序章 第6話 黒い雨と○×△□ (2)




───わずらわしい


そんな風に感じていたこの雨は、

もしかしたらこの惑星ほしが流す涙なのかもしれない。


×××


すかさず、私は彼女テスラに聞き返す。


「知っている…とは具体的にどういった意味でしょうか?」


『そのままの意味だよ。私はこの施設ファクトリーのことを良く知っている。いや、正確に言うならば覚えている…と言うべきか。』


その言い草から想像出来るのは、施設の元内部関係者か、私のようにかつて脱走を試みた被験体モルモットか…

いずれにせよ、ただ者ではなさそうだ。


『誤解があっては困るので、予め君に伝えておきたい事がいくつかある。

そして、それらに関して訊きたいことがあれば遠慮はいらない、ありのままに答えると約束しよう。』


私を拷問でも何でもして、情報ソースを吐かせるのかと思えば

彼女は自らが持つ情報を語りだした。

それはまるで、私がここにやって来ることが偶然ではないと錯覚してしまうほどに

自然で収まりがいい事に思えた。


『まずは、一番の気がかりとも言えるだろう。君に残された時間について

結論から話すと、奴らが君を追跡トラックしてくることはない。安心しなよ。』


『過去にもあの施設では同様の事例ケースが幾度かあった。

それからは一定の段階フェーズを通過した被験体には超小型爆弾マイクロボムを頭に埋め込むようになったんだ。』


「追跡に要する時間、人的コストや情報漏洩のリスクをかんがみた、合理的な処理ころし…」


『ああ、その通りだ。そうした痛みの伴わない殺しを安全な距離で実行する。

爆発後の死体が人目に触れたところで、それは判別不能の身元不明者として扱われるから機密は守られる。』


『今話題の反政府組織『ヘルファイア』の過激派テロリストとでも推定され、報道を見た国民の茶飲み休憩ティー・ブレイクのタネにされるのが、せいぜいってところだろう。』


自身の自由のために、犠牲にしたものの大きさを改めて痛感した。


奴らは私達の生命などゴミ同然としか感じない。

どれだけ個体の評価や性能や能力が高くても、それは都合のいい兵器でしかない。

何かを殺したり、脅かしたりするためだけに存在すればいいという私達には

人権はおろか自由な行動時間など全く存在しない。

それに疑問なく利用されるがまま管理される事に、辟易へきえきする者も反旗をひるがえす者もいない。否、許されないように設計されている。


感情を抱くことそのものが設計ミスであるならば、私はとんだ出来損ないということになる。

しかし私だけがあらゆる段階において、試験の評価水準を満たす結果を出した。

それは同時に心という目には見えない器官に、あらゆる苦痛が刻まれ、復元ができない傷をいくつも負うことにも繋がっていった。

蓄積された痛みは、許容の範疇はんちゅうを超越した。


だからこそ、あそこを抜け出せば何でも出来る気でいた。

能力を開放し、偉大な革命家のように自由のために戦うことに憧れを持っていた、それを実行する時が。小さな願いが叶う時がついに訪れたのだと歓喜した。


───だが、現実はどうだ。

私は………すべてを失おうとしているだけじゃないか。


「私の身勝手極まる行動で、仲間が死に、私も死ぬ…ということですね」


震えた声で、相手の表情を伺うように恐る恐る口にする。

発言が事実だったとしても、それを否定してくれるような、もしくは君は間違っていないと言うようなむねの同情を期待するような、無様な淡い希望を乗せた。


『そうだ。君のお子様精神で考え出した、稚拙ちせつな計画は実行する前から欠陥が多く破綻はたんしている。そのせいで君の仲間は数多く死ぬだろうし、君もじきに端微塵ぱみじんになるだろう。』


『わがままで不格好で矮小わいしょうな自由のために。』


言い返すことなどできない。

全部……本当のことだ。

計画性などなく、必要な犠牲という都合のいい言葉にかまけて、見えもしない展望にすがった可能性に見捨てられたあわれな存在。


涙があふれた。

とどこおりなく、まるで産声を上げるかのように純粋な感情をぶちまける。

しかしどれだけ大きな声を上げようと、その声すらも薄情に雨音は飲み込んだ。


するとしばらくして、彼女は私を抱き寄せた。


『……やっぱりここに来て、あなたに会って正解だった。』


彼女の温もりが伝わってくる。

それは人が持つ体温とは異なる、特別な温かさを感じたような気がした。


AI人工知能がこの先どれだけ進化しても、人間のように善悪を判断することはできない。』


『ことの善悪を心で感じて、仲間を想って涙を流すことができるあなたが、決して奴らに造られた物なんかではないということを証明してほしい。』


彼女は………本当に何者なのだろうか。

まるで全てが、最初から分かっていたかのように事態が動いているようだ。

ただ悪意が感じられないのは、行動や言動からよく分かる

それが得も言えぬ不可思議さをただよわせていた。


『私がここに来たのは、他でもない。

君を救い、君の仲間を救い、そして君にこの惑星を救ってもらうために私は来た。』


とんでもない言葉が彼女の口から発された

突拍子がなく、現実的とは到底思えない、信憑性に欠ける言葉。

だがその言葉の奥に込められた狂気にも似た熱が、着実に私の心を駆り立てるような気がした。

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