第16話 深みにハマる姫様
「……なぁ、これからどこ行くんだ?」
「ベランジール王都である、『ベランジュ』だ」
「……何しに?」
「お前に対する礼に決まってるだろう」
「だからいらねえって」
「そんなわけにはいかない。大人しく受けろ」
「……はぁ」
船旅を終え、リュパンで待っていたのは一台の高級馬車。これでもかとでかでかとベランジール王家の紋章が刻まれており、コイツを襲えば打ち首一直線である。強引に馬車に押し込められたニールは、一抹の不安を込めてノエラに確認するに至ったというわけだ。
いったい何度このやり取りを繰り返したことかわからない。どうにもこれは受けないわけにはいかなさそうだと、げんなりしたニールだったが、その時ガリ婆から助言が為された。
『ニル坊や。ちょうどいいから褒美は何が良いと言われたら、図書館の閲覧を希望するのじゃ』
(図書館? そんなとこ行ってどうすんだよ)
魔王に特攻するためにわざわざベランジールまで来たのである。なのに王都の図書館に向かえとはいったいどういうことなのか。答えはその謎かけをしてきたガリ婆からすぐに教えてもらえた。
『決まっておろうが。かつて魔王を封じた『聖剣エッケザックス』を探すのじゃ。』
「……は?」
思わず声が出てしまったニール。ガリ婆との念話に集中していたため、ノエラ達が何かを言っていたのは理解していたが、何を言っているのかは耳に全く入っていなかった。ちなみに話していたのはマリアンネで、話の内容はこうだった。
『ニール様は……そのう……ご結婚されているのでしょうきゃっ!?』
マリアンネは目の前でクラーケンを一刀のもと斬って倒したニールに、ちょっとほの字になっていた。まあ、仕事に失敗し落ち込んでいたところに襲撃を受けた挙句、食い殺されそうになった瞬間に助けてくれた男に、いい印象を持つのもわからないでもなかった。
少々お転婆なところがあり、なかなか婚約者が決まらなかった彼女の前に現れたのは、大隊を組まなくては討伐できない(とノエラから教えられた)クラーケンを単独撃破した剣豪。しかも「礼など要らぬ」と非常に謙虚。これが今まで求婚してきた有象無象のボンボンならば「すごいでしょ!」と言わんばかりにうんざりするほどのアピールを受けるところである。
どうにも目が離せなくなってしまったマリアンネは、どうも知り合いであろうノエラにニールのことを根掘り葉掘り聞きまくる。そこで聞いたのは、かつて青春時代のニールが結婚の口約束をしていた女性を、アニキと慕った男に寝取られ、死に場所を求めさまよった挙句、ドラゴンを討伐したという話だった。
原因から過程を経て出た結果に唖然とするマリアンネ。いつも声を掛けてくる貴族のバカ息子たちなら一笑に付す話なのだが、それを言ったのが絶大な信頼を寄せるノエラである。それにノエラは付いていっただの、初めての出会いは敵対していただの、余計な情報もついてきたが。その情報により、自分の従者が『ライバル』であると認識したマリアンネは、思い切って聞いてみたのだ。トラウマがトラウマなのでひょっとしたらまだ未婚なのではないかと、ほのかな期待を込めて。語尾を噛みながら。その結果が……
「は?」
という返事であった。まるで余計なこと聞いてくんなと言わんばかりの対応に、性急すぎたと反省するマリアンネ。とりあえず謝罪を口にすることにした。
「すみません。聞かれたくないこともありますよね」
「……あ、すみません姫様。何か仰いました?」
「え?」
「え?」
「……はぁ」
ノエラのため息でその場はいったん休止になった。
「あぁ……そういうことですか。残念ながら俺は結婚していません……いや、言い方がおかしいか。結婚できませんでした」
「ははっ」と痛々しく笑うニール。少なくともマリアンネにはそう見えた。無理して笑うところもステキ……とどんどん深みにハマるマリアンネだった。
ただのお茶会ならこれでもいいが、とにかくニールを一度王宮へと連れて行き、褒美を取らせないといけない。変なタイミングで、固まってしまったマリアンネを横目に、チャンスと見るや否や王族の面倒なメンツを維持させるために、ノエラはニールに詰め寄った。
「ニール。いろいろあると思うが、とりあえず王宮に顔だけでも出してくれないか? 王族にはメンツとかいろいろあってな……」
本当に面倒だという顔をしているノエラに対し、まんざら知らない中でもないニールは、
「いいぞ。無理してくれようとするなら遠慮しようと思っただけだからな。偉い人のメンツをつぶすとあとあと碌なことないし。ささやかでも何かお願い事すればいいんだろ?」
「……お前、何を頼む気だ?」
わりと前向きな返事が逆に怪しいと思ったようで、ノエラは警戒を高めた。しかし、ニールの方にやましいことがないので、正直に話すことにする。
「禁書含めた図書館の資料の閲覧」
「……何を企んでいる?」
「……」
どうやら、失敗したようだった。ノエラの警戒はさらに高まってゆく。マリアンネの想いも高まってゆく。
(さて、どうしようか)
『……後は頼むぞ』
(……)
後はニールに託された。
「……予備聖剣、だと?」
「そう。コイツの銘は『エクスガリバー』だ」
ベランジュまでは、まだまだ距離があり休息もとらずに到着などできない。道半ばで一度休憩を取ることになった一行は、いったん休息を取ることにした。マリアンネの世話は、馬車内で背筋をぴんとしたまま微動だにしなかったメイドさん『オデット』が務めている。そばにいることを全く意識させないその力に、ニールは「俺もまだまだだな」とオデットに尊敬の念を抱いていた。暗い茶色の髪をひっつめ髪にまとめ、角がとがったメガネに、ナイスバディを隙なく着込んだメイド服で隠す。なぜか気配がおぼろげであり、何やら達人の匂いがした。そんな人物に任せておけば姫様も安心である。
「ちなみにだがこいつは喋る」
「はぁ?」
『あたしゃの声は他のもんには聞こえんぞ』
「え? そうなの?」
「なんだ、いきなり」
「え? ……あぁ、もう。ややこしいな」
とりあえず、ノエラにだけは事情を話すことにした。
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