第11話/免疫力


     11.


「ウイルスの幽霊による仕業ってことは流石にあり得ないわ」

「あり得ないですか」

 倒れた男子生徒を保健室まで連れて行くと、救急車がやってきた。男子生徒と吐前ちゃんは救急車に乗せられ、保険医がそれに同乗することになった。

 一応、生徒ふたりに接触したこともあるので、僕も診断を受けるべきだという方針で、吐前ちゃんと男子生徒くんの副担任でもある市瀬由々さんの自動車で同じ病院に向かうことになった。

 由々さんの運転する自動車の助手席で、トイレの花子さんこと花子ちゃん、改め常磐すずのことを話した。

「撲滅されたウイルスによる恨みが幽霊になった。なんてことはあり得ない。そりゃあ、生物である以上は、まったくあり得ない話ではないでしょうけど、これは怪異による被害者が最も陥りやすい病床のひとつ――集団ヒステリーによるものね」

「集団ヒステリーですか」

「恐怖が伝染する――ひとりの子供が泣き始めたらみんな泣き始めるってことがあるでしょう? あれよ。子供たちの間で、花子さんは病気で死んだ。だから――花子さんを見ると病気が感染うつるって言われていたのよ」

「それにしたって、子供に――それも、小学生に天然痘の症状がわかるはずが」

 僕だって天然痘を実際に見たことがあるわけじゃない。

 勉強して、習ってきたから知っているだけだ。


「だから、川原くん」


 僕の疑問に対してあっさりと答えてみせる由々さん。

「天然痘を知らなくても子供なら誰もが経験することになる病気があるでしょう。川原くんは天然痘と認識して見たから彼ら彼女らの症状を天然痘の初期症状だと勘違いした。でも、違うのよ。子供が誰だって知っていて、初期症状が天然痘に思える病気があるでしょう?」

「……まさか」

 有名だ。子供のうちに済ませておけ、と言われる感染症。

水疱瘡みずぼうそう、ですか?」

「正解。大人に感染らないのは、既に経験している大人ばかり。抗体を持っているから。でも、子供は抗体を持たない」

「でも、待ってくださいよ。検査を受けた子供から、病原体は発見されなかったって」

「だから、水疱瘡じゃないのよ」

「どういう――」

「花子さんが死亡したのは天然痘ワクチンの副作用による発症。子供たちの間では病気で死んだ花子さんという噂。天然痘を知らない今の子供たちは、症状を聞いて水疱瘡をイメージした。これが集団ヒステリーよ。誰も彼もが思い込み、そして、水疱瘡に似た症状を引き起こした。加えて、みんな――精神状態が不安定な状態だった」

 ここから導き出される答えは?

 川原くんなら、わかるよね?

「……。

 人間の免疫力が低下すると、体内にいる水疱ウイルスが再度活性化し、同様の症状を引き起こすことがある。

「そういうこと。始まりはほんの少人数だった。不安が子供たちの精神状態を不安定なものにさせて、免疫力を低下につながった。それに急に冷えるようになってきたからね。それによる影響もあるんだろうね。ひとつひとつの積み重ねによって、不安は大きくなり、集団ヒステリーになった」

「それじゃあ、どうしたらいいんですか。このままじゃ、確実に感染は広がりますよ」

 花子菌に冒されたといって、花子ちゃんに会いに来て、発症してしまう。

 集団ヒステリーと、免疫力の低下が重なったことで起きた現象。

「大丈夫よ。わたしがこの一週間、何もせずに副担任をやっていたと思うの? こういうときの魔法の言葉があるのよ」

「魔法の言葉?」

「魔法使いじゃなくても、魔法は使えるのよ」

 魔法の言葉。

 それは簡単なものだった。それはたとえば、口裂け女に対する鼈甲飴べっこうあめのようなものだった。

 トイレの花子さん。その対策として、昔から有名な逸話がある。

 それは百点のテストだ。

 それを見た花子さんは怯えて引っ込むというものだ。

「その具体的な、魔法の言葉っていうのは」

「はい、タッチ」

 運転席から伸びてきた左手は、僕の身体を、タッチした。

「子供の頃にやらなかった? 菌をタッチして、別の人に移すの」

「これって、既に横行していることなんじゃないですか? 横行していて菌を抱えてしまった生徒が、ああやって花子ちゃんに会いに行ったんじゃ……」

「言っても遊びだよ。だけど、同じように生徒たちで順繰りしていちゃ、解決にはつながらない。だからね、これの最終着地の場所を設定する――したんだよ」

「最終着地?」

「大人は強いから、そんな菌をもらっても病気にならないよ」

 ってね。



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