第10話/三千年の戦い


     10.


「――だけど、この学校で噂となっている花子さんは、この学校としての噂として形容して変異している。ならば、どうしてそんなふうに変化したのか。だから調べることにしたんだよ、花子ちゃん。きみのことも調べさせてもらった」

「…………」

「一八七〇年から一八八〇年のこの間に、この学校で死去したとされる少女――」


 常盤ときわすず。


「その少女がきみなのではないかと僕たちは考えている」

「…………」

「一八七〇年から一八八〇年――明治初期とも言えるこの時代と、今この学校で流行している病気には密接な関係がある。特に日本では、だ。僕はこの病気に心当たりがある。現代では絶対に見受けられない――発生が確認されることのない病原体。病原体という生物に対して、人類は唯一勝利を収めた相手」

 起源はわからない。

 遡れば、人類の誕生かあるいはそれ以前から存在したとさえ言われている生物。

 これまで、数々の生物を虐殺し、絶滅させてきた人類と、三千年以上も戦い続けてきた生物。

 その敵の名前。

 それは――。


 


 紀元前一三五〇年から続いた天然痘との戦いは、西暦一九八〇年にWHOによって根絶宣言がされた。

 三千年に及ぶ戦いの末に根絶された病原体。

 このウイルスに対して、日本では明治九年でワクチン接種が義務づけられた。


 しかし、ワクチンは百パーセントではない。

 そして、


「よく調べましたねー。そんな昔のこと」

 花子ちゃんこと、常盤すずは、儚げな表情を浮かべながらも、同時に。

『よくぞまあそんな手間を』と呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。

「その通りですよ、お兄さん。私はそれで死んだんです。あの日、私は高熱で倒れました。そして、誰も助けてくれず、ただただ死にました。幸いなことに、症状が進行する前に死んだことです。私はその病気で死んだことは知っていますが、私という概念は、それで死んだことを記憶していません。ですから、身体はこうして綺麗なままなのですよ」

 それで、と。

 花子ちゃん。

「お兄さんはこう言いたいのですか? かつて絶滅した天然痘を私が操って、この学校で感染爆発パンデミックを引き起こしている、と」

「…………正直に言うと。その可能性もあると考えてはいる」

 天然痘という生物の『幽霊』を操っているのではないかと。

 死んでいるウイルス。

 それの極めて曖昧な怪異。それを感染されている。

 だから検査にも引っかからない。

 それは十分にあり得る可能性だ。

「でも――」

 僕が言葉を続けようとしたときだった。


 閉めていたはずの、トイレの入り口が、『がちゃり』と開いた。

「――――」

 僕はそちらを見る。

 そこには、誰だろうか。ひとりの、気弱そうな男の子がいた。

「い、いた――」

 男の子は、僕ではなく、花子さんを指差す。

「治してください。花子菌を治してくださ――」

 そこで、その小学生は倒れた。

 その少年も、高熱で倒れていた。




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