第17話 禁書を求める理由
「聖剣エッケザックスだと……?」
姫様たちから離れて密談はさらに続く。
どうやら全面的にこんなウソっぽい話を信じたらしいノエラは、ニールが語る禁書を含むベランジールにある書物の閲覧許可が欲しい理由を聞くことになった。その中にあった重大な情報として、『魔王を封じた聖剣エッケザックス』の話があったのだ。
この地上に聖剣はエクスカリバーしか存在しないと伝わっていたのに、予備のエクスカリバーがあるわ、他にも聖剣が存在するわと誰が聞いても与太話の類なのに、それを信じるのはニールに信頼を寄せているからなのか。はたまた人が良いのか。とにかくノエラは全面的に話を鵜呑みにしている。
「……だが、ベランジールの王城図書館にそんな書物があるなど聞いたことがないぞ?」
現存するレジェンド、エピック、サーガ、フォークロアといった伝説や伝承、叙事詩にすら出てこないのである。それこそ今まさに人類滅亡、大地の崩壊の危機なのだ。すでにそんな所は調べつくしているはずだ。突然出てきた『聖剣エッケザックス』の情報などいくら漁っても出てこないだろうとノエラは高をくくる。
「だから禁書なんだよ」
―――禁書。触れるだけで呪われるだの、洗脳されるだのいわゆる曰くつきの書物のことである。厳重に封印が為され、何人も入ることのできない区画として管理されている。そういった場所はベランジールの王城図書館にもあった。
マメ知識としてガンドルフィには禁書のみを扱っている、『禁書図書館』がある。図書館そのものが呪われており、一種の魔境と化している。
世界の崩壊を回避した前回の魔王討伐の話が全く残っていないなど、いくらなんでもあり得ないとガリ婆は言う。言われて納得のニールは、万全の態勢で魔王にケンカを売るため、禁書の閲覧を心から希望していた。なぜなら、普通の書物はとっくに分析が済んでいるだろうからである。
片方が無敵の戦いなどやる気にもならないニールだ。どちらも死ぬ可能性があるからこそ、戦いは昂ぶるのだと魔王に挑む前から血気盛んすぎる彼であった。そうしたイーブンの状況に持っていくためにはやはり情報は必要だった。
そういった戦いに前向きなニールを見て、ノエラは薄々感づいていたが改めて確認しておきたいと思い、その言葉を口にする。
「……なぁ、お前は今でも死に場所を求めているのか?」
ノエラはどうしてニールがドラゴンスレイヤーに至った、いや至ってしまったのかを知っている。10年ぶりに会って物腰はかなり柔らかくなったが、聖剣を手にし、魔王に万全の状態で挑もうとしている姿勢は、かつてのニールとあまり変わらないと感じてしまったのだ。
「……そうだな。戦いの中で力及ばず死にたい、というのは変わってないな。多分これからもよほどのことがない限り変わらないと思う」
「どう考えても自殺行為だぞ。それでもか?」
ノエラはただただニールのことを心配していた。戦いの中で死にたいということは、孫に囲まれ安らかに旅立ちたいといった一般的な考えからは逸脱している。だがニールはあっけらかんとその問いに答えた。
「確かに、傍から見ればそう見えるんだろう。勇者に任せておけばいいのに、と。だがな、ノエラ。一生涯で遭遇することのできない魔王に接近できるチャンスだぞ? いるかどうか分からない幻獣種よりも確かにそこに存在する圧倒的な『敵』だぞ? 男子たるもの挑まなくてどうするよ。否! 男子たるもの挑むべきだ! ドラゴンすら討伐してしまった俺にとって、サシでケンカ出来るヤツなど魔王ぐらいしかいないじゃないか!」
グッと拳を握り熱弁するニール。無駄に熱い。別に魔王以外でもニールとタイマン張れるやつがいないわけではない。しかし実際シモンでは「元剣聖」として広まりつつあり、「終わった」「寄る年波には勝てない」「今の剣聖のほうが見た目がいい」と散々な評価が下されている。ニールにとってそんなのはどうでもいいが、偶然聖剣を手にし、魔王と対峙する資格を得られたのだ。このチャンスを逃す手はない! などと熱く語るニールにノエラはある教訓を思い出す。
「バカにつける薬はない」
ある意味、今のニールは前向きすぎてタチが悪かった。
とはいえシモンまで出張った挙句、勇者の支援を断られたノエラは、ある意味渡りに船という状況であることに気付く。
ごちゃごちゃと言ってはみたものの、エッケザックスと魔王の情報を禁書から得られ、さらにニールが魔王を封じてでもくれれば、ベランジールとしては万々歳である。腐り続ける大地は回復するかもしれない。ノエラが生まれた集落も汚染が広がる地域にどちらかと言えば近い。避難しなければならない状況になる前に何とかしてほしいというのが本音であり、世界樹集落からの要請としても受けていたノエラ。何よりも強さというならこの世界の誰よりも信頼を置ける男なのだ。それこそ会ったこともない勇者ラウルなんぞよりも。
「なんだったら、ラウルの影武者として扱ってもいいしな」
「? どういうことだよ」
ノエラの影武者発言に、疑問を投げかけるニール。ノエラはシモンの王宮で起こったやり取りを正確に話した。
「……ふぅん。極秘任務ね」
ジェイク国王が腹痛をこらえて発した口から出まかせ発言が、ここへ来てなぜか有効に働こうとしていた。
何やら考え込んでいたニールがおもむろに口を開く。
「……いいな、それ。煩わしいのが回避できそうじゃないか」
30を余裕で越えているくせに、顔をかたどるのはまるで悪だくみを思いついたガキ大将のような笑顔。不覚にもノエラは気持ちを高ぶらせてしまった。
(……っ。コイツ……こんな顔ができるようになったのか……)
戦いに挑む際の真剣な顔、何もないような虚ろな顔。そう言う顔ばかり見てきたノエラにとって、今のニールの顔は何より魅力的に映った。そして同時に思った。感情が豊かになった理由は、いったい何なのかと。
「そういや、お前。この10年何してたんだ?」
「ん? 子育てだが」
「……は? ……はぁぁぁぁぁ!!!???」
ノエラはガッと首を絞めて持ち上げた。
「ぐわっ、な、なにすんだよ、ノエラ! は、離せって!」
「子育てとはどういうことだぁ! 誰だ!? 相手は誰だぁ!?」
我を忘れ、ニールを落としにかかるノエラ。別にノエラはニールを殺したいわけではないが、「ぐぐぐ」とうめきながら手を叩きギブを表現するが、ノエラは認識していない。
「言えぇ! 相手は誰だぁ!」
首を締めながら揺さぶるがニールからは返事がない。「おやっ?」と気づいたとき、すでにニールは泡を吹いていた。
「……おやおや」
そっとニールを下ろし、ノエラは膝を揃えて座った。その上で、ニールの頭を腿に乗せる。まごうことなき「膝枕」である。
「ふふっ」
すぐに機嫌がよくなるノエラ。傍から見るとその姿はとても絵になる風景だった。……経緯はさておき。
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インデックスって呼んじゃダメ。
幻想殺しは出てきません。
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