第4章 術理魔道高等学校編

第1話 どうやって倒したんだ?

「そういうわけで事件の顛末は、きちんと軍と所轄の役所に報告せねばならぬのだ」

 とルヴィ様が言った。

「うむ。私も君がたった一人でどのようにしてクラーケンを倒したか非常に興味がある」

 ビトーはしごく真面目な顔だ。

「本当だぜ。人は見かけによらんもんだな」

 ストランディルも目を丸くしている。

「いえ、ゲンゴだからこそ倒せたのだと、私は思います」

 クアリスが俺に熱い視線を向ける。

「はっ! 私も聞きたいです。軍人として、また魔導士として、あのような魔物をいかにして討ち取ったのか、学ぶところがありますから!」

 サイファは踵を揃えて敬礼した。

「では、順を追って話してくれ。私たちが海に落ちて意識を失ってから、何があったのかを」

 ルヴィ―様は、皮張りのノートとペンを持っており、しっかりと書き記すつもりらしい。ああ、困った、困った。


     ◆


 ここは、ボルゴダ帝国の港町にある大きな病院の一室だ。ここからそう遠くない浜に漂着したのが昨日だ。クラーケンとの死闘から二日が経過していたが、漂着した時点では、俺以外、まだ誰も目覚めていなかった。一旦、全員がこの病院に搬送されたのだが、ベッドに寝かせるや否や図ったようなタイミングでみなの目が覚めるという不思議が起こった。

 これはユーリクの仕業だろうと思われる。

 医者は首を捻ったが、結局はただ一人、起きて活動していた俺が全ての事情を知るものとして、質問責めにあった。

 そして今、仲間たちからも質問責めに合っているところだ。唯一、ダリアだけが、まだ意識を取り戻していなかった。強く打った頭にも異常は認められなかったのだが、むしろ心因性の問題だそうだ。考えるに、クラーケンとの精神戦で心に傷を負ってしまったのかもしれない。早く回復してほしいのだが、この場にいないのは不幸中の幸いだ。


「最後に残ったのは俺と、ユーリクでしたが、まずユーリクがクラーケンにやられました」

「ユーリク……」

 ルヴィ様の瞳に涙が光る。他の者もみな、うつむき押し黙った。俺も慌ててそれに倣った。

「先を続けてくれ。悲しみはあれど全てを聞き届けなければならない」

 ルヴィ様は顔を上げ、強い意志を持って俺に尋ねた。だが、そのペンを持つ手は震えている。

「そして俺とクラーケンは、一対一になったんですけども」

「ふむ」

 ルヴィ様がさらさらと筆記し始めた。

「ええっと、それでクラーケンは油断したのか、隙(すき)が出来たんです」

「隙?」

 ルヴィ様のペンがピタッと止まる。

「隙とはどのようなものだ? いや、隙が出来たとして君はどういう攻撃をしたんだ?」

 ビトーが身を乗り出した。そう根掘り葉掘り聞いてくれるな。

「ほー、クラーケンの隙ねぇ……。ヤツは足が絡まりでもしたのか?」

 ストランディルが茶化す。お前は気楽でいいよな。

「きっとヤプシャの神がゲンゴに味方してくれたのでしょう」

 と、クアリス。この世界の神の名前は初めて聞いた。

「隙ですか! やはり己が集中していれば、いずれ敵に隙が出来る……それをゲンゴ殿は狙っていらっしゃったのですね?」

 サイファだけが真に受け、熱くなっている。

 

 クラーケンに隙が出来たってのは無理があったか、なんとかごまかさないと!

「い、いや、隙っていうか、なんていうか、そうそう、俺に背を向けたんだ」

「背を向けた?」

 ルビ様のペンがピタッと止まる。

「戦の最中に背を向けるとは武人の名折れだな」

 ビトー、クラーケンは武人じゃない。

「イカだかタコだか分らんヤツに背中ねえ……」 

 ストランディル、もっとも過ぎる指摘をするな。

「魚にも背びれというのがあります。慣用的表現なのではないでしょうか?」

 おお、クアリス、ナイスフォローッ!

「しかしゲンゴ殿は勇者、まさか相手の背中を攻撃したりはしないですよね?」

 サイファ、お前は論点がズレている。


「い、いやいや、ええっと、とにかく俺は、そ、そそそうだ。オリハルコンを投げつけたんだ!」

「オリハルコンを投げた?」

 ルヴィ様のペンがピタッと止まる。

「オリハルコン! そのようなものを……。確かに何かしらの効果が期待できるやも知れぬ」

 ビトーは妙に感心している。これはイケるかも。

「オリハルコンって言えば、俺が海賊の頃、血眼になって探してた究極のお宝だぜ? お前、そんなもん持ってたのか!」

 ストランディルは俺にヘッドロックをかけて頭をグリグリした。痛い、痛い、この馬鹿力め。

「オリハルコンを投げた? お前にはあれがどれだけ価値のあるものか分かっているのかしら? 私の国が今どんなに……」

 ク、クアリス、中身が漏れてるぞ!

「その発想は私にはありませんでした! さすが勇者殿!」

 サイファ、お前はさすがにチョロ過ぎる。


「それでどうなったのだ?」

 ルヴィ様は首を傾げながらも俺の話を書きとっていく。

「そ、それでですね、オリハルコンが当たったら、クラーケンが爆発したんです」

「爆発?」

 ルヴィ様のペンがピタッととまる。

「爆発?」

 ビトーは難しい顔をして考え込んだ。

「オリハルコンに火薬が詰まってるってわけでもないんだろ? そいつぁ、いったいどういう仕組みなんだ?」

 ストランディルも腕を組んだ。

「爆発?」

 クアリース! フォローせんかいっ!

「なるほど。吸血鬼に銀の弾丸が効果的なように、クラーケンという魔物にはオリハルコンが有効だった、ということですか」

 サイファッ! むしろこっちの世界に吸血鬼がいたのかという話に興味があるが、それだ、それ!


「ゲンゴ、お前を疑うわけではないが―」

 ルヴィ様がペンを置いた。

「今の話、誓って本当なのだな?」

 念を押さないで下さいよ、ルヴィ様。俺だって心苦しいんです!

「ほ、ほほほ本当です!」

 俺の目はオリンピックスイマーよりも激しく泳いでいただろう。この場にダリアがいれば、あっという間に嘘がバレていたはずだ。

 こうやって最後には、なんでもかんでもオリハルコンのせいにして、俺はなんとか一人でクラーケンを討ち取ったという嘘をつき通した。これはユーリクとの約束だから、絶対にバレるわけにはいかない。


「ではこの話は終わりだ」

 ルヴィ様は一同を見渡した。

「この先の話をしなければならない。私は明日にでもボルゴダの魔道局に今回の一件を正式に報告しなければならない。そして防衛研究所に戻り、魔道リーヴァの完成を急ぐ。皆はどうするのだ?」

「俺もまずは参謀本部に報告だな。その後、兵士たちを連れ、騎士団に戻る。任務が待っている」

ビトーは職業軍人だ。職場に戻るのは当たり前だな。

「俺は船を無くしちまったからなぁ」

 ストランディルはかなりしょげている。海の男が船を失うのは残酷な話だろう。

「だけど今、海軍局で、ラクーン号を上回るものすごい戦艦を造っている。あれをくれって言いにいこうかな」

 さすがにタフな男だ。転んでもタダでは起きない。

「私は学校に戻ります。放課後には、ダリアのお見舞いにこの病院に通おうと思っています」

 クアリスはとりあえずは日常に戻るのだな。しかし祖国ダゾンに帰れば彼女は女王だ。これからの日々は大事に過ごさなければならないだろう。

「は、私でありますか?」

 誰もお前には聞いてないだろ、サイファ。

「私も軍に戻ります。魔道部隊の演習がございます故」

 なるほど、この人もしっかりと自分の立場があり、立派に働いてるんだな。


「それでゲンゴ、今現在、どこにも属していないのはお前だけだが……」

「はははは。ちょうどいいので、この国の見物にでも出かけようかな?」

「いや、すぐに私が術理魔道高等学校に編入手続をとる。クラーケンを倒した勇者ともなれば、即日入学許可が下りるだろう」

「そ、そんな急がなくてもいいんじゃないですか?」

「気の毒だが、お前には急ぎ学んでもらわねばならん。この世界の理、常識、風習、知らぬではこれから先、困ることだらけだ」

「そ、そうですよね」

 明日からでもいいじゃないかと思ったが、これはダメな発想だった。そうだ、「いつやるか、今でしょ!」の精神で取り組まないと。

「ゲンゴ、あなたと学友になれるなんて嬉しいわ」

 クアリスが俺の傍に来た。そっと額を合わせてくる。

「ウフフ。これでこれからも毎日会えるわね。光栄に思いなさいよ」

 学校で学習するより、クアリスに調教されてしまいそうだ。

「ヒューヒュー。お熱いことだな。二人は恋人同士なのか?」

 ストランディルが聞いたが、当然かもしれない。マホクを倒した時もクアリスは俺に駆け寄り、額を密着させたのだから。事情を知らない人間が見たら、恋人としか思えないだろう。

 部屋の誰もが俺とクアリスに注目した。いつの時代もどこの世界でも、この手の話題に人はくいつくものなのだ。

「こ、恋人?」

 そして、いきなりのストランディルのいじりに俺は無防備だった。

「こ、こここ恋人のわけないだろ? クアリスは仮にも一国の王女で、次期女王だ

、俺とは釣り合わない、なあ、クアリス?」

「…………」

 ク、クアリス、なんで複雑な顔をして黙り込んでいるんだ。誤解されたら困るのは君だろう。

「ゲンゴ、その態度は良くないぞ」

 ストランディルがいつになく真面目な顔で言った。

「男は常に態度をはっきりさせないと、女の子を不安にさせる。身分? 恋に身分なんて関係ないさ。もしそれが面倒だというなら―」

 ヤツはいきなりクアリスのあごを指でクイッと上げた。彼女の目を見つめながら話を続ける。

「―俺なら、さらっちまうなあ。なあ、王女様、俺にさらわれてくれますか? ってなもんだ」

 クアリスは頬を染めて目をそらしてしまった。ストランディルは彼女を解放すると。

「まったく、こんな可愛い娘、男は放っとかないぜ? ゲンゴ、繰り返すが、男は態度をはっきりさせることが肝心だ。そうしないと取られちまう」

 と言って、今度は俺を覗き込んだ。

(ヤダッ、カッコイイ)

 とか、言ってる場合か。

「俺には俺のやり方ってもんがあるんだ。放っておいて貰おうか」

 俺は自分でも驚くほどの意志の強さを持ってストランディルを睨み返した。元海賊の大男に対抗できるとは、やはり何度も死線を潜り抜けてきたせいか、少しは度胸がついたみたいだ。

「なるほど、これは悪かった。確かにむやみに他人の恋路に口を出すもんじゃねえ」

 気を悪くする様子もなく、ストランディルは引き下がった。こういうところは、さっぱりしていて憎めない男なのだ。

「俺は俺の恋を頑張らなきゃな、ルヴィ」

 ストランディルはルヴィ様を振り返った。

「どんな形にせよ、俺たちは生き残ったんだ。約束は覚えてるか?」

「ああ」

 ルヴィ様は頷いた。

「ちょっと待ってくれ」

 来た。ビトーキターッ! ヤツはストランディルがルヴィ―様にデートの約束を取り付けたとき、その場にいなかった。初耳のはずなんだ。

「約束ってなんだ、ストランディル?」

「生き残ることが出来れば、デートするって話さ」

「なんだと?」

「そう、慌てるな。確かにお前の命がけの告白は俺も聞いた。だけど、俺の方が先口なんだぜ?」

「本当か、ルヴィ?」

 ルヴィ様は悪びれずに頷いた。

「一度は忠告したぜ? すぐに申し込まなきゃ、運命の女神は微笑んでくれないってな」

「うむむ」

「そういうことだ。お前にチャンスが回ってくるとすれば、俺が失敗したときだ」

 ストランディルの言っていることに間違いはない。この理屈にはビトーも引き下がるしかない。

 こと恋愛に関しては、根が素朴なビトーよりもストランディルの方が一枚も二枚も役者が上である。

(しかもこいつは……)

 俺は甲板での出来事を思い出していた。ストランディルは、ルヴィ様を守って戦うビトーの前に立ち、触手相手に命がけの戦いを挑んだ。つまりビトーとルヴィ様の二人を救おうとしたのだ。もし成功していれば、恋敵にとてつもないプレゼントを贈ることになる。そういうことをやってのける男なのだ。

(すごい男がいるもんだな)

 俺は心の底から感心した。

「じゃあな、ルヴィ! 連絡するぜ」

 ストランディルはルヴィ様だけに挨拶すると、さっさと部屋を出て行った。

(ビトーめ、使えん奴!)

 ビトーをけしかけ、ストランディルをやっつけるという俺の目論見は泡と化した。まるで使えないポケ〇ンレベルである。でも、だからこそ応援したくなるのは、純朴なビトーでは、ある。

 そして俺は気づいた。今の俺ではビトーやストランディルの相手ではないということに。ヤツらは触手襲来の際、他人のために命をかけた。だが俺は、生き延びることで精一杯だった。常に命を救われる方だった。強くならねばならない。心も、技も、体も。そう考えると、学校に行くのも悪くないかと思い始めている。

 これからその学校でとんでもない事件が立て続けに起こるのも知らずに。


お詫び


「GENGO!EXTRA HARD MODE」の姉妹編、「SHOHEI! EXTRA HARD MODE」は同じ世界の出来事で、二つ合わせて一つの物語になります。ということで、ここで同時進行していこうと思ったのですが、システム的に無理でした。

 なので、別小説として移動させました。第一話を読んでいただいた方、申し訳ありません。

 下記の方で連載をしますので、もしよろしければご高覧下さいませ。紛らわしいことになってしまい、申し訳ありませんでした。


「SHOHEI! EXTRA HARD MODE」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054887451186

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GENGO!EXTRA HARD MODE異世界が鬼畜難易度だったでござる 駄々 @dadaforward

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