第19話 王の溺愛

 裏口から城に入るとすぐに、待ち構えていたメイドの大群に拉致されたニール。衣装が山ほどある部屋に押し込められ、着せ替え人形と化す。

 ピシッとしたジャケットにスラックス、ネクタイまで締められ、てっかてかの革靴に赤い頭髪は油で固めたオールバック。メイドさんたちも「ほぉぉ……」とウットリせんばかりの紳士っぷりに頬を赤らめていた。体は絞りに絞られ、顔の造作も中の上ぐらいなので、普段だらしない腹をした貴族ばかり見ていたメイドさんからすれば、なかなかの優良物件ぶりである。まあ平民という身分が邪魔をして声を掛けるなどまずないだろうが。

 城に仕えるメイドさんは、身元が確かな貴族の子女が花嫁修業としてお勤めしている。もちろん平民もいるので、メイドさんの中にも上下関係は存在している。なので声を掛けられるとしたら平民のメイドさんということになろう。


 ノエラ達は、ニールが連れ去られた後、報告のためすぐに王の執務室へと向かうことになった。


「……おぉ、マリー。どうやら無事だったようだね。なによりだ」


 ニールもうなるほどのスピードでマリアンネに抱き着き、頬ずりをする国王ギュスターヴ。「またかよ……」とノエラもオデットも心の中で思うが、表情にはおくびにも出さない。目をつぶりひたすら儀式が終わるのを待つ。もういい歳なのでそろそろ勘弁してほしいというのは、ノエラとオデットのみならずマリアンネの意見でもあった。

 そう、これは『いつものこと』である。気が済むまで頬ずったギュスターヴは「オホン」と咳払いを1つ。まるで今までのことをなかったかのように話を進める。


「使者の件、ごくろう」

「「「はっ」」」

「一応報告は前もって上がってきているが、念のため皆の口から聞きたい」

「……勇者ラウルの派遣は、叶いませんでした。どうやら極秘任務に就いているということで……」

「ふむ……極秘任務、か……」


 勇者はある意味、的でいることも仕事であるはずだ。勇者が的になることで、その他の戦えない人に被害がいかないようにできるからである。それがいきなり極秘任務に就いているというのは、納得がいかないギュスターヴ。


「その内容は確認してきたかい?」

「……いえ、その……」

「報告はちゃんとしなさい」


 どもるマリアンネに、諭すギュスターヴ。ギュスターヴはすでに報告を受けて知っている。癇癪を起し、会談はすぐに終わってしまったということを。分かっていてやっているのだ。


 ―――娘の成長のために。


 やがて、マリアンネは白状した。頭に来てすぐに終わらせたことを。その報告を目をつむり、何か考え込むように聞いていたギュスターヴは、再びマリアンネに問いかけた。


「……そうか。ならマリアンネ。どうすれば良かったと思う?」


 今は公務の時間だと分からせるために「マリー」ではなく「マリアンネ」と呼ぶギュスターヴ。それに気づいたのか、マリアンネは真剣にそれに応えた。


「粘るべきでした。せめていつなら支援可能なのか? 極秘任務に手助けできないのか? 今すぐには不可能でも、早めることはできたかもしれません」

「……うん。ベストはすぐに派遣してもらうことだったけどね。それが不可能ならいつなら可能なのか? ぐらいは確認してしかるべきだったね」

「……はい」

「キミの欠点は、すぐに頭に血が上るところだ。直すのはムリだとしても、うまく付き合っていくことはできるはずだ。まずは認識しなさい。自分は頭に血が上りやすいということを」

「……ぶぁい」


 俯き拳を握りしめ、マリアンネは泣いていた。あんなに大見得切って出て行ったのに、何の成果も出せなかった情けなさに。頭に血が上りやすいことなどわかり切っていたはずなのに、全く制御できずに台無しにしてしまったことに。

 しかりつけられれば気持ちは楽になれたはずなのに、まるで失敗することが分かっていたかのように諭されたことに。

 ノエラとオデットも沈痛な面持ちで、黙している。そんな中、ギュスターヴはマリアンネに父として声を掛ける。


「……泣くなマリー。まだまだ先は長い。いつか誰かのものになってしまうんだろうが、今磨いたものは決して無駄になるものではないよ。夫となる人の助けになるかもしれない」

「……ぐすっ」

「それにね、人は失敗からしか学ばない。いくら人の失敗談を聞いてその気になったところで血肉にはならないんだ。やらかしてからがその人の素質なんだよ。君はこのまま終わるつもりかい?」


 マリアンネは目元をごしごしと拭うと、眼力強く言い放つ。


「とんでもありません。こんな情けない気持ちを味わうのはもうたくさんです。なのでもっともっと学んでいきたいと思います」


 うんうんとにこやかにうなずくギュスターヴ。ノエラとオデットも口元が緩んでいた。ただしそれもマリアンネの次の発言までであった。


「そうそう、お父様! 私、旦那様を見つけましたの!」

「あ゛ぁ゛!?」

「もう私、あの方のお嫁さんになるしかありませんわ!」


 こめかみをひくつかせ、凄みを感じさせる言葉が口から出たギュスターヴをよそに、うっとりとした女の顔をするマリアンネ。「あっちゃあ……」という顔をするノエラとオデットにギラつく視線を向けるギュスターヴ。


「マリアンネ。ご苦労だった。とりあえず部屋に戻っていいよ」


 何やらトリップしていたマリアンネは正気に戻り、執務室を出て行く。部屋を出ようとしたところでノエラとオデットが付いてきていないことに気付いた。


「どうしたの? ノエラ、オデット。行きますよ」

「あぁ。ちょっと2人には僕から話があってね。後で行かせるよ」

「……? そうですか? ではまた後で」


「ふんふ~ん♪」とご機嫌に出て行くマリアンネをよそに、執務室の中は急速に冷えていく……気がするノエラとオデット。


「さて……話を聞こうか」

「「……」」


 机の上に肘を置き両手を組み、鼻のあたりへ。目の位置を手の甲あたりに固定し、2人を見つめた。どんな発言も聞き逃さないというばかりに。


「……僕の可愛いマリーをたぶらかしたのは誰だ?」


 上司を相手にデタラメをぶっこくなど、2人にはできなかった。


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 It’s ゲンドウスタイル。

 冬月さんはいない。

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(未完)予備の聖剣伝説 ~金貨10枚で義娘から縁を切られた元剣聖の魔王特攻自殺紀行~ お前、平田だろう! @cosign

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