短編集 ー生ー

NEONEO

[1] 夏の最中に咲いた恋

彼女のことは、実はあまり知らない。


知り合いではあるが、確実に友達未満。

そんな距離感の関係だった。



夏も真っ盛りの夏休み。

僕は、流れで仕方なく引き受けてしまった仕事をしに、学校に来ていた。

夏休み明けの文化祭の準備だ。


文化部は部活の方の出し物があるから、仕事は多く頼めない。

運動部のやつらは、あの特有のノリで、勝手に盛り上がっている。


僕は、どちらかというと文化部の人間だったが、今は帰宅部だ。

1学期の係決めで、何となく、話の流れで断りにくくなった。

結局僕が、クラスを総括する代表にならざるを得なくなった。



僕の成績は、悪くはなかった。

真面目ではないけれど、不真面目でもない。

そんな僕だったら、クラスメイトにとっても担任にとっても、都合が良かったのだろう。



今年は、特に猛暑だった。

それも落ち着いてきたお盆明け。


何が無いとか、誰がサボったとか、あれが壊れたとか、

そんな頼み事ばかりをどうにかやり繰りし、

一息つこうとした時だった。


廊下の端で、うずくまって何かしている姿が目に映った。


「どうしたの?」


彼女は、僕のクラスメイトだった。

あまり話したことはない。


「これ、補強したいなって」


そう言って、手に持った大きな段ボールをこちらに見せる。

それは、クラスの出店の看板に使う装飾の一部だった。

綺麗なダンボールが無かったのか、

そのダンボールは元々真ん中の辺りで折れ目があったように見える。


弱弱しく項垂れているそれを見遣り、


「これ、使う?」


と、僕はガムテープと薄い木板を差し出した。

丁度先程、他の製作班のあまりを回収していたのだ。


「ありがとう」


彼女はそう言って、僕の手からそれらを受け取った。



それがきっかけだった。

次の日からも、軽く挨拶を交わすようになった。


見回るついでに、彼女のいるグループにも立ち寄る。

昨日作っていた看板は、だいぶ進行しているようだった。


「どう? 順調に進んでる?」


僕は、彼女に声を掛けた。


「……うん」


友達とも雑談し、昨日一人静かに段ボールと格闘していた時とは、雰囲気が違って見えた。

元気そうに見えたが、一瞬その笑顔に影が落ちる。


「そうだ、如月あれ持ってない?」


彼女の友達の一人が、僕に話しかける。


「マーカー何本か、インク切れちゃったんだよね。余ってるの、どっかにない?」

「わかった、探すよ」


この種類の赤と青ね、と彼女が見せてくるのを遮るように、

もう一人の友達が、僕に言った。


「葉月も連れて行ってやって?」

その友達は、佐藤葉月――昨日ダンボールと格闘していた彼女の背中を押す。


「ペン使ってたの葉月だし、他の仕事は私たちが進めとくからさ」


確かに、一人じゃ探すのも効率が悪い。

他の面々で仕事が進められるのなら、こちらの仕事を分担してもらうのも手かもしれない。


「じゃあ、一緒にやってもらってもいい?」


僕が佐藤にそういえば、彼女は小さく頷いた。

友達二人は、楽しそうに言う。


「じゃあ、よろしくねー」



僕は佐藤を引き連れ、教室を出た。


「もしかしたら、職員室に備品があるかも」


階段を下り、後ろをついてくる彼女に言う。


「あの……ごめんね、友達が、なんか……」


「何が?」


申し訳なさそうにしている彼女に、僕は純粋に意味が分からなくて尋ねた。


「昨日、私と如月くんが話してたところ、みんなに見られてたみたいで……」


彼女はそこで一瞬こちらを見て、そして目線を外した。


「如月くんが私のこと好きなんじゃないかって、からかってきてて」


「え、何で?」


僕はただ、仕事を全うしていただけではないか。

心外だった。


「二人とも、そういう話好きで……冗談だと思うけど、そういう風に話盛って面白がってて」


「そんなの、違うって言ってやればいいじゃないか」


「そうだけど……」


かなり消極的なのだろうか。

流されて仕事を引き受けてしまう僕でさえ、友達にくらい強く言えるけどな、と思ってしまった。



何とかご要望のペンを調達できた。

見つけるまでの間、僕は彼女と校舎中を歩きながら、他愛無い話で間を繋ぐ。

最初は、居心地の悪い無言の時間を埋めるために話しかけていたが、

次第に彼女との話にも花が咲き、自然に会話が楽しめている自分がいた。



結局、それ以降話す機会はなくなってしまった。

元々親しかったわけではないし、当然と言えば当然だ。


文化祭のときにまた話せるかも――その時はそんなこと思いつきもしなかった。

しかし、僕は彼女のことを、無意識に気に留めていたのかもしれない。



恋というには未熟すぎる感情に、

僕はまだ、気が付いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集 ー生ー NEONEO @neoneo_2525

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ