第7話  小さな勇者、少女を救う

―――おとーさん、これはなに?

―――これか?これはな、MMマシンメイルっていう人が乗って戦う為のロボットだ。

―――ろぼっと?たたかうって、なにとたたかうの?

―――あー、まあ、お前にはまだ難しいかもしれねえけどな。簡単に言うと、これから悪い奴らが増えるかもしれないから、その為にな。

―――ぼくも、のれるようになる?

―――おう、もっと大きくなったらな。それとおつむがバカでも乗れないから、勉強もしっかりやるんだぞ?

―――うん!がんばる!



「……ひっでぇ夢だ」

 週末の土曜日。

自室のベッドで目を覚ました俺は、陰鬱な気分で身体を起こした。

幼い頃の夢だった。あの時はMMマシンメイルのパイロットになる未来を夢見て、来る日も来る日も飽きることなく勉強していたものだ。今やそれらの努力も虚しくなるばかりだが。

否、別に全てが無駄というわけではない。これからどんな道を歩むにせよ、MMマシンメイルに関わる以上幼い頃から重ねてきた努力は必ず活きる。だが、それでも。

「夢に見るってことは……吹っ切れてないってことだよなあ」

 まざまざと、その現実を思い知らされる。やはりそう簡単に踏ん切りはつかないらしい。

「とりあえず……こいつを黙らせるか」

 俺を叩き起こした原因である、さっきから煩く鳴っている携帯端末に手を伸ばす。これは学園生徒に身分保証も兼ねて支給されるもので、一般に出回っているものより遥かに演算速度が速い優れものだ。勿論電話としての機能も付いており、さっきから飽きずにコール音を鳴らし続けているのも誰かがこの端末に電話をかけてきている為だ。

 果たして、液晶画面に表示されているのは『カズ』の二文字。もうこの時点で端末を放り投げて二度寝を決め込みたくなるが、流石にそれも感じが悪いので渋々通話ボタンをタップする。

「……もしもし?」

『おーっすコタロー!なかなか出ねえから心配したじゃん!焦らし上手だなあおい!』

 ダメだ、やっぱり切ろう。起き抜けから人をイライラさせるこの無駄に明るい声は聞くに堪えない。

 そう思って切断ボタンをタップしようとした気配がカズにも伝わったのか、端末から聞こえる声が多少慌ただしくなった。

『あー待て待て切るな切るな。悪かった悪かった!言うから!ちゃんと要件言うから!』

 どうせろくな用事じゃないと思いつつ、せめて要件くらいは聞いてやるかと再度端末を耳元に当てた。

「はあ……何の用だよ?」

『そんな嫌そうな溜息吐くなってー。えっと、要件はだな―――』



「どういう風の吹き回しだよ、これは……」

三十分後、俺とカズは電車に揺られていた。その理由は至極単純、カズから「遊びに行こうぜ」と誘われた為だ。

 とはいえ、遊びに行くとは言っても機甲士養成学園の生徒の場合、普通の学生のそれとは少々異なる手続きが要る。

 まあ、簡単に言えば入国審査のようなものが必要なのだ。「ようなもの」とは言っても比喩表現ではなく、身分証明書の確認や持ち物チェック、滞在期間や目的の確認など受ける内容は正に海外旅行で受ける時のそれとほぼ同じものである。

 何故そんなことになっているのかと言うと、『MIRI』の敷地は日本国内にこそあるものの、便宜上「日本とは別の国」として扱われているからだ。

 元を辿れば十数年前。親父がMMマシンメイルの開発に成功し、そのお披露目がなされた頃まで遡る。当時はMMマシンメイルの扱いについて国内外で大変な騒ぎとなっており、諸外国からは日本政府に対する非難が殺到していた。それも当然、ただでさえ核兵器の廃棄により不安定となっている世界情勢において更にバランスを崩しかねない兵器が国内の研究者から生み出されたのだから。

 日本政府としてはMMマシンメイルの利権を手放したくない一方で、諸外国から非難を浴び続けることも避けたい。そこで取られた苦肉の策が、人里離れた地に巨大区画を作り、そこにMMに関する一切合切を押し込めた上で、それを『MIRI』という一つの国家として認めるという宣言をしたのだ。

 要は「この人たちは別の国の人なので私たちは一切関係ありません。MMマシンメイルに関することはこの人たちにどうぞ」という方向に持っていったのだ。凄まじく強引だが。

 それでいて『MIRI』の領土となる部分は日本国内にあるわけなので、多少諸外国にMMマシンメイルに関するもろもろが流出したとしても、一番恩恵を受けられるのは日本であるという形を作ったわけだ。

 ともあれ、そう言った事情もあって『MIRI』の敷地外に出るにはそういった面倒な手続きが必要な背景もあり、通常学園生徒はあまり頻繁に遊びに出ようとはしない。

 食品や衣類などを購入する場合はそれらの店が集まっている『商業区』という区画に行けば済むし、数はそれほど多くないものの娯楽施設の類もある。つまりその気になれば『MIRI』内部で大抵のことは済ませられるので、そもそも出る必要があまりないのだ。

 しかし、今俺とカズは敷地外に唯一通じている電車に乗って外に遊びに出ようとしている。それは何故かというと、

「やっぱ女の子ナンパするには都会に出ないとな!」

 ―――という、至極どうでもいい理由によるものだった。

「なんで俺がそれに付き合わなきゃならねえ……」

「だから言ってるじゃんよー。お前のそのベイビーフェイスが女受けするから一緒にいると成功しやすいんだっていたたたたた痛い痛い痛い!」

 失礼なことをバカ面でのたまうカズの脇腹を思いきり抓り上げることで制裁する。

 いやまあ、別に自分が童顔であることを自覚してないわけじゃない。わけじゃないが、それを指摘されて(ましてやナンパに利用されて)腹が立つか立たないかは別問題である。

「マジでぶっ飛ばすぞお前」

「いやいやここ電車だしさ。流石にこんなところで暴力沙汰は良くないと思うのですよコタロー君―――いやうんごめん悪かった。悪かったからそろそろ放して?このままじゃ俺の脇腹内出血で凄いことになっちゃう」

 ふん、まあこのくらいで勘弁してやるか。

 鼻を鳴らして脇腹を放してやると、カズは若干涙目でそこをさすっていた。

「ったく、冗談通じねーなあ」

「言って良いことと悪いことってもんがあんだろが」

 そもそも、その手の発言は俺にとって地雷になると付き合いの長いカズなら理解している筈である。にも関わらず遠慮なく踏み抜いてきたのだから当然の報いだ。

「いやまあ、それは置いとくとしてさ。やっぱ落ち込んだ時にゃ気分転換すんのが一番だと思うんだよねー」

 じろっ、とカズの表情を伺ってみる。相変わらず能天気そうな笑みを浮かべているだけで、そこからは何も読み取れない。読み取るものが何もないだけかもしれないが。

「ユナになんか言われたのか?」

「いんや、なんにも。ただまあ、その様子だとユナっちもコタローのこと気にしてたんだろ?傍から見ると、そんだけ今のコタローは落ち込んでるように見えるってことじゃね?」

「…………」

 実に。実に業腹ではあるものの。

 どうやら俺はユナだけでなくカズにも気を遣われてしまっているらしい。余計なお世話だと突っ撥ねることもできるが、原因を作ったのは他ならぬ俺だ。優しい友人に恵まれていると思って素直に感謝するべきだろう。それにしたって気分転換の方法がナンパというのはどうかと思うが。

「はぁ……まあ良いや。ここまで来ちまったし、今日一日付き合ってやるよ」

「おっしゃ、そう来なくっちゃ!」

 結局照れくさくて礼など言えなかったが、カズはさも嬉しそうにニカッと笑って俺の背中を叩くのだった。



 で。無事目的の駅に到着し、諸々のチェックを受けて街に繰り出したのは良いものの。

「なんで着いて早々にはぐれるんだよアイツ……」

 都会の喧騒の中でひとり、俺は溜息を吐いていた。

 まあ、はぐれた原因は俺の方にもある。体格が小柄な分、人混みに入ってしまうと同行者とはぐれやすくなるのだ。加えて、今日は休日なのでその分人通りも多い。何も対策せずに人混みに突っ込めばはぐれる可能性は極めて高かったと言える。

 いやまあ対策とは言っても手を繋ぐくらいしかないし、男同士でそんなこと死んでもやらないが。

「で、端末も繋がらないと……」

 カズの番号に電話をかけてみても反応なし。

 以前カズは「ナンパの時は余計な邪魔が入らないように端末の電源は切るようにしてる」などと言っていたので予想はしていたが。本当にどうでも良いところで用意周到な奴だ。

 向こうもはぐれたことには気づいている筈なので連絡が来ても良さそうなものだが、それもないとなるとさては「ターゲット」を見つけたか。

「ったく、何のために来たんだか分かりゃしねぇ……」

 そうぼやいてはみたものの、どうせカズに同行したところで女受けを狙うダシにされるだけだ。この方が気分転換としてはちょうど良いのかもしれない。

 さて、しかしどう時間を潰すか。本屋にでも入って立ち読みをするか、あるいは電気街で工具でも見るか。整備科へ転属するなら道具も揃えねばならないし、案外都会の店にも良い物があるかもしれない。

 などと、これからの予定を思案しながらぶらぶら歩き始めた時だった。

「なあー良いじゃんちょっとお茶するくらいさぁ。どうせヒマなんでしょ?」

(……!?)

 とてつもなく嫌な予感がして慌てて声がした方を振り返ったが、幸いにして声の主は阿呆の幼馴染ではなかった。

「申し訳ありません。わたくし人を待っておりますので……」

「へぇ、なに?カレシ?」

「いえ、そうではありませんが……」

「じゃあ良いじゃん、連絡入れときゃ大丈夫だって。オレと遊んでた方が楽しいぜぇ?」

「いえ、その……本当に申し訳ありません」

 とはいえ、やってることは極めて類似しているというかまんまそのままだった。

 見たところ男の方は二十歳に差し掛かろうかという年齢で、ラフで派手な格好をしている。チャラい感じだがかなり大柄で、捲り上げた袖から見える腕も結構な筋肉質に見える。

 女の方はそれよりかなり若い。というか恐らく俺と殆ど変わらない年齢だろう。

艶やかな長い黒髪と、大きく開いた澄んだ瞳。顔立ちも非常に見目麗しく、極めつけに大きく膨らんだ胸部が服の上からこれでもかと自己主張している。

つまるところ相当な美少女だ。男が声をかけたくなる気持ちも分からんではない。

しかしまあ、これはどうしたものだろうか。俺には関係ないことだと見て見ぬふりを決め込むのは簡単だが、聞こえてくる話し声から察するに女の子はかなり困っている様子だ。

 そして男の方は相手の腰が低いのを良い事になかなか諦めようとしない。恐らく少女が折れるまで続けるつもりだろう。

―――まあ、見ちまった以上はな。

 ここで見なかったことにする、という選択肢は残念ながら思いつかなかった。そんなことをすれば明日の目覚めが悪い。他に助けに入ろうとする者もいないのだから猶更だ。

 さて、しかしどうやって助けるか。ぶっちゃけ殴り合いのケンカになっても負ける気は全くないが、学園外で暴力沙汰というのは色々マズい。それに女の子の前で血みどろの殴り合いなど演じようものなら怖がらせてしまうだろう。物理的な実力行使は避けるに越したことはない。

 となると次はよく漫画やドラマで見かける「こいつ、俺の彼女なんです!」と言って女性をかっさらう作戦だが―――

「……この姿ナリじゃな……」

 とまあ、どう考えても小学生かそこらにしか見えない俺がそんなことを主張したところで誰も信じるはずがない。というわけでこの作戦も実行不可。となれば―――

「はぁ……気が進まねえが……やるか」

 もはや採り得る作戦はひとつだけ。正直男のプライド的なものが著しく傷つく方法なのでやりたくはないが、やると決めた以上は腹を括るしかない。

 意を決して、少女の方に向かって歩き出す。相手も近づく途中で此方に気づき、不思議そうな眼差しを向けてくる。

 ―――大丈夫、今助けるから。

 そう視線で訴えかけると、少女の袖を掴んでくいくいと引いた。

「おねーちゃん、こんなとこにいたの?はやくあそびにいこうよぅ」

 と、できるだけ幼い子供のような風を装って声をかけた。

 名付けて「弟ないしは親戚の子供のフリ作戦」である。そのまんま過ぎるが。

 彼氏役はできずとも、幼い弟役を装うことなら可能だ。男の方もある程度の良識さえあれば、幼い子供連れの女の子を無理矢理ナンパするような真似はしないだろう。正直服装や言動を見る限りその良識が備わっているかどうか微妙に不安なところではあるが。

 ともあれ、余程の天然でなければこちらの意図は察してくれる筈だ。あとは少女側が上手く話を合わせて、この場からの離脱を図ってくれれば―――

「……あの、人違いではありませんか?わたくしに弟はいないのですけれど」

 ド天然でいらっしゃる――――――!?!?

 マジかこの子。さっきアイコンタクトしたよね!?全く何も伝わりませんでしたか!?

 内心頭を抱えながら非難の意を込めて視線で訴えかけるが、少女はキョトンとした表情で首をかしげるばかり。

 かわいい。いやかわいいけどそうじゃない。今重要なのはそこじゃない。

「あ?なんだこのガキ?いきなり出てきてなんのつもりだ?」

 男の方も怪訝そうな目でこちらを見てくる。もはやどう頑張っても平和的に少女をナンパから救うことは難しそうだ。仕方がない。

「はぁ……なあアンタさ。ナンパするのは自由だけど、困ってる人にしつこく迫り続けんのは男としてどうかと思うぜ?」

 ひとまず演技での少女救出は諦め、正攻法による説得を試みることにする。だがまあ、相手の反応は至極予想通りのものだった。

「ああ?ヒーローにでもなったつもりかよガキ?舐めたクチきいてると痛い目見るぞ!」

 言うが早いか胸倉を掴まれ、吊るし上げられる。あまりにも小柄な俺の身体は簡単に宙に浮かんだ。それを見た少女が慌てた声を出す。

「や、やめてください!その子は何も関係ないではありませんか!」

「うっせーな。キミが大人しく俺に付き合ってくれたらそれで良いんだよ。したらこのガキも無駄なヒーローごっこせずに済むだろ?ええ?」

「……ッ!」

 少女が押し黙ってしまう。

 ああもう、そんな「関係ない子を巻き込んでしまった」みたいな顔するなよ。俺が勝手に首突っ込んできただけなんだから。

 このままでは「自分が付き合う代わりに離してやってほしい」などと言い出してもおかしくない。そうなる前にコイツを追い払う必要があった。

 ―――かくなる上は仕方ない。使うか、最後の奥の手を。死ぬ程気が進まないが。

 その前に一応は警告してやろう。俺の胸倉を掴んでいる男の手を、思い切り力を込めて握り返した。

「痛っつ!?」

 痛みに怯んだ男を睨みつけ、周りに聞こえないよう低い声で話しかける。

「なあおい、この辺でやめとけ。さもないとアンタ―――死ぬよ?」

「ッ!?!?」

 多少は効果があったらしい。ほんの少しだけたじろいだ様子を見せたが、ホントにほんの少しだけだった。

「うっせえな!なんなんだお前は一体!?マジで痛い目見ねえと分かんねえのか!?おお!?」

 すぐに気を取り直した様子で、脅すように拳を見せつけてくる。そんな男を見て、俺はニヤリと笑ってやった。

「そうかい、じゃあ見せてやるよ。本当の『痛い目』ってやつを」

 本当は使いたくない。だが、少女を救い出すには他に方法がない。

使うしかない。とっておきの究極奥義―――「泣妖怪の慟哭バンシィズ・スクリーム」を。

「…………ふ」

「…………ふ?」

「ふ、ふえええええええええん!!このお兄ちゃんが!!!このお兄ちゃんがぶったああああああああ!!!!」

「は、はぁっ!!??」

 突然の叫びに狼狽える男。あまりの動揺に掴んでいた胸倉を離してしまっていた。

「このお兄ちゃんがっ!お兄ちゃんがいきなりっっ!!ぼくなんにも悪いことしてないのにいいいいいいっっっ!!!」

「いや、その、ちがっ!?ええっ!?」

 今更確認するまでもないが、ここは休日の都会。その往来の真っ只中だ。ほんのちょっと諍いを起こしているだけなら目立たなくても、これだけ大騒ぎすれば流石に人目が集まる。その視線は、一人の男に集中する。幼い子供(嘘)に暴力を振るった(嘘)であろう、見るからにチャラくてガラの悪い男に。

『ねえ、あの子殴られたの?』

『やだ、あんな小さい子を?』

『警察に連絡した方が良いんじゃ……』

「い、いや、違っ……俺は別になにも……!」

 弁明など無駄である。この状況を見て男が無実を訴えたところで信じる者などどこにもいない。下手に言い訳を重ねれば重ねるほど自分を首を絞めるだけなのだ。

 これぞ「泣妖怪の慟哭バンシィズ・スクリーム」。相手は死ぬ(社会的に)。

 ついでに俺も死ぬ(精神的に)。

「お……覚えてやがれぇぇぇぇ!!!」

 今時漫画でもそうそう見ない典型的な捨て台詞を吐いて、男は逃走していった。

「……はっ。口ほどにもねえ」

 言葉とは裏腹に真っ白に燃え尽きた状態で、俺は虚勢を張った。そうでもしないと崩れ落ちそうだったのだ。

 男として大切なものを色々失いつつも、俺は少女の救出に成功したのだった。

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ジャック・スプラット @yamizawa

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