で考えられる最大限の絶望を覚悟した私にはもう何も恐れるものなど無かった。


×××


───同時刻 研究施設内にて


「おい、なぜE-3-72の爆弾を時限性起爆方式タイムタイプではなく指定範囲外起爆方式エリアタイプに変更したんだ?」


「局長の判断だよ。脱走を試みたの行動を分析することによってデータを研究に役立てるとかってのが、費用の割に合わなかったとかで今回の被験体モルモットから廃止にしたんだ」


「カネ、カネ…って全く、厳しくなったよなぁ。昔はもっと寛大に資金援助してくれる所も多かったのによぉ」


「まったくだ。最近じゃ合衆国ステイツ勅命ちょくめいで来るCIAラングレーの定期査察のやつらからも、まだ出来ないのかーなんて小言が聞こえてきやがる。」


「ほんと勘弁してくれって感じだよな…こっちだってこんな墓みてぇな場所に閉じ込められて四六時中モニターと睨めっこ、頭がどうにかなりそうだ。」


「合衆国は、本当に信じているのか?の成功を」


「成功しようが、失敗しようが、いずれにしろ先に待ってるのは戦争だ。

結局は資源や技術を奪い合うための闘争に勝利するため、既存の兵器を凌駕りょうがする戦力が必要になる。」


「過去の世界大戦から学ばないな、人類は……。゛歴史は繰り返す゛とはよく言ったものだ。」


「少なくとも、【完成品ドール】が俺達の命運を握っていることは確かだ。

俺達は、たとえ愚者であっても、敗者であることは許されない。」


「ったく、泣けるぜ…」


×××


小屋の外からは轟々ごうごうとさらに強い雨風のサラウンドが聞こえてくる。

そんなのは、まったく気にしない様子で彼女テスラは話を再開した。


『さて、では今から君に英雄ヒーローになってもらうための計画の概要を説明する。今の時点でなにかきたいことはあるか?』


『あの…のんびり珈琲コーヒー飲みながら話してて大丈夫ですか?土砂にのまれてあの世行きっていうのは、さすがに笑えないんですが…』


すると彼女は大笑いした。

一番肝心なことを始めに話忘れていたと言わんばかりに、口を動かし始めた。


『ここの山小屋は崩れないよ、大丈夫。私が強運なのもあるだろうけど、それとは別に確信できるだけの理由がある。

君をこれから納得させるための重要な要素たりえる理由がね。』


「それは、どんな理由ですか?」


『よくぞ聞いてくれた!

私も実のところ合衆国生まれなんだよ、まあ君は頭がいいから既に名前から察していたりするかもしれないがね』


「それよりも…気になったのは首筋の左側面、手術痕のようなものがありますよね?それってもしかして…」


『つまらないジョークがついて出るのはアメリカ人の悪いクセだなぁ全く。

そのとおり、私も君と同じ。施設での被験体として過去に扱われていた者だ。』


「つまり…脱走の前例というのは、テスラも含まれるのですか?」


『残念ながらNOだな。私はあそこを脱走した経験は無い。』


「では、どうやって自由の身に?」


『まずは話を一旦戻そうか、私のもつ特殊技能スキルについて明らかにしよう。』


『私のもつ技能は大別すると3つ。どれもに関する能力だが簡潔に伝えると、゛偽りを判別する能力゛、゛真実を見定める能力゛、゛情報を可視化する能力゛だ。』

『このうちの、情報を可視化する能力【千里眼フォーカス】と真実を見定める能力【心眼ヴィジョン】を発動させることによって少し先の結果が分かるようになる。』


「それが本当なら、つまりは…見たものの未来が分かるということ?」


『そのとおり、そして技能の本質を理解し練度れんどが上がっていった今の私は、判明した未来における映像からも情報を拾い上げそのさらに先の未来を拾得できるようになった。』


間違いない。

いま目の前に彼女が偶然ではなく、必然的にここへ辿たどり着いて私を待っていたことも、そしてこれから先の事を予見して話していることも、賜物たまものということなら合点がいく。


「すごい能力ですね…正直驚きました…」


『昔は散々おだてられたものだ。今度こそは計画は成功を納めるだろうと、当時の局長も鼻を高くしていたかな。』


「計画とは、私達のような被験体を生み出し、来るべき資源争奪戦にむけた準備を急ぐことですか?」


『それは表向きの通説にすぎない。ここからは君の未来に関わってくる話だ。今もあの忌々いまいましい施設の運営が継続しているのは、合衆国が扇動する大きな計画の完遂のためだ。』

『計画の名は、【βベータ】。合衆国が保有する最高機密トップシークレット異世界ブラックアウト】の探索、調査、資源と技術等の回収任務のこと。それらを実行できる見込みのある執行者エージェントの開発と実験があの施設で行われている。』


「異世界…まるで御伽噺フェアリーテイルのようですね。」


『あながち間違いでもないさ。異世界では、魔法マジック科学サイエンスよりも発展していたし探せば火を吹くトカゲもいるんじゃないかな?』


「行ったことが………あるの?」


『私は当時まだ異例の、複数の技能所持者スキルホルダーだった。

今よりも試験も緩かったんだと思うけど、難なく最終試験を合格した私は晴れて異世界調査の部隊に配属された。この時から自由の身だったかというとそうでもない。』


『中米海溝に存在する、異世界への入り口へ特殊部隊と共に潜行した。私が行ったのは公式の記録だと4回目だったはず。

そんなふうに施設での試験を全て合格した者は、完成品ドールと呼ばれ異世界の探求を命じられるってわけさ。ここまでを聞くと存外に悪い話じゃないだろう?』


『ところがそう上手くは行かなかった。第4派遣隊で私を含めた総勢320余名のうち、生還できたのはたったの1名のみ。』


「それが…あなただったってこと?」


『ピンポーン!現実は厳しいってことだね。私は自身の生存本能に従ってすぐさま帰還した。

これは少々傲慢ごうまんかもしれないが、私の能力がなければ恐らく今後の計画を遂行することは難しいだろうと判断したの。』


調査報告書レポートは、現場の指揮権利を持つ部隊長リーダーの頭脳と共鳴リンクした装置デバイスを通じて得られた情報を元にフィードバックして作成されたもの。

ただ、会敵エンカウントが不運にも早すぎたんだ、しかもおまけに敵の強さは私達のよく知る外見とは裏腹に、桁違いのものときた。』


『この時のために訓練を積んできた合衆国の特殊部隊が、小さいわんこの群れに襲われて壊滅した事実。

その後存在すらも猜疑さいぎの対象になった幽霊部隊スペクターとして有名な、第4派遣隊の調査報告書はほとんど白紙ブランクの状態で国防総省ペンタゴンの執務室に眠っているとか、いないとか。おっと、この辺は余談だった…すまないね。』


ここまでで既に…ものすごい規模スケールの話だ。

ここではない世界を基点とした、この惑星ちきゅうを再生するための計画【β】

科学よりも魔法が発達した世界…不気味で私の常識からは想像のつかない風景がそこには広がっているのだろう。


『そして、この失敗が及ぼした影響が大きかった。

過去4回にわたる渡航の惨憺さんたんたる結果を改善するべく、特殊部隊の編成方式は独自に発足した戦闘育成機関から選別されることに。研究施設も、より強力で効果の見込める完成品を生み出すため、段階フェーズの評価方法や審査基準を大幅に改定した。』


『いうなれば、人智を超えた奇跡が起こることを盲目的に信じながら、無数の屍をにえにして歩む選択をした。ってところかな』


「大義のためなら、オーガにでもなると………。結局は自分たちの都合のいいように事を運びたいだけじゃないか………そのための苦痛いたみも被らずに。」


怒りや憎しみや…そういったネガティブな感情が滾々こんこんと湧き上がる。

ただ一方的に犠牲としての役割を押し付けておきながら、自分たちは平然と国民の前では正義を語る悪人ども。


たかだか人間が神にでもなったつもりか…。


『認めさせるんだ、今生きている被験体わたしたち全員の力を。

私の立案した計画プロジェクトは奴等への報復でもある。奴等の力など借りずとも、私達人類が争わずに済む平和な世界へ変革させる。』


『そしてその算段はもう整っている。計画の名は…とりあえず【γガンマ】とでもしておこうか。』


そう語る彼女の表情かおは、自信に満ちあふれていた。

合衆国の力を借りずに、日の目を見ることなど無かった被験体が、世界を変革させる。

あまつさえ生命いのちとして扱われたことの無い私達が。

この時は、期待と不安が入り混じり、胸の奥から聞こえる鼓動は逸る一方だった。

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