元殺人鬼の二度目の人生

矢航

第1話平成最悪の極悪殺人鬼


 背後から聞こえてくる念仏……。木魚の音は強弱がはっきりしており、一定のリズムを刻んで鳴り響く。

 目隠しをされているので、どんなお坊さんかもわからない。というか別に知りたくもない。

 

 数年前、父親の葬式で聞いた般若心経だとなぜか今思い出した。


 数十分程前、いつもどおり朝食を食べゆったりとくつろいでいるとき、3人の警官がこう告げ、錠を開けて入ってきた。


 『死刑執行が決まった。準備しろ』


 聞いた話どおり、急にやってくるんだな。近いうちには死ぬだろうと頭の中では思っていてもいざ執行する、となると多少は驚くし、怖かったりもする……。


 執行準備はほとんど待つまでも無く、あっという間にできてしまった。


 そして今、目隠しをされて縄に首をかけられているところだ。


 思い返せば、ろくな人生じゃなかった。



 

 横浜駅前連続殺人事件。3年前に俺がしたことだ。14人を殺した。

 その時に殺した人達の顔は、今でも鮮明に覚えている。

 動機は精神的に追いやられ、行くあたりの人を殺したくなった。


 世間一般的に犯罪は悪いことだ。しかし、俺は悪いとは思わない。俺を狂わせた社会が悪い。

 会社をリストラされ、再就職先が中々決まらず家賃を払えと急かされて、親父が死んで遺産は兄貴に持っていかれ税も払えず、ヤクザが毎日来て夜逃げするも見つかり、ホントにろくでもない人生だった。


 あの時の俺はただただ、溜まったストレスを発散することしか頭に無かった。


 人を殺した後、俺は逃げることなくすぐに逮捕された。

 最高裁判所ではもちろん死刑判決。平成史上最悪の無差別殺人事件とまで報道された。


 だがこれで楽になれる。


 嬉しさも悲しさも何もなく死ねるのは、幸せなのではないだろうか。後悔も無いし、死ぬなら今がいい。


 もう少しろーーー


 ダァァァッン!!!


 意識が消えた。



 「ーーそろそろ起きんかい」


 その声で俺は目が覚めた。全く見た事が無い光景が目の前にあった。


 金色の空に雲の地面。ここはあの世ってやつか……?


 「ここはどこなんだ?」


 長髪でシワシワな白髪に、鎖骨まで伸びてる白い顎髭が特徴の目の前にいるジジイに質問した。


 「ここは死んだ人間の記憶を消し、新しく生まれゆく人に魂を与えるところじゃ。人間界では輪廻転生や生まれ変わりとか呼ばれているものに近い」


 「へぇ〜〜……。じゃあ俺も生まれ変わるのか?」 


「その質問だったら答えはYesじゃ……。」


 「その質問……?じゃあ、どの質問だとNoになるんだよ…」


 ジジイの少し含みのある言い方にちょっとした違和感をおぼえた俺は、さらに質問をした。


 「お前さんには、ちょいと特殊な事をするのじゃ。いいか、よく聞け」


 ジジイの優しそうな顔つきから一変、慈悲深さと怒りの感情を込めた顔つきになり、それを見て俺は、直感的に優しさの裏にある怒りが頭に思い浮かんだ。


 ジジイが話を続ける直前、俺は謎の迫力に自然と息を呑んでいた。


 「お前は人間界で散々な事をしでかした大馬鹿者だ!人を殺す前から心の中を観ていたがお前の場合、周囲からの影響のせいか自分に鬱になりーーーー」

 

 黙れよ……。


 「非人道的になりーーーー」

 

 黙れよ……。黙れよ……。黙れ黙れ


 「全てを投げ出し、ついには人をーーーー」


 「黙れェェ!!!!!俺は悪くない!!何もしていない!!ホントに何もしていなかったんだぁ!なのに!!なのに!なのにィ……。俺にはわからない…。わからないんだよぉ、あんたも俺を観ていたのならわかるだろ?俺はホントに悪くないんだ!落ちてた金を拾って自分の物にしたとかそういう事なら認めるけどよぉ……。ホントにTVででっかく報道されるような事はしていねぇんだよ!」


 ああ……、こんなに感情を露わにしたのはいつ以来だろうか。

 こんなに声を出したのはいつだったろうか。


 こんなに喋ったのは、初めてかもしれない……。

 



 叫び疲れ、少し息が荒くなっている俺を、ジジイは見つめていた。

 そしてこう言った。


 「お前さん、もう一度やり直してみないか?」


 「は?何言ってんだよ…。ここはそういう場所じゃねぇのか?輪廻転生がどうとか……」


 「まぁそう言ってしまえばそうだが、さっきも言ったはずだぞ?少し特殊だと……」


 「なんだよ……、言ってみろよ」


 「お前さんの記憶を消さずに転生させる。そして18歳を過ぎたら年をとらなくなる。つまり不老になるというわけだ。

 お前さんは人の死に対しての認識が甘すぎる。確かに元々は普通の人間だったな……。でもな、してしまった事は事実なんだ。お前さんが殺した人達の遺族の事を考えた事があったか?死んだ人間、殺した人間だけが嫌な思いをするわけじゃないんだよ。周りの人間へどんな影響を及ぼすのか知ってるのか?」


 ジジイの問いかけに俺はこう返した。


 「へっ!知るかよ」


 俺はまもなく転生するらしい。




 


 

 

 

 

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