第12話/魔法の言葉


     12.


 それからというもの。発症者は次第に病状がよくなった。思い込みによる病床もいつまでも長続きはしない。ごく一時的なものである。加えて、学校で、花子さんの噂は落ち着いたという。

 今は違うものがブームになっているのだという。

 それが一体何なのかわからない。ひょっとすれば泥団子を作ることかもしれないし、別の怪談かもしれない。

 それがよくも、今の流れを風化させた。

 時代の流れというのはそういうものだ。

 少しずつ移り変わっていく。

 そして、いずれそのときは再びくる。

 過ぎ去るのも時代。繰り返すのも、また時代。

 トイレの花子さん――花子ちゃんこと常盤すずちゃんは、きっとまだあの場所でいるのだろう。そうして、再び誰かに呼び出されるのだろう。

 あの軽快な少女のことだ。

 きっと、意気揚々と飛び出していくことだろう。

 いいや、ひょっとしたら脅かしてやろうと、驚かせにいくかもしれない。

 今回の事件は、そうして落ち着いた。

「川原くん、川原くん」

 市瀬探偵事務所。事件が解決してからしばらくしたある日のことだった。

 先輩のさかき優麗ゆうれいさんが僕に声をかけてきた。

「川原くんにお客さんきてるけど?」

「お客さんが?」

 僕の友達だろうか。いや、僕の友達はこの就職先を教えていない――知っている奴はひとりだけだが、あいつはもう死んでいる。僕を名指しでやってくる来客なんているはずがない。

 ならば、一体誰だろうか。

 強いて考えれば、紺野冬至さんくらいだろう。あるいは周々木鏖さんだろうか。

 いや、あの人たちはきたとしても由々さんが目当てだ。

 僕を目当てにくるとは思えない。お礼の連絡だって、既に数日前に電話で受けている。

 じゃあ、一体。誰が、どこの誰が僕を訊ねてきたというのだろうか。

 僕は訝しみながら、扉の前に移動した。

「どうもどうも、お久しぶりですね。お兄さん」

 すると、そこにはひとりの少女がいた。

「…………きみは土地に関係する幽霊だと思うんだけど?」

「土地に取り憑くのを人に変えただけですよ」

 安心してください、お兄さん。

 私はあなたを呪いません。


「ただ、あなたに取り憑くだけですよ。お兄さん」


 少女はいたずらっ子な、とてもいい笑顔を浮かべた。

 その笑顔は、思わず見た人も綻んでしまうような、ちょっとしたいたずらさえも許してしまいたくなるような、そんな笑顔だった。




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市瀬由々の由々しき事件簿 かきはらともえ @rakud

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