第18話 王都ベランジュ

 ―――ガタゴトガタゴト……


「……ん?」


 何やら揺れを感じたニールは、ぼんやりと目を覚ました。どうも馬車に乗せられているようだと認識した。一方で不思議に思った。


(確か……ノエラと話したと思ったけど……)


 今の状況と前後がつながらないなとおぼろげに思うニール。そして今の状況を確認しようと思ったのだが……どうも後頭部がぬくい。


「あら? お目覚めになりました?」

「え?」


 目の前にはマリアンネのにこやかなどアップが。どうやら今度はマリアンネに膝枕をしてもらっているらしいと察するニール。その状態のまま慌てて周りを見れば、進行方向に背を向けて座っているノエラとオデットの、絶対零度の視線のお出迎えとなった。


「……いいなぁ、ニール。どんな気持ちだ?」


 ひきつった微笑みを浮かべ、怒気を含むセリフを吐くノエラ。


「……」


 相変わらず無口ながら、視線と態度は間違いなく不機嫌なオデット。


 どう答えようかなと思考した果て、


「最高」


 とのたまった。勃ちはしないが性を感じることはあるのだ。この瞬間、馬車内の空気は前と後ろで真逆の温度となった。

 どうしてこんなことになったんだ、とは聞かなかった。触れないほうがいいとニールの直感は敏感に反応したから。






 さすがに王家の紋章を張り付けた馬車を襲う阿呆などいなかったようで、その後の道程は取り立てて騒ぎになることも……ないこともなかったが、特段思い返す必要もないような些細なことだった。


 というわけでリュパンを発ち、二日ほどでベランジール王都『ベランジュ』へと到着した。


「おぉ~……ここが……」

「そうですわ。ここがベランジールの中心、王都ベランジュです」


 馬車の窓を開け、顔を出したニールはベランジュを目の当たりにし、かぱっと口を開けて呆けた。昔、各地をいろいろ回ったはずだが、どうも記憶にない。来たことがないのだろうと思いだすことをとっとと諦めるニール。


 巨大な湖の上にこれまた巨大な島が浮かび、ちょうど濠のように水路がぐるりと囲むようになっていた。街に向かっては馬車二台半分ほどの幅の橋が架けられている。橋には鎖が付けられており、王都を守る城壁へと続いていた。王都に行くためにはこの天然の濠を渡る必要があり、そこへ向かうただ1つの橋は検問があるため、多くの人で行列ができていた。


「うへぇ……この列に並ぶのかよ……」

「いや、私たちはこちらからだ」


 そう言うと行列を離れていく馬車は湖に沿って、また動き出した。しばらくすると何もないところに衛兵が二人、ピシッとした姿勢で立っている。バランスよくガリノッポとチビポッチャリのコンビである。


「ご苦労様です」


 マリアンネが衛兵たちに声を掛けると、


「これは! マリアンネ様! もったいなきお言葉!」

「はるばる外交、お疲れ様でした!」


 ビッシィ! とカチカチの敬礼をするガリとポッチャリ。視線は姫に合わせることなく宙をさまよっている。ただ目上の者に対する敬意のようなものは確かに存在している。意外とマリアンネは好かれているようだ。


「出してもらえるか?」

「はっ! 了解しました、ノエラ様!」


 いちいち声を張り上げるのがうっとおしく感じる一行だったが、ニールは一生懸命に声を張り上げる2人に好感を持った。だからといって声を掛けるとかはしなかったが。

 襟元に向かってポッチャリが何やらつぶやくと、ニールたちの右側、白の裏側から船が一台やってきた。


「……なんだ、あれ?」


 ノエラに向かってニールが聞くと、彼女はなんのてらいもなく答えた。


「身分の高い方を優先的に城へと招き入れるための船だな」

「ほぉ……」


 確かに身分の高い貴族や王族といった者たちを、優先的に迎え入れる場所というのは、どんな街にも存在する。ところがベランジュの場合、城壁の向こう側がすぐに濠という形で街が作られているため、回り込むためには別で橋をかけなくてはいけなくなってしまう。防衛的にもそれはよろしくないということで、こう言った形になったとマリアンネは語っていた。


(別の入り口がどこに作られてても、結局リスクは変わらない気はするけどな)


 船を浮かべれば誰でも行けるのだし、と思いはしたがそれはベランジールの問題だし別にいいかと「へぇぇ……」とさも感心したかのように返事をすると、マリアンネは得意満面だ。さすが王族の子女、顔の造作レベルがきわめて高い。きっと引く手数多な縁談があるだろう。それにティファと同い年ということでほほえましく感じるニールだった。


(ま、アイツはこんなにかわいげなかったけど)


 ずいぶん早い反抗期に悩まされたニールは、かつて義娘と呼んでいた少女を思い出していた。






 船に乗り込み、城の方へと向かう船。しばらくすると外壁の向こうに城の上部が見えてくる。


「ずいぶん大きな湖だな。どこまで続いてんだ?」


 ニールはどの辺まで来ているのかノエラに聞いてみた。

「もうすぐだよ。検問所からはほぼ真裏に勝手口は作られている」

「……そんなこと言っていいのか?」

「お前なら悪さしないだろ?」

「……信頼してくれるのはうれしいけどよ。姫様の御側付きとしてはどうよ?」


 マリアンネとオデットに水を向けるニール。だが返事は意外なものだった。


「ニール様ならへっちゃらです!」

「……」


 マリアンネはノエラに元気良く同意。オデットに至ってはまさかの無視である。視線すら合わせてくれない。


「……まぁ、別にいいならそれでいいんだけど……」

「それよりこれから陛下に謁見だ。失礼のないように着替えてもらうからな」

「えぇ……」


 もう何度言っただろう。驚きももうかっさかさになってきていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 短いですが、きりもいいのでこの辺で。シーユー。

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