第6話 小さな勇者は料理を嗜む
「ありえねーっつーの!なんだよバッテリー切れって!1時間も動かしてないのにバッテリー切れって!」
数時間後。
親父のラボの研究室にて、俺は気炎を吐いていた。
ちなみに結局あの後演習区を管理している学園教師主任がすっ飛んできて、俺は親父とイアン共々大目玉を食らった。薄々そんな気はしていたが、やっぱり演習区の使用許可は正式に取ったものではなく親父の独断だったらしい。
おかげで新学期早々罰として学園中のトイレ掃除を命じられた。それがようやく今しがた終わったところである。ちなみに親父も共にトイレ掃除をさせられていた。それで良いのか『MIRI』のトップ。
あとイアンはやっぱり本国から機体の使用許可を取ってなかったらしく、主任から追加で説教+罰則を食らってた。ざまあみろ。
「HAHAHAHA!いやスマンな!野試合一回くらいならどうにかなると思ったんだが、流石に突貫作業過ぎた!」
全く悪びれもせず高笑いする親父を前に、俺は溜息を吐かざるを得なかった。
「なんだ、不景気な溜息だな息子よ!安心しろ、次はもっとパーフェクトに調整して―――」
「いんや、もういいよ」
親父の言葉を、俺は手を振って遮った。
「……もういい、ってのは?」
「調整の必要はねえ、って言ってるんだよ。どうせもう乗らねえんだからな」
「おいおい、いきなり何言い出すんだ」
実に意外そうな声を出す親父。そりゃそうだろう。一度は受け入れた機甲兵士科入りを自ら蹴るようなものだ。無理をして俺の機甲兵士科への進学希望を通してくれた親父からしてみれば裏切りのような行為だろう。
だが、俺にも言い分はある。
「今日乗ってみてはっきり分かったよ。あれは実戦ではまず使えない。調整云々の問題を抜きにしてもな」
「ほう?良いぜ、パイロットの意見を聞こうか」
親父はどっかと椅子に座りなおして話を聞く体勢になったので、俺もその辺の机によじ登って腰かけた。
「まずバッテリー。出力調整を十分行ったとしても精々伸びる稼働時間は三十分ってところだろ。いくらなんでも短すぎだ」
実際に運用するとなれば半日搭乗しっ放しになることもザラなのだ。それがこの機体の稼働時間はもって1時間半程度。これでは話にならない。
「ふむ。他には?」
「機体の小ささが全てにおいて足を引っ張ってる。小さい分すばしっこいと言えば聞こえは良いが、パワーが足りてないからろくに攻撃も通じない。おまけに他の機体より余計に動き回らないといけないからバッテリー消費が早くなる。攻撃力もなければ持久力もないんだから戦闘で使うには致命的な欠点が多過ぎる」
「だが、イアンとやらの機体を結構良いところまで追い詰めていたように思うが?」
「実戦であんな舐めプみたいな操縦するバカいやしねえよ。そもそも壁ジャンプまでして建物の上によじ登らないと攻撃らしい攻撃ができないって時点で色々アウトだ」
その壁ジャンプができたのも、ひとえに戦っていたのが市街地エリアだったが故だ。もっと平地で建物のないエリアだったらそれこそ何もできずに負けていた可能性が高い。
「つまるところ結論はひとつ。ジャック・スプラットは戦闘では使えない。戦闘で使えない以上乗り続ける意味もないってわけだ」
「良いのか、それで。ジャックに乗らねえってことは、機甲兵士科への進学を辞退するのと同義だぞ」
「…………」
少しだけ、答えに詰まった。親父が繋いでくれた、諦めかけていた夢。それをもう一度手放すというのは、確かに心苦しい。
だが、答えは決まっていた。
「……そりゃ、仕方ないだろ。まともに戦えない機体が居たって足手まといになるだけだ。戦えない奴は大人しく後方支援に徹するさ。別にメンテや修理が嫌いなわけじゃねーし、案外そっちの方が楽しくやれるかもな」
……分かっている。こんなのただの強がりだ。
だが、こうでも言っておかなければまた親父が気を回してしまわないとも限らない。未練を断ち切ってしまうのが一番良いだろう。
俺は机の上から飛び降りると、ラボの出口へと向かった。
「ま、そういうわけだ。ほんの一時でもパイロットになる夢を見せてくれたことには感謝してるよ。ありがとな、親父。そんじゃな」
そう言って、親父の方を振り返らないままラボを出て行こうとしたのだが―――
「琥太郎」
出口のドアを開けたところで親父に声をかけられ、思わず振り返った。目にした親父の表情は心なしか父親らしい、優しい雰囲気があった。
「学園の授業が始まるのは来週の月曜からだ。学科変更の手続きをするのはそれからでも遅くない。今週末、じっくり考えな。それでも決断が変わらねえなら、好きにしたらいいさ」
「……おう」
今まであまり見たことのない親父の表情に面食らったまま、俺はラボを後にした。
―――じっくり考えろ、か。考えても何も変わらないと思うけどな。
* * *
じゅうううう、とフライパンが唸る音が響く。
中で焼けている肉の状態を確認しつつ、調味料を加えて味を確認する。
「ん、まあまあだな」
そう呟いて火を止め、食器を準備する為に踏み台から降りた。
自分で料理をするようになったのはもう随分前のことだ。親が家に帰って来ない為自分で覚えなければ仕方なかった、という事情もあるにはあるが、それ以上に俺自身の身体に関する理由が大きい。
家に帰って来ないとは言っても、親父は毎月俺に不自由なく過ごせるだけの生活費を俺の口座に振り込んでくれていたので、金銭には不自由していなかった。なのでコンビニ弁当やレトルトだけで済ませようと思えばそれも可能だったのだが―――というか前までは本当にそうしていた―――初等部3年のある日、保健体育の時間に受けた授業内容に衝撃を受けた。
曰く、レトルト食品などで栄養バランスが偏ってばかりだと身体がちゃんと成長しない、とのこと。当たり前といえば当たり前の話だ。
とにもかくにも、その頃既に周りと比べて異様に小さい自分の身体に悩んでいた俺はその授業を受けて一念発起し、料理を覚えた。親に頼ることはできない以上、自分で栄養バランスが取れた食事を作って身体を大きくするしかない!と思い立ったのである。
かくして、自分で言うのもなんだが料理の腕は上がった。そんじょそこらの主婦にも負けないレベルの味は出せるようになったと自負している。
……それは良いのだが、料理を行うのに踏み台なんぞを使わなければならない現状を見て分かる通り、肝心の「身体を大きくする」という本来の目的がさっぱり果たせていないのが悲しいところだ。どうなってんだよホントに。
一応、今俺が住んでいる学園生徒寮にも食堂はあるし、バランスの取れた豊富なメニューが揃っている。なので必ずしも自炊をしなければならないわけではないのだが、まあ、どうせ身についてしまった習慣だ。途中で辞めるのも気持ちが悪いので、今日まで惰性で続けている。
……付け加えると、近年は辞めるわけにはいかない理由がもう一つ増えてしまっている。
―――ピーンポーン
「……来やがったか」
丁度その辞められない理由のご到着のようだ。飯の準備を一旦中断し、玄関口へと向かう。
「……やっほ。ご飯食べに来た」
「今日もかよ……」
戸を開けると、そこに立っていたのはユナだった。
きっかけは数年前のある日のことだった。財布を落としただかなんだかで食事が取れずに行き倒れていたユナを見かけた。あと数日は草の根齧ってでも生き延びるしかない、などとげっそりとした表情でのたまっていたユナを見るに見かねた俺は、彼女を自室まで運び込み、その場で作れるだけの料理を作ってユナに食わせたのだ。
それが運の尽きだったと言うべきか。どうにもユナは味を占めてしまったらしく、金銭的な問題が解決した後もちょくちょく―――というかほぼ毎日―――飯をタカりに来るのである。それどころかユナ伝いにカズも俺が料理を作れることを耳にしやがったらしく、二人して食べに来ることもあるもんだから始末に負えない。
まあ、一応タダ飯食らいは気が引けるのか食事代は置いていくのでまだ良識がある方ではある。一食200円とかなりの―――というかほぼ材料費払ってるだけの格安設定だが。
「おいユナよ、何度同じことを言ったか分かんねえけど、金に困ってねえんだったら食堂行きゃあ良いだろうよ。それか自炊しろ」
「食堂より安くて美味しいものが食べられるんだから、ここに来ない理由がない」
俺の抗議をすげなく受け流すと、靴を脱いで勝手に俺の部屋に上がり込んだ。
「……ん、良い匂い。今日は生姜焼き?楽しみ」
ユナは嬉しそうに鼻をふんふんさせると、止める間もなくテーブルにスタンバイしてしまった。こうなると何か食べるまでテコでもその場を動かない。
とはいえ、かく言う俺もしっかり多めに用意してしまっていたので別に本気で追い返す気もないのだが。
「……ったく。配膳くらいは手伝え。皿の場所は分かんだろ」
「ん、それくらいなら」
―――甘いかなあ。甘いんだろうなあ。
そんなことを考えながら、俺はユナが差し出してきた皿に盛り付けをしていくのだった。
* * *
食事中、基本的にユナは言葉を発しない。元々口数も少ないし、今日に関して言えば俺も歓談に花を咲かせる気分でもないのでその方がありがたかった―――のだが。
「……琥太郎、これからどうするの?」
珍しく、今日はユナの方から話しかけてきた。見れば、なんと箸まで止めてこちらを見つめている。いつもなら食事が終わるまで、なんならこちらが話しかけようが箸を止めることは殆どないというのに。
「……どうする、っていうと?」
「これからのこと。琥太郎の性格だと、多分もうあの機体には乗りたがらないと思って」
……流石に付き合いが長いだけあってお見通しのようだった。
「……どうするも何も、あの機体が使えねーのははっきりしたしな。機体が使えねーのに機甲兵士科に居続けるわけにもいかねえだろ」
「……諦めるの?」
うぐ、ストレートに来たな。ユナは表情こそ変化に乏しいが、その言葉はシンプルで真っすぐだ。突いてほしくないところを的確に突いてくる。
だが、否定したところで仕方ない。ユナの言っていることは紛れもない事実でもあるのだ。
「まあ、な。イアンに威勢の良い事言っといてカッコわりぃとは思うんだけどさ。あいつの言う通り、戦えない奴が機甲兵士科に居たんじゃ迷惑にしかならねえしよ」
「……そう」
そう短く返すと、ユナは目を伏せて食事を再開した。
もしかしてがっかりさせただろうか。ユナはこう見えて寂しがりなところがある。中等部での進路志望届にも「カズや琥太郎と同じところ」などと書いて担任を困惑させたことがあるくらいだ。
かと言って、何か言葉をかけようにもがっかりさせた張本人である俺が何と言って良いものやら。謝るのも何か違うし、励ませば良いのかというとこれも違う。
うーむむむ、と箸を進めもせずに悩み続けていた俺だったのだが。
「ご馳走様」
ユナの声にふと顔を上げると、ユナは箸を置いて手を合わせているところだった。いつの間にか食べ終わっていたらしい。
「食器、流しの所に置いとく」
「お、おう……」
呆気に取られたまま、食器を片付けるユナを見つめる。その姿はいたっていつも通りだ。
見る見るうちに帰り支度を済ませ、そそくさと玄関口に向かおうとしていた。
寂しがっているとかがっかりしているとか、いくらなんでもちょっと自意識過剰だっただろうか。若干気恥ずかしい気持ちになりながら俺も残りの白米を掻き込んでいると、
「琥太郎」
ドアの取っ手に手をかけたところで、ユナは振り返らずに声をかけてきた。
「うん?」
「……元気出して」
そう、呟くようにして励ましの言葉をかけてくれた。
「……おう。気を付けて帰れよ」
「……ん」
ユナは振り返ることなく頷くと、今度こそドアを開けて部屋を出たのだった。
全く。何ががっかりさせただろうか。何が寂しがりやだろうか。
ユナは俺のことを気遣って、励まそうとしてくれていただけだというのに。本当にとてつもない自意識過剰だった。
「元気出して、かぁ……」
それは、そう簡単に元気を出せれば苦労はしない。
だが、それでも。不器用な幼馴染が見せてくれた精一杯の優しさが、なんだか無性に胸に沁みるような気がするのだった。
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