エピローグ

 柔らかな初夏の日差しが降り注ぐ昼下がり。

 一人の修道女が高原の大きな岩の上に腰掛け、周りに子供を集めて本を読み聞かせている。

「──どろぼうはいいことを思いつきました。

『そうだ、おれはどろぼうなんだから、盗めばいいんだ。パンも盗んだ。剣も盗んだ。同じように、あの美しい姫をお城から盗み出してやる!』

 まんまとお城に忍びこんだどろぼうは、お姫さまを守る兵士たちを次々に切り殺していきます。どろぼうがお姫さまの部屋までたどりつこうとしたとき、さわぎを聞きつけた王子さまが立ちはだかりました。

『盗ぞくめ!私が相手だ!』

 王子さまは自分よりずっと大きな体のどろぼうにも少しもひるみません。勇ましく戦い、ついにどろぼうをかべぎわまで追いつめます。

『剣を捨ててかんねんしろ!』

 優しい王子さまは少しどろぼうがかわいそうになり、そう声をかけてしまいました。

『うるさい!ええい、俺のものにならない姫など、こうだ!』

 さけんだどろぼうは、部屋のすみでふるえていたお姫さまに飛びかかり、ためらうことなく剣をふり下ろしました。王子さまが『あっ』と言う間もなく、お姫さまの白いドレスは血で真っ赤になりました。

 王子さまはすぐにどろぼうをやっつけましたが、抱え上げた王子さまの腕の中で、お姫さまの清らかなたましいは静かに天に召されていきました。

 王子さまはおいおいと泣きましたが、お姫さまは幸せでした。だって、こんなにすてきな王子さまに抱きしめられながら、天国に旅立てるのですから。天国には食べきれないくらいたくさんのお菓子と、地上の人は誰も知らないとても面白い話をしてくれるおしゃべりな天使がいますから、お姫さまは少しもさみしくありません。悪いどろぼうはもちろん天国などにはいけず、暗い暗い地の底でずっとひとりぼっち。生きていたときと同じように、いつまでもお腹を空かせたままなのでした」

 本をぱたんと閉じてひとつ息を吐いた修道女は立ち上がり「さあ、お話はこれで終わり。教会に戻りましょう」と子供達を促す。

 彼女が座っていた岩には僅かに何かが彫刻された痕跡が残っているが、それがかつて意味のある文字列を成していたことを知る者はいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カルマの坂 ゆらゆら共和国 @origuchi_fumihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ